小林よしのりも「北海道取材でわかったことは、もはや純粋アイヌに会うことは難しいことだ」(『わしズム』p11)とか「北海道でわしは、ついに一人も純粋なアイヌに出会わなかった。全員片親が和人で、しかも親や祖父母以前の世代ですでに和人との混血が進んでおり、純粋なアイヌはまず存在しない」(『撃論ムックp11』)などと書いて、アイヌはもはや同化している、民族として存在しないという主張の根拠にしている。
純粋うんぬんの問題については以前、とある市民団体のニュースレターやとあるウェブサイトに書いたことがある。
確かに彼らに限らず「純粋なアイヌはもうほとんどいない」とかそういうことが言われたりする。
そして、そういう認識の人の結論としてよく聞く見解は「だからアイヌは民族として滅んだ」「アイヌはもういない(とみなしていい)」というものである。
よく「純粋なアイヌは何人いるんですか」というような質問も出る。
この場合、「純粋」という言葉はおそらく「純血」という意味で使っているのであろう。
まず、結論から言うと「純粋」なアイヌは「もともといない」と考えるべきであると私は考えている。
そもそも純粋とはどういうことなのか。
人間には誰にも父親と母親がいる。その両親にそれぞれ両親がいるのである。要するに祖父母(じいさん・ばあさん)である。
さらにそれぞれの両親がいるので曽祖父母(ひいじいさん・ひいばあさん)になると4×2で8人の先祖がいることになる。
その前の世代は高祖父母(ひいひいじいさん・ひいひいばあさん)となる。16人である。
そうやってさかのぼっていくと、10代前には、2の10乗、つまり1024人の先祖がいることになる。
これはあくまで単純計算である。実際は何代か前にさかのぼると共通の先祖がいたりして、数は変わってくるのである。
いずれにせよ、10代前には数百人の先祖がいたことになるのである。
小林よしのりは純粋なアイヌに一人も会えなかったと言っているが、私自身は、自分は「純粋なアイヌ」だと自ら名乗っている人には何人も会っている。
実際聞いてみると、両親も祖父母も曽祖母も全部アイヌだという。
しかし、その前の先祖、100年前、200年前となると実際のところは分からない。
ただ、知っている範囲での先祖の話でしかないのである。
北海道に関して言うならば、地方にもよるが、相当古い時代から本州から和人が出入りしているのだ。和人との混血も実際各地であった。
また、続縄文時代から擦文時代にかけては、擦文人だけでなく、道東を中心にオホーツク人という別の文化と別の形質を持つ人たちがいたことが分かっている。
彼らは次第に擦文人と融合していったものと考えられ、それが現在のアイヌ民族の先祖の一部をなしているとみなすことができる。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2002Okhotsk/03/3100.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%93%A6%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%AF%E6%96%87%E5%8C%96
そういう意味では現在のアイヌのだいぶ前の先祖の時代に、すでに擦文人とオホーツク人の融合(混血)があったわけで、そういう意味ですでに「純粋」ではないのである。
そして和人の血ももちろん入り込んでいるのである。
たとえば、シャクシャインの娘婿が越後出身の和人の庄太夫だったことは非常に有名である。
http://www.k3.dion.ne.jp/~kamishin/Ainurran.htm
樺太アイヌの場合は、ニブフ(旧称ギリヤーク)やウィルタ(旧称オロッコ)などと接して暮らしていたので、それらの民族と混血していることが伝承などでもはっきり分かっている。中にはロシア人と結婚するケースもあった。
また北千島アイヌはカムチャッカのイテリメン(カムチャダール)との混血も進行していた。
当然異民族が接すれば結婚し子孫を作ることもあるのである。
また、場合によって性的暴力によって不本意ながらも混血が進行することもあった。
