『淵に立つ』で世界的評価をものにした深田晃司、黒沢清監督の前作『岸辺の旅』のメイキングを任された朝倉加葉子、商業作品にも貪欲に臨む一方で自主制作映画『許された子供たち』の公開が待たれる内藤瑛亮。映画美学校の先輩後輩である3人が、黒沢清と『散歩する侵略者』について大いに語る。【ネタバレ炸裂。ご注意ください!】

【深田晃司】
映画美学校フィクション・コース第3期修了生。
80年生まれ。06年中編『ざくろ屋敷』を発表。13年『ほとりの朔子』でナント三大陸映画祭グランプリ、16年『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門にて審査員賞を受賞。現在18年公開に向けて新作『海を駆ける』の仕上げ中。

【朝倉加葉子】
映画美学校フィクション・コース第8期修了生。
映画「クソすばらしいこの世界」で長編デビュー。他に「女の子よ死体と踊れ」「RADWIMPSのHESONOO」「ドクムシ」。来年撮影の長編準備中です。

【内藤瑛亮】
映画美学校フィクション・コース第11期修了生。
代表作『先生を流産させる会』。押切蓮介さん原作の『ミスミソウ』の仕上げ中。いじめを題材にした自主映画『許された子どもたち』を製作中。冬に後半パートを撮影します。

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——皆さんにとって、黒沢清作品とはどんな存在ですか。

朝倉 私はそもそも、まず黒沢清という人が、ここ20年ぐらいずっと日本を代表するカッコいい映画監督だと思っていますね。子供の時に映画館で「スイートホーム」を観て怖くて冒頭10分で出たという辛い記憶もありますけど、大学生の頃から本格的に観始めて大好きになって、映画美学校に入るきっかけになった一人でもあるし。

深田 うん。僕もそうですね。

内藤 深田さんの頃は、黒沢さんは頻繁に授業されていたんですか。

深田 いや、1年に1回でしたね。「黒沢さんがメイン講師なんだ!」って勇んで入ってきた人が多かったから、若干の波紋を呼びました(笑)。でも僕らの代には「研究科」という、講師陣による自主ゼミみたいなものがあって、そこに「高橋(洋)・黒沢ゼミ」というのが開かれたんです。

朝倉 うぉお!

深田 高橋さんがメイン講師で、2〜3回に1回は黒沢さんがいらして、みんなで8ミリ映画を公園に撮りに行ったりしてました。

朝倉 それ、超楽しいやつじゃないですか。いいなあ。私の時も授業は年1回で、でもその後上映のゲストに出ていただいたりで何度かお会いしたことはありましたけど、やっぱり遥か遠くの人って感じでした。でも、2014年に『岸辺の旅』でメイキングに入って、そこで私の「生のキヨシ」メモリーが、突然ぴょんと増量した感じです(笑)。
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内藤 僕の同期に黒沢さんファンのロシア人がいたんですけど、年1回しか黒沢さんの講義がなかったから、事務局に「キヨシ・クロサワ、イナイジャナーイ」ってキレてました(笑)。
僕はもともと、トビー・フーパーが好きで。調べていったら、クロサワキヨシという日本の監督がすごく褒めているということで、興味を持って『CURE』を観たんですね。でも僕はそれまで、アメリカの単純明快な娯楽映画ばかり観ていたので、『CURE』の良さがよくわからなかったんです。でも、妙に、心には残っていて。「変な映画だったなー」と思いつつ、たびたび観直しているうちに、だんだん好きになっていったという感じですね。商業映画を撮るようになって、黒沢作品に参加していたスタッフと仕事することが重なって、「現場での黒沢監督」についての話を結構聞いたんです。よく映画関係者に「あの監督、こうだよ」って聞くと、ちょっとがっかりしたりとか、幻滅しちゃったりすることがあるじゃないですか。もちろん、監督の人間性と作品の価値は別だと思ってはいますが。でも黒沢さんについては、話を聞けば聞くほど、どんどん好きになっていくんですよね。
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——例えば、どういうところを?

