ゲシュタルト崩壊という言葉を知ったきっかけは「トリビアの泉」だったか、よく知るはずの字をずっと見ていると知らない形に見えてくる…という現象だった気がする。適当だけど、そんなとこ。
そういえば、日本語を知らない外国人にとってはひらがなもカタカナも漢字もひっくるめて、常にゲシュタルト崩壊状態だと言えるのではないだろうか。自分自身、たとえばタイ語は字というより絵といった感覚に近いし。ホラ!だってホラホラ~!→หอยสังข์(ほら貝という意味です) じゃ、聞いてみよう!外国人にとって好きなひらがな…つまり、「推しひらがな」を。と思って聞いたらおもいのほか、いい話や深い話が飛び出しました。
1984年大阪出まれ、2011年からベトナム暮らし。日本から3600km離れた土地で、ダチョウに乗ったり、ドナルドのコスプレをしたり、札束風呂に入ったりしている。
前の記事:「飲茶がおいしすぎて観光地になった村」 人気記事:「ベトナムの丸亀製麺はパクチー盛り放題」 > 個人サイト べとまる まずは身近な友人(ベトナム人)に聞いてみた私「ラムくんのかっこいいひらがなは?」
ラム「『か』っす」 私「え、即答?」 ラム「即答っす」 シュッ!って感じがいいですよね
ラムくんは小5にベトナムを離れて高1までを神戸で過ごして、25歳になった今はバイリンガルのほぼ最終形態。過去に死に物狂いで日本語を勉強した時期に、「か」のかっこよさにシビれたのだという。「力強い感じがいいですよね」とも。
私「じゃあカタカナは?」 ラム「『カ』っす」 私「ほんま?」 ラム「ほんま」 「力(ちから)」から来てるのは間違いないな。 私「やっぱ確固たるひらがながあるもんやねんな。ラムくんの予想でええんやけど、日本語勉強中、あるいは習得したベトナム人の人達が一番選ぶ字は何やと思う?」 ラム「『あ』っす」 私「それも即答かいな」 ラム「即答っす」 なぜ「あ」かと聞くと「最初に学ぶので印象深いはず」という。うむ、理に適っとる。そういえばGoogle日本語のアプリのアイコンも「あ」だ。きっとほかの日本語の翻訳アプリも「あ」を採用しているところは多いだろう。という訳で、ほかの外国人の友人にも聞いてみました。 漢字っぽいから「き」が好きフランス人のダミアンさん、日本語を勉強した時期は高校の頃。
ダミアン「私は『き』ですね、漢字っぽくて」
私「お!でもどうしても漢字っぽいと好き?」 ダミアン「日本語の勉強をはじめるとき、漢字を学べると期待してたんですよ。それで、最初にひらがなを学ばないといけないと知ったときにすごくガッカリして」 私「あはは!ガッカリしたんだ(笑)…でも確かに、アジアから見た英語やフランス語がそう見えるように、漢字はアジア圏以外の方からするとクールに映るかもしれませんね」 ダミアン「はい。なので、その中で一番漢字っぽいという理由で『き』が好きでした」 私「でも、『き』って…漢字っぽい??」 ダミアン「ぽいですよ。画数が多いところとか、ハネるところとか…『ハネる』大好きですね」 私「『ハネる大好き』って単語もはじめて聞いたけど、いや…でも、はい、気持ちは分かります」 逆に嫌いなものはカタカナの「ヨ」だという。理由は「Eを反対にしただけでつまらないから」…ダミアンさん、貫いてるな! ダミアン「二番目に好きなひらがなは『あ』です」 私「おー、ほかの友人も『あ』が多いだろうと言ってました」 ダミアン「最初に覚えたので感動したという印象が残ってます、それに書けるように頑張って練習したので。そういう意味では、好きとは別に、感謝の気持ちが大きいです」 私「ひらがなに感謝とは…日本人として御礼を言わねばならない気がしてきた」 冷静に見ると、「あ」って初見殺しだな。
そのほか、ダミアンさんは『ぬ』も好きで、それは『奴』から変形したものであり、ひらがなのルーツは漢字だということを知ったからだという。以降、ひらがなの勉強が楽しくなったそうだ。それ、はじめて知ったよ!確かに似てるよね!というより、言われてみたらそうだけど、そもそも漢字からひらがなが出来たって知らなかったわ…。
ダミアンさん直筆の「ぬ」の変化。
