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桜の城 随筆

 投稿者:二眼の亀
 投稿日:2017年 9月24日(日)13時45分18秒 編集済
ヤフオクで中古500円くらいで出品されてます。わたくし(送料込みで)500円以下で購入しました。
でも皆さんが入札すると価格が上がっていくかもです。
 

北朝鮮核開発問題解決の道筋

 投稿者: にゅうかい29
 投稿日:2017年 9月24日(日)13時25分34秒
 北朝鮮核開発問題の大きな要因は、世界で繰り返している、アメリカ軍の武力行使が、大きく起因しています。朝鮮半島の南北問題を、アメリカに委ねるのではなく、三十八度線の監視団を国連軍にバトンタッチし、アメリカ軍の軍事関与をさせないようにするのがもっとも早急な解決方法です。もっとも実行すべき日本の役割としては、中国・ロシア・北朝鮮・韓国・日本の五者を含めた、国連仲介での、南北統一問題の解決を図るべきです。そして、この話し合いの流れができることによって、北朝鮮の核開発問題解決の道筋が生まれます。  

氷の様に冷たい心

 投稿者:
 投稿日:2017年 9月24日(日)12時53分3秒
自民党政権下の東京入管は、アウシュビッツ並みの難民虐待   投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑  投稿日:2017年 9月24日(日)05時23分9秒http://6027.teacup.com/situation/bbs/74553

谷川革命 様 情報ありがとうございました。

それにしても、権力というものは、民衆の人権をみんなの知らないところでとことん踏みにじって、平然としているものだとつくづく思う。
弊害が、その個人個人に及ばないところで、どこまでも他人ごとなのだろう、きっと。
氷の様に冷たい心である。
しかし、氷の方がまだ使い道がある。

NHKスペシャル 「スクープドキュメント 沖縄と核」 2017年9月10日放映
https://www.youtube.com/watch?v=oKr_fpiy47Q&t=43s
「核、持ち込みの歯止め、事前協議制度には、沖縄を含まない」
「沖縄の米軍施設には、我が方は関与せざる立場を堅持する」

小坂悪太郎 失礼、善太郎 外務大臣、
「沖縄に、メースなどの武器を持ち込まれる際、事前にいちいち発表されるため論議がおきているが、これを事前には発表しないことはできないか」

「事後に判明する場合には、いまさら騒いでも仕方がないということで、論議は割合に起きない。
事前に発表されると、なぜ止めないかと言って、日本政府が責められる結果となる」
ー ー ―

沖縄の学会員はこういうドキュメントを観ても、これからも延々と公明党を支持し続けるのだろうか?
自分達が何をしているか、そのつけはどういう風にまわってくるかに思いをめぐらすだろうか?
それとも、他の県民が、命がけで守ろうとしているものを、土足で踏みにじっているのも気づかないほど、すでに自己の存在を学会の中に埋没させてしまっているのか?
そうでないことを祈る。

核被爆国である日本こそ、国際社会に反核を訴える権利がある。

平和思想を訴えてきた創価学会をバックボーンにする公明党こそ、揺るぎない生命尊厳の思想を政治に反映する使命がある。

戦争の悲惨さをいやというほど経験した沖縄だからこそ、どんな権力の策略にも繊細で、権力の横暴さとは徹底的に戦う情熱を失わないでほしい。
そして、世界中のその精神を発信してほしい。

しかし、これらを破壊する何かが、うしろでうごめいている。
それは何であろうか。

このドキュメントで出てくる沖縄の恩納村の元核ミサイル基地は、現在創価学会の研修道場の一部として、反戦平和の為の展示場に生まれ変わっているそうである。
それがまたいつか歴史を逆行しない様に祈るばかりである。



 

あれこれ思うこと

 投稿者:ミネルヴァの梟
 投稿日:2017年 9月24日(日)12時36分0秒
今日のサンデーモーニング。2週連続で岸井さんお休み。ちょっと声がかすれていたので気になっていたが、大丈夫だろうか。政府がTBS経営陣に、圧力をかけていないかどうかも気になる。

昏睡レイプ事件に関し、この国の司法もますますおかしくなっている様だ。
今度、最高裁の判事だかなんだかの、不信任投票だか何だか(笑)の紙をもらったら、全員バツ印をつけて投票だ。
この国の三権分立の崩壊を、阻止しなければならない。

北朝鮮情勢ますます悪化。
アメリカという国は、最後の最後にはヤッチマエ!で決着をつけて来た国。いくつも実績がある。

だが今回の戦争の、犠牲者予想数は桁外れだ。
それでも戦争をするというなら、そいつは核兵器を使用するサタンと同じだ。
自分の目的を達成する為には、何十万人何百万人死んでもかまわないという発想だ。

戸田先生の遺訓を守るなら、死刑にされなければならないし、少なくとも今すぐ逮捕収監されるべき人間達だ。
敵味方という範疇を超えた、人類共通の敵と認識すべきだろう。

そんな連中のポチ政党に、投票する事などあり得ない話だ。

昨日今日と聖教新聞に掲載された、池田先生のご指導。
根拠は特に無いが、本物だと思った。
代筆グループというものが存在するのは知っているが、それでもそう思った。

今日は朝から会合。
壮年部だけの会合だったので、いい会合だった。
最前線は上層部と違って腐っていない。

連続する選挙に対する批判や、核兵器禁止条約に反対している政府を批判するなどの話が、普通に出ていた。

幹部の話の中で、選挙をやる以上は勝とう、と先生が言われている、と紹介していたが、いつの話なのかが重要だ。
10年~20年前なら、池田先生はその様に言われていたかも知れないが、今その様に言われているとはとても思えない。

また執行部の裏切り者達が、先生の言葉を切り貼りし、組織を悪用して流しているのだろう。
先生のその同じ言葉を、10年以上前から選挙のたびに私は聞いて来た。

その話を紹介した幹部とて、悪い人ではなく信頼できる現場の同志だ。
切り取って捨てなければならないほどの患部など、上の方のほんの僅かでしかない。
 

史人様

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2017年 9月24日(日)11時31分23秒
史人様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/74542
史人さんの投稿を、私は実はよく読み取れていません。何かデリケートなものを感じ取りながらも、何か激励をして差し上げるべき様子を感じ取りながらも、どう答えれば良いのかが分からず、眺めていました。今も分かっていないのですが、長期閲覧者さん、春さん、不軽菩薩が理想さんたちと同様、私も史人さんのことが気になっています。

ただ、先に述べたような私と同様、どう答えればいいのか分からず、静観している人も多くいるのではないかと思います。
史人さんが現在もっていらっしゃる課題、悩み、境遇(境涯とは別です)について、いくらかは打ち明けて下さっていることから私は理解しているとは思うのですが、それに対して史人さんは既に自己解決されているかにも見えて、私も判断を間違ってしまっているようです。

春さんと同様、私も“最後に”言える言葉は「しかし法は正しい」と、題目をあげるように促すことしか出来ないのですが、そんな気持ちを互いに沸かせてあげるために「同志」は存在します。そうでなければ我々の存在意義はないことになります。

史人さんのお話しでは、なるほどミステイクもあるのかも知れませんが、結論を急がないで欲しいと願っています。私の印象ではまだゲームセットではありません。
(正直に言いますが、眼に見えた現象が、功徳なのか、罰なのか、冥益なのか、冥罰なのか、総罰なのか、魔なのか、私は正確には見抜けていません。その都度、御書と照合して確認するしかありません。逆に皆さんには見抜けるのでしょうか? その結果が実はプラスのものなのか、マイナスのものなのか。そこで、私は過去にできた結果よりも現在つくっている原因に意識を持って行くようにしています。もともと仏法はどのような原因をつくるかを重要視しています。結果はその原因にイコールなのですから。)

史人さんがなぜ敗北と思われているのか分かりません。なるほど今は劣勢に見えるかも知れませんが、まだ野球で言えば9回まで来ていません。5回が終わって、一度グラウンド整備をしているというのが事実ではないでしょうか。
もう少しお話をしませんか。少し短い文章での対話を積み重ねて。私も誠実に答えたいと思います。時間の都合等で即答はできないことを先にお断りしておきます。
しかし、私のアホの一つ覚えで、「しかし法は正しい」。
これは私が入信間もない頃、池田先生が本幹同中スピーチで言われていた言葉です。
そう言えば、ジョーカーさんのおかげでもう一つアホの一つ覚えが増えました。だから二つ覚えですね。少し賢くなりました。これもジョーカーさんが池田先生から学んだ言葉だそうです。史人さんにもぜひ覚えていただきたい言葉。これがそうです。

「何があってもゲラゲラ笑っていけ」
 

党と学会の連絡協議会

 投稿者:おかとも
 投稿日:2017年 9月24日(日)09時56分7秒
公明党が創価学会なしでは成り立たなことは、とっくに「国民的」常識ですが、
その関係がわかりにくい、というような声に応えてでしょうか、
以前(2009年頃まで?)両者間の

連絡協議会

が開かれていました。これは一般メディアも取材できるものでしたし、
公明党自身もYouTubeのチャンネルで公開していました。

https://www.youtube.com/watch?v=BGfl_O__LOk&t=23s

「茶番」ではあるわけですが、両者の関係は開かれたもの、と
演出する気持ちはあった、と言えましょうか。

それがいつの間にか立ち消えになり、今や完全にブラックボックス。
仮に今も行われていたとしたら、学会は公明党に
「核兵器禁止条約に日本も署名するよう、平和の党として
 党の創立者の訴えにも応えて、先頭に立って頑張ってもらいたい」
と「おおやけの」協議会で言えたでしょうか。
よう言わんでしょうねー。あ、だから立ち消えか。 
 

”希望と正義の 哲理を語れ”

 投稿者:虹の戦士
 投稿日:2017年 9月24日(日)09時26分23秒 編集済
YouTube動画サムネイル>>この動画を再生する

一、誓いの青年(きみ)よ 出発(たびだち)は今
広布の大願(だいがん) いざや果たさん
時代を変える 力はここに
地涌(じゆ)の青春 挑み舞いゆけ

二、創価の心 嵐は誉(ほま)れ
希望と正義の 哲理を語れ
人類照らす 英知はここに
民衆の城に 凱歌(がいか) 轟(とどろ)け

三、信ずる後継(きみ)よ 不二の生命(いのち)よ
師弟の勝利を 永遠(とわ)に飾れや
未来を創(つく)る 連帯(スクラム)ここに
平和の地球(ほし)を 我らの勇気で
平和の地球(ほし)を 世界の友と

この歌のとおり、”希望と正義の 哲理を語れ”ですね。
黙っていてはいけません。生きてるんだから。

私の所属する地区では、座談会はこの歌で
はじまります。今日はこれから座談会に
半年ぶりで参加しに行ってきます。


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立正安国論から

”加之国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱ると、
今此の文に就いて具さに事の情を案ずるに百鬼早く乱れ万民多く
亡ぶ先難是れ明かなり後災何ぞ疑わん・若し残る所の難悪法の科
に依つて並び起り競い来らば其の時何んが為んや、帝王は国家を
基として天下を治め人臣は田園を領して世上を保つ、而るに他方の
賊来つて其の国を侵逼し自界叛逆して其の地を掠領せば豈驚かざらんや
豈騒がざらんや、国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身
の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か”

今日も自分のことより、世界の平和、一切衆生の幸福を祈るのでした。
一切衆生の中に自分も入ってるから大丈夫。

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https://www.youtube.com/watch?v=Q9N9RwrT4E4&t=486s

なんだろうと思ってみたら、日蓮宗でも
おなじようなことがおきてるんですね。
日蓮大聖人様の仏法を忘れ金と権力で
堕落した坊さんたち。御書の言葉で
対面呵責する姿にちょっとだけ共感。
でもなんだか・・・動画全体全体は奇妙です。

動画を撮ってSNSでシェアーし拡散する、
この方法で対話から逃げる怪鳥さんを対面呵責
したらどうかな・・・?

