カルチャー
激辛批評のミチコカクタニ「引退」の激震|米国が最も恐れた日系人女性を知っていますか?
全米から“最恐の批評家”とも“神の声”とも呼ばれる書評家がいる、いや、いた。
その日系人女性が7月に書評からの引退を発表すると、全米各紙はこのことを大きく取り上げた。
「これでよく眠れると思っている作家もいるだろう」
そう書かれるほど、彼女の批評は全米で最も恐れられ、最も影響力があった──。
あのキャリーも恐れた批評家
ミチコカクタニという名前を知っているだろうか?
38年間にわたり「ニューヨーク・タイムズ」の書評を担当したこの激辛書評家の名は、「セックス・アンド・ザ・シティ」の主人公のキャリー・ブラッドショーもコラムニストが恐れる存在として口にしていた。
日系アメリカ人2世のカクタニの父はイェール大学の数学科の教授を務めた著名な数学博士。カクタニもイェール大学を卒業、「ワシントン・ポスト」、そして「タイム」の記者として活躍したのち、1979年にニューヨーク・タイムズに入社。4年ほどアートの記事を担当し、1983年に書評家となった。そして1998年には「批評」部門でピューリッツァー賞を受賞している。
その辛辣な批評は“Kakutanied”という言葉ができるほど。どんなベストセラー作家だろうが、たくさんの賞を受賞している大御所作家であろうが容赦をしない一方で、無名の新人作家の発掘にも力を入れており、彼女の批評によって有名になった作家も多くいる。
ゼイディ・スミスやジョナサン・フランゼンもその一人だが、デビュー作を褒めたからといって、その後の作品を優しく見守るわけではない。
フランゼンは2006年の作品を酷評されたとき、カクタニについて「ニューヨークで一番のあほだ」ととても幼稚な言葉でその怒りを表した。白人男性作家のなかにはカクタニの厳しい批評を根に持つ人がいたようだが、彼女にとってはそんなことはどこ吹く風だ。
ちなみに、“あほ発言”後の2010年に発表されたフランゼンの作品をカクタニは賞賛した。対峙するのは個人ではなく、あくまでも作品なのである。
そのミチコカクタニが7月に批評からの引退を発表すると、全米各紙はこぞってそのことを取り上げた。
もうカクタナイズしてもらえない、全米衝撃の引退宣言
「ヴァニティ・フェア」は彼女のレビューはニュースだったと記す。新作のコピーが手に入るのであれば、どんな時間でもそれを読み、批評を書く。どの出版社もセントラルパーク近くの彼女の住所を暗記している。
2007年には、あのハリー・ポッターの新作を発売前にこき下ろしたことがあった。マンハッタンの薬局で、発売日前にフライングして売られていたその新作を手にいれたニューヨーク・タイムズの社員が、即座にカクタニに手渡し、彼女は700ページを読破、そのレビューを書き上げたのである。
ある出版社の宣伝担当は彼女の引退を予感したという。なぜなら、新作についての情報を知らせるメールをしたのに、いつもの“すぐにコピーを送って”という返事がなかったからだという。ニューヨーク・タイムズの誰よりもスクープにこだわったのはカクタニだった。
批評でも“I”を使わないカクタニはインタビューを断り、写真撮影にもほとんど応じない。カクタニと仕事をしたことのある人々に取材した「ニューヨーク・マガジン」は、彼女を小柄でおしゃれでシャイな、トーンの高い声で話す実在する人物だと紹介したのちに、“本当は存在しないんじゃないか”とか、“ポール・サイモンと付き合っているらしい、いや、相手はウッディ・アレンだ”という噂があったことや、見かけたときに“まるでユニコーンを見た気持ちだった”という出版関係者のコメントを紹介した。
それほどまでに彼女は伝説だった。
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