先日、ツイッターでこんなやりとりを見かけた。
《高須院長も仕掛けられた戦争とか言ってたけど、ほとんど日本が侵略していった戦争でしょ。その結果が太平洋戦争じゃないの。仕掛けられた戦争って何のことだ?》
《戦争は武力による政治の行使てす。連合国がABCD包囲網で禁輸を行い我が国の死滅を計ったところから戦争が始まっています。国家は生き物と同じです。連合国に支配されて搾取されている人達を独立させ、仲間にして生存権を確保する行動は人間なら正当防衛。
国際連盟で人種平等を言ったのは日本。》
高須克弥氏のこんなツイートを見るのは今回が初めてではない。ああまたかと思うだけだ。
「仕掛けられた戦争って何のことだ?」とは私も思う。
ABCD包囲網で禁輸と言うが、何故禁輸されるに至ったのだろうか。わが国の侵略に対しての経済制裁であって、別に「死滅を計った」わけではなかったのではないか。経済制裁に対抗して開戦するのを是とするなら、現代の北朝鮮にミサイルを撃たれても文句は言えまい。
搾取されている人々の解放が正当防衛なら、資本家に搾取されている人民を解放すると称して、北朝鮮が韓国へ、中共が台湾へ侵攻するのも正当防衛だろう。ISのテロも、わが国のオレオレ詐欺も正当防衛だろう。
白人に対して人種平等をうたってたって、日本人と朝鮮人・台湾人は平等じゃなかったし、占領地の住民はなおのこと平等ではなかった。マレーやジャワやスマトラは大日本帝国の領土として併合することが決定ずみで、独立させる意志などなかった。
高須氏のツイートに対するリプライを見ていると、氏を賞賛するのはまあいいとして、氏が引用リツイートしたにゃんこ宙返りさんに対して、無知だの、洗脳されているだの、認知症だのと侮蔑するものがいくつも見られた。
氏のこの種のツイートがどういう層に支持されているのかがよくわかる。
こんなリプライの一つが目にとまった。
《後にマッカーサーでさえ、日本は自衛の戦争だったと明言しています。にゃんこさんにはもう少し勉強して欲しいものです。》
マッカーサーが、後に日本の戦争は自衛戦争だったと明言したという主張は、一部の保守系言論人などにしばしば見られる。
そして、これが端的に言ってデマであるという指摘も、以前からなされてきた。
しかし、こういうツイートが発せられるところを見ると、この説を信じている人もまだ多いのかもしれない。
以前にも少し書いたことだが、改めてここで指摘しておく。
まず、マッカーサーは「自衛の戦争」なんて言っていない。セキュリティのための戦争だと言ったのだ。
マッカーサーがこう発言したというのは、1951年5月3日、米国上院の軍事外交合同委員会でのことである。
小堀桂一郎『東京裁判 幻の弁護側資料』(ちくま学芸文庫、2011、旧版は『東京裁判 日本の弁明』講談社学術文庫、1995)の第3部第18節に、該当箇所の原文と和訳が、長文の解説と共に収録されている。
マッカーサーが上院でそう述べるに至った経緯について、小堀氏はこう解説している。
したがって、このマッカーサー証言は朝鮮戦争に関する質疑の中で述べられたもので、別に日米戦争がテーマであったのではない。
そして、該当箇所の和訳はこうなっている。
最後の一節の原文はこうである。
小堀氏はこの security を「安全保障」と訳しているわけだ。
確かに security は「安全保障」とも訳される。日米安全保障条約は「Japan-U.S. Security Treaty」である。
しかし、security は、ほかにも「安全」や「安心」、「無事」「警備」などとも訳される。「public security」なら「治安」「公安」の意味になる。
「安全保障」とは、一般に「国外からの攻撃や侵略に対して国家の安全を保障すること。また、その体制。」(デジタル大辞泉)を言う。
大量の失業者の発生を恐れて戦争に飛び込んだことを「安全保障の必要に迫られて」と訳すのは、誤りとまでは言えないかもしれないが、かなり不適切な訳ではないだろうか。
そして、小堀氏の解説では、
と、「安全保障のため」が何故か「自存自衛のため」にすりかわっている。
「自存自衛」とは、わが国の米英に対する宣戦の詔勅に出てくる言葉である。つまり、わが国の開戦目的をマッカーサーですら是認するに至ったのだと、小堀氏は主張したいわけである。
自衛すなわち self-defense とは、他者による攻撃から自分の身を守ることである。自衛隊の英語名は「Japan Self-Defense Forces」である。
しかし、敵国軍に攻撃されたわけでもない、単なる大量の失業者の発生という国内問題を防止するための開戦が、何で自衛戦争などということになるのだろうか。