でも創価学会はちがうような気がする。
牧口先生、戸田先生、池田先生はそんな
ことはしないでしょう。
”希望と正義の 哲理を語れ”です。

世界中の宗教が力を失い、世界が
混乱してるようなとき、まさに
”希望と正義の 哲理を語れ”だと思いました。

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http://imagine-happy-life.tokyo/

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、総神奈川での支部長会御出席、誠にご苦労様で~す(笑)

 投稿者:カンピース
 投稿日:2017年 9月24日(日)08時43分6秒
おはようございます。原田怪鳥様、破竹の勢いで前進!、とのコトで、総神奈川支部長会への御出席、誠にご苦労様で~す(笑)

原田怪鳥様、実にワカりやすい図式デスねぇ~(笑) 神奈川は最重点区デスかぁ~(笑) 誰が立候補されるんデスかぁ~?(笑)

原田怪鳥様は、「いざ鎌倉」と檄を飛ばしてらっしゃいマスが、選挙のたびに「いざ鎌倉」では、長い人生、何回「いざ鎌倉」があるのでしょ~う(笑)


おまけに、引用された御書は、当てはまりませんよぉ~(笑)

「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(御書P998)デスかぁ~(爆)

原田怪鳥様、この御文の前に、「但し法華経の本門をば法華経の行者につけて除き奉る」(御書P998)ってあるじゃないデスかぁ~(笑)

イイですかぁ~、原田怪鳥様、見思惑を断じていない凡夫が、神も仏も法華経も、ごちゃ混ぜにして祈れば、三災七難は止まないってコトデスよぉ~(爆)

そして、法華経の本門を祈りきる法華経の行者は、これを除くってコトでぇ~す(笑)

原田怪鳥様、は法華経の行者デスかぁ~?(笑)

雨も雹も、地震も、ハリケーンまで、原田怪鳥様のあとをついて行ってマスけどぉ~(大爆)

どうやら、災難は「止む」気配はないみたいデスねぇ~、(笑)


あわせまして、原田怪鳥様、東京江戸川での彼岸勤行法要の御出席、誠にご苦労様で~す(笑)

ここでも、「自信仏にならずしては父母をだにもすくいがたし」(御書P1429)を引かれてマスけどぉ~、

この御文を引かれるのであれば、まず原田怪鳥様御自身が、「仏」になるように、御精進されるべきではないんでしょうかぁ~(笑)

会則改変・御観念文改正をはじめ、数限りない査問・処分と粛清されまくっている原田怪鳥様、

少しは「仏」になれるように精進しましょうねぇ~(爆)

「今を全力で生き抜く姿が故人の勝利の証しになる」と訴えられたみたいデスが、「今」ってナニを言われたいんデスかぁ~(笑)

「今」の「選挙」にかこつけて、故人まで利用するようでば、惨敗も目に見えてマスよぉ~(爆)


原田怪鳥様、各地で、トンチンカンな御書引用をされてマスけど、前文、前段をよくお読みいただき、

的確は御指導をされマスように、期待しないで待ってまぁ~す(大爆)



 

史人 様

 投稿者:不軽菩薩が理想
 投稿日:2017年 9月24日(日)07時53分42秒
史人様の投稿をすべて読ませてもらったわけではないのですが、職場でのお悩みが深刻だったのでしょうか?私も経験がございます。じゅうぶんすぎるほどの年収に恵まれた外資系企業に勤務していたのですが、職場環境が最悪だったのです。自分を殺してイエスマンでいなければ、生き延びられないというか、上司がつねにくびをちらつかせているような部署でした。生き延びるために平気で友人を売るのも見ました。毎日が苦しかったですが、あるとき、優秀な人材の青年課長に妬みを伴う逆恨みをもった自分の上司が、彼の部署を攻撃する材料をなんでも良いから探してこいと命じました。部署の同僚は、いろいろと平然と報告していましたが、私はできませんでした。彼は、会議では、非常に建設的な意見をズバズバ言う、会社には必要な光る人材だったのです。しかし、彼は陰険な嫌がらせの中、会社を去りました。私は、こんな中にいて、経済的には安泰でも、死ぬときに振り返ったときにきっと後悔をするだろう。仏法者として、後悔をする生き方はしたくない、と会社を辞める決意をしました。
宮川日護様が、「余計な事に口出しせずに、大人しくして、優雅に暮らすか、それとも、本部の在り方に異を唱え、年間二千万円の収入を捨てて、全学会組織と与党勢力を敵に回すか?と、 露骨に脅され、私は日蓮大聖人の子どもとして、池田大作先生の弟子として、後者を、選んだ。」と記されてますが、私は、次元が違っておそれおおいのですが、その心境がよく理解できます。
会社を去ったあと、毎月25日に入金されていたお給料がない、という現実に向き合いました。しかし、生きていくために、いろいろとつなぎの仕事をやりました。がむしゃらにお題目をあげました。いろいろとありましたが、現在は、経済的にも以前より恵まれ、安定した環境でまさに衆生所有楽の世界におります。原田創価学会は、あのときいた自分の会社にそっくりなのを現在みて、ぞっとしております。
 

わが友に贈る 2017年9月24日

 投稿者:どうみょうてん
 投稿日:2017年 9月24日(日)07時45分31秒
私たち一人一人が
平和創造の主体者だ!
立正安国の大精神は
創価の連帯に脈々。
誇り高く進みゆこう!
 

二十一世紀への対話 153

 投稿者:まなこ
 投稿日:2017年 9月24日(日)07時37分21秒
3 宇宙について

【池田】 われわれの住んでいる宇宙がどのような様相をしているかということは、最も古くから論議され、多くの天文学者や哲学者の頭を悩ませてきた問題です。
歴史的にも、遠く紀元前三千年頃のシュメール人が独特の宇宙観をもっていたことが知られていますし、古代ギリシアの哲人たちも、論理を尽くしてさまざまな宇宙像を形づくっています。しかし、この天体の問題が学問として、いわば科学的に探究されだしたのは、ルネッサンス期からとされています。ガリレオが望遠鏡を発明してから本格的な時代に入るわけですが、天文学に限らず、いわゆる“科学革命”の時代が、ルネッサンスを起点にして華々しく開花したわけです。
そして、二十世紀に入って、物理学の方面で、アインシュタインの相対性理論と、その後の量子力学、素粒子論の発展に支えられて、天文学は、太陽系から銀河系を経て、実際、全宇宙を学問の対象とするようになってきたわけです。ことに第二次大戦後、電波望遠鏡が使われるようになってから、天文学は飛躍的に発展したといわれています。時代的にみますと、一九三〇年代、四〇年代は原子物理学の劇的な変革期であり、一九五〇年代は生物学の革命的転機の時代、そして一九六〇年代から七〇年代は天文学の黄金時代であるという見方ができます。つまり、将来振り返ってみると、これらの年代は、ガリレオが初めて天空に望遠鏡を向け、ケプラーが惑星の動きを明らかにした、あの十七世紀初頭と肩を並べる変革期になると考えられます。
ところで、これはあらゆる学問についていえることだと思いますが、視野が開ければ開けるほど、新たな難問が次々と浮かび上がってくることも、事実でしょう。ことに天文学では、直接手にとって実験し、研究することがむずかしい対象であるだけに、一層困難なものがあるのではないでしょうか。
こうした宇宙についての根本的課題は、大きく分けると二つになります。一つは、宇宙の大きさという問題であり、いま一つは、宇宙の起源という問題です。この二つは天文学の最大のテーマであると同時に、とりもなおさず、哲学上の重大な問題でもあるわけです。

【トインビー】 今日われわれは、物理的宇宙について、紀元前の最後の一千年間にバビロニア人やギリシア人が知っていたよりも、はるかに広大な部分を視野に収めています。また、われわれの観測領域内にある星についての組成、温度、変化、運動などに関しても、彼らよりはるかに多くのことを知っています。
ところが、宇宙全体の問題を考えたり、その本質を理解したりする段になると、われわれは先人であるバビロニア人やギリシア人と同じくらい無知であることに気づきます。物理的宇宙の歴史や領域については、われわれも彼らと同様、ほんのひとかけらの知識しかもっていないのです。また、宇宙の全体像に関するわれわれの知識は、彼らと同じく、たんなる推測にすぎません。しかも、その推測にしたところで、やはり彼らと同様、互いに学説に食い違いがあって、結論が出ていないのです。というのは、そうした推測のどれをとってみても、証明の手だてはなく、それに必要な情報もないからです。

【池田】 いま博士がおっしゃったことは、宇宙についてのわれわれの知識の限界をわきまえなければならないという意味で、非常に重要な点です。そういった点を考慮に入れたうえで、まず宇宙の大きさについて考えてみたいと思います。
いろいろな天体が発する光のドップラー効果が発見されて以来、星雲同士が恐ろしいほどのスピードで遠ざかりつつあること、いわゆる膨張宇宙であることがわかってきました。これらの星雲は、遠くにあるものほどスピードがますます速いことが観測されています。そして地球から二百億光年ほど離れたところでは、ほとんど光の速さで遠ざかっており、それより遠いところについては、もはや現代のいかなる自然科学の手段をもってしても、認識することは不可能だとされています。つまり、地球から半径二百億光年以内の宇宙が、われわれが物理学的に見る可能性のある宇宙であって、そこから先は宇宙の地平線、つまり、いわば“宇平線”の彼方にある、感知できない世界となります。
したがって、そこから先は科学の範囲を越えて、純粋に哲学、つまり人間の思惟と想像の問題になります。すなわち、宇宙は無限に、ただ延長的に広がっているものなのか、それとも別の宇宙があるものなのか、あるいは一定の境界の外にはただ無の空間が広がっているだけなのか、といった問題です。これは想像と観念によるほかは決定しがたい問題ですが、しかし、それについてどう考えるかということは、重大な意義があると思います。というのは、そうした宇宙観が、ひいてはわれわれの生き方に少なからぬ影響を与えることが、十分に考えられるからです。
膨張宇宙を説明するのに、支配的な流れの一つになっているガモフらの爆発説によりますと、約二百億年ほど昔に、宇宙は巨大な原初状態から膨張を始めたことになっています。そこから導き出された推論は、現在広がっている宇宙は、いくら大きいとはいっても有限だろうということです。原初の宇宙自体がもともと無限の大きさをもっていたと考えれば別ですが、それはきわめて可能性が薄いだろうと彼らは考えているようです。ですから、彼らによれば、この宇宙は一つしかなく、その大きさは有限で、その境界より外は、ただ虚無の世界が広がっているだろうという推量です。
もう一つの可能性として、さらに大きな規模で考えれば、別の巨大な宇宙が――これは複数の可能性が十分考えられますが――存在するかもしれないという考え方があげられます。ある科学者によれば、膨張している宇宙とは別に、収縮している宇宙がある可能性もあるということです。
もし、この第二の説が真実であるとするならば、われわれが観測によって大宇宙だと考えているものが、じつは真実の大宇宙のほんの一部分にすぎない、ということになります。そして大宇宙は無限の広さをもち、それ自体は永久不変であると考えることもできるわけです。
 

あのなぁ、間違っとるだろうが

 投稿者:琴乃弦
 投稿日:2017年 9月24日(日)07時06分34秒
何やら珍説よ、お前、間違ってるだろう

自民党権力?自民党政権下だとぉ?
何言ってんだ、世界の創価学会、公明党が!だろうが

自公権力、自公政権下だろ。間違ってますよ
謝りなさいよ、謝罪しろよ。公明党、創価学会を外すんじゃないよ、誰のおかげで信心してるんだよ

自公権力下では、誰も敵わないんですよ
無敵なんですよ。公権力なんですよ、みんなを守ってるんだ。自民党単独でやっているなんて言うんじゃない。
 

わが忘れ得ぬ同志─シルビア*悦子*サイトウさん

 投稿者:mission
 投稿日:2017年 9月24日(日)06時13分2秒 編集済
《シャクソンファイブ様》代理投稿ありがとうございました。

『わが忘れ得ぬ同志』の書籍がありますが、そこでは無く聖教で第1回~第9回にわたり掲載されていました。
シルビアさんの事は、第1回で詳しく紹介されています(2006-4-16)

わが忘れ得ぬ同志【第1回】シルビア・E・サイトウさん─南米広布の母
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3132975&id=28730865

 

真実の歴史─随筆『桜の城』

 投稿者:mission
 投稿日:2017年 9月24日(日)05時31分54秒 編集済
《メンチカツ様》情報ありがとうございました。
私も調べてみましたが、2014年くらいから「聖教ブックサービス」は、画面上には出ますが機能してない?閉鎖されている?みたいです。
もしかしたら、その替わりに「SOKA ONLINE STORE」(創価学会公式通販サイトです)が出来た?

