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宮川雄法師のご承認を経て投稿させて頂きます。
しかし創価学会第6代会長ともあろう者が情けないですね。電話を着信拒否にしているクセに
手の者を使って姑息な事をやっていますね(苦笑)だから「単なる会長」とか「ただの会長」と
か、それはその通りですが(笑)ネット上やリアルな現場でも言われちゃうんですね。
先生の直弟子と名乗るならもっと強くならなきゃ?(笑)
以下、宮川師最新手記より。
「見てはいけないモノを見た。シリーズ3.坊さんは見た!」①
本題に入る前に。一昨日と昨日、原田学会の手先と思われる輩が恐れ多くも大本山に2度も現わ
れご多忙な鎌倉御住職に面会を迫ったとの事。
私と違い温厚な鎌倉住職は、2度目に面会を、許可された。するとそのチンピラは、持参した沢
山の資料を出して訳の分からん事を言いながら、宮川は斯く斯く然々で悪党でと、私の悪口を言
い始めたらしい。警察に通報する手も、あるけれども、何とか、受け流してお帰り頂いたと事。
私を知っている人間の弟で出張で近くまで来たので寄らせて貰った等と、見え見えの嘘をつき禁
止区域以外の場所で写メを撮り捲っていた、との事。
例えば、親の家に何処の馬の骨かも判らぬ奴が訪ねて来て一生懸命、その人の子どもの悪口を言
ったって頭の足りない御仁としか、思わぬのに。
よっぽど原田は私が憎くて、そして気になって仕方ないのであろう。
先月も、私が尊敬し兄と仰ぐ三浦翁の元に副会長で学会御用弁護士筆頭の弁護士と古株、永久イ
ソ弁の二人が来て、やはり宮川は悪党だから、会うな、と散々私の悪口を並べ立てた、との事。
三浦兄が「あんたらは一体何を言いに来たのかね?私が誰と会おうと勝手じゃないか」
「宮川さんとの会話がそんなに気になるなら、次に宮川さんに会う時にあんたらに連絡するから
同席したらどうだ」と言って下さったそうである。
慌てて、弁護士先生は「 宮川は、謀略家だから言質を取られて利用されるから嫌だ!会わな
い! 」と。
先日も原田学会の飼い犬である憂宗護法ナンタラというグループのイヌ坊主が、宮川が下付して
る御本尊を手に入れろと命令されて、あの手この手で、純粋無垢な私をだまし、御本尊を送らせ
写真に収めて、1万円の下付料金をケチってこちらに又、送り返して来た。余りの理不尽な行為
に、そのイヌ坊主を怒鳴り回した。
原田さんよぉ~!色々、聞きたけりゃ、私に直接聞けよ!
どぶネズミの様に、コソコソと、嗅ぎ回らずに!法華経の兵法を身につけた先生の地球最強の弟
子が命を捨てて、アンタらの師敵対の真実を暴こうとしているんだ。
世界一、題目を上げ、世界一、脱講取った64歳の獅子が89歳の師匠に命を捧げて、師より1日で
も早く死ぬ事を夢見て戦ってるんだ。
アンタらが、束になってかかって来ても、絶対に勝てる訳がなかろう!
私は毎日毎日、瞬間瞬間が、黄金の日々であり、ダイアモンドの如き、輝きの瞬間だ。
身ぶるいする程の喜びの中でアンタら「 師敵対、忘恩の輩」と戦っている。
こんな、最高の境涯を得させてくれたアンタらに、本当に感謝している。
日蓮大聖人、そして池田先生の億兆分の一の、僅かばかりの難( 悪口罵詈、十年に渡る経済封
鎖、謗法の寺からの追放 )を受けさせていただいた。
先生から賜わった数え切れぬ激励を戴きながらも、今日に至るまでには不安と後悔に苛(さいな)
まれた時期もあったし、今初めて明かすが、人には言えないような思い詰めた行動を取る寸前ま
で行った事もあった。少しの1人よがりの正義感だけで、はじめは連絡局長の不正と師に対する
反逆を暴く所から始まった戦さ。
何度も、和解を申し出た奴らの条件は、
1.幹部の不正を個別に暴かぬ事。( 得た資料は、連絡局に渡して、対応は任せる )
2.あらゆる秘密文書( 特に三井婦人部長が先生から直接伺った先生の、御自分の死後の事を述
べられた文書 )の入手先を教えよ。
との2点であった。
今から振り返れば私の戦さは幼稚な革命家気取り蛮勇であった。しかし、私の知る内容が内容
だけに何処から出ている事なのか?宮川のバックには誰が付いているのか?
