スイーツは栄養としては無いも同然なのに、なぜ人はスイーツを求めるのか。
それは人が「至福」を求めるからである。
プリキュアの疑問
『キラキラ☆プリキュアアラモード』は「スイーツ×アニマル」をテーマとしている。特にスイーツは話の根幹に関わっており、単純にモチーフとなっているだけでなく、プリキュアはスイーツに宿る架空のエネルギー「キラキラル」によって力を発揮する。
エネルギーがあれば、それを狙う者が現れるのが世の常である。今作の悪役はキラキラルを奪い取ろうと迫りくる。
スイーツからキラキラルを守るために戦い続けて早33話。さらなる強大な敵が現われたことで、プリキュア達は自ら行ってきたスイーツ作りに疑問を持ってしまう。スイーツが無ければ敵が攻めてくることも無いのではないか、と。挙句の果てにスイーツは「エンプティフード」と呼ばれると言い出す始末。
だがその後、街並みを眺めていたアオイが疑問を持つ。「スイーツは必要のない食べ物なのに、なぜスイーツの店がこれほどまでに多く存在し、人々はスイーツを嬉しそうに食べるのか」と。
それに対し、スイーツ博士のヒマリは笑顔でこう答えた。
「はい」
本編では語られなかったこの笑顔の「はい」に込められた意味を解説しよう。
人々が栄養の無いスイーツを求めるのには理由がある。スイーツは科学なのだから。
糖の力
オーストラリアの心理学者ロバート・マクブライドは「至福ポイント ―― 商品選択との関わり」と題した発表でこう話し始めた。
結局のところ、栄養という基準で食品を選ぶ人などいるだろうか?
人々が陳列棚から商品を手に取るのは、味や食感、そして言うまでもなく、おいしい食べ物を選んだごほうびとして脳が発する快楽信号を期待してのことだ。
「人が食べ物を選ぶときに真っ先に考えるのは、栄養のことではありません」と彼は言った。
「考えるのは、味や風味、つまり満足感です」
フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠
そして中でも「糖の味」ほど強力なものは無いと続けた。
その「糖の味」の強力さを示す有名な実験がある。フロリダのスクリプス研究所のポール・ケニー博士とポール・ジョンソン博士は、ラットに「餌を食べると電気ショックを与える」という実験を行った。通常の餌を食べていたラットは食事を中断した。ところが糖分と脂肪分がたっぷり含まれたチーズケーキを食べていたラットは、電気ショックを与えている間も食べるのを止めなかったのである*1。糖の味があれば、多少の嫌な思いにも耐えられるのだ。
なぜここまで糖を求めるのだろうか。その複雑な反応について不明な点は多いと前置きしつつ、分かっている範囲で説明しよう。
生理的な空腹感は血中のグルコース濃度の低下によって引き起こされる。食事をすることでグルコース濃度が増加すれば、脳はドーパミンやオピオイドといった神経伝達物質を分泌し、報酬としての快楽が発生する。糖を大量に含むスイーツはこの流れを一気に引き起こす。急激に上昇するグルコース濃度は神経伝達物質を大量発生させ、圧倒的な快楽を人は感じる。
このような脳内活動は、なにも食べた時のみに起こるのではない。美味しいものを目にした時や、それを思い浮かべただけでも引き起こされる。そしてその快楽をもっと味わいたいと、再びスイーツを求めるようになるのだ。
ところが人は同じ刺激では満足できなくなるものである。あまりにも頻繁にスイーツでドーパミンを大量発生させていると、ドーパミン受容体の数は減り、快楽を感じにくくなるリスクがある。こうなると同程度の快楽を得るためには、より甘く、より多くのスイーツを必要としてしまうのだ。
さらに糖は子供に対してより強く働く。子供は大人に比べると甘味と塩味がはるかに強いものを好むが、特に甘味への欲求は目を見張るものがある。モネル化学感覚研究所の生物心理学者ジェリー・メネラは、甘味の強さが異なるプディングを多数用意し、人はどの水準のプディングを最も好むのか調べた。大人は糖度10%程度で十分と感じるのに対し、子供は20%を超えていても低い部類で、中には糖度36%を選ぶ子供もいるという。キラパティ*2は中高生が運営しているため、子供からの評価がより高そうである。
