映画『ダンケルク』父親が息子たちを家に連れ帰る物語 -2-

(前回から続いています)

『鳥』+『恐怖の報酬』??

ダンケルクの撤退作戦では、戦闘機や大小の船舶がそれぞれ100機、100隻をくだらない数集結していたはずです。それを映画にするってどうやるの?と私は素朴に思っていました。

しかもCGなど一切使わないという。予算は低めだという。でも戦闘機は飛び、当時の本物の船も登場するという。

さらに実際の撤退作戦が行われた5月27日から6月4日に合わせて、ダンケルクの海岸で撮影するというのです。そこまでこだわるのかと唖然としながら、情報を追っていました。パリとベルギー(2016年3月)の連続テロもありました。

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しかし製作チームは予定通りフランス入りし、ダンケルク(一部アムステルダムのアイセル湖で。これはもと海だったのをせき止めて湖にした)で町の人々の協力を得ながら撮影に臨みました。

そしていち早く映画を見たフランス人の感想の中にこのようなものがありました。

ヒッチコックの『鳥』とクルーゾー『恐怖の報酬』を混ぜた感じ。」

おや、戦争映画じゃなくてどうやらサスペンス映画のようだ。そして私はこの監督の作品といえば"Memento (2000) "しか知らないのですが、これは三回見ました。(いずれ記事にするかもしれません)。

このあたりで映画がとっても楽しみになってきました。血の出る戦闘シーンが多い映画は苦手なので戦争映画はできればパスしたいと思っていたのです。戦争を扱いながらいわゆる戦争映画じゃないらしい。う~ん?

 

アイディアに脱帽

映画は三つの視点からこの作戦を描きます。

1. The Mole: One Week 防波堤:一週間

2. The sea: One Day 海:一日

3. The Air: One Hour 空:一時間

上の文言はスクリーン上に現れるものです。それぞれ一週間、一日、一時間と時間の長さが違うのがおもしろいです。

1の陸では40万人もの兵士たちが救出を待つ列を作っている。船に乗り込めてもドイツ空軍の爆撃に遭ったり、燃油まみれになって泳いだり、また陸に戻って乗れる船を探したり、と過酷なサバイバルが次々に淡々と描かれる。この一週間をまとまりごとに分けてトランプの一枚一枚のカードを作ったと思ってください。

2の海では、小型船の船長ミスター・ドーソンを中心に展開します。前回述べたようにイギリス海軍は民間の船を徴用するのですが、彼はこれに応じて息子とその友人とダンケルクに向かいます(下に写真あり)。様々なエピソードがあり、それらもカードにします。

3の空は、戦闘機スピットファイア3機とパイロットの話です。撤退作戦を支援するべく、陸と海上の様子を見ながら、ドイツ側と交戦する。空中戦が迫力です。この空での出来事も細切れにしてカードにします。

映画全体はこれらのカードを、時系列は守りつつ、シャッフルしたような構成で差し出されます。それが独特のサスペンスを生み出します。観客は完全に戦場に連れていかれた気分です。ずぶ濡れで惨めな気持ちになったり、コックピットの中で頭がクラクラしたり、戦場の恐怖を体感させられるのです。敵のドイツ兵がほぼ出てこないのもおもしろいと思いました。

とにかくサバイバルして国に帰る。国に連れ帰る。この一点に集中です。国民が官民一丸となって成功させた史実を三つの視点からうまくまとめていました。

心をひとつにして困難を克服する精神を「ダンケルク・スピリット」と呼ぶことは、今回初めて知りました。フランス人にとっては「負け戦」でも、イギリス人にとってダンケルクは栄光の地なのですね。

他にも音楽などいろいろありますが、SPYBOYさまがよいレビューを書いていらっしゃいますのでこちらでどうぞ。

『#お前が国難』と映画『ダンケルク』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)

 

父親が息子たちを家に連れ帰る物語

そう言ってもいいかもしれません。

ダンケルクの砂浜にたつ、この子どもみたいな顔をした若者、彼が主人公というわけではありません。兵士たちの中心に置かれてはいるが、彼の内面や感情は一切描かれない。戦争に駆り出された大勢のなかの一兵士にすぎない。この映画は主役もいなければ、ヒーローも出てこないのです。

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今彼が考えていることは生き延びてイギリス(home)に帰ることだけ。