そんな言い分を認めるなら、繰り返すが、経済制裁に対抗して北朝鮮が米韓日に対して開戦しても自衛戦争だということになる。
ナチス・ドイツが、ヴェルサイユ体制では国が立ち行かないとしてこれを破棄し、周辺諸国へ侵略の手を広げたのも自存自衛のためということになる(彼らは「生存圏(レーベンスラウム)」なる概念を主張した)。
冷戦期のソ連封じ込めに対抗して、ソ連が西側への武力行使に及んだとしても、その正当性を認めることになる。
マッカーサー「自衛戦争」発言説をとる論者は、こうしたことにも同意するのだろうか。
また、「大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」ということは、そうでない部分もあったということになる。
security だけでない開戦の要因があったと、マッカーサーが考えていたことになる。
それは、具体的に何だろうか。
この点について、マッカーサー「自衛戦争」発言説をとる論者が何かしら説明しているのを見た覚えがない。
少なくとも、彼らが引用するこの証言においてすら、わが国の開戦が全面的に security だけが要因であるとはしていないことは、記憶にとどめておきたい。
(続く)
《高須院長も仕掛けられた戦争とか言ってたけど、ほとんど日本が侵略していった戦争でしょ。その結果が太平洋戦争じゃないの。仕掛けられた戦争って何のことだ?》
《戦争は武力による政治の行使てす。連合国がABCD包囲網で禁輸を行い我が国の死滅を計ったところから戦争が始まっています。国家は生き物と同じです。連合国に支配されて搾取されている人達を独立させ、仲間にして生存権を確保する行動は人間なら正当防衛。
国際連盟で人種平等を言ったのは日本。》
高須克弥氏のこんなツイートを見るのは今回が初めてではない。ああまたかと思うだけだ。
「仕掛けられた戦争って何のことだ?」とは私も思う。
ABCD包囲網で禁輸と言うが、何故禁輸されるに至ったのだろうか。わが国の侵略に対しての経済制裁であって、別に「死滅を計った」わけではなかったのではないか。経済制裁に対抗して開戦するのを是とするなら、現代の北朝鮮にミサイルを撃たれても文句は言えまい。
搾取されている人々の解放が正当防衛なら、資本家に搾取されている人民を解放すると称して、北朝鮮が韓国へ、中共が台湾へ侵攻するのも正当防衛だろう。ISのテロも、わが国のオレオレ詐欺も正当防衛だろう。
白人に対して人種平等をうたってたって、日本人と朝鮮人・台湾人は平等じゃなかったし、占領地の住民はなおのこと平等ではなかった。マレーやジャワやスマトラは大日本帝国の領土として併合することが決定ずみで、独立させる意志などなかった。
高須氏のツイートに対するリプライを見ていると、氏を賞賛するのはまあいいとして、氏が引用リツイートしたにゃんこ宙返りさんに対して、無知だの、洗脳されているだの、認知症だのと侮蔑するものがいくつも見られた。
氏のこの種のツイートがどういう層に支持されているのかがよくわかる。
こんなリプライの一つが目にとまった。
《後にマッカーサーでさえ、日本は自衛の戦争だったと明言しています。にゃんこさんにはもう少し勉強して欲しいものです。》
マッカーサーが、後に日本の戦争は自衛戦争だったと明言したという主張は、一部の保守系言論人などにしばしば見られる。
そして、これが端的に言ってデマであるという指摘も、以前からなされてきた。
しかし、こういうツイートが発せられるところを見ると、この説を信じている人もまだ多いのかもしれない。
以前にも少し書いたことだが、改めてここで指摘しておく。
まず、マッカーサーは「自衛の戦争」なんて言っていない。セキュリティのための戦争だと言ったのだ。
マッカーサーがこう発言したというのは、1951年5月3日、米国上院の軍事外交合同委員会でのことである。
小堀桂一郎『東京裁判 幻の弁護側資料』(ちくま学芸文庫、2011、旧版は『東京裁判 日本の弁明』講談社学術文庫、1995)の第3部第18節に、該当箇所の原文と和訳が、長文の解説と共に収録されている。
マッカーサーが上院でそう述べるに至った経緯について、小堀氏はこう解説している。
朝鮮戦争の収拾方法に関して連合軍最高司令官D・マッカーサーとトルーマンの大統領府との間に尖鋭な意見の対立が生じ、結果としてマッカーサーはその重職から解任され、直ちに本国に召還されたことは周知の歴史的事件である。〔中略〕帰国したマッカーサーが議会に於ける演説の中で、全面戦争をも辞せぬとする自分の積極的な戦略は統合参謀本部も同意済のものだった、と発言したことにより、事態は高度の政治問題に発展し、議会上院は軍事外交合同委員会を開催して、当事者達の証言を求め、真相の究明にのり出すことになった。(p.559)
