「人命救助したのはチベット人」という荒唐無稽な話。

どっからわいてきたんだ? とツイートを遡ると、「○○から聞いた」と伝聞元を書いているツイートは、「facebookで小名木善行さんが言っていた」とか「ねずさんからの情報」と記載していました。

検索してみた範囲では、そのほかに引用元を記した発言は出てきませんでしたので、9月19日午後の時点で「チベット人説」を唱えた発信源は、「小名木善行」氏(旧ハンドルネーム「ねずきち」現HN「ねず」「ねずさん」、他にweb上では「小名木伸太郎」名の記載も)がfacebook上に書いた発言であろうと思われました。

(2013年9月20日追記:@seigihakatsuの発言は「このアカウントは凍結されています」と表示されて読めなくなっていますが、19日時点でもっとも被リツイート数が多かったのはこの発言で、600を超えていたのではないかと思います)(20日22:10 凍結が解除されたようで発言が閲覧可能になっていました)

引用されているfacebook上の発言は「友達に公開」(FB内で“友達”となっている人にのみ閲覧を許可)とされていて、公開でアクセスできるURLはないため、画面キャプチャの画像を添えているツイートもあります(ありがたいことです)。

確かに「チベット人です」と断言しています。断言していますが、その根拠や出典は示されてません。
ナニコレ。

<パソコン画面をキャプチャしたもの>(転載)

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<スマホ画面をキャプチャしたもの>(転載)

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「小名木善行」氏のfacebook発言のキャプチャや一部の「チベット人説」ツイートには、一見これがソース記事かとも思えるようなJ-castニュース記事

男児救助の中国人留学生、本国でも英雄に 「反日」新聞も思わず「日中関係改善だ!」
http://www.j-cast.com/2013/09/18184153.html

へのリンクが添えられていますが、この記事に書かれている青年のプロフィルは、

台風による増水のなか大阪市で、川でおぼれた小学生を中国人留学生が身を挺して救出する「お手柄」があった。留学生には大阪府警から感謝状が贈られるなど、勇気ある行動が人々の賞賛の的となっているが、故郷の中国でもその活躍は大きく報じられ、「英雄」として称えられている。

日中で時の人となったのは、上海出身の厳俊さん(26)だ。

http://www.j-cast.com/2013/09/18184153.html

で、青年が「上海出身である」ことだけです。

「小名木善行」氏とはどのような人物なのでしょうか。

facebookのプロフィル
https://www.facebook.com/nezu3344
を参照すると、「国史研究会会長」「日本の心を伝える会代表」などが肩書きになっています。「友達」2277人、フォロー(友達にはならないが公開発言を閲覧する機能)755人だそうです。facebook有名人とは言えそうです。

「友達に公開」となっている元発言では多少のやりとりがあったらしく、閲覧できる人は

小名木氏曰く「ソースを明かせば、その方に迷惑がかかるから言えない」そうです。
https://www.facebook.com/nuuhiron/posts/164752890388148?comment_id=224257&offset=0&total_comments=14

と「小名木善行」氏の書き込みを伝えていました。
ソース(根拠)を求められ拒否しているわけですね。

おぼれた子供を助けたのは○○人であるという"真実"の根拠を知る人が誰でなぜそれとわかるのかを明かすと「迷惑がかかる」のはどういう状況なのか教えてもらいたいです。イェン・ジュンさんの水没しちゃった携帯の契約内容を携帯電話代理店から買い取ったので個人情報売買がバレるとまずい、とかそういう設定でしょうか。日本の携帯電話契約に必要なのは外国人在留カードで、中国の身分証(工作証)では通用しませんから、「民族欄」なんてありませんけれども……。

ここで前置きですが、ちべ者が、チベット、または「それってチベット…?」とつい反応してしまうポイントはいくつかあります。

  • 名前がチベット人である。
    cf: タシ(扎西)ドルジェ(多吉)ツェリン(次仁)ドルカツォ(卓嘎措)など
  • 出身(本人または両親の出身)がチベットである。
    cf: チベット自治区青海省四川省甘粛省雲南省ラダックシッキムザンスカールブータン地名によってはネパールインド
  • 名前や出身地以外にチベットに結びつく何かがある。
    cf: チベット語で歌を歌っているとかチベット仏教の僧衣を着てるとかチベットを舞台にした小説を書いているとか中央民族大学でチベットの歴史に関する論文を書いているとか以下略
  • 単に紛らわしい。
    「マルチヘッドシステム」を空目するとか「チベット高気圧」にいちいち反応するとか「西蔵王」(にし・ざおう)がチベット王に見えるとか以下略

4点目は置いておくとして、
今回の「台風で増水中の大阪市内の川で青年が子どもを救った」件をみるとこうなります。

  • 勇気ある青年の名前はふつうの漢姓漢名である。(→チベット人であるという証左にはならない。むしろ漢人ないし漢姓漢名を持つ人であってチベット人ではないとみるほうが自然)
  • 日本と中国の複数のニュースで「上海出身」と報じられている。(→チベット人であるという証左にはならない。むしろチベット人ではないとみるほうが自然)
  • 上海在住の両親が日本メディアのインタビューに答えている。(=両親も上海在住)(→チベット人であるという証左にはならない。むしろチベット人ではないとみるほうが自然)
  • 中国語記事より:上海市西中学(中高一貫)卒業→复旦大学外国語学部卒業→大阪で大学院の研究生(つまり難関大学卒の超エリート)/両親は海外赴任が多く祖父母に育てられた(つまり祖父母も上海在住)/母親は日本で生活したことがある
    (→いずれも「チベット」に結びつく要素は少なくむしろチベット人ではないと考える方がrya)
    http://www.news365.com.cn/xwzx/sh/201309/t20130919_1569770.html
    http://www.kaixian.tv/R2/n3561732c7.shtml