付け加えておくと、糖の持つ力は何も味だけではない。糖を加えることでドーナツはふっくらと膨らみ、シリアルにはサクサクとした食感を与え、そして焼き菓子にはメイラード反応により美味しそうな焼き色が生じる。もしスイーツから糖を奪ったら、見るも無残な姿に成り果てるだろう。
スイーツは味覚だけでなく、他の感覚でも味わうものである。糖はスイーツを作る上で無くてはならない物質なのだ。
ホイップの役割
スイーツの魅力として糖の働きについて書いたが、スイーツに欠かせない要素がもう一つある。それは脂質だ。かつてアリストテレスは甘味を「純粋な滋養」と賛美し、それに匹敵するほどの喜びをもたらす味として「脂肪の味」を挙げた*3。この主張は2300年後、オックスフォード大学の神経科学者エドモンド・ロールズによって証明された。
人は糖を含んだ液体を口にすることで、快感を生み出す報酬中枢が反応するのは上で書いたとおりである。だがこれと同じ現象は脂肪を含んだ液体でも起きる。脂肪は糖と同等レベルに強い報酬反応を引き出すのである。また、脂肪はチップスのパリパリした歯ごたえ、パンのふんわりとした柔らかさ、ランチョンミートの食欲をそそる色をもたらす。そして何より、滑らかで豊かな食感を脂肪はもたらしてくれる。
By Marlith - Own work, CC BY-SA 3.0, Link
ここまででも脂肪の魅力を十分に感じたかもしれない。とはいえまだ脂肪単体の領域である。脂肪の魅力の真髄は糖と組み合わせた時に生まれる。
子供は大人より糖を好むと書いたが、それでも限度がある。糖はその量を増やすことで食品の魅力を高めるが、一定以上になると逆に不快なものとなる。つまり糖にはその魅力が最高となる割合である点「至福ポイント」が存在するのである。
では脂肪の場合は? 米国人科学者アダム・ドレウノウスキーによれば「脂肪はあればあるほど良い」だ。実験で用意された中で最高濃度のクリームを被験者達は楽しんだのだ。ところがそのクリームよりも人気のあったクリームがあるという。それは脂肪分最高濃度のクリームに砂糖を少量加えたものだったという。糖と脂肪には強力な相互作用があるのだ。ケーキにホイップクリームがたっぷり乗る理由はここにある。
うっかりクリームを出し過ぎてしまっても慌てることはない。味に関しては失敗ではないのだから。
このように糖と脂肪がたっぷりと含まれるスイーツは、人の快楽中枢を強く刺激し、ある種の中毒性がある。こんな誘惑に勝てるわけがない。上の口は正直なのである。例え栄養が空っぽだとしても欲しくなって当然ではないか。
2話の頃とは違う
とまあ、このような思考が、質問された時にヒマリの脳内を駆け巡ったはずである。だが雨の降る中、立ち話でするような内容ではない。そのため彼女は万感の思いを込めて「はい」と答えたのだ。
もう、かつてのように空気読まず一人で喋り続けるようなことは無いのだ。
彼女の成長を感じられた良い回であった。
終わりに
プリキュアは30分のアニメである。そこには尺という制限があるため、全てを表現することはできない。そこには必ず取捨選択が行われる。この記事で書いたことはそのうちの「捨」の一部でしかない。人々がスイーツを求める理由はこれだけではない。
本編では「スイーツをきっかけにした出会い」といった体験が挙げられていた。このスイーツと体験という組み合わせは、コカ・コーラ社が得意とする戦略である。ブランドと特別な体験が紐付けば、消費者はリピーターとなり、さらにはエバンジェリストとなる。プリキュアは人々の応援を力に変えるのだから、パティスリー工房を運営するのは理にかなっていると考えさせられた次第である。
参考資料
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アニメ特定話ネタ
*1:厳密にはチーズケーキを際限なく与え続けられた群が食べ続けた。チーズケーキを与えられても、食事が一日一時間と制限されていた群は電気ショックで食べるのを止めた。
*2:プリキュア達が運営するパティスリー工房。正式名称は「キラキラパティスリー」
*3:このネタはこれにも書いたな チキン南蛮という世界史 - 本しゃぶり