「とある技術に興味はありませんか?」
科学ルポの著作もある小説家・海猫沢めろんさんのもとに、ある日あやしげなメールが届いた……。
今後、間違いなく注目を集める新技術「ハプティクス」とはいったい何か? 短期集中連載でその核心に迫ります。〔全3回〕
ある日の午後、いつものようにメールチェックしていると、受信箱に見知らぬ差出人の名前が表示された。
スパムメールか? 取材の依頼か? あるいは怪しげな陰謀論者か。
2016年に、『明日、機械がヒトになる』という科学ルポを刊行したあと、疑似科学とオカルトの混じった妄想のような奇妙なメールが読者から何度か来たことがあったので警戒したが、読み進めていくうちにそうではないことがわかった。
差出人のYさん(仮)は元研究者。都内にある出版社勤務で、「とある技術」について興味があれば取材はどうでしょう、というメールだった。
純粋にその技術に感動している様子が伝わってきたので、とりあえずこれは怪しい人ではないなと確信して、さっそくYさんと直接会い、ぼくは取材の準備にとりかかることに。
取材先は、慶應義塾大学の研究室——先端研究教育連携スクエア。
新宿から電車で約30分、新川崎駅から歩いて10分ほどで到着。公園のような緑地と2階建ての圧迫感のない建物が並ぶ。
その建物のなかのひとつが今回のテーマである「ハプティクス技術」の研究をしている大西研である。
「ハプティクス」とはなにか、取材のまえに、簡単に説明しておこう。
これは一般的に「触覚を擬似的に再現する技術」と言われている。
ぼくらのもっている五感のうち、聴覚である音響と、視覚である映像に関するテクノロジーはすでに大きな進歩をとげている。
残る3つ——触覚と嗅覚と味覚のなかで、もっとも可能性を秘めているのは「触覚」だ。
この「触覚」を擬似的に再現する技術が「ハプティクス」である。
具体的にどういったことができるのかというと、モニタで粘土をこねる作業をするときに、手元のほうでその感覚を発生させたり、振動を使ってなにもない板にボタンがあると錯覚させたり、デバイスの上下左右に「ベクトル」を発生させてあたかもそちらへ動いているような感覚をもたせたり。
最近ではゲーム機「Nintendo SWITCH」がコントローラーの振動を制御して、「炭酸の泡」や「ボールが入っている箱」「剣で切った衝撃」なんかを再現している——というのがぼくの知っているものだった。
ところが……、取材開始直後に、そもそもぼくのこのハプティクス認識が間違っていたことが判明する。
その結果、大失敗してしまうことを、このときのぼくは想像もしていなかった。