それからダミアンさん自身の話になり、ほかにもすごくすごーくおもしろい話が聞けたのですが、長くなってしまう上に脱線するので割愛するけど、それでもやっぱりおもしろいので箇条書きで記しておきたいと思います。
・漢字でお経を早く書いたことによって崩れた字がひらがなのルーツ ・ひらがなが生まれた背景には、日本語の前身である大和ことばに漢字を当てる上で、文法が網羅できないため(漢字なら「食」だが、日本語(大和言葉)だと「食べる」「食べている」など用法によって別れる)。 ・言葉を学ぶとその国の人間の考え方が分かってくる、学ばなければ限度がある。 ・フランス人と日本人のどちらの友達からも「お前日本人っぽいな」とたまに言われる。 ・言葉をつくるとき、フランスではいかに「美しい響きか」ということを重視する。 ・フランスには下品な言葉が多い。たとえば、ブーシュは人の口を意味するが、グァールは動物の口を意味する。しかし、いわゆる下品な言葉はかつて日常的に使われていた言葉であり、それを嫌った貴族が美しい言葉をつくり、現在のいわゆる上品なフランス語が出来上がった。 ・マリオに代表される日本人によるゲーム革新は、絵画におけるイタリア人が起こしたルネサンスに匹敵すると思う。「なぜジャンプ?なぜ亀を殺す?」という日本のゲームの独創性は、ルネサンスによって絵画に影や奥行きが見出され現在の絵画全体に影響を与えているように、現在までのゲーム界に影響を与えている。 日本人のお姉さんから教えてもらったひらがながいまだに好きつづいては韓国人の諸(ジェ)さんから聞きました!どういう状況これ。
ジェ「『のくの』ですね」
私「のくの…『の』『く』じゃなくて」 「これです」「あ、顔!」
諸「中三の頃に日本へ一人旅に行って、それから日本に興味を持ちはじめたんですけど」
私「中三で海外一人旅ってすごいなー」 諸「当時は『トイレはどこですか』という日本語しか知らなかったです」 私「どれだけ尿意恐れてるんだよ」 諸「それから高校生になって地元で韓国人と日本人の集まる交流イベントに参加しはじめ、当時留学していた日本人のゆきさん(仮名)に可愛がってもらうようになったんです。でも、お互いに言葉が出来なかったため、そのときに、ゆきさんが教えてくれたひらがながこの『のくのひ』だったんですよ」 私「ええ話やないか…!!」 諸「いや、のくのへ…のくのひ…?どっちにしろいまだに好きです」 私「ディティール飛んでるやん」 「感謝しているひらがな」は意外にあるあるつづいてはよく取材を手伝ってもらうことも多いユエンさん。
ユエン「好きなひらがな…うーん、辛かった字なら『つ』だけど」
私「そっち先に聞こうか、なんで??」 ユエン「言いにくかったのよ。ベトナム語で『つ』の発音はないから、日本人の友人に『あなたの「つ」は全然ダメ』って言われてビックリして。日本に留学しているときに暇さえあれば『つ』の練習、『つ』『つ』『つ』って」 私「日本食レストランでよく店員さんが『餃子ひとちゅ』って言って、とくに日本人のおじさんがわざわざ『うん、餃子ひとちゅ!』って言い返してるところめっちゃ見るわ。赤ちゃん言葉に聴こえると言いたくなるのかね」 ユエン「好き、というか感謝してるひらがなはー」 私「出た、感謝!日本語を勉強した人に感謝しているひらがながあることは当たり前なのか…」 ユエン「『ぬ』かなぁ」 私「おぉ?別の友人も同じだったけど…なんで??」 ユエン「ベトナム人の先輩に『犬が寝ている形だと覚えるといいよ』って言われて」 あー、んー、なる…ほど。
ユエン「それまでひらがなの勉強がつまらないと思ってたんだけど、その話を聞いてから、ひらがながまるで生きているように感じてきて。楽しんで勉強できるきっかけになったの」
私「おもしろい話だなぁ」 発声しづらい言葉は嫌う傾向があるらしい同じくベトナム人のウィンさん。
ウィン「うーん、私は『ひ』ですねぇ」
私「理由は?」 ウィン「いろいろありますが、形が簡単でバランスもいいし、ベトナムの笑い声(テキスト)は『hihihi(ヒヒヒ)』でそれと同じだから。あとは、犬っぽいですよね」 あ、確かに…。というか、犬にたとえる人、多いな!
