たとえば中国の北京語と広東語とは同じ中国語の「方言」ということになっているが、お互いにほとんど通じない。その他、上海語なども同様である。
しかし北京人も上海人も広東人も同じ漢民族(漢族)ということになっており、「北京民族」とか「上海民族」とか「広東民族」というような分類は存在しない。
アラビア語なども地方差が激しく、いわゆる共通古典語(フスハー)ではない、各地域の方言は相当違いがある。
たとえばモロッコ人とイラク人が、それぞれの地域の方言で話したならばほとんど通じないであろう。
しかし、それをモロッコ語とかイラク語などとは通常言わず、それらはアラビア語の「方言」であるとみなされている。
また、もともと一つの国であったチェコ・スロバキアも、現在は分離して別の国になっている。
しかしチェコ語とスロバキア語は非常に近い言葉で、日本語で言えば東京弁と大阪弁ぐらいの違いしかなく、お互いの相互疎通は問題ないということである。
民族や言語の境目には客観的な基準はなく、相互の集団意識が大きいのである。そして、それは歴史的経緯の中で形成されたものである。
アイヌの言葉や風習に地方差があるからといって、それで一つの民族ではない、ということにはならないだろう。
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