しかしデス!「SOKA ONLINE STORE」では『桜の城』を検索すると販売されていませんでした!
「他に2件の商品がございます」とあり、随筆 平和の城 1,234 円・随筆 春風の城 1,337 円“だけ”が紹介されてます。
聖教新聞社から発刊された『桜の城』が「SOKA ONLINE STORE」で「再版」されて無い事は、故意としか考えられません。

そしてAmazonでも既に「新本」は、販売されておらず「古本」のみ…確か春頃までは「新本」があったと確認してたのですが(怒)
他社の所も全て「古本」で、1円から出ていました(泣)
そして、小さなSTARTの1件だけが、何故だか「現在お取り扱いができません」との表示。
「売り切れ」や「在庫なし」でもなく…

この事↑を“声を上げている”同志に聞いてみると、再版してないだけでなく『世に出てる全てを買い占めたのではないか?』と。
「真実の54年」が書かれた『桜の城』だけは、これ以上 新たな会員達の目には触れさせたくない…そんな消しても消せぬ「師敵対」の生命を考えると、10兆の資産を溜め込んだ腹駄学会からは「買い占め」なんて、痛くも痒くもないでのしょう。

それとは反対に、震災で大きな被害が出たメキシコには「子供の使いか?」と思う様な3百万ポッチ!
下々の会員達からの財務なんて「上納金」や「みかじめ料」くらいに考えてるんだろう。
だから、自分達のため以外には「1円足りとも」使いたくない。
「義援金なんかに…」そんな醜い生命が透けて見える。

けれど駄~腹は、8月25日にメキシコ外務省を表敬訪問をし、副大臣と会見したんやないの?
各国の識者は『池田SGI会長』の“替わり”として会ってくれてるだけなのに、お得意の二枚舌で「核兵器廃絶」の潮流を広げゆく事を話し合ったんやって?…いったい どの口で言ってんだか!

【私は本の印税を全て(財務)している。何十億です。世界一の財務の金額です】─池田先生
会員達や遠い将来のため、池田先生が命を削る想いで書かれた沢山の書籍の印税を、全て懐に入れている腹駄学会は何故、先生の「真実の歴史」である『桜の城』を「再版」しないのだ!

《私の決意》
古本でも良い 出来るだけ購入して、46p~61pまでに付箋を張り、大切な箇所にはラインマーカーで線を引き、内部の同志の人達に配ります。
「古本」も全て“世の中”から無くなったら、自身の本から46p~61pをコピーしラインマーカー引いて配ります。
遠方の友にも送ります。

腹駄怪鳥さん、貴方が自由に振りかざす事の出来る「会憲」の前文に
【創価学会は「三代会長」を広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、異体同心の信心をもって、池田先生が示された未来と世界にわたる大構想に基づき、世界広宣流布の大願を成就しゆくものである】と謳ってあります。

師匠と仰ぐ池田先生の著書『桜の城』を同志の人達に お配りする私の行為は、「会則・第14章*賞罰*懲戒*第78条」にある《この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる》
に当たりませんょね?
 

自民党政権下の東京入管は、アウシュビッツ並みの難民虐待

 投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑
 投稿日:2017年 9月24日(日)05時23分9秒 編集済
独房に監禁、医療受けさせず死亡、腐った給食―難民虐待の東京入国管理局     yahoo news

戦争や人権侵害から必死の思いで逃れ、日本にたどり着いた難民達。彼らを受け入れる難民条約を批准しているにもかかわらず、日本は先進国中、最悪の「難民鎖国」だ。トランプ政権ですら今年度5万人の難民を受け入れ予定であるのに対し、ここ数年、日本が受け入れる難民は、年間で十数人程度にとどまり、過去最多1万人以上の申請があった昨年もたったの28人のみ。そして、難民不認定の烙印を押された人々は、日本から出て行くように言い渡され、入国管理局の収容施設に拘束されたり、時には迫害が待つ母国に強制送還される場合もある。
 今月4日、在日の難民やその支援者らが法務省・東京入国管理局(港区)の前でデモを行い、入管に収容されている難民の仮放免を訴えた。独房に数か月にわたって閉じ込めたり、命にもかかわる持病を持つ者を十分なケアもなく拘束しているのだという。


〇難民の家族を引き裂く東京入管
「パパを返してー」東京入管前の路上で、クルド人難民の少女達が必死で叫ぶ。現在、入管が拘束しているムスタファ・シグナックさん(34歳)の娘達だ。中学一年生だというシグナックさんの長女は「パパはもう何か月もずっと独房に入れられていて、心も体も弱ってます。入管は何でそんな酷いことをするんですか?」と訴える。シグナックさんは、少数民族であるクルド人への迫害が激しいトルコから逃れ、2013年に来日。トルコ当局による弾圧に加え、クルド人ゲリラとのトラブルから命を狙われているため、日本で難民申請したものの、なかなか難民として認定されず、約半年前、車を運転中に些細なミスから警察官に止められ、そのまま入管に拘束されてしまった。まるで刑務所の様に自由がない入管内の状況への抗議として、シグナックさんは、今年7月頃、共用スペースから雑居房への帰室を拒否。それ以来、独房に閉じ込められたままなのだという。
号泣するシグナックさんの長女。 筆者撮影。
号泣するシグナックさんの長女。 筆者撮影。
 長女らが東京入管前で抗議している声が聞こえたのか、長女の携帯にシグナックさんから電話がかかってきた。長女は号泣、電話の後、過呼吸を起こして倒れてしまう。しばらくして、息を吹き返し、シグナックさんとの面会もできたものの、長女は父親の置かれている状況にショックを受けたようだ。「パパは、入管では給食の魚が腐っていることもあって、満足に食事ができず体に力が入らないと言っていました。すごく調子が悪そうで、かわいそうです。顔も腫れていました。何も悪いことをしていないのに、どうして日本の人々はパパをいじめるのですか?本当に酷すぎる」(シグナックさんの長女)。

〇拘束中の難民、心筋梗塞の恐れ―医療を受けさせず死亡者も
Mさんの診断書
Mさんの診断書
 命にかかわる持病を持つのに、拘束されている難民もいる。やはりトルコから日本へ逃げてきたクルド難民のMさんは頸椎ヘルニアや高血圧を抱え、彼を診断した医師は「入管の収容施設にいることによるストレスの増大や、必要な治療を受けられないことから、狭心症や心筋梗塞を起こしてしまう恐れがある」と警告している。今月4日の東京入管前のデモに参加した「クルド人難民Mさんを支援する会」の周香織さんは「面会時にMさんは『胸が痛い』と訴えていました。一刻も早く、収容施設から解放し、必要な治療を受けられるようにしなくてはいけません」と危惧する。これまでも、入管施設では健康管理のずさんさが指摘されており、治療が遅れたために、拘束されていた外国人が死亡するというケースが相次ぐ。特に2013年から2014年にかけては、ミャンマーから避難してきたロヒンギャ難民を含む4人もの被拘束者が死亡。最近でも、今年3月に茨城県・牛久市の東日本入国管理センターで、ベトナム人男性が、くも膜下出血で死亡している。この男性は死亡の1週間前から口から泡を吹くなど、体調に異変があり、同室の被拘束者達が、病院につれていくように訴えていたにもかかわらず、入管側は放置し、最悪の結果を招いてしまった。Mさんの状況についての周さんら支援者の訴えは、これまでの実例からも考慮されるべきものなのだ。
「難民料理教室」で支援者の人々と交流するMさん(左) クルド人難民Mさんを支援する会提供
「難民料理教室」で支援者の人々と交流するMさん(左) クルド人難民Mさんを支援する会提供
クルド人難民Mさんを支援する会 http://chechennews.org/msan/

〇入管側は説明を拒否、国連も問題視する劣悪な環境
 シグナックさんやMさんへの東京入管の対応は虐待と言えるものではないか。筆者は、東京入管に事実確認を求めたが、入管側の回答は「個別のケースについてはお答えできない」というものだった。入管内で被拘束者に与えられる給食が腐っているという点だけ、入管側は否定したが、シグナックさんのみならず、他の被拘束者も同じように給食の鮮度の問題を訴えている。入管内の劣悪な環境から、シグナックさんがそうしたように、非拘束者が座り込みなどの抗議活動を行うこともあるが、こうした抗議に入管側は暴力で応じているとの証言もあった。匿名で取材に応じた被拘束者は「大勢の職員に何十回も蹴り続けられ、片目が見えなくなってしまった」と筆者に語った。理不尽さや屈辱から、精神のバランスを崩す被拘束者も多い。国連の拷問禁止委員会や人権理事会からも、日本の入管施設の状況は、幾度も改善するよう勧告を受けているが、 一向に改善する気配はない。

〇「就労禁止」で追いつめ、拘束する
 シグナックさんやMさんは解放されるべきだが、仮に、入管の収容所から仮放免され、出られたとしても難民達の状況は困難なものだ。前出の周さんは仮放免の問題について説明する。「仮放免の条件として、就労の禁止を約束させられることがあります。今回、Mさんが入管に拘束されたのも、アルバイトをしていたことが『仮放免の条件に違反した』とみなされたからです。しかし、難民認定やその再申請、不認定への異議申し立てなどの手続きが、長期にわたる中で、長期にわたる一方で、難民申請者は生活保護などの社会保障は受けられません。そんな状況で、全く働かないで生きていくことなど不可能です」(周さん)。4日のデモを呼びかけた支援団体の「SYI (収容者友人有志一同)」も、同日、入管に提出した申し入れの中で、仮放免の際に就労禁止を課すのをやめるよう求めている。

SYI (収容者友人有志一同) http://pinkydra.exblog.jp/

〇難民条約批准国にふさわしい対応を
東京入管前で抗議する難民達とその支援者達。 筆者撮影。
東京入管前で抗議する難民達とその支援者達。 筆者撮影。
 SYIの織田朝日さんは「日本は難民条約を批准しているにもかかわらず、全くその義務をはたしていません」と憤る。「難民審査の基準を少なくとも他の難民条約締結国なみに改善する必要があります。特に、日本は親日国であるトルコに配慮してなのか、同国から避難してきたクルド人をこれまで一人として難民認定したことがありませんが、そのような差別的な対応は改めるべきです」(織田さん)。トルコがクルド人へ激しい弾圧を行っていることは誰の目にも明らかな事実だ。2005年にトルコ刑法に導入された 「テロ対策法」により、クルド人がデモに参加しただけでも、「テロリスト」として厳しく処罰されるようになった。国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、トルコ南部のディヤルバクルで昨年1年間に約50万人のクルド人がトルコ当局に自宅を破壊され追放されたと報告している。本記事で紹介したMさんも1986年、故郷の村を焼かれた上、ゲリラ支援の容疑をかけられ尋問を受け、トルコ当局に現在にいたるまで監視対象とされていると観られる等、具体的な迫害の怖れがあるが、Mさんが何度、難民申請しても、法務省は難民認定しようとしない。
 母国で迫害された人々が、難民条約批准国へと、避難してきたらそこでも差別され、虐待される。そのようなあってはならないことが、現実にこの日本で起きていることを、もっと多くの日本の人々が知るべきであるし、難民条約批准国としてふさわしい対応をすべきであろう。
(了)
 

自民党権力から付度されたら、薬物昏睡レイプもOK?犯罪になりません?

 投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑
 投稿日:2017年 9月24日(日)05時10分22秒 編集済
374919主任副会長のように、組織内権力を持つ者は、何をやっても無罪で~す。腐ってる自民党  (呆れ

ーーーーーーーー(以下抜粋)ーーーーーーーー

NEWS
「驚きました」と詩織さん 「性犯罪被害」受けたと訴えた元TBS記者の「不起訴相当」に【コメント全文】
「もう少し時間がかかるものとうかがっていたので...」
2017年09月23日 10時11分 JST | 更新 11時間前

朝日新聞社提供
詩織さん「結果を知り驚き」 検審の「不起訴相当」受け
 元TBS記者の男性ジャーナリスト(51)から「性犯罪被害を受けた」と訴えていたジャーナリストの詩織さん(28)=姓は非公表=が22日、東京第六検察審査会の「不起訴相当」判断を受け、代理人弁護士を通じてコメントを発表した。全文は以下の通り(原文ママ)。

     ◇

 検察審査会の議決までにはもう少し時間がかかるものとうかがっていたので、本日この結果を知り驚きました。私たちが集め直した証言や証拠が「不起訴処分を覆すに足る事由がない」と判断されたことについて、なぜそうなったのか、しっかり説明して頂きたかったと思います。今回の結果にかかわらず、私が会見を行った理由である性犯罪・性暴力に関する司法・捜査のシステム、また社会の在り方を変える必要性については、引き続き伝えていきたいと考えています。3年後の刑法改正見直しまでに少しでも改善されるよう願っています。
 

流れる時間と因果倶時

 投稿者:中期閲覧者
 投稿日:2017年 9月24日(日)02時47分7秒
ベルグソンの流れる時間、アナログ式に時間の概念を捉えるのか?
それとも日蓮仏法の通りデジタル?式に瞬時に時間が入れ替わるのか?