出来れば穏便に処理したい。原田らはそう考えていたようだ。
和解を勧めに寺院代表理事の得田が来る。中国方面長の堤が来る。筆頭弁護士で副会長の福島が
来る。福岡の副会長の百田からも、宮川さんの気持ちは判るから会いたいと言ってくる。
情報ニュースソース源の1人である長野の元副会長小林からは電話で「 宮川さん、楽しくやろ
うよ。大きな組織だから、クリーンな面ばかりじゃないよ。宮川さんの行動は結局、先生を苦し
める事になるから 」と再三言って来る。
正木は宮川を説得に二度寺に行ったと言っているそうだが、一度も来ていない。
私は、その時は、意気がって師弟の何たるかも解らず全て拒否した。
先生の海より深い御心など解りもせずに「 瞽( めくら )、蛇に怖じず 」で、秋谷、原田の軍勢
に真の師弟を持たずに三次元で戦う事がどれほど危険であるか知る由もなかった。
下手に出続けて来た原田らは私の頑なな態度に仕方なく経済封鎖、組織を通じての罵詈雑言を開
始。お互いエスカレートして行った。
男にとって経済封鎖はキツイ。次に魔の手口は持久戦に持ち込み、精神をボロボロにして、最
後には訓練の為に千仭の谷に落として下さった師匠に何故助けてくれないのか!と、怨みを持た
せて、落とす。魔の巧みな常套手段である。
破信堕悪御書(1303頁)には、強大な敵に対して本物の師弟の一念なくして戦った場合、最後は師
匠に不信を持ち堕ちていく図式を明確に教えて下さっている。
「 敵(かたき)は多(をを)く・敵(かたき)はつよく、方人(かたうど、味方)は・硬(こわ)く
して・為負(しまけ)候へば、悪心を、起こして・かえって法華経の信心をも・やぶり悪道に堕ち
候なり 」
強大な敵と戦う時に師弟不二の一念に寸分の濁り、迷いがあった場合の堕ち方に関するご教
示である。
師匠(仏)は強大な敵に対して、何の恐れも、何の戸惑いもない、その仏の軍勢の一員として戦う
ならば、自分も何の恐れも迷いもあってはならない。戦さとは最も捨て難きものを捨てる決意か
ら始まる。捨て難きものとは現実であり、私に取っては会員からの賞賛であり、年収二千万と言
う生活であった。
「 仏になる道は、必ず身命を捨つるほどの事ありてこそ、仏には成り候らめと、をしはからる 」( 891頁 )
「 各々、思い切り給へ。此の身を法華経にかうるは、石に金をかへ、糞に米をかうるなり 」( 910頁 )
「 我が弟子等、心みに法華経の如く、身命も惜しまず修行して、此の度、仏法を心みよ。」( 291頁 )
「 此の法門を日蓮申す故に、忠言耳に逆らう道理なるが故に、流罪せられ命にも及びしなり。然れども、未だ懲りず候。」( 1056頁 )
「 身命に過ぎたる惜しきもののなければ、是れを布施として仏法をならへば必ず仏となる 」( 956頁 )
「 誠に我が身貧にして布施すべき宝なくば、我が身命を捨て、仏法を得べき便あらば、身命を捨てて、仏法を学すべし 」( 1386頁 )
「 謗国の失を脱れんと思はば、国主を諌暁し奉りて、死罪か流罪かに行わるべきなり 」( 1076頁 )
「 南無と申すは、いかなる事ぞと申すに、南無と申すは天竺の言葉にて候。漢土・日本には帰命と申す。帰命と申すは、我が命を仏に奉ると申す事なり。」
( 1596頁 )
「 とにかくに、死は一定なり。其の時の嘆きは当時の如し。同じくは、仮にも法華経の故に、命をすてよ。露を大海にあつらへ、ちりを大地に埋むと思へ 。」
( 1561頁 )
「 此の国の亡びん事、疑いなかるべけれども、且く禁をなして国を助け給へと、日蓮がひかうればこそ、今までは安穏にありつれども、法に過ぐれば罰あたりぬるなり 」
(.919頁 )
「 各々我が弟子たらん者は、深く此の由を存ぜよ。設( たと )い、身命に及ぶとも退転する事莫れ 」( 965頁 )
「 各々用心有る可し。少しも妻子眷属を思う事莫れ。権威を恐るること莫れ。今度、生死の縛を切って、仏果を遂げしめ給え 」
( 177頁 )
「 いかなる事ありとも、少しもたゆむ事なかれ。いよいよ、張り上げて攻むべし。たとひ、命に及ぶとも、少しも、ひるむ事なかれ 」
( 1090頁 )
「 悪王あって法華経を失わば、身命を亡すとも随うべからず。」( 1051頁 )
※(注)文中の下線、文字拡大、色づけ等は当方にて編集。
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