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宇宙への輸送コスト削減を目標に軽量化!JAXAと組んで開発した“超軽量建機”

株式会社タグチ工業 技術本部 岡田康弘

2015年4月、JAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)内に発足された「宇宙探査イノベーションハブ」。さまざまな異分野の人材・知識を集め、これまでにない新しい体制や取り組みでJAXA全体に研究の展開や定着を目指して、民間企業や大学と連携し、実現したい技術やアイデアの共同研究を行っている。その一つである“軽量化建機”開発のためJAXAに出向している、タグチ工業の技術本部所属 岡田康弘氏に話を伺った。

地上用の建設機械を軽量化して宇宙へ!

JAXAを筆頭とした宇宙に関する開発や研究が進んでいる。

そんな中、JAXAはJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)から支援を受け、地球上で“探る”“造る”“建てる”“住む”といった活動や研究をしている民間企業や大学、研究機関に相互交流を依頼。将来の月や火星探査に必要な技術であり、かつ、地上の技術への転用で私たちの生活が大きく変わるような提案を促し、共同研究を行っている。それが「宇宙探査イノベーションハブ」だ。

その第1回研究提案募集に応募したタグチ工業は、岡山市内に拠点を置く、土木・解体用のアタッチメントメーカー。主力製品の大割圧砕機(コンクリートを砕く巨大なハサミのようなもの)「ガジラ」を搭載した「スーパーガジラ」という重機型巨大ロボットを製作するなど、一風変わった活動で注目を集めている。

同社の主力製品である油圧ショベル専用のアタッチメント「ガジラ」を両腕に搭載する重機型巨大ロボット「スーパーガジラ」

画像提供:株式会社タグチ工業

そんなタグチ工業が、今度は宇宙へ行くと聞いてもさほど意外には感じられないだろう。タグチ工業が、JAXAに採択された研究テーマは「超軽量建機アタッチメントおよびブーム等の開発および実地検証」。

その名の通り、アタッチメントやブーム(棒状の構造物)など、建機の軽量化を目指す研究だ。

2015年末に採択の通知を受け、そこから開始された研究の想定期間は2年間。つまり本年中に成果物の実証実験を行う必要があった。

そこで、JAXAに出向して軽量化建機の開発を担当することになったのが、タグチ工業で技術本部スタッフとして勤める岡田康弘氏だった。

宇宙探査イノベーションハブのクロスアポイントメント制度を利用してJAXAに出向する岡田氏

「自分が選ばれた理由は全く分かりません。何かに秀でているわけではなく、他に優秀な人もたくさんいるのに…」と本人は謙遜するが、岡田氏の一つのことに向かう情熱は、普通の人とは違うと思わせるところがあるようだ。

それは、タグチ工業の本社エントランスロビーに飾られている一連のガジラ模型を見れば一目瞭然。これら全てを、誰に頼まれるわけでもなく黙々と一人で造ってしまったのが岡田氏なのだそうだ。

同社の田口裕一CEOは「(出向者は)彼以外には考えられなかった」と断言。岡田氏はJAXAへの出向の話をほぼ即決し、軽量化建機の設計者として2016年7月から二足のわらじを履くことになった。

岡田氏が3Dプリンターを活用して制作した模型の数々。これらは岡山の本社エントランスロビーに飾られている

画像提供:株式会社タグチ工業

新素材の追求で超軽量化実現へ

「超軽量建機アタッチメントおよびブーム等の開発および実地検証」という開発課題について、なぜ“軽量化”が必要だったのか?
 
「私は、地上の建設機械を軽量化する研究をしています。現在、油圧ショベルなどの建設機械は安全性、機動性、静音性、燃費の良さが要求されていますが、例えば、月面に基地を建設しようというシナリオを検討するには、月面で動く宇宙用の建設機械が必要となります。それを月に運ぶには、地上からロケットで打ち上げる場合、現在、その輸送コストは1㎏あたり1億円といわれているのです」

一番の課題は輸送コストを抑えること。そのための軽量化なのだという。

「軽くするといっても、建機のサイズを小さくすると作業効率が悪くなるので、大型で軽量のものを造る必要があります。また、多数の宇宙用建設機械を宇宙に運ぶのは難しいので、1台で何役も兼用できる汎用性のあるものがより求められます。

それならば、地上用の建設機械を軽量化すれば、そのまま地上の技術を宇宙用建設機械にも応用できるのでは、と考えました。そのような理由から、1tクラスの油圧ショベルの軽量化に着手することになりました」

