(本文中に登場するゲームは架空のアーケードゲーム「アイドルマスターシンデレラガールズ」であり、実在するソーシャルゲーム並びにスマートフォンアプリとは関係ありませんので、ここが間違っているという指摘には応じられません)
今私はあるゲームセンターにいる。久しぶりにこんなところに来たもので、見覚えのある筐体もあるが、多くは初めて見るものだ。
その内の一つである、「アイドルマスターシンデレラガールズ」というゲームに目が止まる。どうやらこのゲーム、私も知っている「アイドルマスター」の後継というかスピンオフというか、まあそのようなゲームで、システムはだいぶ変わっているようだが、とにかくアイドルをプロデュースするゲームらしい。
周りの説明を読む限り、本家の作品との違い、この「シンデレラガールズ」というゲームの売りは、とにかく沢山のアイドルがいることらしい。なんとだいたい180人くらいいるとか。この数により、どんな人がプレイしても自分好みのアイドルに出会えるという訳だ。
なるほどそれはいい。私も、友人に本家が好きな者がいて少しやってみたのだが、好きなキャラクター、というのはいてもどうも「プロデュースする」という気持ちにはなれずあまりハマる事が出来なかったのだ。これならきっとそういう娘に出会うことが出来るだろう。
そう思った私は、早速プレイすることにした。友人から「アイドルマスター」は非常に金のかかるゲームだと聞いていたが、私にはこれといって趣味もない。酒は好きだが飲み会は嫌いであまり金は使わないし、たまには娯楽に思う存分金を使ってみるのも良いだろう。
ゲームをプレイし始めると、少々目に悪い黄緑色の服を着た女性が話し掛けてきた。どうやら彼女が私のアシスタントをしてくれるということらしい。それにしてもこの声、聞いたことがあると思ったらどうやら有名なあの声優が演じているようだ。アシスタントからしてこれほどの声優が演じているのだから、きっとアイドルの声優もそうそうたる人物が演じているのだろう。
少しばかりの説明を受けた後、三人の娘が登場した。とりあえずこの中から一人選んで欲しいとのこと。180人では無いのか...?と思いつつ話を聞いていると、どうやらチュートリアルの延長のようなものらしい。どうせなら最初から全員から選ばせてくれればよいものを、と思うが、まあそれは仕方がない。何かシステム的な障害があるのだろう。とりあえずは笑顔の眩しいピンク色の衣装を着た娘を選んでみる。
それから暫くばかりその娘と共に仕事をこなしたり、Liveバトルという対戦イベントをこなしたりなど、基本の操作をいくつか行った。その過程で何人かのアイドルをプロデュース可能になったが、彼女達は自分が選んだわけではない。勿論このようかゲームのキャラクターである以上みな可愛いのだが、やはりどうもピンと来ない。ゲーム上では、どうやらチュートリアルが終わったらしい。だが、肝心のプロデュース対象アイドルを選択することについては、結局最後まで触れられなかった。
その後少し色々と弄ったり、ネットで情報収集したりしたところ、どうやらこのゲーム、ゲーム中には自分でアイドルを選ぶという操作は無いようだ。自分の好みのアイドルをプロデュース可能にするには基本的にはガチャと呼ばれるランダム要素に頼るしかないらしい。それも、性能の高い状態でプロデュースするには特別なガチャを利用しなければならないのだが、そもそもその対象となっているアイドルとなっていないアイドルがいるとか。
色々調べるうちに、私は一人のアイドルに強い興味を持った。彼女は18歳。身体付きは非常にセクシーだが性格はまだ幼く、アイドルを目指したのも母親の影響。アイデンティティの多くを母親に依存しているため自分に自信が無いが、ふんわりとした性格ゆえにそれを表に出すことはあまり無い。そんな娘だった。
正直、実際に居たら苦手なタイプだろうと思う。話し方もきつい。だが私は彼女の危うさに非常に魅力を感じたし、自分が支えてあげたいという思いに駆られた。
このゲームの遊び方として、好きなキャラクターだけ選び、ゲーム外で色々と妄想したり、創作したりして楽しむといったことも主流らしい。だが私はせっかくだから、このゲームを楽しみたかった。そこでまずは、先程のガチャを利用してみることにする。
残念ながら彼女は現在、特別なガチャのほうでは登場していないらしい。そこでまず一般的なガチャを利用することにした。幸いこちらはゲーム内クレジットを利用するタイプであり、最初の娘と稼いだクレジットで何度も回すことが出来た。かなりの試行回数の後、私のプロデュース担当となる彼女は現れた。