したがって、このマッカーサー証言は朝鮮戦争に関する質疑の中で述べられたもので、別に日米戦争がテーマであったのではない。
そして、該当箇所の和訳はこうなっている。
問 では五番目の質問です。中共(原語は赤化支那)に対し海と空から封鎖してしまえという貴官の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんが。
答 その通りです。〔中略〕日本は八千万に近い厖大(ぼうだい)な人口を抱え、それが四つの島の中にひしめいているのだということを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまでに接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。〔中略〕
これほど巨大な労働能力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らは手を加えるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫(すず)が無い、ゴムが無い、その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。(p.567-568)
最後の一節の原文はこうである。
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
小堀氏はこの security を「安全保障」と訳しているわけだ。
確かに security は「安全保障」とも訳される。日米安全保障条約は「Japan-U.S. Security Treaty」である。
しかし、security は、ほかにも「安全」や「安心」、「無事」「警備」などとも訳される。「public security」なら「治安」「公安」の意味になる。
「安全保障」とは、一般に「国外からの攻撃や侵略に対して国家の安全を保障すること。また、その体制。」(デジタル大辞泉)を言う。
大量の失業者の発生を恐れて戦争に飛び込んだことを「安全保障の必要に迫られて」と訳すのは、誤りとまでは言えないかもしれないが、かなり不適切な訳ではないだろうか。
そして、小堀氏の解説では、
マッカーサー証言のことは今では日本でも世人の広く知るところであろう。それは彼がその証言の一節に於いて、日本が戦争に突入したのは自(みずか)らの安全保障のためであり、つまりは大東亜戦争は自存自衛のための戦いであったという趣旨を陳述しているということが早くから知られていたからである。(p.558)
と、「安全保障のため」が何故か「自存自衛のため」にすりかわっている。
「自存自衛」とは、わが国の米英に対する宣戦の詔勅に出てくる言葉である。つまり、わが国の開戦目的をマッカーサーですら是認するに至ったのだと、小堀氏は主張したいわけである。
自衛すなわち self-defense とは、他者による攻撃から自分の身を守ることである。自衛隊の英語名は「Japan Self-Defense Forces」である。
しかし、敵国軍に攻撃されたわけでもない、単なる大量の失業者の発生という国内問題を防止するための開戦が、何で自衛戦争などということになるのだろうか。
そんな言い分を認めるなら、繰り返すが、経済制裁に対抗して北朝鮮が米韓日に対して開戦しても自衛戦争だということになる。
ナチス・ドイツが、ヴェルサイユ体制では国が立ち行かないとしてこれを破棄し、周辺諸国へ侵略の手を広げたのも自存自衛のためということになる(彼らは「生存圏(レーベンスラウム)」なる概念を主張した)。
冷戦期のソ連封じ込めに対抗して、ソ連が西側への武力行使に及んだとしても、その正当性を認めることになる。
マッカーサー「自衛戦争」発言説をとる論者は、こうしたことにも同意するのだろうか。
また、「大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」ということは、そうでない部分もあったということになる。
security だけでない開戦の要因があったと、マッカーサーが考えていたことになる。
それは、具体的に何だろうか。
この点について、マッカーサー「自衛戦争」発言説をとる論者が何かしら説明しているのを見た覚えがない。
少なくとも、彼らが引用するこの証言においてすら、わが国の開戦が全面的に security だけが要因であるとはしていないことは、記憶にとどめておきたい。
(続く)