具体的には建機のアームとブームと呼ばれる“腕”の部分の軽量化に取り組むことに。強度が必要となるこのパーツには、通常、重量もかさんでしまう鉄を用いるそうだ。
 
「このパーツを、炭素繊維強化プラスチックCFRP(carbon fiber reinforced plastics)に置き換えることで軽量化を目指しました。新素材の可能性の追求に取り組むことになったのですが、こういったCFRPはタグチ工業にとって未知の領域でした。

そこで、普段の仕事で慣れ親しんでいる金属加工での開発経験を生かして、軽量金属でも同時に試すことになったんです」

CFRPによるアームは、岡田氏の設計をもとに東レ・カーボンマジックで設計・製造。写真は製造したアームのたわみ試験の様子

画像提供:株式会社タグチ工業

初年度に成果物を完成! そのスピード感がJAXAでも評判に

岡田氏はまず、油圧ショベルの“前腕”にあたるアームから開発を始める。

鉄製のオリジナルアームを基準に、CFRPと軽量金属での重量や性能を徹底的に検証。軽量化にあたっては強度面で悩まされたというものの、思いのほかスムーズに開発は進み初年度に2つのアームを仕上げた。

そして、その評価試験の結果が驚くべきものだった。

「出来上がった2種のアームを実際の建機に組み付けて、建機メーカーさんの評価場でサイクルタイム(一工程に要する時間)、掘削土量、生産性、つり能力、燃費を検証しました。結果はほとんどオリジナルアームと同等か高い数値を示しました」

操作性においてオリジナルアームと同等でありながら、比較してより短時間でより多く、より省燃費で土を掘ることが可能となったのだ。

「宇宙探査イノベーションハブ」全体でも最速の成果物の一つとなったこの瞬間、立ち会っていたJAXAサイドの担当者からも驚きの声が上がったそうだ。

評価試験の様子。写真のCFRP製アームはオリジナルアームの1/3の重量を達成。1/2の重量となった軽量金属製アームも同時に試験され、そちらも高い数値を示した

画像提供:株式会社タグチ工業

「正直なところ、アームが割れるということはないにしてもフニャッと曲がってしまうのではないかと思っていました。一発で成功したのには、われわれもただただびっくり。驚愕でしかありませんでした」

どちらの素材でも結果を示したが、より重量を軽くできるCFRPに絞ることに。

岡田氏は続けて、アームよりも大きなパーツとなる油圧ショベル“上腕”のブームに取り組むが、こちらもあっさりと成果物を完成させてしまう。このタグチ工業のスピード感は、JAXAの中でも評判になったのだとか。

CFRP製のアームとブームを組み込んだ1tクラスの油圧ショベル。アームやブームが軽量化できた分、油圧のパワーをつり能力に振れるため性能向上にもつながった

画像提供:株式会社タグチ工業

軽量化に成功し、約10億円のコスト削減が現実に

JAXAのような組織体系にはなかったスピード感をタグチ工業のような民間企業が補い、民間企業に足りない研究技術をJAXAが補う。そうした相互作用によって、宇宙探査は確実に歩みを進め、現実のものとなっていくのだろう。

こうして“月に打ち上げる”というシナリオをもとに、JAXAと共同で研究・開発された軽量アームだが、地上でも軽量化によってもたらされるメリットは多いという。

アームの重さは、オリジナルと比べると約10kgもの軽量化を実現。これを宇宙へ打ち上げるとしたら10億円も輸送コストが下がる計算になる。

建機が軽くなると、燃費が良くなることで地上でもその輸送コストが下がるだろう。また、輸送のためのエネルギーが軽減されるので、二酸化炭素の排出量削減なども期待されるのだ。

「どの建機メーカーも軽い素材での製作を一度は検討しますが、従来品と同じサイズで同強度というのは非常に難しいんです。今回のCFRP製アームとブームを展示会に出したところ、その強度や価格についてたくさんの質問が寄せられました。建機は人里離れた厳しい環境へ輸送されることも多く、軽量なCFRP建機に対する期待感を感じています」

実は、もともと宇宙に興味があったわけではないというタグチ工業。しかし“軽量化建機”という研究テーマを聞いた岡田氏は、「これは地上でも応用できるテーマだ」と感じたという。

岡田氏に今後の展望を聞いた。

「軽量化の研究を進め、そこで得た軽量化技術を地上用の建機やアタッチメントへ応用し、更なる性能向上を図りたいと思います」

宇宙に向けて建機の軽量化に取り組んだことで、今では“軽量のタグチ”と呼ばれるようになったタグチ工業。建機の軽量化は、地上でもさまざまな課題解決につながっていくだろう。

こうして異分野に果敢にチャレンジしていく企業が、100年、200年先のエネルギー問題解決の糸口も見つけていくに違いない。

CFRP製のアームは女性でも軽々と持ち上げられる

画像提供:株式会社タグチ工業

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