「V6のコンサートでは、飛んできた銀テープをファン同士で分け合う」というのがいつの間にか定説のように囁かれている。
今ツアーでもその姿は健在で、私も参加する前からそんな話題をちょくちょく目にしていた。
「周辺の席の方からもらった」
「前の席から回ってきた」
「外で配っている人がいた」
「持っているか声をかけてくれた」
など、そんな言葉が多く見受けられた。
2015年のコンサートツアー時にはアリーナ外周に設けられた花道とスタンド席が隣接していて、花道上に落ちた銀テープを井ノ原さんが拾って渡し「うしろに回して」と指示していた。
スタンド最前列の方はそれを受け取り、しっかりと後列に回す。そんなやりとりを間近で見て、感動した。
銀テープの価値観は本当に界隈それぞれだ。
アイドル・アーティストによるとも言える。近年はツアーロゴやメッセージなどがプリントされている場合も多いため、それが銀テープ争奪戦により一層拍車をかけているのかもしれない。
奪い合いが起こるほど必死で手に入れようとする現場もあれば、一方では終演後にどっさりと放置されているような現場もある。
"分け合う"というのが定説になっているような現場もあれば、"奪い合う"ことが当たり前に起こっている現場もあるのだ。
以前、ブログでコンサートスタッフさんについての記事を書いたところ、実際にコンサートスタッフとして働く方から連絡をいただき、色々と質問させていただいたことがある。
その中で怖い思いをした経験について質問したところ、こんな返答をいただいた。
最近で言うとジャニーズのあるグループで、銀テープが出た際のことです。
比較的若いファンの方が多いせいか、銀テープが出た途端に席移動する人の多さ、スタッフに向かって走って来る人、注意をしても聞かない人、しまいには終演後に外周に落ちている銀テープを自撮り棒、傘で取る方などもいて、恐ろしいなと思いました、、、、
そのような行動をとることで、そのアイドルのイメージが本当に悪くなるということを自覚してほしいです。
現実問題として界隈によってはこういう事態が起こっているのだ。
ファン全員がマナー違反を犯す人ばかりではないのにこうした悪評がつきまとうのは、ひどくいたたまれない。
そういった恐ろしい話も耳に入ってくる中、伝え聞くV6のコンサート会場でのエピソードにはホッとするものも多い。
今年のツアーはまだ開催途中なのだが、福岡公演ではこんなことが起こっていたそうだ。
これには「なるほどそんな手が!」と目から鱗だ。
単純明快かつ簡単な方法とも言えるのに全く思いつかなかった。最初に発案した人を尊敬してしまうし、なおかつ周りにいる人々でも気軽に便乗できる画期的な方法だなと思った。
もし万が一、置かれた銀テープがその場に残ったら片付けが大変なのでは?という部分についても心配無いように思う。
「飛ばしてその場に残った銀テープは廃棄される」ということは以前確認したので、一箇所に回収されているのなら逆に掃除の手間が省けるかもしれない。
この福岡での件については、先日三宅さんのラジオ番組内で言及されていた。
「銀テープが取れなかった人の為に会場の出入口に置いて帰った人もいたみたいで。
それもね、良い話だよね。なんか良いね、みんなでこう喜びをちゃんとシェアしましょうっていう感じがね。
スマートで良いですね。そういう女がモテるよ、うん。恩着せがましくない感じね。スマートじゃないとね。良いことってね、スマートにやらないといけないから。褒めてもらいたいからやるんじゃないのよ、スマートじゃないと意味が無いからね。良いですね~。
いや、本当に、良い子達が揃ってくれて。まあこれからもね、そういうお姉さま方の素敵な行為を見てまたこの10代のファンの子達が育っていくと、「マナーの良さはピカイチ!」っていうのがね広まったらそりゃ嬉しいですよね。
なんかこう、そうやって皆でそういう意識を持って、色んな場所にイベントでもそうだけど参加してるって素敵な事だよね。
まぁ中にはさ、その、悪気があってじゃなくて、知らなくてみたいな子もいるだろうから、そういう子にはなんかこうね、キツくじゃなく優しく、ずっとファンをやってくれている人達が教えてあげたりしたら、色々お互いに楽しめるんじゃないかなと思います。良いことですね。」
