すとーる・まーじん

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インテーク技術(F-16編)

F-2についている謎の棒」がちょっと話題になったのでF-2の空力的原型のF-16のインテークについてまとめる。

 

F-16に求められたもの

 F-16は世界中で幅広く運用され戦闘機としてはベストセラーの部類に入る。そのプロトタイプとしてYF-16の開発は1960年代より開始されたが、それを始めとしたLWF(軽戦闘機)については多くの書籍や報告書があることから本記事ではインテークのみについてまとめる。F-16の開発にあたり、その機体に要求されたものは、下記のとおりである。

亜音速遷音速(マッハ1.6)における優れた優位性
・マッハ2への一時的な加速能力
・軽量であり、かつ、コストに優れること
・高G性能及び高α性能に優れ、かつ、優れた総圧回復率を有すること

 

 機体空力設計陣はこれらの要求を踏まえ、機体のパフォーマンスを決定づける推進系統の要求を下記のように考えた。

・幅広い飛行領域で優れた総圧回復率を有し、かつ、スピレージ抵抗を極限に抑える
・マッハ2への加速能力を有する
・性能を満足した上で最小限の重量を実現し、低価格につなげる
・重量及びコストの観点から可能な限り簡素なシステムにすると同時に高信頼性を確保する
・高G及び高α時のディストーション耐性を有する

 

 総圧回復率とは機体がインテーク(インレット)からエンジンに導かれる間において速度を低下させ圧力を回復させる効率の指標であり、高い総圧力回復率である程、優れたインテーク性能となる。スピレージ抵抗とはインテークが吸い込む空気と、エンジンが必要とする空気のミスマッチからインテークの縁において空気を吸い込めずあふれる(スピレージ)ことにより発生する損失のことである。
 マッハ2への加速能力を考慮する上では、衝撃波の影響、総圧回復率、インテークがどれほどの空気を吸い込めるかという検討をせねばならず、マッハ2への加速能力を有するとは亜音速遷音速(マッハ1.6)の性能を下げることになりかねないものとなる。特に超音速の航空機では高いマッハ数まで飛行可能であるようにインテークに可変機構を設けているものや、衝撃波をうまく処理するためのスパイクといった空力デバイスが設けられることが多い。しかしながら、これらの採用は重量及びコストが増加すると共に、可動機構により機械的な不具合等の可能性が増加し、信頼性が低下する問題がある。
 高G及び高α性に優れるとは、戦闘機は格闘戦等を行う際に機首を上げたり、横滑りを起こすが、その際、インテークには機体そのものの進行方向からずれてインテークに空気が入ってくる。インレットに入った際のこの空気の分布(圧力の分布)を圧力ディストーション(または単にディストーション)と呼び、エンジンの作動に悪影響を与えることが知られている。高G性能及び高α性能に優れるとは、このディストーションをいかに抑えつつ、かつ、ディストーションに対して強いエンジンをつくるかがキモとなる。

 

F-16(YF-16)のインテーク

 それではF-16(YF-16)がこれらの課題についてどのよう工夫を行ったかについて述べる。図1はYF-16に採用されているインテーク周辺技術である。(写真は試作1号機)

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図1 YF-16のインテークの特徴(F-16もほぼ同様)

  

①ノーマルショックインテーク(NSI)を採用
 超音速インテークの圧力回復方法には外部圧縮法、内部圧縮法、混合圧縮法があるがF-16のそれは外部圧縮法を採用しており、超音速飛行時には機首等で発生した衝撃波は複数回の外部圧縮が行われインテーク入口のマッハ数は0.7~0.8となっている。つまり、インテークからエンジンまでのダクト間は亜音速ディフューザとなっており、全域に渡って亜音速、圧力は上昇傾向にある。これにより複雑な可変機構を有することなく、軽量化及び低コスト化を実現し、高い信頼性も併せ持つ。

②高L/Dダクトの採用
 デュフューザ効果を効率的に行なうため、可能な限り穏やかに通過断面積を増加させ、乱流の発生、剥離の発生を抑制し、高い圧力回復率を実現している(図2)。インテーク入口(スロート)からエンジン入口までの距離とエンジン入口直径の比は約5.4も取られている。

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図2 高L/Dダクトとマッハ数・面積分

 

③胴体下部インテーク(アンダーインテーク:Under belly intake)
 胴体の下部にインテークを配置することで、幅広い機体姿勢エンベロープのαとβに対して一様流を得ることができるとともに、「機体シールド効果」によりαに対して優れたメリットがある。

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図3 インテーク配置の違いによる局所αの変化

  

 図3は3つの異なるマッハ数に対してノーズインテーク、サイドインテークとアンダーインテークの機体の迎え角αとインテーク入口の局所αを比較したものであるが、アンダーインテークは機首の流れの影響により機体のαに対してインテークのそれは小さくなる(図4)、即ち相対的に小さなディストーションになることを表している。

 

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図4 アンダーインテークの定性的な流れ

 

④スプリッタープレート
 スプリッタープレートはインテークの縁から機首前方方向に向かって飛び出た片持ち構造の板(プレート)であり、これにより胴体の境界層の剥離により発生した衝撃波がインテークに影響を与えることを抑制することが可能となり、インテークの作動を安定させ、高総圧力回復率に寄与している。

