仕事のストレスを発散しようと運動をして、筋肉疲労が残る、体がだるいなど余計に疲れが溜まることがあります。
大阪市立大学医学部疲労医学教室特任教授で、ベストセラー『すべての疲労は脳が原因』(集英社)の著者でもある梶本修身医師は、「精神的な疲労と体の疲労は別のものではありません。疲れが蓄積する場所はいずれも同じ、『脳』なんです」と話します。
疲労の正体について、詳しく聞いてみました。
疲労が溜まるのは、自律神経の中枢がある脳
体の疲れの原因が脳にある!? 運動中や後には体がしんどいと感じるものですが、具体的にどういうことなのでしょうか。梶本医師は自らの研究で明らかにした結果から、次のように説明します。
「運動時に疲労が生じているのは、筋肉などの末梢組織が主ではなく、実は、『自律神経の中枢(ちゅうすう)がある脳』だと判明しています。
運動をすると、呼吸や心拍が速くなる、体温が上昇する、血圧が高くなる、汗をかくなどの変化が起こります。これらを無意識のうちにコントロールしているのは自律神経です。自律神経は、いま脳と体に必要な酸素はどれくらいか、心拍の速度をどれくらいにするかなど、生きるために必要となる機能を瞬時に調節しています。
その自律神経の中枢は、脳の『視床下部(ししょうかぶ)』と『前帯状回(ぜんたいじょうかい)』という部分にあります。これらは『ニューロン』と呼ばれる神経細胞でできていますが、自律神経を酷使すると酸素が過剰に消費されて、有害な『活性酸素』が生じます。
すると細胞の組織がさびついて『酸化ストレス』となり、自律神経はうまく機能しなくなります。これが脳疲労の状態です。そして、脳疲労こそが運動による疲労の正体なのです」
なんと、運動で疲れているのは、本当は脳だということです。運動後にはいつも筋肉のケアばかりしていましたが、よく考えると痛みやしんどさを感知しているのは脳ですから、その脳が疲れているのだという指摘は腑(ふ)に落ちました。
「疲労感なき疲労」がもっとも危険
さらに梶本医師は、「仕事で疲れているときに、気分転換にと運動をすると余計に疲れが溜まるだけ」と警告します。
「仕事の帰りにジムでトレーニングをする、ジョギングをする、長風呂や熱風呂、サウナに入る、また休日に朝早く起きてゴルフに出かけるといったことは、運動が好きな人はよくしているでしょう。しかし先ほど説明したように、仕事でも運動でも疲れるのは脳ですから、仕事で疲れているところにさらに運動をすると、脳疲労は蓄積するだけです」
では、運動をして汗をかくとすっきりした感覚があるのはなぜでしょうか。
「運動後、気分的にスカッとするのは、『ランナーズハイ』と同じ現象です。トレーニングを続けると、あるポイントでつらさや苦しみが消え、高揚感が生まれる経験をした人は多いと思います。このとき脳内では、エンドルフィンやカンナビノイドといった脳内麻薬と呼ばれるホルモンが分泌され、多幸感や快感のような感覚が引き起こされているんです」
それは思い当たります。その場合、疲労はどこにいったのでしょうか。
「疲労は消えたのではなく、脳内ホルモンの作用で隠されている状態です。これを『疲労感のマスキング』と呼びますが、これは危険な感覚です。実際には疲労困ぱいなのに、自覚がないために休息を取らずに運動を続けることになりがちだからです。
『疲労感なき疲労』は知らないうちに溜まり、頭痛や胃重、肩こり、腰痛、めまい、憂うつやイライラするなどの症状が複数、現れるようになります。これが自律神経の失調であり、やがては過労となって脳や心臓、またうつなどの重い病気を引き起こすことがあります」と梶本医師は警告します。
疲労回復の睡眠術、「早起き早寝」がカギ
このような疲労の蓄積を防ぐためにはどうすればいいのでしょうか。梶本医師は、「睡眠こそが最善策」と断言します。
「活性酸素によってダメージを受けた神経細胞は、疲労回復因子と呼ばれるタンパク質の作用で回復します。この働きは、睡眠中にもっとも効果を発揮します。睡眠時間を確保し、質が良い眠りを心がけることがなにより肝要です」
また、良質な睡眠を得る第一の戦略として、梶本医師は次のアドバイスをします。
「早寝早起きではなく、『早起き早寝』を実践しましょう。無理に早く床についてもなかなか寝つけない人は多く、毎日朝7時に起きるなど、起床時間のほうを優先して決めたほうが習慣化しやすいのです。
その理由は、一日のリズムを決めているのは朝だからです。起きて太陽の光を浴びると脳の体内時計がリセットされ、セロトニンというホルモンが分泌されます。それから14~16時間後には、セロトニンから眠りの準備を整えるメラトニンがつくられて徐々に眠くなり、睡眠のリズムが整ってくるでしょう」
「運動による疲れの正体は、自律神経の中枢がある脳の疲労」だということが分かりました。疲れを感じるときに、運動や長風呂で気分転換をしようとするのは間違いで、余計に疲れるだけだったのです。疲れたときはいち早く休息して良質な睡眠をとることが一番だと考え、自律神経を酷使しない生活を心がけたいものです。
(取材・文 小山田淳一郎/ユンブル)