(「三宅健のラヂオ」2017年9月18日放送分より)
宮城公演・セキスイハイムスーパーアリーナは、会場へのアクセスの都合上シャトルバスを利用する方が多いそうで、そのバスの乗り場・車中でもそんな光景は繰り広げられた。
またも目から鱗。まずその発想力に驚くし、それを実行に移せる行動力もうらやましい。
もしかしたらこういった事例を知っておくことで今後に生かせるかもしれないので、心のノートにしっかりとメモしておく。
さらに「スタッフさんが配ってくれた」という言葉もたくさん見かけた。
カゴまで持っていたとなるとそのために時間を割いてくれているのは明白で、その心遣いがありがたい。
この「スタッフさんが銀テープを配ってくれる」という行為について。
前出の過去記事の際に質問したところ、回答くださったコンサートスタッフさんの職場の場合は「他のアーティストの場合には配るが、ジャニーズの時には配らない」とのことだった。
つまり、この行為自体が「会場・アーティストによる」。
少なくとも名古屋ガイシホールでの運営側においては、「V6のコンサートでは配ることが可能・配って回っても混乱が生じない」と判断されているということだ。
それこそが信頼の証なのだろう、と思えることが嬉しい。
私の今ツアーの銀テープ事情はというと、大阪で2公演参加したうち1公演はスタンドのほぼ最後列だったので1本も手に入らず。もう1公演はアリーナ席だったので幸いにも数本降ってきた。
他会場での心温まる素敵な話題の数々については知っていた。
前回記事で触れた、会場で出会った14歳の女の子でさえ銀テープが取れたか確認してくれた。
さらにV6、及びそのコンサートが最高すぎて「どこかで還元しないとバチが当たりそう」と感じるレベルだった。
となると、私がやるべきことは決まってくる。
誰かにこれを手渡さなければならない。
手元に余った銀テープは2本。
退場中に機材の下に落ちているのを見かけ、できれば欲しいな〜…なんて眺めてみたりもしたのだが、この日は大阪公演の最終日。
スタッフさんもバタバタとお忙しそうにしていたので早々に諦めその場を離れようとすると、そのタイミングで声をかけてくださったお姉さんもいた。
銀テープを取れなかった人だ、と思って声をかけてくれたのだ。
お手数をおかけして本当に申し訳なかったのだが、ここでもまた優しさを感じ、そういう心持ちでいる人は本当に多いのだな、と知った。
福岡公演で行われたように出入り口付近で銀テープを置いておくのにちょうどいい場所はないだろうか、とキョロキョロしていたのだがあいにく良さげな場所が見つけられないまま、人の流れにそって会場を出た。
人でごった返している出口付近でたった2本しか持っていない銀テープのために大声を出すのは私にはハードルが高すぎる。
とりあえず手に持ちながらキョロキョロして歩き、もし声をかけてきてくれる方がいたら渡そう、となんとも他力本願な方法に頼ることにした。
内心、「あいつ銀テープ取れたことを自慢しながら見せびらかして歩いてる!サイテー!」と思われたらどうしよう…とも思いつつ。複数本をヒラヒラさせながら闊歩している人間の中には、私のような他力本願型も含まれているであろうことをここにお知らせしておきたい。
私自身の感覚としては、そういう人がいたらどんどん声をかけてみてほしい、というか声をかけてあげてほしい、と願う。
そうしてしばらく歩いていると、背後から「すいません!」と声をかけられた。
そのために銀テープをヒラヒラさせながら歩いていたこちらの心境としては、声をかけられた時点で振り向く前から「おいでなすった!」と心の中で腕まくりしてしまうくらいには気合いが入っている。
他力本願なくせにやる気だけはあるのだ。困った奴だ。
振り向くとそこにいたのは若い女の子2人組だった。高校生くらいだろうか。
「余ってますか?」と尋ねられたので、まずはその女の子に1本を手渡す。
もう1人の女の子は隣でそれを見ていて、おそらく私が手に持っていたのが2本だけだったために「1本だけ余っている」と判断したのだろう。遠慮がちな様子だった。
「持ってる?」と聞くと、首を横に振りながら「持ってないです」と答えたので、そこはもう、内心腕まくりである。じゃあ、と両手持ちで丁寧にお渡しした。