一人目の父親はさしずめチャーチル首相でしょうか。兵士たちに「戦え」ではなく「退却しろ」と言います。父チャーチルは、悪い結果になるかもしれないと悲観した時期もあったようですが、33万人あまりの兵士たちを撤退させることに成功します。

この「奇跡」をお膳立てした偶然のひとつに、それまでの快進撃をなぜか止めたドイツ軍であることも興味深い史実です。(理由は一番下に)。

また忘れてならないのは撤退の援護に当たった兵士で命を落とした者は少なくないこと、またダンケルク近くのカレー(Calais)の港にもいたイギリス・フランス兵は、ドイツ軍をひきつけておくために救出されませんでした。

ともあれイギリスに渡った兵士たちはその後あちこちの戦場に送られていきました。なにせ戦争は始まったばかり。何年かあとノルマンディー上陸作戦をきっかけに、連合軍は勝利をおさめる…そのことを私たちは歴史で知っていますが、今ここにいる誰もそのことはわかりません。

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From the film ‘Dunkirk’, 2017. Photograph: Bros/Kobal/REX/Shutterstock

 

二人目の父親

https://i2.wp.com/theperrynews.com/wp-content/uploads/2017/07/Dunkirk-Mr-Dawson.jpg?resize=696%2C325

Mr. Dawson (Mark Rylance). Courtesy of Warner Bros.

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/004/936/18/N000/000/013/150536629377943479177_dunkirk-03.jpg

 

プレジャーボートムーンストーン」号の船長で自ら舵を取り、ダンケルクを目指すミスター・ドーソンでしょう。

 

この映画はセリフも極力少なく、登場人物の内面は見えませんが、ムーンストーン号のシーンには血の通った感じがあります。次第に謎が溶けていく、というか理解が深まっていくおもしろさがあります。これから見る人のために書きません。とにかくカッコいい人物設定です。この人がイギリスの父親を代表しているのだと思います。

 

〈映画『ダンケルク』はここまで〉

 

再び周辺のことや資料など。

ダンケルク今昔

映画がきっかけとなり、多くのフランス人の関心を呼び覚ましました。

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À Dunkerque, sur la piste des épaves de l'opération Dynamo

⚓当時のダンケルク市民は…

やはり映画がきっかけで市民から多くの写真が集まりました。(1940年5月か6月)

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Dunkerque, mai-juin 40, côté civil - La Libre

ダンケルク博物館にて

https://kidsindunkerque.files.wordpress.com/2017/07/img_1865-1.jpeg?w=676

kids In Dunkerque | sorties et activités pour les enfants à Dunkerque et ses environs

 

⚓「ダンケルクの奇跡」をお膳立てしてしまったドイツ軍

せっかくあそこまで英仏軍を追い詰めたのに、5月24日、ヒトラーは機甲部隊の前進停止命令を出します。私がかつて読んだことなどをまとめると

1.ドイツ空軍の最高責任者ゲーリングが「空軍だけでダンケルクの英仏軍を全滅させる」と豪語したので、空軍に花をもたせてやろうとヒトラーは決断したという説。

2.「英軍に多少逃げられるかもしれないが、ドイツの戦車がフランドルの泥にはまりこむのは我慢できない」とヒトラーが言ったという説。(たしかにベルギー・オランダは低地ゆえにぬかるみだらけで、皆が木靴を履いているというステレオタイプな見方は驚いたことに今でも残っている)

3.ヒトラーはイギリスと徹底的に戦う気はなかった。本当の決戦相手はソ連だったから兵力温存しようとした説。

他にもありましたら教えていただけると嬉しいです。

ダンケルクからイギリス兵を救出する姉妹のお話

『人生はシネマティック!』(”Their Finest” 2016年)

またイギリスはおもしろそうな映画を作っています。戦時中イギリス政府が国民の士気高揚のために作ったプロパガンダ映画製作の話だそうです。

http://eiga.k-img.com/images/movie/86687/photo/373a1b69ff8fea92.jpg?1504576949

人生はシネマティック! : 作品情報 - 映画.com

 

🍺スピットファイアというビールもあります。

https://i.pinimg.com/564x/b2/2b/cf/b22bcf606f03c98f0026f0be85e0f222.jpg

ロンドンの地下鉄に貼られていたというポスターだそうで。

 

今日は終わります。

ありがとうございました。