⑤ダイバータ
 粘性を有する気体の中を物体が移動すると物体の表面からある程度の距離(極めて小さい)には速度の小さい「境界層」と呼ばれる流速分布が発生する。この境界層はエネルギーそのものが小さいことと、境界層の剥離により、衝撃波が発生する等、高速で移動する物体には悪影響を与える。そのため、航空機ではこの境界層が存在する領域あるいは境界層により影響を受けている領域に間を設けるダイバータと呼ばれる機構を採用している。近年ではステルス性の観点からインテークの形状を工夫し、境界層を抑制したダイバータレスインテーク(DSI)もある。

⑥インレットストラット
 エンジン制御用のセンサー、空力デバイスと認識されることが多いが、流線型をしたストラットであり、機体の構造物である。このインレットストラットの目的はインテークの変形を抑制することにある。インテーク~ダクトは軽量であり、一方で長い構造物であるため、ダクト内部の圧力回復、機体α等によって特にインテーク下部、ダクト下部が変形する可能性がある。この変形を抑制するために、インテーク上部構造物から、下部を支える形でインレットストラットを採用している。このインレットストラットは、インテークが亜音速ディフューザであることと、高L/Dダクトであることから、空力的な影響はなく、かつ、軽量で効果のある方法として採用された。我が国のF-2戦闘機にも同様のインレットストラットが存在するがその理由は同じである。

⑦ブラントリップ
 アンダーインテークの効果によりF-16のインテークは機体のαに対して相対的に小さなインテーク局所αを得ることができている。そのため、幅広いαに対応するためにインテーク下部の丸みを大きくする必要がなく(剥離が相対的に小さくすむため)、インテークサイズの最小化に寄与している。仮にサイドインテークの場合は、αに対して剥離が大きくなり、また、そのために必要な空気を得ることができないことからインテークとエンジンのミスマッチが発生し、スピレージ抵抗が増大する可能性もある。

⑧ガンポート配置
 アンダーインテークを採用することにより、ガンの発砲ガスをエンジンが吸い込む可能性がない。(エンジンが火気ガスを吸い込むと相対的に酸素が減り、性能が低下する)

⑨ノーズギア配置
 ノーズギアをインテークの後方に配置することにより、例えば地上滑走時の車輪による異物巻き上げを防止しFODを抑制している。

 

◆インテーク風洞試験

 これまでに述べた特徴を有するYF-16のインテークは13か月200回余の風洞試験が行われた。風洞試験は大きく3つのシリーズで行われた。先ずインテークと機首形状、ダイバータ幅、ブラントネス(ブラントリップの感度)の確認。次にこれらの結果から候補を絞り込み風洞試験、最後に実際に採用した機体形状の試験である。風洞試験は1971年末から開始され、僅か13か月でこれら3シリーズの試験を完了させ、その後1974年2月の公式初飛行という今では戦闘機開発としては非常に速いスピードで行われた。風洞試験の結果については参考文献[1]を参照されたい。

 

◆インテークの構造

 F-16のインテークでもう一つ面白い技術があるが、それはモジュール構造の採用である(図5、6)。F-16の設計陣は現在の要求はF100エンジンによるマッハ1.5級の戦闘機であるがエンジン性能のさらなる向上、より高速飛行の要求があった際に備えて、インテーク先端から約90インチをモジュール構造とした。これにより、インテークのキャプチャ面積・通過断面積を拡張することができ、約10%の空気流量の増加に対して、ダクトの一部分を交換することで対応できる。実際に、後年F100エンジンからF110エンジンに換装された際は設計陣の先見の明により、このモジュール構造を変更するのみで対応でき性能向上型に繋がった(図7)。因みにこのインテークモジュールの先端の部分にインレットストラットが装着されており、片持ち構造を解消していることがわかる。

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図5 モジュール構造

 

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図6 モジュール構造

 

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図7 F100用インテーク(上)、F110用インテーク(下)

 

◆まとめ

 F-16はその他のメーンコンポーネント、サブコンポーネントにも様々な工夫がなされており、世界的ベストセラーの戦闘機へと成長したが、インテークひとつとっても工夫が随所にみられることがわかる。F-16は現在もアップデートされつづけており、また、F-35の開発の際にはテストベット、サポート機になる等、初飛行から50年近く経ってもそのポテンシャルの高さを示している。ステルス、データリンク等の登場により戦闘の様相が変わったとはいえ、戦闘機の開発には明確な目標が必要であるように思う。

 最後に、F-2のインテークは機首形状とエンジンの性能向上により若干形状は違うものの、ほとんどF-16のそれを踏襲したデザインとなっている。

 

参考文献

 [1]J.E. Hawkins, "YF-16INLET DESIGN AND PERFORMANCE", AIAA Paper 74-1062, 1974

 H.J. Hillaker et al, "Design Concept and Rationale for YF-16", Lockheed Paper , 1972

 E.L. Goldsmith et al., "Practical Intake Aerodynamic Design", AIAA Education Series , 1993