内藤 『散歩〜』で言うと、サブマシンガンを撃つシーンがあるじゃないですか。火薬をちゃんと入れて、撃てる小道具が用意されたんですけど、役者の近くで発砲するのは危ないから、芝居は火薬なしでやって、VFXでマズルの光や飛ぶ薬莢を描き加えたそうです。芝居パートが終わった後に、現場で火薬ありの発砲をしてマズルの光と飛ぶ薬莢のリファレンスを撮っているですね。その「リファレンス用の火薬ありの発砲」の準備をスタッフがしてたら、黒沢さんがおずおずと近寄ってきて「……それ、誰が撃ってもいいんだよね?」「僕が撃ってもいいかな?」って言い出して、自分でだだだだだ!って撃ったらしいです。ちょっと可愛くないですか(笑)。

一同 (笑)

内藤 そういう、無邪気さというか。自主映画を撮り始めたころにあるような、子供っぽく映画を遊ぶ気持ちがいまだにあるというのは、すごいことだなと思ったんです。

深田 僕が最初に観た黒沢作品は『スウィートホーム』でした。僕が8歳の時ですね。あの作品って、ファミコンのRPGになってるんですよね。実はそれが『バイオハザード』の元になっていて、それがめちゃめちゃ面白かった。僕は映画そっちのけで、そっちに夢中になりました。でもこの間、映画の方をVHSで観直したら、これも大傑作だった。映画版の価値に、あの頃の僕は気づいていなかったなあと思いました。その後、僕が本当に衝撃を受けたのは、Vシネ時代の作品群ですね。哀川翔の『勝手にしやがれ』シリーズとか、高橋洋さんが脚本を手がけている『蛇の道』とか。そこからずっとファンです。
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——どういうところに惹かれましたか。

深田 言語化がなかなか難しいんですけど、とにかくカッコいいんですよね。特に暴力の描き方。『散歩〜』にもあったけど、極めて乾いた描き方をされるじゃないですか。黒沢さんが登場人物に銃を持たせたら、ものすごくカッコいいことになる。つい、真似したくなるような。「暴力をどう描くか」ということについては、黒沢さんが現れたことで、日本映画はワンランク更新されたんだろうなと思うんです。倫理観とかセンチメンタリズムは一切関係なく、パァン!と起きる暴力。そこに非常に惹かれました。あと、独特のでたらめさですよね。物事の整合性とかじゃなく、とにかく映画の面白さ、その一点だけを信じて作られてる。大好きですね。だから今日はこんな本を持ってきました。みんなも持ってるんじゃないかと思うんだけど。
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内藤 あーー。

朝倉 持ってる(笑)。この凝った表紙にはクレジットがついてて、万田(邦敏)さんや篠崎(誠)さん達の名前が載ってますよね。

内藤 僕は再版されて表紙が変わったのを持ってます。

深田 しかも僕はミーハーなので、去年、対談する機会に恵まれまして、その時に、おずおずとサインをいただいてしまいました。
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一同 おおーー。

朝倉 この本、めちゃくちゃ面白いですよね!

深田 どこまで信じていいのかわからない一冊ですよね(笑)。

——朝倉さんは、黒沢さんの何に惹かれますか。

朝倉 やっぱり、さっき深田さんが言われたみたいに、話にでたらめな部分もあるんだけど、そのでたらめさが悪趣味ではなくて、「面白さ」の発展型なんですよね。でたらめさに、品位があるというか。あとはやっぱり、黒沢さんのスピード感が私は好きで。お芝居の動きと、台詞と、物語と——この本にも書かれてたけど、物語を何秒間でどれくらい進められるかっていうのが、キチキチしてないのに、すごく速くて。その運動神経のすさまじさが、本当に好きですね。何回でも観れちゃう。