2人ともすごく喜んでくれて、その様子を見ながらなぜか私が真っ先に「よかったあ〜」と言ってしまった。
事実、彼女たちが声をかけてくれなかったら「銀テープあげたいのにあげられない難民」だったのだ。
「コンサート後に当てつけのように銀テープをヒラヒラさせながら自慢して歩いている芸人」と見なされていたかもしれない。…というのは、もしかすると渡せた・渡せなかったに関係なく思われていたかもしれないが。そこだけは断じて違うと念を押したい。
安堵感のあまり思わず「よかったあ〜」と間抜けなことを言ってしまったので、文脈的にもこのまま終わるとちょっと変な人に思われるかもしれない、という考えがよぎり「誰かに渡すために持ってたので渡せてよかった」という旨を続けた。
女の子たちはそれぞれにすいませんとありがとうございますを何度か繰り返しながら喜んでくれた。
「よかったなぁ!」「やった!」と喜びを爆発させあっている姿は無邪気で可愛らしかった。
なおかつ、喜びながら一瞬くしゃっと泣きそうな顔になったのが強く印象に残っていて、思い出すとなんだか泣きそうになる。
「こんなにも喜んでくれる人がいるんだな」という姿を目の当たりにしたことで、たった1本の銀テープが持つ価値の大きさを改めて目撃したような気持ちになった。
たかが1本されど1本、銀テープが運ぶ幸せは私が思っていた以上に大きいものなのかもしれない。
なにより、分け合っているのは銀テープという物そのものだけではないのだ、と感じた。
コンサート中に降ってくる銀テープは、今日この日の思い出の品として後に残る大切なものだ。
大切にとっておきたい物だからこそ時に奪い合いも生まれる。でも、大切な物だとわかっているからこそ分け合ったりもするのだろう。
銀テープを手に入れることができなかった人間は、その寂しさを知っている。
銀テープを分けてもらったことがある人間は、その嬉しさも知っている。
別アーティストの現場での出来事になるのだが、分けてもらった経験がある私はその時の嬉しさを忘れないし、逆に横から奪い取られた経験も忘れない。1本を途中から切ってはんぶんこしてもらった経験も、ずっと覚えている。
分け合うことで得るのは銀テープそのものだけではないのだと、泣きそうなくらい大喜びする女の子を見ながらしみじみ思ったのだ。
「分けてもらって嬉しい」も「もらってくれて嬉しい」も確かにそこにはあって、きっとそれは次につながる、原動力のようなものとして残るのだろう。
そうしてそれがまた次の人につながって、どこかで誰かが喜ぶ姿を生むに違いない。
そんなあたたかい光景があちこちで生まれて引き継がれていく現場であってほしいし、自分もそこに参加できていることに幸せを感じていたい。
コンサートの後に爽やかな余韻を残し大切なことを教えてくれた彼女たちは、きっとあの銀テープも大切にしてくれるだろう。
V6のコンサートでは、飛んできた銀テープをファン同士で分け合う。
それは本当の話で、でも全員が銀テープを分け合っていると言い切ってしまうと語弊がある。
本当にごく一部、極めて少数の話ではあるが、今現在だってオークションやメルカリで売りに出されているケースもあるにはあるのだ。残念ながら。
それでも、分け合うべく動く人もかなりたくさんいる、ということは自信を持って広めていきたいし、自慢したい。
美談が広まるのはマナー向上にもつながる。そして私のように発想力と行動力の乏しい人間にとっては、非常にありがたかったりする。いつか何かの機会でパッとひらめくことができるように、いろんなパターンを知っておきたい。
それはあくまで義務ではなく、強制するでもなく。
「誰かに渡す」という選択肢をさりげなくふところに忍ばせ、とっさの時でもスマートな振る舞いができるような人間になりたいものである。
女の子たちの喜ぶ姿を見て、ちょっといいことをできたかもしれない、とそわそわしてしまった私はまだまだスマートさが足りない。
まったくもって修行が足りない。非常にけしからん。
でも、そのあとそわつきながら食べたラーメンがめちゃくちゃ美味しかったのは確かだ。
おいしくごはんを食べるために、楽しくコンサートを観るために、たまには慣れないことをしてみるのもいいかもしれない。