因果ばかりを強調する者は釈迦仏法です。
極悪の者共は、自らの行い(結果)に、自らの生命で畏れと後悔を常に抱えて臆病になっているから、このような愚考しか思い付かない。
ベルグソンについての池田先生の思考をもう少し深く学びましょう。

学ぶ者は、もっと先に進むことでしょう。
 

21世紀への選択 宗教は存在の根源への「究極的かかわり」 P197  投稿します。

 投稿者:赤胴鈴之助
 投稿日:2017年 9月24日(日)02時32分27秒
第六章「宗教的精神」の蘇生━━ 価値を創造する魂

 21世紀への選択 宗教は存在の根源への「究極的かかわり」 P197  投稿します。

ポイント

*、テヘラニアン・・・・・・・・・

 ・・・略・・・宗教を、存在の根源への「究極的かかわり」とするティリッヒ博士と同様の認識を、

私ももっています。

*、池田
 ・・・略・・・「究極的」というのは、人間のもっている善なる性質、善なる力すべてをかけて、

人間存在の根源を追求するということです。

そうやって「人間とは何か」「自分は何のために生まれてきたのか」を求めることは、排他的である

はずはなく、きわめて人間主義的であるといえるでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回の所は、哲学的で分かり難いと思いますが、わたしが理解できる範囲で、解釈します。

存在の根源・・・「究極的かかわり」・・・人間存在の根源を追求・・・と言う図式が成り立つのかなと

思いますが・・・、私自身が理解しているとは言えません。

存在の根源とは南無妙法蓮華経ですよね。

・・・「究極的かかわり」とは、祈りであり、実践です。

・・・人間存在の根源を追求とは、慈悲をもって人類救済を人生の目的とすること・・・、(万人の成仏)

これぐらいしか、解釈出来ません。

先生の解釈で理解しましょう。 まなこさんに感謝します。
二十一世紀への対話 152 の途中までで省略しました。P152全文を読まれることをお勧めします。

鈴之助

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二十一世紀への対話 152  ・・・・・・9/24

【池田】 さきほどもちょっとふれましたが、私は、あらゆる人間生命は、個々の存在であるとともに、
その生命の奥深いところで宇宙生命ともいうべき実在に合一している、と考えます。
博士がいわれる“宇宙の背後にある究極の精神的実在”も、このように考えるとよく理解できます。

しかし、死にさいして肉体が無機物に還元されるのに対し、かつてある著書で述べられた「人間の魂は、
宇宙の背後にある超人的な精神的実在の中に再吸収される」という博士の所説は、精神を一つの独立した
実在とされているように思われます。

もちろん、肉体は生きている間も絶えず変化しており、一定の期間がたてば、細胞はほとんど一新します。

また、死ねば全体が無機物に還元されることも事実です。
しかし、たとえば、三歳であったAという人が三十歳になったとしましょう。その場合、Aは肉体的には
変化したわけですが、そのなかに一貫して持続する本質があることは明らかです。

肉体はそれ自体が独立しているものではなく、その奥にある生命的傾向性と深い関係があります。

逆にいえば、内在する精神的実在のなかに、絶えざる肉体的傾向をはらんでいると考えるほうが、より本質
的な認識となるのではないでしょうか。

したがって、死によって現実の肉体は無機物に還元しても、精神的実在に内包された肉体的な傾向性は、持続
すると考えることができると思います。

そして、縁にふれて、再び顕現された形で肉体が持続するのではないでしょうか。
死によって肉体と精神が分断されてしまうと考えるのは、おそらく知性の犯している誤りであって、事実はこの
ように考えるべきだと思っています。

【トインビー】 人間を精神的要素と肉体的要素に分離して考えることは、たしかに知性のなせるわざです。

それは経験による既知事項(データ)ではなく、経験的データを考察して引き出した一つの結論なのです。
したがって、それは考えられる唯一の結論でもなければ、これまでに人間が導き出した唯一の結論でもありません。

経験からいっても、われわれは肉体を離れた霊魂とか、魂をもたない人体などといったものには出会うことがありません。

もちろん、精神的欠陥者や、耄碌した人の場合は、その精神機能にはかげりがさしていますし、肉体的欠陥をもつ人や
不具者の場合は、身体のほうが不十分です。

しかし、こうした欠陥はいずれも異例とみなすべきで、精神と肉体が客観的事実としてそれぞれ独自に存在できる証拠
にはなりません。

これらは、われわれが人間を精神と肉体という観念上の二要素に知的分析を行なうことと、はっきり区別して考えるべき
でしょう。

【池田】 さきほど博士は、死後の生命の存在の仕方について、それは時間次元を越えたものであろうとおっしゃいました。

私も、それは正しいと思います。
しかし、さらに掘り下げていえば、現に生きているこの生命も、その本質の実在においては時間次元を越えたものであると
考えられます。
なぜなら、もし人間の生命が時間という枠にはまった存在であるとすれば、人間の知性によってそれを理解することも、
可能であるはずだからです。

この点に関連して、私はベルグソンの考察を思い起こします。
ベルグソンは“流れる時間”という概念を主張し、過去・現在・未来という時間的区分はもともとあるのではなく、人間
の意識の流れが過去・現在・未来という内的な持続を実感しつつ、つくりだすものであるとしました。

しかし、この“流れる意識”というものも、人間生命のごく一部にしかすぎません。
ともあれ、生命自体には、もともと過去・現在・未来という現象的時間の区別は存在しないと考えられます。

そのような区別は、生命が肉体と精神とをそなえた存在として具体的活動を営んでいくとき、初めて現われるにすぎない
ものといえましょう。


 

21世紀への選択 宗教は存在の根源への「究極的かかわり」 P197

 投稿者:赤胴鈴之助
 投稿日:2017年 9月24日(日)02時30分44秒
21世紀への選択   宗教は存在の根源への「究極的かかわり」 P197

テヘラニアン
 ハーバードの大学院生だったころ、私はよくティリッヒ博士の講義を聴講したものです。

宗教を、存在の根源への「究極的かかわり」とするティリッヒ博士と同様の認識を、

私ももっています。

宗教の本質についてのその定義は、ご指摘のとおり、イスラムに当てはまります。

『コーラン』は"アル・ディーン・アル・クワッイン"つまり「永遠不変の宗教」という

言葉で、その「普遍性」を表しています。

池田
 さらに一言つけ加えさせていただければ、私はムハンマドが「アブラハムの時代に帰れ」

と主張したのも、いわゆる"原理主義的"な先祖返りを意図したのではないと思うのです。

より普遍的である「宗教的なもの」を模索していたのではないでしょうか。

テヘラニアン
 「宗教的なもの」については、会長もハーバード大学での二回目の講演
(一九九三年、「二十一世紀文明と大乗仏教」)で、その重要性を指摘されていましたね。

それは、先ほどおっしやった「宗教的精神」につながるものです。

池田
 仏教には「仏母」という考えがあります。すべての仏を仏たらしめる根源の教えのこと

です。

これも、まさしく「普遍性」「根源」を探究しようとする志向性の表れといえるでしょう。

ともあれ、「究極的かかわり」といえば、なにか狂信的、排他的なイメージを与えるか

もしれません。

しかし、排他的な狂信は決して「究極的」ではありえません。

排他的な狂信は、部分的で偏狭なかかわりであり、感情的なかかわりでしかない。

しかも、人間存在の根源へのかかわりではなく、利己的な目的へのかかわりであり、とき

として、ナショナリスティック(国粋主義的)な目的へのかかわりとなります。

「究極的」というのは、人間のもっている善なる性質、善なる力すべてをかけて、人間

存在の根源を追求するということです。

そうやって「人間とは何か」「自分は何のために生まれてきたのか」を求めることは、排他

的であるはずはなく、きわめて人間主義的であるといえるでしょう。

テヘラニアン
 同感です。そして、会長が何度もいわれているように、人間主義というのは、人間自身に

限定されるべきものではありません。すべての自然と生物を含めた生命の大地にかかわる

べきものです。
 

メンチカツ様 桜の城の件

 投稿者:あの時と同じ
 投稿日:2017年 9月24日(日)00時52分6秒 編集済
メンチカツ様
「随筆 桜の城」が、SOKA ONLINE STORE から消えていました。こんなこともあろうかと2冊購入していましたが、現実になるとは思いませんでした。「ここまでするか・・・」情けなくて涙が出ます。

記者の前谷秀学君、これでいいのか?君は前書きの中で、特別に先生から謝辞をいただいているではないか。同期の誇りとよしみでもう一度聞く。「これでいいのか?」

メンチカツ様、情報ありがとうございます。求めたくても手に入らない先生の本がどんどん増えていくことに恐怖を禁じえません。悲しみと怒りを題目に変えて祈ってまいります。先生と奥様のご健康と、全国そして世界中の同志の皆様の健康と安全を、より深く祈ってまいります。
 

同盟題目

 投稿者:
 投稿日:2017年 9月23日(土)23時55分21秒
今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
池田先生を利用して黄金を儲ける人々が
創価学会から居なくなります様に

史人様へ
池田先生の命を守る同盟題目に参加されてみませんか?
おやすみなさい

 

史人様

 投稿者:長期閲覧者
 投稿日:2017年 9月23日(土)23時29分42秒
念のため、お聞きしたいのですが、

「長期間の掲示板への書き込み投稿」と

「ご自身の生命に感じられた罰の現証」に

「明確な因果関係をご認識された」のでしょうか?
 

史人様へ

 投稿者:
 投稿日:2017年 9月23日(土)22時56分59秒
一緒に題目を唱えましょう
 

負けじ魂ここにあり

 投稿者:風林火山
 投稿日:2017年 9月23日(土)22時56分29秒
人生には色々な事があります。人生には決して敗北はありません。
例えば野球では9回裏で逆転勝ちがあります。蓋し最後まで諦めないからです。
人生の9回の裏逆転大勝利するのが、日蓮大聖人の仏法の神髄だと思います。
重複しますが、私達には敗北はありません。大勝利のみです。
負けじ魂ここにあり。
 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと
 投稿日:2017年 9月23日(土)22時52分31秒
23時より開始です。よろしくお願い致します。
池田先生と奥様のご健康を祈ります。
また、メキシコの地震でお亡くなりになられた方々に
お題目を送ります。

同盟題目は毎日23時から30分間行なっています。
参加は任意で自由です。5分間だけの参加でも大丈夫です。
 

生命の上での敗北

 投稿者:史人
 投稿日:2017年 9月23日(土)22時23分1秒
ある時入社してからの1年余りは毎日絶えず嫌がらせが続き、やがては製品の抜き差し他、会社をゲーム場化して他の部署の物まで紛失させ、探させておいて、その実自分が移動させているということが起きていたようです。

この手の類は証拠を残さないやり方なので、己のみ知るです。
そして、最後には報告の手間ばかりかけさせ、やがては仕事道具まで隠す。
その時製品の入れ替えなど数限りなく行われています。
ある時、製品が大量に抜かれていたことがあり、直属の上司に数を間違えた対策を後で報告しにきてくださいと言われました。

その時諸天善神とも言える、いつも助けてくれる上司が数を絶対に間違えない案を示してくれて急場を凌げました。

これらの理由は、私の生命にあり、私の親類などは皆如是相が素晴らしくよくなっていて、私としては生命の上での敗北が確かにありました。

経をここで書き記すとかの善行は随自意だと思っていましたが、そうではなく、本当の隋時意は自分という生命と向き合うことだったのです。
それが最近ようやくわかってきたことです。
長い間の書き込みと生命の罰をここで認めます・・・。

以前書いた退職金は結局書類不備のまま期限切れ、仕事にも行けなくなり、収入も途絶えて久しいです。
これでお別れいたします。
自由に書かせていただいたせめてもの気持ちです。
 

替え歌フルバージョンその2

 投稿者:JACK
 投稿日:2017年 9月23日(土)21時36分13秒
SaySaySay様

ご無沙汰しております。
掲示板という特性上、過去の投稿はどうしても探しづらくなりますから、内容が重なっていたとしても、様々な方達が、その時々で掲載していくことがベターだと思います。
文字をデジタル用のテキストにするために打ち込む作業は、自分の心の中に刻み込む作業にもなりますので、決して悪いことではないと考えています。

……………………………………………………

さて、題名の替え歌フルバージョンその2ですが、『仮面無道会』の替え歌フルバージョンにフロム関西様が指揮を取ってくださったことと、掲示板の閲覧のみをしている方達からも、かなり笑ったという連絡が当方や友人のところに寄せられたことをきっかけに、友人と性懲りもなく第二弾を作成しました。
笑って頂ければ幸いです。


〔替え歌フルバージョンその2〕

※メロディーは、『どうにもとまらない』のフルバージョンが合います。

1.
原田を信じちゃいけないよ♪
アイツの心は外道だよ♪
いつでも自分が一番で♪
生きているのが好きなのさ♪
今夜も真~っ赤な嘘を吐き♪
器量がま~すます落ちていく♪
それでもまだまだ気付かない♪
弟子の自覚がないからさ!
ああ悪になる♪
ああ顔変わる♪
気付いた人が指摘するけれど♪
ああ査問する!
ああ除名する!
もうどうにもとまらない!!