内藤 役者の動かし方が不思議ですよね。何かのインタビューで読んだんですけど、台詞の一つ一つに役者の動線を決めて、俯瞰した図解を台本に書き込んで、それを元に演出してるって。

朝倉 この前出た『文學界』の別冊(『黒沢清の全貌』)に、その俯瞰図を書き込んだ台本の写真が載ってましたね。撮るのは横からなのに、それを上からの図解で理解できるって、何だろう。

深田 黒沢さんの世界観って、いわゆる「ナチュラル」とは違うと思うんですよ。完全に映画言語で、しかも黒沢的映画言語で作られているから、全然ナチュラルではなくて。今回も、松田龍平さんはひと目見ただけで宇宙人だってことが納得できるような動きをしていたけど、段々とその周りにいる普通の人々や群衆も宇宙人と変わらないように見えてくる(笑)。それってつまり、黒沢さんにとってのリアリティが「ナチュラルさ」とはまったく違うところにあるんだろうなと思うんです。その点において、『勝手にしやがれ』で大好きなシーンがあるんですけど。哀川翔が毎日会社で退屈な仕事をしているという描写で、どう見てもカロリーメイトにしか見えない何らかの食べものを食べて、何かをメモするっていうだけの仕事なんですよ。

朝倉 (笑)
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深田 でっちあげられた、適当な仕事なんですよね。でもその、黒沢さんの自由さ、軽さって、今も変わってないなあと感じました。『散歩〜』でも、笹野高史さんが率いる謎の集団が出てくるじゃないですか。あれは一体何なんだろう、って最後までわからないんだけど、でもまあ、それはそれでいいか!ってなってしまう。

内藤 あれ、今回一番でたらめでしたよね。

朝倉 衝撃を受けました。久々に!

深田 人の動き方にしても、いろんな人が大小の動きを見せるんだけど、それぞれが何らかの用事を与えられてるんですよね。「この書類をあそこに置く」とか。でも「なぜその書類をそこに置くのか」ということには、あんまり重きを置かれてなくて。そのリアリティのさじ加減というか、黒沢さんの文法の中でディテールが作られていくあの感じが、黒沢さんの作家性なんだろうなと思いますね。

朝倉 あれ、どういうふうに作られてるんだろう、って素朴に不思議だったんですよ。「役者は複雑な動線で動いていて、行く先々で台詞が喋られて、カメラは少しずつ横に回り込んでいたがいつの間にかタイトな横位置2ショットに」みたいなショットがあるじゃないですか。不思議だなあと思いながら、『岸辺の旅』のメイキングを撮りに行ったんですけど。

深田 そうか、そうだ。現場を見てるんだ朝倉さんは。ぜひ教えてくださいよ。

朝倉 恐ろしいことに、極めてナチュラルに作られるんです。段取り前に黒沢さんから撮影の芦沢明子さん他スタッフの方にプランの説明があって。で、段取りで役者には「こっちを向いてこれを言って、あれをやってこれをやって、これをこういう感じで行けますかね?」って半ば確認つつ少しずつ誘導して、動きが一通り決まって。それが終わる頃には芦沢さんのほうも確認が済んでいて、「はい、じゃあ、やってみましょうか」ってやったら、もうあれができちゃう。極めて普通の手順で、でもあっという間に作られる。

内藤 『トウキョウソナタ』のスタッフに聞いたら、動きをつけた後で黒沢さんは、「できなかったらできなくてもいいです」って言うらしいですね。すると、役者の生理として、「そう言われたらやりたくなる!」っていう心理が働くって聞きました。
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朝倉 だから役者の気持ちを無視するみたいなことは一切しないし、みんなの共通理解で「こういうふうにしたいんですけど大丈夫ですかね」「はい」「じゃ、やってみますか。(カメラマンに)回してください」みたいなスピードで。間に無駄な空白が一切ない。

