お知らせ

 前にもこの話を少ししたけれど、改めて。
 ブログの更新を年内で終了します。

 年内のいつで終わりにするか、そこはあまりきっちり決めずにゆるゆると、私の気持ち次第で終わりにしようかと。
 そしてブログ自体はしばらく残します。更新はなくても過去記事を読みたい人もいるだろうし、母を亡くした誰かがネットの海を流れ流れてここに辿り着くかもしれない。私のつたない文章や、ここに集ってくれた人たちの言葉を読んで何かを感じてくれるかもしれないから。永遠に残しておくことはしないとしても、ね。

 最初の記事を書いたのが2010年の11月4日。
 ずいぶん長く続けたなぁ、というのが正直な気持ち。
 でも、そろそろ私の話は、おしまい。

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ご褒美

 ふと、思う。
 今世で母と私が親子になれたのは、どんな偶然があってなんだろう?
 ひとつでも、ほんの少しでもなにかが違っていたら、母は私の母になれなくて、私は母の子どもになれなかった。
 偶然も重なれば必然というけれど、むしろこれは何かのご褒美なんじゃない?
 何かって、たぶん、たぶんだけど前世の私の行いが良くて、そのご褒美?
 きっと前世も母と私は親子だった。その前も、その前も前も、ずっと。時には母と子が入れ替わったりしながら母子の縁は続いて、そして今世があった。
 非科学的なのは充分わかっている。でも思うのは自由。
 私は来世でも母と親子になりたい。母以外の人と親子になるのは嫌だ。
 だから来世の私にもご褒美があるように。
 そのために生きていく。そんな考え方があってもいいよね。

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手紙

 お母さん、お母さん。
 そこにいる? 私の姿が見える? 私の声が聞こえている?
 お母さん。

 今日も元気だった?
 自由を楽しんだ?
 そこに猫たちもいる? カノンに、タミちゃんに、アイに、ミルも。それからインコのピッチとぴーちゃんも、一緒に過ごしている?

 私もいつか行くからね。
 いつかかならずお母さんのいるところに辿り着くからね。絶対だから待っていて。きっときっと、待っていて。

 でも今はまだここにいて、窓を閉めたり洗濯物を畳んだり晩ご飯を作らないといけないみたいだ。
 それが私のやるべきことらしいから。
 「こちら側」の持ち時間をすべて使い切るその日まで、やるべきことをどんどこ片付けていくから。
 待っていてね。見守っていてね。

 お母さん。

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検査結果

 6月に受けた神経生検の結果が7月に出たものの、それをこの場では報告していなかったので…。

 そもそも検査を受けたのは、私の患う成人スティル病の後遺症なのかなんなのか、手足のしびれと筋肉の硬縮(すごいきついサポーターをぎゅううっ!とはめられている感じ)が治まらないから。
 CTでもMRIでもわからない。神経内科も受診して、あれこれ薬も試してみたけれど変わらない。アミロイドーシスではないか? という所見もあって、それを確かめるためには神経を麻酔なしで切って取ってきて診断するしかない、ということで入院しての検査に踏み切ったわけです。

 (前置きが長くてすみません)

 結果。
 アミロイドーシスではありませんでした。つまり、この状態については原因不明。もう神経内科ではできる検査も治療もありません、あとは成人スティル病の担当医と相談してくださいと言われて終了。

 まぁ落ち込みました。症状がこれだけあって、でも原因がわからない。因果関係も証明できないから障害者認定もされない。これのせいで仕事も辞めざる得なかったのに。生活の色々な場面で苦労も不自由もしているのに。医学に見捨てられた感満載でしばらく泣いてばかりいました。母を喪ってただでさえ辛い人生なのにこの仕打ちはないでしょうと。
 今もつらいです、精神的にも症状的にも。

 だけど仕方ない。辛いと言っても止められない。勝手に人生を終わらせることは母が許してくれない。母はそんなことをさせるために私を産み育てたわけじゃないから。不自由でも大変でも、私の「こちら側」の時間をこの体で使い切るしかない。そしてこの状況でやれることを、できそうなことを探すしかない。
 ようやく最近、そんな気持ちに少しなってきたところです。
 だってそうするより仕方ないから。
 母だったらきっとそうするだろうから。

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ADAGIO

 お盆が終わり、私の誕生日が終わり、母の誕生日が終わり…。
 八月も半ばをすぎて日が暮れるのも早くなった。
 暑い暑いと言いながらもうじき夏が終わる。そして秋がやってくる。確実に、時間は流れている。
 母がいても、いなくても。私が逆らっても、抗っても。
 それなら時間に身を委ねてもいいんじゃないかな?――最近はそんな気が少ししている。
 それは母のことを忘れてたわけでも、ないがしろにしているわけでもないから。胸の中に吠えるみたいな悲しみはいつもあって、ふとした拍子にわーっと表に出てくることもある。それは母が私の中心にいるからで、後悔も苦しみもみんな母に繋がっている。母を想う気持ちから生まれている。