2.
タニガワ狙うは会長さ♪
374919(ミナヨクイク)だぞ気をつけろ!
飲み屋で女にキスをした♪
そんな議員も出てきたぞ!
自分の欲望大事だよ♪
師匠の言葉は捨てたのさ♪
本部は魔民のカーニバル♪
今も昔も変わらない♪
さあ立ち上がれ!
さあ弟子たちよ!
悪を倒そう 今がその時さ!
さあ御書を取れ!
さあ勇気出し!
もう必ず止めるのさ!!
 

絶対に許さない!!

 投稿者:FT
 投稿日:2017年 9月23日(土)21時31分7秒
メンチカツさん!!その通りです!
54年当時の最高幹部、今も虫ケラ以下の命でいます。
御本尊は、絶対に許しません!!
 

随筆 桜の城 

 投稿者:メンチカツ
 投稿日:2017年 9月23日(土)21時05分13秒
聖教ブックサービスのラインナップから昭和54年当時の最高幹部を痛烈に批判している「随筆 桜の城」が消えている。
何度見てもなかった。
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上記は某SNS(9月22日投稿)より

この件事実未確認だがご存知の通りすでに歴史の改ざん・修正・抹消は行われている。
師匠の精神をも破壊する天魔の行為は加速を増して進むのだろう。

まさに側近・首脳とよばれた者たちは現代の五老僧と化したのだ。

ちなみに「随筆 桜の城」はamazonにて購入可能。
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嵐の「4・24」断じて忘るな!学会精神を(53頁)
ーーあまりにも 悔しき この日を 忘れまじ
   夕闇せまりて 一人 歩むを

昭和54年5月3日 獅子となりて 我は一人征く(62頁)
ーー会場からの私への拍手も、どこか遠慮がちであった。
  また、登壇した最高幹部は、ほんの数日前の会合まで、私を普通に「池田先生」と言っていたのが、宗門を恐れてか、ただの一言も口にできない。


 

お疲れ様です!

 投稿者:螺髪
 投稿日:2017年 9月23日(土)20時58分54秒
 一人のSGIさん、お疲れ様です。

 A【”流れて”いるのは、万物なのだけれども、視点を考えると、時間が流れていくように思えるわけです】

 「生命」の流転は、ここから出発しているようです。その答えが「B」ですね。

*********

池田:うむ。
   よく「時が流れる」というけれども、今のヘラクレイトスの言葉が意味しているのは、
   流転するのは ”万物” ということです。
   ”輪廻” という場合も同じです。

   最初に話し合った様に、実在するのは、宇宙、物体、生命です。
   その一切が運動し、変化し、流転している。
   この運動、変化、流転を認識する枠組みが時間、空間です。
   だから、”流れて”いるのは、万物なのだけれども、視点を考えると、時間が流れていく
   ように思えるわけです。(6/11)

*********

川田:日蓮大聖人は「三世諸仏総勘文教相廃立」に「過去と未来と現在とは三なりと
   雖(いえど)も一念の心中の理なれば無分別なり」と記されています。(9/11)(御書562㌻)

 【一切経の語は夢中の語とは譬えば扇と樹との如し 法華経の寤の心を顕す言とは譬えば月と風との如し、故に本覚の寤の心の月輪の光は無明の闇を照し 実相般若の智慧の風は妄想の塵を払う 故に夢の語の扇と樹とを以て寤の心の月と風とを知らしむ】
 と続きます。

*********

池田:ベルグソンの時間に対する考え方は、非常に独創的だね。そして、きわめて仏法的だとも
   いえるね。
   彼は、意識の本質は流れであり、「流れる時間」と表現している。
   この「流れる時間」というのは、私たちが物理的、客観的時間としてとらえてきた
   時間を「流れた時間」であるとし、それに対してあくまで、意識というか、むしろ、
   生命の流れ自体をあらわしたものだね。
   だから、過去とか現在とか未来とかいう区分は、もともとあるのではなく、流れる意識が
   つくりだすものだということです。(10/11)

 B【だから、過去とか現在とか未来とかいう区分は、もともとあるのではなく、流れる意識がつくりだすものだということです】

*********


 

「永遠の生命」の視座 11/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)20時15分25秒
池田:現在という一瞬を充実させ、生命流の力を強めるか、それとも「妙法」としての宇宙生命
   からわきだす生命の流れの速度を遅くしてしまうか、ということだね。

   瞬間の生に内包された”無限の宝”をうまく利用できれば、人生は限りなく豊かなものに
   なろう。
   その為には、まず、現在に含まれる過去の「記憶の貯蔵庫」を開くことだ。

   そのカギをにぎっているのは、仏法の実践行為だと、私は確信している。
   信仰という、仏法の実践によって、人は、瞬間の生命の内奥に貯蔵された無限の過去を
   よみがえらせることができよう。

   その過去は、自己の体験流をのりこえて、万物の始源にまでのびていくはずです。
   しかし、こうしてよみがえった、”無限の宝”を、生の創造と充実に活用していく
   のは、個々の人間生命であることを忘れてはなるまい。

   過去を未来に生かす― その行為のなかにこそ、人間の存在意義があるのではなかろうか。

   私たちが、いままで話しあってきたように、未来もまた、無限の可能性をはらんでいる。
   ところが、皮肉なことに、人は通常、未来のはらむ可能性をできるだけ貧しいものに
   しようとしているかの感をうけざるを得ない。

   絶望と断念と悲哀は、自己の前に開かれた未来を閉ざしてしまうであろうし、逆に、
   希望と決意と歓喜は、過去のもたらす”宝物”をうけいれつつ、かぎりなく豊かな未来を
   切り開いていくにちがいないと思う。

   しかも、過去と現在によって開かれた未来は、瞬時にして、現在の生をはぐくみつつ、
   過去へと去っていく。
   だが、過去へと過ぎ去った未来は、けっして永久に消え失せたのではなく、ただ過去の
   なかにしりぞいたにすぎないのである。
   現在の一瞬の生によって、ふたたび、未来を生む原動力としてよみがえってくる。

   こうして、未来に思いをはせ、決意し、希望にあふれた人間の行為が、過去と未来を融合
   させ、現在の瞬間を充実させつつ、生命の潮流の速度を加速するのでしょう。

北川:つまり、豊かな過去は、豊かな現在と未来を保証し、充実した現在と未来は、みずからを
   生み出す過去を、さらに豊かなものにしていく、というサイクルですね。

池田:だが、そのサイクルの始点は、あくまで現在、一瞬の生にある。
   一瞬の生を有意義に生きれば、その中に、無限の過去と未来が、ほとばしる生命流の潮と
   なって、現実の、私たちの生命をうるおしていく。
   そのとき、一瞬の生命に、永劫の過去と未来を内包した宇宙生命としての「妙法」が
   姿をあらわし、「瞬間」はそのまま「永遠」となる。

   つまり、「瞬間」のなかに、「永遠」が立ちあらわれてくるということだね。
   そして、私たちの生命流は、宇宙生命のもつ大潮流と合体する。

北川:仏法で説く「瞬間即永遠」の意義ですね。

池田:瞬間の生に、永遠の実在をあらわすような現在を生きたいものだね。
   過去の貯蔵庫を開きつつ、希望と期待に胸をふくらまして未来を決意する。
   その決意も、空間的にいえば、宇宙大に広がり、時間からすれば、未来永劫にわたる
   ものでなければなるまい。
   しかも、万物を生み出し、育て、創造する宇宙生命の本源的な働きに沿う決意こそが、
   人間としての本来的な決意ではなかろうか―。

   さらに、具体的に言えば、人類と万物の、永劫の平和と繁栄をめざした決意であり、
   すべての生き物の苦悩を断ち切るところに目標を定めた決意であり、そこに、
   人間としての生きがいを見出す使命感にめざめた決意が、過去を開き、未来を開くのです。

   つまり、私たちの生き方は、過去に根ざしながらも、過去に生きるのではない。
   未来に思いをはせるあまり、現在の瞬間をおろそかにするのではない。
   未来に偉大な目標を定め、それに向かって決意し、未来を先取りしながら、
   使命感にめざめた現在の歓喜に生きたいものだと思うね。

転載終わり

「未来に偉大な目標を定め、それに向かって決意し、未来を先取りしながら、
   使命感にめざめた現在の歓喜に生きたいものだと思うね。」
  私も、深く、そう思います。      
 

「永遠の生命」の視座 10/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)20時00分42秒
川田:ベルグソンの時間論では、過去、現在、未来の三態は、意識の発達を待って分化していく
   のだと説いていますが―。

池田:ベルグソンの時間に対する考え方は、非常に独創的だね。そして、きわめて仏法的だとも
   いえるね。
   彼は、意識の本質は流れであり、「流れる時間」と表現している。
   この「流れる時間」というのは、私たちが物理的、客観的時間としてとらえてきた
   時間を「流れた時間」であるとし、それに対してあくまで、意識というか、むしろ、
   生命の流れ自体をあらわしたものだね。
   だから、過去とか現在とか未来とかいう区分は、もともとあるのではなく、流れる意識が
   つくりだすものだということです。
   つまり、無差別から差別が生じるのだね。

   したがって、大自然を含む宇宙万物は、宇宙生命流のおりなす生命的存在といえる
   わけです。

   だから、私たちの生命流が強ければ、大自然へと積極的に働きかけ、自然の営みを
   十二分におりこんでの生命活動ができるわけだ。
   いいかえれば、おのおのの生命に特有のリズムに生きながらも、自然の歩みとも調和して
   いける。

   人間のみならず、あらゆる生き物は、すべてそれぞれ各自の時間をもっていよう。
   しかし、人間生命ほど、生まれながらにして、豊かな生命流にめぐまれている存在はない
   と思う。
   それは、人間生命のみが、自然の律動と調和しつつ、それを超え、身体の流れと融合
   しつつも、そこから、意識、精神の多様な潮流を生み出している事実を見れば、容易に
   納得のいくことだろうと思う。

北川:ところが、人間は、通常、その恵まれた生命流を十分には発揮できないでいる。
   いや、むしろ、生命の流れをみずからの行為によって弱めたり、速度をゆるめたりして
   いると思われます。
   力強く、速い生命的時間を感じ、そこに生きる可能性をたっぷりと秘めながら、あえて、
   苦しんでいるようなところもある。
   まったく、皮肉な現象ですね。

池田:そのとおりだね。

北川:そうしますと、私たちの実際生活にとって大切なことは、現在の瞬間をどう生きるか、
   という生命の姿勢ですね。


 

「永遠の生命」の視座 9/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)19時55分53秒
池田:生命は、生の表層から内奥にと深まるにつれて、その水かさを増し、内容を豊かにし、
   巨大な潮流となっていく。
   私たちの生の瞬間に噴出する生命流の源は、人類の生を含み、地球の歴史をのみこむ、
   大宇宙の悠久たる変転をも包み込んで、宇宙生命の本流に流れこんでいるといえます。

   この宇宙生命の本流が噴出し、個別化したのが、われわれの生命であると考えられます。
   「妙法」とは、この宇宙生命を説き極め、あらわしたものであるわけです。

   したがって「妙法」は、過去永劫の生と、未来永遠の生をはらんでいる。
   そこでは、もはや、現在、過去、未来などという現象的時間における立てわけは通用
   しない。
   過去も、未来も、現在の瞬間と融合し、一体となる。
   一瞬といえば、瞬間の生とも表現できる。
   だが、永劫といえば、永遠常住の潮流とも考えられる。
   つまり、瞬間でもあり、同時に永遠でもある。

川田:日蓮大聖人は「三世諸仏総勘文教相廃立」に「過去と未来と現在とは三なりと
   雖(いえど)も一念の心中の理なれば無分別なり」と記されています。
   この中の「一念の心中」というのは私たちの生命の奥底であり、同時に、宇宙生命
   そのものとしての「妙法」と解してよいでしょうか。

池田:「妙法」それ自体である、生命の本源の実体を説いた文です。
   宇宙生命においては、現在、過去、未来といえども、一体となって、まったく無分別で
   ある。分別することができない。

   それでいて、「一念の心中の理」とある様に、その永遠即瞬間の生命が、差別となって
   具体的な活動を営んでいく。
   つまり、本質的には無分別でありながら、過去、現在、未来へと分かれていく差別相をも
   はらんでいるのだといえよう。
 

わが友に贈る 2017年9月23日

 投稿者:どうみょうてん
 投稿日:2017年 9月23日(土)19時01分22秒
仏法者の真価は
「振る舞い」にあり!
礼儀や言葉遣いなど
大誠実の真心と行動に
納得と共感が広がる。
 

公明新聞の「必死の形相」写真 信仰的詐欺写真

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策
 投稿日:2017年 9月23日(土)18時40分7秒
信濃町のネット対策チームの対策です。

都議選当日の池上彰さんが出演されている番組で、池上彰さんが、公明新聞に掲載されている「候補」の「必死の形相」について公明党都本部代表の高木陽介議員に質問していました。

※やり取りの要約です。
どなたか録画されている方がいれば詳細をご教示下さい。
池上彰「公明新聞を手に持ちこの新聞の候補の写真はどうやって撮影するのですか?」

高木陽介「候補は必死ですから」
二回ほどこのようなやり取り。

私はこのやり取りを見て、池上彰さんはこの宿坊の掲示板を御覧になっていると感じました。

なぜならこの宿坊の掲示板では、公明新聞の「候補の必死の形相写真」は「前撮り」であると指摘しているからです。
会員さんは「候補の必死の形相写真」は街頭演説での写真と誤認しています。

また一般の方にあの「必死の形相写真」は異様に感じますが、創価学会員が見ると「信仰心が揺さぶられる」のです。

池上彰さんはそのようなことも公明党都連代表の高木陽介議員に質問していました。

信仰心で支援する公明党候補の「必死の形相写真」が「前撮り」だったと会員さんが知ったら大変です。
一次元から見れば詐欺です。

私の手元にあるたくさんの内部討議資料もいつか検証していかなくてはならないと思っています。
 

“専門家”の時代じゃない!