以上、それでもチベット人だと言い張りたいとすると、
「漢姓漢名をもち、祖父母から両親から一家一族が上海に住んでいて、両親は海外赴任していたことがあり、母は日本で暮らした経験がある、上海生まれ上海育ちのチベット人超エリート」
という設定になります。

「チベット人」という表現を、ごく単純に「お父さんもお母さんもおばあちゃんもおじいちゃんもチベット人」だとして考えると、この設定をクリアするには

  • (行商ビジネスではなく)上海に家族で住んで息子や孫と暮らしているチベット人老夫婦
  • 中国パスポートで日本に渡航して働いていたことがあるチベット人中年女性
  • 复旦大学に難なく合格し外国語(おそらく日本語?)を専攻して卒業、日本に留学したチベット人学生

という複数のチベット人が実在しなくてはなりません。
いやはや、これがどれだけ荒唐無稽でハードルの高い設定か(笑)。箇条書きにしながら笑いが漏れてしまったのですが、この無理ゲー感は、チベット事情を知る人には分かっていただけると思います。。

まあ、もちろん、「~でない」ことを証明するのは不可能に近い以上「存在する可能性がまったくゼロとはいいきれない」設定ですが、ここまで無理な設定をわざわざつくるほうがどうにかしてると思いますけどね普通。

この「小名木善行」氏は、いったいなぜ「チベット人です」などと言い出したのでしょう?

いえ、言いたいことは簡単に分かります。
中国人(漢人)が勇気ある行為をして称賛されるなんて認めたくない、なにがなんでも「中国人(漢人)じゃなかった」ことにしたい、白も黒と100回くらい言ってたらそう思うバカも出てくる(もしくは、言っているうちにその気になってくる)のでしょう。

そこではなく、ちべ者として不思議に思うのは、なんでこんな無理ゲー設定にしてまでチベット人だと言い出したのだろうってことです。「漢人じゃない」って言い募りたいだけなら、上海であればウイグル人のほうがたくさん移住して(させられて)いるし、回でもトゥチャでもチワンでもミャオでもいいじゃないですか。

要するに、この「小名木善行」氏、ここで「チベット人だ」と言ったら不自然ではないかとか設定に無理がないかを推測することもできないくらい、チベットについてなーーーんにも知らないし関心もないということが分かるわけです。

チベット人にはチベット人の名前があり、チベット人はチベットに住んでいて、チベット人にはチベット人の生活文化がある*ってことに興味も関心もないし、チベットなんてどうでもいい。ただ中国人を中傷する材料に使いたいだけ。それで、自分がどれだけ奇天烈な設定の妄言を言い出しているのかさえ分からないのでしょう。
(*海もないし山谷の急峻な地形に暮らしている高原のチベット人は一般的に水を怖がる人が多いです。泳げる人は非常に少ないです。泳げる漢人も少ないという話ですが、一般的割合にならしたらチベット人はもっと少ないと思います)

こんな人に、為にするだけに「チベット」が持ち出されて。まったくいったい何なんでしょう。

「小名木善行」氏(旧ハンドルネーム「ねずきち」、現HN「ねず」「ねずさん」、web上では「小名木伸太郎」の名も)をインターネットで検索すると、個人ブログですので真偽は不明ながら告発ブログまで作られています。
http://blog.livedoor.jp/t6699/
http://ossanman.blog68.fc2.com/blog-entry-1705.html
元マルチ商法主宰者であることを告発するもの
http://saginidamasarenai.blog.com/2011/04/26/%E6%97%A5%E5%BF%83%E4%BC%9A%E4%BC%9A%E9%95%B7%E3%80%81%E3%81%AD%E3%81%9A%E3%81%8D%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%82%93%E3%81%AE%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%80%82/

2010年の時点ですでにインターネットでは「うさんくさい人物」として取りざたされている人物なんですね。そして、マルチ商法でひと儲けした経験者なら、詐欺口上などお手のものなのでしょう。

facebookでは「友達に公開」(閲覧を限定)にして「友人のあなたにだけ教える特別な情報ですよ」という雰囲気作りをする。ありえないような話を断定口調で言い切り、「根拠を」と求められたら「情報源に迷惑がかかるから言えない」と自分の背後に大きな勢力があるかのようにほのめかし、根拠を示さず、読む人を勝手に誤解に導く。典型的な陰謀論、詐欺的話法の常套手段だと思います。

こんな言説を流して平然としている人が「講師」として講演会をやったり固定ファンがいたりするらしいのは驚きですし、こんな言説がほいほい広まる風潮は「インターネットってよく釣れるんですね」としか言いようがないですが、一番嫌気がさすのは、こんなののために「チベット支援側にはこんなデマゴーグがいる」とみられて、チベットで起きたことを現地のチベット人が命がけで伝えた情報までもが「どうせ盛ってんでしょ」「デマや大げさが多いからねチベット関連は」という評価を受けてしまいかねないことです。

絶許だ絶許!

(追記)
根拠のない話を元に、こんな画像まで。
これ、「漢民族とチベット民族は外見では区別がつかないんですよ、同じようなもんですよ」と逆にアピールしていることになって、中国政府が大喜びするのではないでしょうか。