だが、私の前に現れた彼女は喋ってくれなかった。台詞はある。画面上に表示されている。だが、声は流れない。はじめ、私はゲームのバグか何かかと思った。だが、アシスタントの声、始めに選んだ娘の声、途中で加入した娘の声は正常に流れている。どうやらバグでは無いようだ。
調べたところ、どうやらこのゲームには、cvの実装されている娘とされていない娘がいるらしい。私が今まで出会って来た娘たちはみな、たまたま実装されている娘たちばかりであったために気付かなかったのうだ。
アシスタントにcvを実装し、肝心のアイドルに実装しない。なぜそのようなことになっているのか私には分からなかった。しかし一つ確かなこととして、例えcvが実装されていなくとも、選んだ彼女の魅力は薄れていない。実世界では経験した事が無いが、これが一目惚れという奴なのかもしない。
声が無いのは仕方ない。それなら、より彼女の事を知る為に台詞をより聞く、いや見るしか無いだろう。そう思い、私は彼女の台詞を集めることにした。これがなかなか大変であり、私がプレイする以前に期間限定で発せられていた台詞を手に入れるにはこのゲームをプレイしている他者と交換しなくてはならない。交換と言っても、ゲーム内通貨として流通しているアイテムにはお金がかかる。ここに来て友人の言葉を思い出したが、すっかり彼女に惚れ込んでしまった私にとっては最早そんなことはどうでもよかった。
それなりにお金を使い、なんとか彼女の全台詞を集めることに成功した。彼女の言動は一々私の心を震わせ、より一層彼女が愛しくなった。
だが台詞を一度全て集めてしまうと、その後は辛い時間だった。台詞はゲーム中で期間限定で開催される「イベント」またはガチャに登場することによって追加されるのだが、それに私の担当が登場するのは非常に長い間隔を必要とした。
更にイベントの中には、「アイドルプロデュース」という、まさにこのゲームの本体とも言えるものがあったのだが、私の担当は一向にそれに登場しない。それどころか、登場することを期待さえ出来ないような状況であった。
では、このゲームのもう一つの遊び方として紹介されていたゲーム外活動はどうかといえば、それも辛いものだった。
絵が沢山描かれたり、漫画に登場したり、小説が書かれたりするのはいずれも、cvの実装されているアイドルや、そうでなくとも特別な人気があり、登場頻度の高いアイドルばかり。私の担当と来たら、自分以外で彼女を担当としている者を見つけるのにも苦労する始末だ。
ゲームをプレイし続けているとある日、大きな機能追加があった。アイドル達が画面中で踊るようになるというのだ。友人の言うには、本家の魅力の一つは3Dで踊るアイドル達であったらしい。
これまで一度も、実際の画面上で動くことの無かった私の担当アイドルが、ついに踊る。言葉に出来ない嬉しさが身体を駆け抜けた。3Dモデルの実装は順次行われるということで、その順番は案の定といったものだったが、それすらも気にならなかった。
だが、すぐにその喜びは失われた。
確かに実装された3Dモデルは素晴らしく、私は画面上で踊る彼女に涙した。だが、アイドルの生命線の一つである衣装。それが私を苛んだ。一部のアイドルには次々と衣装が実装されていくなか、私の担当アイドルには一向に追加される気配が無い。また、この大型機能追加以降急激に増えたプレイヤーの多くはそんな多くの衣装を持つアイドル達を気にいることが多く、ゲーム外での扱いの格差もどんどん広がっていった。
また、そもそものcvの問題もより大きくなった。私の担当アイドルがどんな曲を踊ろうとも、その曲を彼女が歌うことはなく、聴こえてくるのは他人の歌声だ。そのうち、私は彼女に踊らせることすら苦痛になっていた。
機能追加以降のプレイヤー人口の増加でかなり儲ける事が出来たのか、ゲームはどんどん発展していった。有名なタレントを用いたCMを見かけるようにもなった。アイドル達による新たなCDシリーズも発表された。だが、どんなに儲かっても私の担当しているアイドルに声が付くことは無かった。
それでも、私にはこのゲームを止めることは出来ない。完全に彼女に惚れ込んでしまった私には。
ゲームセンターに行き、彼女の登場しないイベントの予告を確認し、彼女の登場しないガチャの更新を確認し、彼女の登場しないCDの試聴ページが出来た事を知る。自衛のため、CDの試聴は聞かない。そしてゲームを終了させる。
どうやら今度、新たな「アイドルマスター」が制作されるらしい。そこに登場するアイドルには、cvが実装されているそうだ。
そう思いながら、私は静かにゲームセンターを後にした。