イラク領土内においては、イラク軍、クルド軍、米軍の共同作戦によるIS(イスラム国)支配地の奪還作戦がほぼ完了し、世界の注目はクルドの独立問題に移っている。だがISが残したさまざまな傷跡は、いまもほとんどが放置されたままだ。
イラク内のISの中心都市モースルなどからの難民キャンプを管理しているイラク軍関係者が、IS戦闘員の妻や子どもら約1300人のなかに「日本や韓国などから来た人」が含まれていると述べたことが報じられ、国内でも波紋を広げた(その後、日本政府が事実関係を問い合わせたところ、「現在までの間に戦闘員家族の中に日本人が含まれている事実はない」との回答があった)。
これまで、ISに多数の外国人戦闘員が参加しており、そのなかにはアラブ系だけでなくヨーロッパ系(白人)の若者も加わっていることがわかっている。
[参考記事]
●IS(イスラム国)に潜入したドイツ人ジャーナリストが見た衝撃の内実とは?
だがメディアに登場するのは若い男性ばかりで、外国人女性の存在は謎に包まれていた。彼女たちはなぜ、生命をかけてまでISの支配地域に渡ろうとするのだろうか。
ISには明らかに人種による選別がある
サーミー・ムバイヤドはダマスカス生まれのシリア人で、レバノンのベイルート・アメリカン大学で学び、イギリスのエクセター大学で博士号を取得したあと、中東情勢を専門とするシンクタンクや国内外のメディアで執筆活動を行なってきた。そのムバイヤドが書いた『イスラーム国の黒旗のもとに』は、ほとんど報じられることのないシリア側のIS支配地域でなにが起きているのかを教えてくれる貴重な資料だ。
国連は、シリアに潜入したヨーロッパ出身の外国人戦闘員を1万5000人と見積もっている。それに対してシリア政府は、シリアの戦場で活動する外国人の数を2万5000人とし、「彼らは世界中の80カ国から来ている」との調査結果を発表した。外国人戦闘員の平均年齢は25歳で、彼らのほぼ60%がシリア到着時に独身で、ほとんどが生活基盤を整えたあとに結婚する。多くはムスリムの家庭出身で、両親との複雑な関係、継父・継母による虐待、失恋や経済的困窮による生活破綻などなんらかの問題を抱えていた。
外国人ジハード戦士でもっとも多いのがイギリス人で、600~700人が戦闘に参加したとされる。その後はフランス、スペイン、ベルギー、ドイツ、アメリカと続き、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドなど北欧の国々の名前もある。世界でもっとも自由でリベラルな社会であるはずの西ヨーロッパから、テロをも辞さないジハード主義者が次々と生まれているのだ。
ISの外国人戦闘員には中国からもウイグル族のムスリムが参加しているが、彼らはヨーロッパ系の戦闘員とは別に暮らしている。ムバイヤトによると、ISには明らかに人種による選別があり、もっとも大切にされるのはイギリス人とフランス人だ。いうまでもなくこの両国は、植民地主義時代にイラク・シリアの宗主国だった。それと同等に扱われるのがアメリカ人で、これは「世界を支配する悪の帝国」から逃れてきたからだろう。
そのなかでも稀少なのは金髪・碧眼の白人で、キリスト教からの改宗者であればなおいい。彼らはイスラーム再興を目指す「カリフ国家」の正当性を世界に示す、「テロ組織の王冠を飾る宝石」なのだ。
シリアのヨーロッパ人ジハード主義者のコミュニティの10%は18歳から25歳の女性たちで、200人のヨーロッパ人女性が2011年の戦争勃発以来、シリアに渡航したと推計されている。そのうち70人はフランス人、40人はドイツ人、60人がイギリス人、20人がベルギー人で35人がオランダ人だ。
ISは外国人女性の勧誘に積極的に関与しており、一時はトルコ国境近くの町バーブに「結婚相談所」を開設していたという。そこで入国した西洋の女性が登録され、正式にジハード主義者の新郎と結婚するのだ。
「私たちはここに戦うために来たのではない。結婚して子どもを生むために来たのです」と、彼女たちはいう。
これをたんなる宣伝と見なすことはできない。ISが「国家」として持続するためには多くの忠実な戦闘員が必要で、そのために「子どもを産む機械」を求めていた。20歳前後の多感な時期の女性たちは、それを「アッラーの愛と正義に満ち溢れた理想の結婚生活」を実現できる機会だと考えたのだ。
ヨーロッパからISに参加した女性の重要な仕事はSNSによる「勧誘」
ヨーロッパからISに参加した女性たちの重要な仕事は、インターネットやSNSを利用した「勧誘」だ。彼女たちはFacebook、Twitter、Instagramを使いこなし、ISのオンラインメディアのほぼすべてにかかわっている。その投稿は最先端の流行にのっとって計画されており、アマチュアの水準をはるかに超えているという。
SNSなどのメディアで、彼女たちはヨーロッパにいる「同胞」たちに向けて、西洋での生活が罪深いとか、過去を捨てろとか説いたりはしない。そのような批判よりずっと効果があるのが、ISでの「宗教的な生活」がどれほど素晴らしいかという宣伝(プロパガンダ)だ。
ISの「女性向けサイト」では、シリアに渡ったヨーロッパ人の女性たちが結婚祝いの場に出席する姿、赤ん坊を抱きしめる姿、冬用の衣服を縫う姿、アイスクリームを食べパンケーキを焼く姿の自撮りが投稿される。それにつづいて、敬虔なジハード主義の夫とともにイスラームのために子どもを産む「名誉」が語られる。
世俗化した西洋では、結婚や出産には個人的な満足以外の目的がなくなってしまった。しかしISは、人生に惑う若い女性たちに「崇高な人生の意義」を示すことができるのだ。
アクサー・マフムード(別名ウンム・ライス)は、ISのソーシャルメディア上でもっとも有名な女性だ。彼女は2013年11月にイギリスのグラスゴーからシリアに渡り、その後、毎日ISのためのブログを書いた。英語で執筆された「ムハージラ(移住者)の日記」には、2000人以上のフォロワーがいたという。
マフムードのホームページは、旅行ガイド『ロンリー・プラネット』(日本でいえば『地球の歩き方』)のような構成になっていて、無料でシリアに到達するための方法から、入国後の生活や地元のひとびととの交流まで、「アッラーの地」でロマンチックな結婚生活を夢見る女性のためのさまざまな情報が載せられ、「私になんでも聞いてください」というコーナーまであった。
「あなたのアッラーのための愛は何よりも重要なのです」と、マフムードは書く。
あなたが一度国境を越えたら、(家族への)最初の電話は今までしたことがないほど難しいでしょう(……)彼らがむせび泣くのを聞き、狂ったように電話上で帰ってくるよう乞われるのはとても辛いです(……)多くの人間は(……)理解していない(……)女性がなぜこの決定を選択したのかを。その者たちは指差して、あなたの背中とあなたの家族の顔に向かい、あなたが性的なジハードに参加した、と言うでしょう。
2014年9月、マフムードはヨーロッパの女性たちに向かって訴えた。
「自分の道を切り開ける人たちへ(……)私たちの土地に急ぎなさい(……)これはイスラームに対する戦争であり、「彼らと共にあるか、私たちと共にあるか」どちらかです。立場を決めなさい。
この呼びかけにこたえて、多くの若者たちがシリアを目指したのだ。
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