 投稿者:螺髪
 投稿日:2017年 9月23日(土)18時34分12秒
 世に、防災・危機管理とか、市民防災とか、あるいは食品安全管理とか、いわゆるその道の“専門家”なる解説者の登場が目立っています。果ては、警察官OBも出てくる始末で、いまや“専門家”の目白押しといった状況です。それぞれに培った“専門知識”があって、「安全対策」を語ってくれるのですが、「なんだかなぁ」という印象がぬぐえません。

 そりゃぁ、知らない人が愚見をあれこれ語るより、知った人が適切に対処法を語った方がいいに決まっています。でも、なぜか、説教じみて、押しつけ感がぬぐえないのです。それに、いろんな角度からの網羅はいいのですが、概して総花的で、耳に入りません。ヒステリックな絶叫も御免ですが、かと言って落ち着き払った、達観したかのような言説も頂けない、というところでしょうか。

 ひとつは、社会が高度技術化してきて、一片通りの取材では対応しきれなくなってきていることもあるのでしょう。“専門家”に語らせて、メディアが当社の考え方ではありませんと言っているに等しいのです。これは、裏を返せば“逃げ”です。あまりにも専門化し過ぎて、取材する側の教育がそれに追いついていっていない実情もあるのでしょう。ビジュアル重視となれば、なおさらです。

 社会自体がそうなのでしょう。広範囲で、専門的で、長期的なものが求められています。いきおい、誰にも批判されない“安全路線”が選択されます。公的機関は責任を問われる度合いがとりわけ高いですから、その傾向が一層です。「間違いがないように」と、対応を一律にし、“中央集権的”にせざるを得ません。「マニュアル通りにやりました」と。それは、自分の意思とは違うこと多々です。すると、誰も他人の言うことで責任を取りたくありませんから、ますます義務的、その場しのぎにならざるを得ません。

 “現場”の実状というのは、そもそもが多種多様です。よく似た人はいても、人の顔が違うのと同じです。それを“十把一絡げ”で対処しようとするから、歪(ひず)みが起ります。何も、中央集権にしなくても、対処策を示したいのならケーススタディを蓄積して“シンクタンク”のようにすればいいだけの話です。それを解ったようなふりをして、解らない人間が「私のお出まし!」みたいな対応をするから、対処できないばかりか、より事態を複雑にしてしまいます。

 それに、自分たちで解決しよういう意思のないところに、どんな情報を持って行っても無駄になるだけです。言われたことを言われた範囲でやるだけです。「はい、やりましたっ!」てね。自分で考えるからこそ、やり甲斐も感じ、必死にもなります。そこに適時適切な情報が入れば、ことが円滑に運びます。むしろ、こちらが主眼でしょうか。考えるべきは、現場よりも、それを推進する指導者の教育なのです。民衆の時代です。随縁真如の時代です。

 いまのあらゆる組織が同じような悩みを抱えています……。

 

わかりやすい(笑)

 投稿者:ダメよ~ダメダメ
 投稿日:2017年 9月23日(土)16時47分18秒
解散総選挙の話題が出て一週間。

創価学会は素早く選挙態勢に移行した。と同時に聖教新聞も公明新聞も選挙態勢に。

紙面を見ればこれほどわかりやすい組織はないです(苦笑)

公明新聞もこの夏の都議選で有名になった選挙名物。あの池上彰さんも注目の候補者の絶叫事前撮り

も早々に行い準備される事でしょう。特に選挙区候補。傑作を楽しみにしていま~す

http:/

 

魂を揺さぶられる『言葉』の先に…

 投稿者:mission
 投稿日:2017年 9月23日(土)15時07分33秒 編集済
私達は何を感じ取り、何が見えているのだろうか?
たとえ其れが、聞く*読む*目にしただけだったとしても、「言葉」として伝えた人にも『私達と同じ体験からの願望や想望があったのだ』と感じ取れ、力強い「言葉」からは、絶望から起き上がった(行動)情景を思い描く事ができ、だから『励まされている』と心に響く…見えない「魂」で繋がるんだと思います。

大聖人様の教えや牧口先生*戸田先生*池田先生の言葉を、幅広い眼界や探究がなくとも理解できるのは、特権階級ではない庶民出身の『師』である人達が、一人一人の民衆(会員)の為に国家権力と戦われ、弾圧から何度でも立ち上がった歴史があるから。
「論」ではなく、その真実の『言葉と行動』に「魂」が揺さぶられるのではないでしょうか?

《平田真吾様》が投稿された短い「言葉」だけでも『伝えたい想い』が くみ取れます。
『私も負けない!・Interactive・双方向不二の唄』と紹介された「You Raise Me Up」
─たとえ唄であるけれど、受け手も送り手になる事ができる「対話」である。それは二ツに見えるが、実際は一ツなのです─

2005年ノーベル平和賞のステージで、Secret Gardenが「You Raise Me Up」を披露したと聞いた事があるけれど、私は2006年トリノのエキシビジョンで荒川選手が採用した時が印象的でした。
『You Raise Me Up』…あなたは私を奮い立たせる─

You raise me up, so I can stand on mountains
君は頼りない僕を励ましてくれる。だから山頂に立つことが出来るんだ。
You raise me up to walk on stormy seas
君が僕を勇気づけてくれるから、嵐の海を彷徨うことなく進める。
You raise me up to more than I can be.
あなたの存在が私に力をくれるから、自分を越えて頑張れる。

伝わる人には、必ず伝わるんです。
共有でき無い異分子達が、大聖人の御文や池田先生の御指導を作為的に「切り文」で使ったとしても、後々必ず不自然さが目立ち間違いだと気付く事になる。
そこには「一人を守る」という、真実の『言葉と行動』が無いからです。
「気付いた人達」の輪が、勢いよく広がることを私は願っています。
そして其れは、果てしなく難しい事では決してない。

この「宿坊」や今日も開催されている《元職員様》達の座談会での体験にも、その人達が踏みしめている大地で孤軍奮闘している姿を心に描ける投稿が本当に沢山あります。
『You raise me up to more than I can be.』
「宿坊の皆様の存在が力を注いでくれるから、私は弱い自分を越えて頑張れます」─感謝。


 

SaySaySayさん!

 投稿者:螺髪
 投稿日:2017年 9月23日(土)13時53分21秒
SaySaySayさん

 「清浄」の振動が、かつてSaySaySayさんが仰ったように400ヘルツかどうなのかどうかは、私にはわかりません。情報不足です。いや、勉強不足ですか(笑い)。
 でも、「清浄」には、何もない「清浄」もあるのかも知れませんが、すべてがある「清浄」があるのではないかとは思っています。十界すべてが含まれる「清浄」です。ちょうど、すべての物質は電気的に中性で、その中にはプラスもマイナスもあるように。大気の水蒸気が上空で氷になってぶつかり合い、雲自体ががプラスかマイナスに帯電するのと同じではないでしょうか。雲同士、あるいは地上に放電して、ゴロゴロと雷になります。いや、正確には大気を渡る電気の波動が音として我々に伝わってくるわけですが。

 もっとも、「十界すべてが含まれる清浄」といっても、ヒッグス粒子があるのかないのか分かりませんが、宇宙そのものが「中諦」の“場”そのものですものね。「清浄」というのは、「生命」のそのままの“姿”で、何にでも変わり得る可能性を孕(はら)んだ当体であることをいうのかも知れません。つまり、“光の三原色”でいうなら「白」です。長い波長になれば「赤」、短い波長になれば「青」と、人間には見えてしまいます。しかし真実の当体は「白」です。波長が変わるだけです。“光子”は同じものなのでしょう。

 九州のラーメンはとくに福岡では匂いがきつくて抵抗がありました。でも、味は抜群。紅生姜が必須でした。土地の人からは、「あの匂いがいいんじゃないですか」と言われてしまいましたがね(笑い)。


 

逆になってしまいました。

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)13時17分31秒
すみません。

7/11と8/11が逆になってしまいました。
 

「永遠の生命」の視座 7/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)13時13分53秒
川田:生物学的な情報というと、DNAに含まれているのでしょうが、たとえば、鼻の形をどの様
   にしようとか、皮膚の色が白いか黒いかとかまた、極端にいえば、指は何本にしよう
  (笑い)とかいったことですね。
      手足の指は五本ずつでないと困りますが、鼻の高さなどは、個人によって多少の差は
   あります。
   まあ、こういったことが、DNAに含まれています。

   ところで、「現在」ということに帰りますが、哲学者の波多野精一氏は、「時と永遠」
   という著書のなかで、「現在は、けっして単純な点に等しきものではない。一定の延長を
   有し、一定の内部的構造をそなえている」といっていますが ― 。

池田:まだまだ浅いけれども、方向性は正しいといえる。まさしく、一瞬には「内部的構造」が
   そなわっていると考えてよかろう。
   むろん、構造といっても、空間的なものではないがね。

川田:そこで:まず、現在に包含された過去の内容ですが、一言でいうと、私たちの体験は
   すべて、どの様にささいな出来事でも、記憶としてとどめられているといいます。

   身体の経験は、それぞれの細胞や臓器に刻印されていますが、興味深いのは、精神的な
   体験ですね。
   私たちが、すっかり忘れてしまっているようなこと、たとえば、赤ん坊のころ、
   オネショをしてしかられたとか、となりの子供をいじめたとか、もっと古いのになると、
   産湯をつかったことまで、ちゃんととどめられているといわれています。

   その場所を大脳生理学的にいうと、側頭葉と古い皮質の海馬という領域になります。
   側頭葉には、言葉や学校で学んだ知識や、考えたことなどがとどめられ、海馬領域には、
   喜びとか、恐怖とか、悲しみとかいった
   情動的な体験がすべて記憶されています。
   それはちょうど、吸い取り紙にインクがべっとりとしみこんだだようで、
   この吸いとり紙を「記憶の貯蔵庫」と呼んでいます。

北川:よく聞くことですが、人間が死を迎える時には、過去の記憶が、ちょうど走馬燈の
   ように、すべてよみがえってくるといいます。
   しかも、それが、一瞬にですね。

池田:死に直面して「記憶の貯蔵庫」のカギが、一度に開いたわけだ。
   現在の一瞬に含まれる過去の内容が、すべて、意識の表面にうかびあがったのでしょうね。

川田:「身体と心」の章でも、少しふれましたが、私達の個人的な体験の、もう一段奥には、
   人類としての百万年にもわたる体験が刻まれています。
   原始人類が、猛獣と戦ったこととか、火を発見した喜びとかいった体験が、現実に私達の
   いまの生命に息づいています。

   さらに、その奥には、哺乳類としての経験とか、アメーバとしての経験なども、私たちの
   生命体としての全体験の内容を占めているかもしれません。
   哺乳類としての経験などは、ある程度、想像できますが、アメーバとしての経験と
   いうと、ちょっと、私たちの思考を超えているようですが、考えられないことも
   ありません。

   例えば、アメーバは、栄養分が流れてきたり、浮かんでいたりすると、それを感じて、
   すうっと寄っていきます。
   そして、とりこんでしまう。食欲の原型みたいなものですね。
   私達も家に入ったとたん、よいにおいをかぐと、たちまち空腹を感じる。そして、
   つまみ食いしたくなることもある。(笑い)