私「ほかにはある?」
ウィン「『き』がかわくて好きです」 私「ほう!かわいい!」 ウィン「発声するときに口を小さくして開けるから、『やさしい子』っていうイメージがある」 私「うむ、ちょっと分かる。逆に嫌いなひらがなはある?」 ウィン「『ぞ』『ざ』でしょうか」 私「それは北部読みだから?」 ウィン「そうです。アオザイも南部だとアオヤイで、アオザイのままだと北部読み。南部だと『ざ』は『や』になるし『ぞ』は『よ』になるし、発声しづらかったんですよね」 私「すごく納得。ということは、北部の人にとったら『や』『よ』が嫌いだという可能性もあるかもね」 外国人の友人から聞いたひらがなは一通り、こんなところ。 ベトナム人のラムくん→力強いから「か」が好き フランス人のダミアンさん→漢字っぽいから「き」が好き 韓国人の諸(ジェ)さん→ゆきさんに教えてもらった「のく」が好き ベトナム人のユエンさん→勉強を楽しめるきっかけになった「ぬ」が好き ベトナム人のウィンさん→形が犬っぽくて笑い声の発音にも似てるので「ひ」が好き こうして並べると、勉強の過程で好き嫌いが決まってはいるけど、振り返ってみると日本人でもありそうな理由も並んでいた。じゃ、これ、日本人に聞いてみたらどうなるだろう。 聞いてみましょう!写真はひらがなリファレンスマッシーン(スマホ)。
日本人でも個性と偏りがあった口頭で聞くのではなく、投票制を導入。濁音とぱ行は除きます。
あとから日本語を学んだ外国人と違って、エピソードが出づらいかもしれないと考え、投票制を導入。挙手で46音すべての点数を決めていきます。
私「まずは、『あ』…」 3/6票、ふむ。
私「んじゃ、『い』…」
2/6票、ふむふむ。
私「よし、『う』!」
全員「し~ん」 0/6票、ん…? 私「え!なんで?」 友人「いやだって、ダサくないすか?」 私「ま、まぁ、うん、分かる気はするけど」 友人「どうも情けない感じがしますよね」 ※「う」びいきの方は怒らないでください。 今までひらがなを絵として見たことはなかったが…想像以上に足並みが揃うぞ!コレ。クラスで嫌われ者がいて、「実は俺も思ってた」「あいつ超ダセえよな」とせきを切ったようにネガティブな共通認識が広がるこの感じ。「う」がクラスメイトではなく概念でよかった、いじめが生まれる現場に遭遇してしまうところだった。 そのあともひらがな総選挙 in ベトナムはつづき、このような傾向が見えて、そして意見が飛び出しました。 ・「い」や「し」にはワビサビの心を感じる ・「へ」は「屁」っぽいしなー、よって0票 ・「ふ」ってめちゃオシャレですよね ・わたし、お麩が好きなんですよ ・そんなんあり? ・いいんじゃないですか ・「け」ってなんか騎士っぽくないですか? ・あれ、俺だけ?そうか… ・「せ」は陸上のボルトみたいなでかっこいい ・あれ、これも俺だけ?そうか… ・な行は総得票数たったの1票 ・なんかヌメヌメしてるもんね ・「た」はダサいでしょ。0票 ・俺の名前「た」からはじまるけど正直分かるわ ・横二本線の入る字って0票じゃね、まもほももも ・そういえば自分の名前って避けがちでした ・あ、それ私もです ・だよねー そんなとりとめもない議論の末、最終候補は五文字に絞られた!それは… オシャレ度No.1…ふ! 曲線美の究極体…ゆ! 奇跡のバランス感覚…を! 左下にヒット&アウェイ…え! かわいらしさなら随一か…み! そして「五文字の中からひとり三文字まで」という、決戦投票の結果…
「第一回ひらがな総選挙、優勝は…」
「『ゆ』に決まりましたー!!」「おおおぉぉぉ~!!」
まさかこんなに盛り上がるとは。
でも、満場一致でした。次点は「ふ」!
外国人と日本人でひらがなが好きな理由は違ってくる…かも?何を以て我々はひいきのひらがなを選び、頂点に「ゆ」が君臨したのか。「曲線できれいだから」「音がやわらかいから」「温泉を連想するから」という議論もされたけど、物心ついた頃からひらがなを覚えた私たち日本人が、好きなひらがなに明確な理由を付けることはちょっと難しい気もする。と思っていたのですが、あとから追加でほかの人に聞いてみたところこちらは割と理由が明確なのでした。
・ぬ。湿り気を感じる、助平な文字だから。
・の。書くときの爽快感がひらがな界で随一。 ・め。なんかかわいい、絶対女の子って感じ。 ・と。モノや人、いろんなものをつなぐので。 ・れ。昔の人が書く二画目を縦に引く書き方が好き。 ・る。左下にぐっと入ってその反動で円が重なっていくフォルムが好き。「タクる」「バズる」など、「る」を付けることで動詞になるという万能感もよし。 カメラに向かって…「ゆ」!
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