内藤 じゃあやっぱり速いんですか。役者に説明して、動きをつけて、撮るまでが。

朝倉 速いですね。速いです。

深田 僕はこの間まで、芦沢さんと現場でご一緒してたんですけど、やっぱり黒沢さんの現場は速いっておっしゃってました。

朝倉 芦沢さん、私も短編ドラマを撮影していただいたことがあるんです。黒沢さん自体ももちろん速いんですけど、芦沢さんはたぶん、黒沢さんの現場の時は特にめちゃくちゃ速いのではと思います。かつ表面では絶対に急いでる風に見せない。凄まじかったです。

深田 黒沢さんがそうやって速く動けるのは、俳優を信頼しているからなのかなと思うんですよね。ここからあっちに行く、その間をどう埋めるかは、俳優次第っていう。

朝倉 ああ、普通に俳優さんに相談したりされてましたね。「最終的にはこのタイミングでここに居てほしいんですけど、ここからここの間ってお任せしてもいいですか?」って、ゆだねてる部分も多々ありました。お芝居以外でも、撮影だったり、美術だったり、俳優さんだったり、相手にゆだねる領域が結構広くて。

深田 それでもちゃんと黒沢印になってるんですよね。今回出てくる、夏休みの工作みたいな発信機なんか、Vシネ時代の黒沢さんを観ているかのようだった(笑)。

朝倉 そう、昔から同じものを観てきているような気がした(笑)。でも『岸辺〜』の時に、みんなが黒沢さんに「合わせてる」というのともどうやら違うように見えて。黒沢さんから「こうしたいんですけど、どうしたらいいですかね」って言われたら、相手もうれしいから、みんな頑張るし、できれば黒沢さんの想像を超えたものを返したい。そういう構図が、現場のありとあらゆるところに見られました。

深田 今回、演説シーンがいくつかあったじゃないですか。真治(松田龍平)に「所有の"の"」を奪われた丸尾君(満島真之介)が熱く語ってるところとか、普通に考えたらあの演説にあんなに人は群がらないだろうと思っちゃうんだけど、でも黒沢さんの映画だと、ちゃんと人がいて、ちゃんと動いている。その配置というか、デザインのされ方が、黒沢印なんですよね。

内藤 『クリーピー 偽りの隣人』で、西島秀俊と川口春奈が大学の中で話しているシーンがあったじゃないですか。ガラス窓の奥に大学生たちがたくさんいて。最初はわりかしナチュラルにしゃべっているんですけど、あるタイミングでエキストラの一人が、カメラ側を見るんですよね。そこから人工的な動きを始める。意味はよく分かんないけど、ちょー印象的なショットで、あのエキストラの動きはどうやってつけたんだろう?と疑問に思っていたんです。話を聞いたら、エキストラを担当する人と、カメラ側にいた人の、通信電波がつながらなくて、「よーい、はい!」が伝わらなかったらしいんです。だから最初は撮影中だと気づいてなくて普通に動いてて、途中で「やべ、本番始まってるっぽい!」ってなって、あわてて動き出したみたいで。

深田 はははは。

内藤 それはよくある失敗だから、普通ならNGとして撮り直すところなんだけど、それを観ていた黒沢さんが「オッケイ!」って。あえて異物っぽいところを、積極的に取り込んでいくというか。「不自然さが面白い」って考えてるんじゃないかなと思うんですよね。『贖罪』でも、カメラがドリーしてたら、「ガッタン」ってブレたところを、わざわざ使ってた記憶があって。

深田 海外で黒沢さんの人気はすごく高いですけど、国際映画祭で評価されるのは、やはり作家性の高い人なんですね。原作ものをたくさんやっていると、どうしても作家性が弱まって見えてしまう。その監督独自の世界観が伝わりづらくなっちゃうところがあるんだけど、黒沢さんに関しては、どんな原作ものでも、黒沢さんの映画にしか見えないですよね。物事をどう映すか、どう切り取るかっていうところにこそ、黒沢さんの作家性が潜んでいるんだろうなと思いますね。(続く)