池田:ゆかいな実例だね。さて、そうすると、現在の瞬間には、少なくとも、地球の歴史を
   すべて包んでいることになるね。
   瞬間の生を、深く思索すればするほど、その内容は豊かになり、過去へと限りなくのびて
   いくと考えられよう。
 

「永遠の生命」の視座 8/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)13時01分52秒
川田:こんどは、未来についてですが、これは「空」のところでも話に出ましたが、身体的な
   ところからいっても、私たちの身体には、生物学的にいって、五十億もの情報が
   内容としてつまっています。

   つまり、私たちの身体には、無限といっても過言でないほどの、未来への可能性を
   そなえているといえるわけです。

池田:瞬時の生命に、無限の未来をはらんでいるということだね。

川田:そうです。その未来を、現在の生が切り開いていくと考えられます。
   そこで、有名な話ですが「パスツールの軌跡」というのがあります。
   彼の偉業は世界中に知れわたっていますが、その大部分が、脳卒中のあとでつくられた
   ものであるという事実は、意外と知られていません。

   彼が脳卒中で倒れたのは四六歳の時です。もう絶望的だというので、フランス政府は、
   彼の為に研究所を建設中だったのですが、それを中止しました。
   その報告を聞くと、パスツールの症状は、さらに悪化したのです。

   ところが、彼の友人が、政府に働きかけて工事を再開させると、その症状はしだいに
   よくなり、その後、二七年間、新しい研究所で人類のために尽くしました。
   この間の業績は、彼の生涯のうちでも、もっとも輝かしいものだったそうです。

池田:うむ、おもしろい話だ。奇跡と呼ぶにふさわしい生命の力だね。
   それにしても、将来にかけた希望や、人類から苦悩をとりのぞきたいという目標への
   情熱が、まさしく、医学的な不可能をも可能にした一つの例でしょうね。

川田:そうしますと、希望、期待、未来への情熱などは、人間生命に含まれる未来をひきよせる
   力と考えられますね。

池田:希望の精神の躍動、未来を信じ行動する情熱などは、人間生命にとって、未来への原動力
   といえます。
   だからこそ、希望と目標を失い、絶望の底に沈む人は、みずからの生をとざすことにも
   等しいのではなかろうか―。

北川:ウィーン大学の神経科の教授でもあり、ユダヤ人としてアウシュビッツ収容所に
   入れられ、死線を越えてきた、フランクル博士は、その体験を託して有名な
   「夜と霧」という本を書いています。
   その中に、次のように記されています。

   「彼自身の未来を信じることができなかった人間は、収容所で滅亡していった。
   未来を失うと共に、彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し、身体的にも心理的にも
   転落したのであった」とあります。

池田:博士が生き延びることができたのも、未来にかけた信念の賜物だろうね。
   希望、夢、使命、信念などは、未来を開く力であり、内的な主柱であり、力強い生命流の
   内容だと思う。

   私達の生命流は、現在の瞬間に生きながら、過去の全ての体験を含み、それを基盤と
   しながらも、無限の可能性をはらんだ未来を切り開いていく。
   具体的にいえば、過去のあらゆる記憶を再現し、回想させつつ、未来への希望あふれる
   目標に向かって、出立していくのが、現在の瞬間の生というわけだ。

   したがって、過去の生も、そのすべてが現在の内容となり、未来のかぎりなく開かれた
   人生の基盤もまた、いまのこの一瞬に集約されている。
   つまり、過去、未来と切り離された現在は、現実には存在しないし、現在の生に包含
   されない過去もなければ、未来もありえない。

   日蓮大聖人の「御義口伝」には「已(い)とは過去なり来とは未来なり已来(いらい)の
   言の中に現在は有るなり」とある。
   現在の生と、過去、未来の生の本源的なあり方を考えさせてくれる至言です。

北川:過去といい、未来というも、その本源をたずねれば、現在と一体である。
   しかも、その現在の生に含まれる過去と未来は、私達の生命を、その内奥まで深く
   たどればたどるほど、かぎりなく広がっていくのですね。

 

「永遠の生命」の視座 6/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)12時46分46秒
「生命を語る」単行本 第一巻 時間の謎
「瞬間と永遠」p164~179

北川:これまでのところで、私達の生命にとって、持っている時間の不思議な性質が、だいぶ
   わかりかけてきたようです。
   だが、もう一点、時間の謎のうちでも、もっとも根本的な、つまり、過去、現在、未来と
   いうことについて、おうかがいしたいと思います。

   古来、多くの哲人は、万物が時の経過と共に転変していく様を、川の流れに例えています。
   西洋では、ギリシャの哲学者ヘラクレイトスが「万物は流転する」との名言を残して
   いますし、東洋仏法でいう「輪廻(サムサーラ)という言葉も、川の流れを表現したもの
   だとされています。

池田:うむ。
   よく「時が流れる」というけれども、今のヘラクレイトスの言葉が意味しているのは、
   流転するのは ”万物” ということです。
   ”輪廻” という場合も同じです。

   最初に話し合った様に、実在するのは、宇宙、物体、生命です。
   その一切が運動し、変化し、流転している。
   この運動、変化、流転を認識する枠組みが時間、空間です。
   だから、”流れて”いるのは、万物なのだけれども、視点を考えると、時間が流れていく
   ように思えるわけです。

北川:ところで、こうした万物の流転によって感ずる時間の経過から、過去、現在、未来という
   概念が出てくるわけですが、
   これを、川の流れに例えますと、未来は絶え間なく現在に流れ込み、その現在は瞬時に
   して過去になっていきます。

   しかし、過去は「かつてあった」のであり、未来は「未だない」ものであって、実在する
   のは「現在」の一瞬しかないということですね。

池田:うむ。私達の生命の実在は、この瞬間にしかない。私達は紛れもなく、現在の瞬間に、
   苦と楽を実感し、幸、不幸とを感じつつ生を営むわけです。

北川:「現在」という一瞬は、幾何学で言う「点」みたいなものとして考えられて
   いますが ― 。

池田:幾何学の「点」は位置だけあって、その内容がないという事実をあらわしているのだね。

北川:そうです。大きさ、重さ等は認めていません。

池田:「現在」という瞬間をその様に考える事は大きい錯覚です。
   そこには、実に豊かな内容が含まれている。
   私達の生命のこの現在の一瞬の実在を考えてみても、そこに実は、過去の全ての記憶が
   包含されているのです。
   肉体的な記憶もあれば、精神的なものも、しっかりと刻み付けられているにちがいない。

   また、未来への希望、期待、欲望、活動性なども、現在の瞬間の生命に備わっているね。
   さらに、私達の身体自身のもつ各種の生物学的な情報も、未来を先取りした肉体の智慧と
   いえるでしょう。
 

圧政 vs 市民 の戦い

 投稿者:ミネルヴァの梟
 投稿日:2017年 9月23日(土)12時09分32秒
安倍首相が国連で演説し、トランプ氏とグルになって、戦争を散々けしかけたおかげで、北朝鮮が太平洋上で過去最大の水爆実験を行う可能性が出て来た。

安倍政権は、北朝鮮問題の本当の危機はもっと先に来るから、今のうちに衆院解散しておくのだなどと、訳の分からない屁理屈をこね回していたが、とんでもない読み違えだ。

これ以上は無いというほどの危機を、今現在に引き寄せてしまったではないかっ!!

ドイツやフランス、韓国の指導者と比べると、まるでクソガキレベルの知性しか持ち合わせていない様に見える。ロシアの外相が、幼稚園児の喧嘩と評していたがその通りだ。

万が一戦争になったとしても、アメリカ本土が大被害を受ける可能性はまだ低く、ある意味いつも通りのやり方だが、日本はそうは行かないのだ。

壊滅的被害を受けるのは、ほぼ確実だ。仮に生き延びたとしても、日本、韓国の経済は壊滅。全世界の経済も致命的な影響を受けるだろう。

もしもそんなに戦争がしたいなら、戦争を始めた指導者の家族と親類縁者は、真っ先に最前線で戦う、という法律を成立させてからにしろ!

日本には、たとえ戦争をして負けても責任を取らず、自分達だけは生き残るという、不思議な階級が存在している。
安倍首相は間違いなく、そういう階級に属する者だろう。

私の様なルンペンプロレタリアートとは違うし、戦争になっても自分は死なないと、とんでもない誤解をしているネトウヨ達とも違うのだ。


そんな安倍首相が、この28日、やっと開催された臨時国会を、所信表明もせず審議にも応ぜず、モリカケ隠しの為、冒頭解散する。

こんなデタラメな安倍自公がその後の選挙で勝てば、どんな事になるか、言うまでもない。

無関心を決め込んでいたら、いつの間にか徴兵されていた…程度ならまだいいが、気がついたら家も家族も消えていた、などという事にならぬ様、次の選挙、絶対負ける訳にはいかない。

ここへ来て、劣勢を伝えられていた野党4党と市民の連携は、逆に強くなり始めている様だ。
座して死を待つよりは討って出よ、だ。
死に物狂いになった軍の強さを、腐れ貴族と化した、自公のアホどもに見せつけてやればいい。
私も野党の側に立つ。

間違いなく救国の戦いだ。ヤツらにはひとかけらの正義も無い!






 

我が師.池田先生との思い出 No.9

 投稿者:シャクソンファイブ
 投稿日:2017年 9月23日(土)11時51分18秒
宮川氏ご本人に許可を頂き、この記事を転載します。
なお、拡散大歓迎です。


「黎子( れいこ )は女子部の鑑( かがみ )だ。
 今は立派な理論よりも、そう言うことを残しておこう。
 青木、吉田、中西ーー この三人で今の十倍、二十倍の闘いをした。
 男に勝る戦いをした。毎晩、二時、三時。 愚痴一つ言わずに黙々とやった。
 右翼に狙われて帰れない事もあった。」

「途中で亡くなる人が損なのか。残る人が偉いのか」

「交通費もあげられなかった。食事も出来なかった。
 本部は、朝8時に始まる。黎子は毎朝7時に来て、
 全部、本部の掃除をやった。 一級闘志はすごい根性の持ち主だった。
 本当の娘だ。 一生忘れない。日記が全部取ってあるので出版したい。
 大功労者だ。完全に陰の人、裏の人だった。
 ああ言う時に、あれだけやったのは、男にだっていない。
 5年が50年に匹敵する闘いだった。
 ローソクのように、忽然と消えた人を会長の私が、このように話をしている。
 幸せな事じゃないか。そこに創価学会の精神がある。
 伝統、歴史ーー目に見えない事を知らせていく。」


☆七月十六 日( ブラジルのサイトウ理事長と ).

「黎子の日記を全部読んだ。一生懸命闘った人が、早死にして、
 闘わなかった人間が偉くなっていく。それでいいのか?
 (創価学会はだんだん官僚的になって、本当に闘った人が認められなくて、それでいいのか?)
 読みながら、刃物で胸をえぐられるようだった。」

「ある時、本当に闘っている婦人部に会った。
 お金は、あるのか?と聞いたら、「 ありません 」と爽やかだった。」

 (一生懸命学会に、人に尽くした人が何も得なくて、そうでない幹部や本部の人間が、内内で賞賛され、
 社会的な力を得ている。矛盾じゃないか)と。

「嘆くな。僕が祈る。僕がついている。僕が見ている。全部見ている。
 それでいい。それで、いいじゃいか。それで何もいらない 」と言ったんだ。
 そう言う精神を忘れては、いけない。

(サイトウ理事長は、娘さんが創価女子学園に入学された報告と御礼に来日していた )

「幹部同士の間で、子供の事を言う必要はない。
 自慢したりするのは、本陣の戯( たわむ )れである。」
 皆んないて、そこに、足の不自由な子が居たら、僕は、その子が一番かわいい。
 その子が大将だ。
 恋愛して、成功して、ゴールインした人よりも、
 失恋して、題目を上げて立ち上がる人の方が、僕は、数倍かわいい。
 同志の集いじゃないか。
 ある意味、大幹部は、自分のウチなんか、メチャクチャでいいんだ。
 会員が第一だ。それが幹部だ。

「日蓮は、泣かねども涙ひまなし 」だ。
 悦子( サイトウ理事長の奥さん )、悦子、
 子供、子供、あなたは、それを捨てなくてはいけない。一家主義になってはいけない。
 ウチは( 先生のご一家 )、そう見えるけど全然違う。
 いつも妻に言っている。息子たちにも、いつか嫁が来る。でも、他人だよ。
 孫も出来るだろう。でも僕は可愛がらないよ。
 その分、創価学会の苦労した人を、もっと大事にするよ、と奥さんに言ったんだ。」