北海道にせよ樺太にせよ千島にせよ、アイヌはそれぞれの歴史の中で、異民族と接触して混血していたのである。
彼らは特に純血主義ではなかったので、それが普通のことだったのだろうと思う。
私の敬愛する故チュプチセコル氏は、京都で生まれ育った「京都アイヌ」であったが、関西でアイヌの歴史や文化を多くの人に知ってもらうため、独力で同人誌の出版や講演活動に精力的にいそしんでいた人である。
http://www.frpac.or.jp/rst/sem/sem1109.pdf
人間の遺伝情報は、民族・人種に関係なく、99.9%は共通なのだそうである。顔だとか肌の色とか、足が長いとか短いとかの身体の個性を司る遺伝子は、遺伝子全体の中では0.01%だという。全体の中のほんの小さなバリエーションなのである。
なので明確な境界線は必ずしもないし、一つの集団の中に多様な顔ぶれの人たちがいるのである。
人種という概念には客観性はなく、人類学などの科学的研究では多分に擬制概念であるとみなしている。
いくら白人や黒人、黄色人種など、いろいろに分かれていても、これはあくまでホモ・サピエンスという一つの種であり、その中の多様性でしかない。
なので日本人とインド人が結婚して子孫を作ることもできるし、エチオピア人と中国人が結婚して子孫を作ることもできる。
「日本民族(和人)」と言われる人たちの中でもたとえば関西人は比較的のっぺりした顔つきの人(いわゆる「弥生系」)が多いようだし、九州人などは、どちらかというと目が大きくて眉毛も濃い顔つき(いわゆる「縄文系)の人が多いようである。
はっきり線引きはできないのであり、いわばグラジュエーション状態なのである。
それぞれ先祖に朝鮮や中国から来た渡来人もいるだろうし、熊襲や隼人もいるはずである。
また東北のエミシ(蝦夷)もいる。
東北のエミシが奴隷(俘囚)として平安・奈良時代に四国に連れてこられたという記録もある。
たとえばユダヤ人を見てみよう。
彼らの先祖は古代イスラエル帝国に暮らしていた人たちであると言われ、いずれにせよセム・ハム語族に属するヘブライ語を話す彼らの先祖は、アラブ人などと同系統で、黒髪・黒目で、浅黒い肌の色を持つ人々であったと言われている。
それが各地に移住する中で各地の住民と混血しその現地の住民と区別のつかない容貌になっている。
なのでヨーロッパに移住したユダヤ人の子孫は白人の容貌を持っているし(彼らの先祖がハザール帝国の末裔であり古代イスラエルと関係ないという説もあるが、実際はそうではないという説も根強いようである)、インドに移住したユダヤ人の末裔はいわゆるインド人の多数派と同じ容貌を持っている。
エチオピアにいるユダヤ人の子孫は黒い肌のアフリカの容貌を持っている。
ユダヤ人の起源についてははっきりしないこともありさまざまな論争があるみたいだが、何よりも彼らがユダヤ人が自分たちとユダヤ人とみなし、集団意識を持っている以上、それは一つの民族的集団ということになる。
いずれにせよ、ユダヤという人たちは実在するのである。
映画監督、スティーブン・スピルバーグや、日本在住のタレント、デーブ・スペクターその他、多くのユダヤ系の人たちがいるが、彼らはヘブライ語を話して生活しているわけではないし、ユダヤ人・ユダヤ教徒としての伝統的な文化の中で必ずしも暮らしているわけではない。
ただ、彼らがユダヤ民族の一員であるという帰属意識を持って生きているならばユダヤ民族の一人ということになろう。
国も無いし、両親がアイヌ系じゃないんだから。
なんかアイヌって在日朝鮮人と同じ枠で、
沖縄県民のように日本人扱いされてないよね
屁理屈も何も、事実と論理に基づいて書いています。
「屁理屈」というのは、論理的に反論できない人がよく使う逃げ言葉です。
では、あなたが「滅びてる」とみなす根拠を教えてください。
きちんとした反論なら、私もきちんと返答します。
あなたが何人なのか分かりませんが、あなたは「純粋な○○人」ですか?
「国」がないのは根拠になりません。
だとしたら、バスク民族もチベット民族も存在しません。
「両親がアイヌ系じゃない」は、アイヌが存在しない根拠にはなりません。私の文章をよく読んで下さい。
「日本人扱いされてない」というのが、同じ日本国民として平等に扱われていないという意味ならば、その通りです。