先日世界的ジャズ・トランペット奏者である日野皓正氏が、男子中学生に往復ビンタした件が炎上していましたね。日野氏を責める声、中学生が悪いという声と、両論あったわけですが、私はこの件は、日本の精神性を色濃く反映した事件だと感じました。
まず日本のジャズ界というののは、殴る蹴るの暴力が今だに横行している業界だということです。親しい間柄、師匠と弟子の間であれば、それは当たり前らしいのです。
ジャズというのはクラシックや雅楽と違いそもそも反体制的な音楽です。演奏者がいきなりソロをはじめたり、演奏時間をすぎても延々とやっていたりします。
私はハードロックとヘビーメタルが好きなのですが、そういう音楽を聴く人間からしても、ジャズの人がやることというのは、ぶったまげています。フリージャズの世界だと、足でピアノを引いていたり、はっきりいって、メタル的には音楽とは認められない、様式美も何もない世界なので、2秒しか演奏しない曲があるナパームデスも真っ青です。
そういった世界ですから弟子が師匠に対して反抗するのも当たり前ですし、そもそも師匠と弟子という定義があるのはどうなのよです。
しかし日本のジャズ界というのは、武道や伝統芸能やブラック企業と何も変わらず、先生に反対意見をいってはいけない学校と同じで、上下関係が厳しい封建社会のようですね。自由なはずの音楽ですらそうなってしまうというのは、かなり日本的な現象なのではないでしょうか。
二点目に気になったことは、楽しい思い出をぶちこわすな、ということです。
このイベントには中学生の保護者や親類近所の人などが来ていたはずです。一般庶民というのは日々仕事や日常生活が多忙なので、こういった行事に来る時間を作り出すのも簡単ではありません。おじいさん、おばあさんの場合、このイベントが孫が活躍する姿を最後に見る機会になるのかもしれません。
発表会とは、単なる教育の成果発表ではなくて、そういう日々の生活の中で、なんとか時間をやりくりして、みんなで楽しい思い出を残す日なのです。
その日の写真は家族のアルバムに貼られ、20年後に、すっかり小さくなってしまった親が、子育てに一生懸命だったあの日のことを、そっと思い出すために眺める心の記念碑です。病気で動けなくなったら、ベッドの横に貼って、あの日、送迎する車の中で話したこと、よちよち歩きだった子供がまるで大人のように見えたこと、ニキビだらけの顔、初めて楽器を買ってやった日のことを、投薬でぼんやりとした頭のなかで、モニタの音を背景に、影絵のように思い出すのです。人生はあっという間だった、ああ、もっと子供と時間を過ごせばよかった、と。
あのビンタは、思い出をとても悲しいものにしてしまった。人は悪いことはすぐに忘れてしまいますが、死ぬような思いで股からひねり出した子供が殴られるというのは、やはり悲しいものです。他人の子供がボコボコにされるのだって辛いです。
日野さんは、はっきり言えばおじいさんなのですから、子供を殴りつけるのではなく、一緒にセッションを披露したら良かったのではないでしょうか。それがジャズマンとしてあるべき姿のような気がします。だってミュージシャンには上も下もないのですから。
3点目に気になったのが、この事件は日本における教育や仕事のあり方の精神性を色濃く表しているということです。
中学生がビンタされたことに反対する人はあまりいませんでした。むしろ中学生を責める人が多かった。
これが何を意味するかというというと、日本では、仕事でも何でもクソ真面目にやるのが正しいと思いこんでいる人が多いことです。楽しむことが罪なのです。楽しい体験をするはずのバンドや発表会で、ユーモアのひとかけらもない爺さん師匠に殴られるのが正しいというのですから。あんなものを見て楽しいと思った人は一人もいないのではないですか?
私たちは何のために生きているのでしょうか。
人間とは苦しみや悲しみが嫌いな生物です。人生は短いのですから仕事も勉強も楽しくやった方が良いに決まっています。
しかし日本では楽しんでいると不真面目だとおもわれてしまいます。
こういった精神性が多くの日本人を苦しめています。
職場での面白おかしい無駄話は許されず、学校の授業は先生の話を真面目に聞くだけ。PTAのスピーチにはユーモアのセンスが1ミリもなく、政治家はきの利いた冗談を言うことすらできません。だから、会社も楽しくないし、学校に行きたくない子供は多い。通勤電車の中の人達は、どんよりと暗い表情です。私は色々な国に行きましたけど、多分日本の電車の中が一番暗い。誰も笑っていないし、目が死んでいる。
店で店員さんと軽口を聞こうと思っても、変な目で見られたり、周囲の客にむっとされてしまう。どこでも余裕がなくて、辛そうに、つまらなそうにしているのが正しいと思っている。だから中学生が殴られるのが当然だという意見がでてくるのです。
私が尊敬するミュージシャンの1人にKISSというバンドの、ジーン・シモンズという人がいます。
ジーンはイスラエル生まれのユダヤ人です。彼の親類の多くはホロコーストでなくなっています。幼い頃にアメリカに移民し、苦しい生活の中で小学校の先生になって、学校で働きながらバンドを始めました。移民は英語を徹底的に学び、努力をするべきだと厳しいことをいう人です。そんな人だからこそ、今やミュージシャンとしても、ビジネスマンとしても大成功しています。
そんなジーンのモットーは、ロックンロールは徹底的に楽しいものであるべきだということです。人は苦しい生活の中、楽しみと救いを求めて音楽を聞きます。音楽は苦しみの原因になってはならないのです。ジーンは、自信や周囲の人が辛い経験をしてきたからこそ、音楽の楽しみを強調しているのです。
私はKISSの歌は口ずさみますが、日野さんの演奏を聴きたいとは思いません。
苦しみばかりを強調する日本の精神性を思い出してしまうからです。