 どんなことをしても母から離れないなら、ゆっくり生きても過ごしても、同じ。

 時に嵐に呑まれるとしても、できるだけ静かに穏やかに。もうこれ以上傷つきたくないから。

 そういえばカラヤンの指揮した「ADAGIO」ってクラシック音楽のアルバム、母が好きでよく聴いていた。こういうのがいいのよ、って言っていた。
 母もゆっくり生きたかったんだろうな。
 今はもう静かで穏やかに、望んだものを手に入れているんだろうな。

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八月のあなたへ

 もしタイムマシンが自由に使えるなら、母が生まれた日に行ってみたい。8月21日の、母が生まれた瞬間を見てみたい。

 まずは母の母、私にとっての祖母にお礼を言いたい。体が弱かったのに母を産んでくれてありがとう。この日まで大事に大事に、お腹の中の母を守ってくれてありがとう。そう言いたい。
 それから生まれたばかりの母にもお礼を言う。無事に生まれてきてくれてありがとう。これから悲しいことも大変なこともつらいこともあるけれど、たくさんたくさんあるけれど、どうか挫けず頑張って生きてください。そして27年後にまた逢いましょう。母になったあなたと、あなたの子どもとして生まれた私で再会しましょう。その日を楽しみに待っていますと伝えたい。
 たとえその先に悲しい別れが待っているとしても、私が残される運命だとしても、出逢わなければなにも始まらなかったから。

 お盆の迎え火を焚きながら、そんなことを思った。
 母がそばにいるなら、どうかこの思いが届きますように。どんなに私が母に出逢えたことを喜んで、再び逢える日を心待ちにしているか伝わりますように。
 
 

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怖い思い

 母が亡くなって良かったことなんてひとつもない。できることなら今でも一緒に毎日を過ごしたかった。私が死ぬまでずっと、ずっと。

 だけどふと思う。もう母は怖い思いをしなくていいんだな――って。
 たとえば台風、たとえば地震。災害の多い国だから、いつ大きな災害に襲われてもおかしくない。母もよくそれを心配していた。強そうに見えても怖がりな人だったから。
 私も怖かった。いつもそばにいられたらいいけれど、そういう訳にはいかないから。むしろそばにいない時間の方が長かったし、いつでもすぐに駆けつけられるわけじゃなかったから。

 母は、もう怖くない。台風も、地震も、どんな災害も事故も事件も、母を傷つけ怖がらせることはない。そういうものとはかけ離れたところにいる。おかしな言い方かもしれないけれど、母はいつでも元気でいつでも安全だ。

 悲しみにやさぐれた気持ちに覆われる日にも、その事実が少し私をなぐさめてくれる。母のことは安心していていいのだと。

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パンダの思い出

 TVで見た上野動物園のパンダの赤ちゃん、可愛かったなぁ。
 白黒模様もはっきりして、よたよたと動く姿はまるで動くぬいぐるみ! もし母があの映像を見たら、目尻を下げて猫撫で声で(相手はパンダだけど)、「あら~、もう可愛いわねぇ! このまま大きくならなきゃいいのに~」なんて言っただろう。
 そして昔、行列に並んでパンダを見たことを二人で懐かしく話しただろう。それから、たまにはパンダ見に行く? 行っちゃう? なんて話になったはず。

 ほんの少し、TVでパンダを見ただけなのに、こんなにも母を思い出す。記憶が繋がっている。人生の節目なんて大げさなものじゃなくて、毎日の、生活の、どこかにいつも母がいる。母の好きだったもの、愛したものたちが世界にまだあって、それが私を支えている。「こちら側」の世界もそんなに悪くないでしょ? と母が囁くみたいに。

 でも一緒に見に行きたかったよ、パンダ。きっと可愛いよ、パンダ。
 ねぇ、お母さん。

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暑中お見舞い申し上げます

 猛暑、酷暑お見舞いと言ったほうが合うかもしれませんが…。

 「今日も暑くなるって、お母さん」
 「やっぱり暑いね、溶けそうだよ、お母さん」
 「この暑さの中よく一日頑張ったと思わない?褒めてよ、お母さん」

 朝起きて最初に母に声をかけ、昼も話しかけ、夜の眠る前に話しかける。それが私の夏の一日。

 皆さんもどうかお体をお大事に。夏の暑さに負けないように、できるだけちゃんと食べて、夜は眠ってください。熱中症にならないように水分補給に気をつけて。
 それがお母さんの望みだから。お母さんが無事に過ごして欲しいと子どもに願う、夏の一日だから。

 

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七夕

 確か去年の七夕は関東は雨だった気がする。
 今年は逢えなくてかわいそうに…なんて思った覚えがあるから。

 織姫も彦星も、あれはただの伝説(言い伝え? 昔話?)に過ぎなくて、本当は宇宙に存在する星のひとつだとわかっている。
 それでも雨だと気の毒に思い晴れなら良かったと思うのは、織姫と彦星に母と自分を重ねているからかもしれない。
 どうしようもないものに、遠く、隔てられてしまった二人に。
 同時に一年に一度だけでも逢えるならいいじゃない、なんて嫉妬もしたりして。

 いつか私も逢おう。
 時間も距離も、天の川も飛び越えて。
 いちばん好きな、いちばん愛している人に。

 そう思うから、七夕の夜は晴れているほうが嬉しい。

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