田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 9月20、21日の両日に行われた日本銀行の金融政策決定会合は、「現状維持」で今後の金融政策のあり方が決まった。表決に参加するのは、総裁と2人の副総裁、そして6人の審議委員であり、その多数決で政策のあり方を決めている。今回の日銀の政策決定会合は、ひとつのサプライズをもたらした。新たに任命された片岡剛士審議委員がただひとり、この「現状維持」決定について反対を表明したからだ。新委員になって最初の議決で、ひとり他の委員たちと違う票を投じることは、新日銀法下では初めての出来事である。
金融政策決定会合に臨む、日銀の黒田総裁(奥中央)ら。手前右が新任の片岡剛士審議委員=9月21日、日銀本店(代表撮影)
金融政策決定会合に臨む、日銀の黒田総裁(奥中央)ら。手前右が新任の片岡剛士審議委員=9月21日、日銀本店(代表撮影)
 片岡氏はいわゆる「リフレ派」のエコノミストとして有名だ。リフレ派は、大胆な金融政策を採用することを前提にして、デフレを脱却し、低インフレ状態で経済を安定化させることを目的としている。筆者もそのリフレ派の一員であることはこの連載で何度も書いているのでお分かりの読者も多いだろう。片岡氏は就任会見でも、物価安定目標の達成に並々ならぬ意欲をみせた。

 また、若田部昌澄早大教授は片岡氏を評して「勇気の人」と述べている。片岡氏は長年、民間のエコノミストとして活動してきており、一企業のいわば組織人である。片岡氏の発言をみてきた経験でいうと、彼の発言は所属する組織の利害と全く関係なく、その経済学に立脚した視点と事実に対する検証に裏付けられた政策観で首尾一貫していた。日本の組織は一般的に同調圧力が強い。今回の決定会合のように、最初から自説を展開できる人が今までいなかったことも、論理と事実の検証という理屈が、いかに組織的な同調圧力=「空気」の前に弱いか傍証しているだろう。そのような日銀にも代表される同調圧力に抗する「勇気」を、片岡氏は民間エコノミスト時代から養っていたのだろう。

 片岡氏の今回の日銀における「抵抗」は非常に強いメッセージを発している。片岡氏は日本銀行法が20世紀の終わりに改正されてから最も若い審議委員である。それ以前の日銀の歴史の中でも、われわれと立場が似ていた日本を代表するエコノミスト、下村治(1910-1989)に次いで2番目に若い審議委員である。またリフレ派でもあることを考えれば、この人選には官邸の意志が強く反映していると考えるのが普通だろう。つまり言い方をかえれば、官邸は片岡氏の意見を重視するはずである。ただのマイナーな意見の表明とは質が違う、と考えるべきだ。そして片岡氏が「勇気の人」であるならば、日本経済の状況と政策のあり方が変わらない限り、この「反対」の意見もまた変わることがないだろうと予測できる。繰り返すが、この「反対」は日銀への評価として、官邸や言論の場にも影響を与えることは間違いない。