(奥様がうなづかれて口を開かれた )

「主人はいつも、会員さん第一なんです。私は会長である主人に、何も出来ない。
 だから、せめて、会員のお一人お一人の事を祈ろう。
 だから、せめて、誰かいらしたら、何でもしてさしあげようと。」

(再び、先生が )

「息子達の結婚式も、目黒文化会館で、数十人で、静かにやりたい。

「 教弥( おしえ.いよいよ )高ければ、位弥( くらい.いよいよ )低し 」
 平凡な庶民でいいんだ。
 あなた( サイトウ理事長 )には、それが足りない。」

「妻は私が死んだら、四畳半の部屋で、暮らすと言っている。
 そして、学会の方が訪ねて見えたら、広宣流布の為に、闘っていらっしゃる方だから、私より偉い、大事にします、と言っている。」

「一切、幹部は家族のためではいけない。妻子は報障だ。」

(昭和52年7月15・16日手記 )

☆文中に出てくる黎子さんの事を、先生が「忘れ得ぬ同志」に綴って下さっている。
 黎子さんはどれ程、嬉しかったであろうか。

☆『野菊のごとき青春 ☆

ーー青木 黎子さんーー

【広布の激流に黎明の光】

一冊の日記帳がある。

題して『黎子抄』。

青木黎子さんが死の間際まで綴ってきたものである。
それを親しき友人たちが一冊の本にまとめあげた。
昭和五十一年一月二十九日、ご両親に見守られながら黎子さんは三十五歳で逝いた。
美しき瞳。 美しき心。 美しき青春の人であった。

一周忌に私は、ご家族とともに学会本部で勤行をした。
そのとき、黎子さんが綴られていた日記帳の事を聞いた。
美しい字で書かれた数冊のノートを、やがて見せていただいた。
そこには、病魔との戦い、『生と死』の葛藤、信仰の素晴らしさ、友情、自己の使命・・・等々、
日々の心境が曇りなく記されてあった。
ご遺族と友人たちの意向が実り、三回忌を記念して限定出版されたのである。
その香りしたたる一冊が私の所へも届いた。
昭和四十二年から四十五年までの闘病記がある。
こんな一節が目に止まった。
『昭和四十二年 二月二十四日(金) 雨
 注射。今日の雨で春を感じる。まどの外に水仙の芽が出ているのを見つける。
 なんという生命の不思議さ。強さ。あの大雪の下に、あのとき、すでに発芽していたのだ。
 なんとしても治るのだ。一年前の私は毎日" 死 "との対決だった。』

東京・清瀬の病院。
武蔵野の早春に心の嵐と戦う、けなげな同志である彼女の青春を思うとき、私の胸は熱くなった。
学会本部に勤務していたのは、昭和三十七年後半から約四年間と記憶している。
彼女は、あまり丈夫ではない小柄な体を駆使しての、日夜、私のそばで広宣流布への戦いの連続であった。
彼女と最初に会ったのは三十七年初夏のころである。
女子部の代表との研修会があったときに、彼女のことを女子部の先輩から聞いた。
ある銀行の人事部に勤めていただけあって、まことに聡明で、誰からも称賛される人柄であった。
懇談の折、『今までお世話になった人は?』と聞いた。
彼女は間髪を入れず六人の姓名をすらすらと言った。ふつう姓は言えても、なかなか名前までは出てこない。
記憶力抜群の人とみた。
入信は昭和三十一年六月、十五歳のときであった。都立白鴎高校の出身である。
また女子部の部隊長としても活躍してきた。
『黎子抄』に、当時、共に職場で戦っていた多田時子さんが、次のような追憶の記を寄せている。

『ひとたび仕事の事になると非常に責任感が強く、電話の応対や接客にもそつはないし、
 字も綺麗に書けば、あれこれと、どれ一つを取り上げても見事にこなす人でした。
 また何より素晴らしいと思うことは、どんな事があっても笑顔をたやさない人柄のよい人でした。
 それは又、自己に厳しい強さを持っていたからかもしれません』

当時の学会は激流のような建設期にあった。
私も朝から夜半まで、多忙の連続であった。
その為もあって、彼女は庶務部で同じように遅くまで、その任にあたってくれたのである。
私は幾度となく彼女の健康を心配して早く休むようにすすめたことがある。
しかし、今にして思えば、彼女は自分の短命を自覚してのことか、
最後まで繁多な職場で自己の使命を全うせざるを得ない宿命的とも言える回転であった。
夜遅くなっても朝は誰よりも早く出勤した。
表面には疲れもみせぬ素振りであったが、東京の葛飾区からの往復は、さぞや疲れが増していったに違いない。
最後までグチひとつこぼさず、全ての作業を一つ一つこなしきって行った。
模範的な若き妙法の乙女であった。

『一月二十六日(月) 晴のち曇 S先生、回診あり。
先日聞きもらした右上葉の一番難しい空洞のことを聞いたら、消えているとのこと。
・・・なんということか、あんなガンコな病巣が消えているなんて。
御本尊の偉大さにただただ感謝』

昭和四十五年十一月、清瀬の病院を退院。
結核もすっかり治した。
再び職場に復帰した彼女は、不死鳥のごとく活躍し始めた。
しかし、定業であったのであろうか、心臓が弱り、数年して、多くの後輩たちの星となって逝いた。
彼女は、いまはの際に、か弱い体で起き上がり、厳として題目を唱えたあと、横になった。
そして母に向かって、
『私には何の悔いもありません。広宣流布に生き抜いたのですから世界一の幸福者です』と一言いった。

亡くなる寸前、私たち夫婦はせめてものお見舞いにと、サファイアの指輪を贈った。
彼女はそれを病床で指にはめ、ことのほか喜んでくれ
『私が死んだら、この指輪をはめてほしい』と母親に語っていたという。
一週間後、母親は彼女の希望どおり、合掌したその指に指輪を飾って霊山に送ったのである。
ご両親はいまなお葛飾の地で朝夕、黎子さんの写真を見ながら、広布の庭に活躍している。
ただ、私が胸を痛めるのは、同じ年ごろの女性が結婚し、
子供を育てる姿を見たときのご両親の気持ちはいかばかりであろうか、ということである。

彼女の生涯は自分なりに一つの主義主張に青春を賭けた、劇のような行動であった。
それはいわゆる表舞台だけではなく、辛労多き陰の舞台にも誇り高く走り、また美しく咲き薫った名優であったといえよう。
人によって短い人生というかもしれない。
しかし、彼女は幾十歳にも通ずる輝くばかりに充実しきった、黄金のごとき青春の生涯と自負していたことであろう。
多くの女子部の人たちが、野菊のごとき青春であったと口々に讃えたことは、それを証明している。
生命は永遠であるが故に、彼女は生きいきとした生命を得て、この世に再び活躍していくことを、私は信じてやまない。
(昭和55年8月21日)

以上です。

この妙法のジャンヌ・ダルクが、先生と共に作った偉大な創価学会を、原田や秋谷如き薄汚れた獅子身中の虫、
反逆者共に乗っ取られてはならない。

写真は、私が青木黎子さんに 新しく贈らせて頂いた
「芙蓉院清浄妙黎大姉」と言う大姉尊号と、
ブラジルの広布を築いた女性、故 シルビア・悦子・サイトウさんの遺影。

シルビア・サイトウさんは、数千万遍の唱題と戦いで、ブラジルの天地に妙法の華を咲かせて下さった妙法のジャンヌ・ダルクです。
青木黎子さんも、シルビア・サイトウさんも、再び師の元に生まれて、
今、立正安国の危機に生まれ、師の一大事に、 創価存亡の時に、
人類の未来を決するこの時に、生まれて 久遠よりの誓いを果たす戦いの陣列に居て下さる事でしょう。
 

不思議

 投稿者:不軽菩薩が理想
 投稿日:2017年 9月23日(土)11時09分38秒
宿坊の掲示板の皆様、おはようございます。

窮状 様
記事のご紹介、ありがとうございました。牧口先生、戸田先生、池田先生の戦い、御指導を胸に刻んでいる創価学会員なら、この78歳の方のお気持ちになるのが普通だと思うのですが、殆どの学会員が何の疑問ももたずに、三代のおしえに反逆する方向に何の疑問ももたず(?)に従い、やっきになっているのが、とても不思議です。

 

我々にできることは小さいかもしれない・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール
 投稿日:2017年 9月23日(土)10時36分9秒 編集済
杉原 千畝(チウネ)、シンドラー、ポーランド人のイレーナセンドラさん、

ほかにも、先生が紹介してくださったある女性も・・

そして、ここにも

https://bushoojapan.com/tomorrow/2017/08/04/102879


一人の勇気ある存在、大量ではないにしても救われた人たちにとってはその意義は大きい

自分には大きい事はできないが・・身直なメンバーを鬼畜原田学会から救えば・・

救われた人たちにとっては、実に大きい意味のある事・・

(私自身、宿坊様・信濃町の人々さま他、心から感謝してます)

さらに大聖人の仏法を知らずにいる、苦しむ友人を一人、一人と救って・・

酷き実態への落胆と無力感を希望に変え・・・戦っていきたい。

いや、戦っていかなければならない・・


くぼてつ様、鈴之助様、コメントありがとうございました。
 

ランニン

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2017年 9月23日(土)10時34分49秒
今日は福岡座談会ですね。参加される方、充実の一日でありますように。
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-130.html
<9・23(土・祝)九州・福岡座談会 開催のお知らせ>平成29年9月23日(土・祝)午後1時5分~午後3時50分 エイムアテイン博多駅前貸会議室の「会議室5H」(福岡市博多区博多駅前3-25-24 八百治ビル5階)

螺髪様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/74480
イメージだけで言いますが、「清浄」という言葉には「完全なる境智冥合」というイメージがあります。
電気屋の私は池田先生が生命を電波のように例えられることが分かり易く、宿坊でもそのように書きますが、いわば宇宙には10種、10チャンネルの生命チャンネル(十界)があります。
その10チャンネル、いずれの周波数とも人間・宇宙は境智冥合するのですが、「清浄」なのが仏界チャンネル=南無妙法蓮華経ヘルツですが、なかなか「完全に境智冥合」しにくく、凡夫の一念には雑音=ノイズが混ざりやすく、その波形(正弦波:サインカーブ)は歪んでしまいます。(今も私は菩薩界チャンネルでこれを書いているつもりですが、久しぶりに食べに行く天下一品のこってりラーメンのことをつい考えてしまいます。)
この雑音が消えてS/N比が理想的な状態であるときが「清浄」で、「境智合しぬれば即身成仏するなり」なのだろうかと思います。難しいですねぇ、「清浄」て。つい安易に逃げてしまいます。何事も本気で向き合わないと境地合しないのに。

煩悩まみれですよ、私なんて。ヤフオクに出したら誰か買ってくれるかなぁ~。
福岡かぁ~明太子も美味しいなぁ。九州出身の友人にはよく、とんこつラーメンに連れていかれたなぁ。新宿の熊本ラーメンの店まだあるかなぁ。パーコめんが忘れられない。

“もうこれ以上 自分自身からは逃げたりしない 一緒に すべてに打ち勝つのよ”
“もう 逃げない 逃げない 逃げない 逃げない”
“もうこれ以上 自分自身から逃げたりしない”
“すべてと向かいあう覚悟ができた”
“自分を失うことは すべてを失うことだから”
『ランニン』ビヨンセ
https://www.youtube.com/watch?v=eJSik6ejkr0

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

「永遠の生命」の視座 5/11

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 9月23日(土)09時56分6秒
生命論 戸田城聖

http://nitiren21.blog.shinobi.jp/%E8%B3%87%E6%96%99/%E7%94%9F%E5%91%BD%E8%AB%96%E3%80%80%E6%88%B8%E7%94%B0%E5%9F%8E%E8%81%96
 

北朝鮮のミサイルはどこまで飛ぶことができるのか

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール
 投稿日:2017年 9月23日(土)09時55分29秒
本日のスプートニク日本版より・・

https://jp.sputniknews.com/infographics/201709224112698/
(詳しい図解と解説)

将来的に北朝鮮の弾道ミサイルが核弾頭を搭載して使用される可能性はあるが、

今のところ、北朝鮮がこれらのミサイルに適合する弾頭を製造しているという裏付けはない。


アサンジ氏

https://jp.sputniknews.com/politics/201709234114273/

内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ氏は北朝鮮を完全破壊するという

トランプ大統領の警告が、核兵器を求める北朝鮮の願いを強めるだけだと述べた。

(アベの思惑通りになるか・・・)
 

以上は、新着順1番目から50番目までの記事です。

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