<大事なことはたいてい面倒くさい>。
宮﨑駿さんの名言だという。
「創りながらテーマを見つける」、「台本がない」、「少しずつ創っていく」などと、宮崎監督独特の創作法もあるらしい。
そして創作中、宮崎監督から頻繁に出てくる言葉が「面倒くさい」。
途方もなく手間のかかる仕事を見事にこなしている宮﨑駿さんの頭には、常に“面倒くさい”が駆け巡っていたのだ。
『雨月物語』、『西鶴一代女』などで国際映画祭の賞を受け、独特の映像美で“世界のミゾグチ”と呼ばれた溝口健二さん。
映画『山椒大夫』で田中絹代さんは“安寿と厨子王”の母親を演じた。
やせ衰えた感じを出したいと、溝口監督から田中さんは減食を命じられた。
出番を撮り終え、せりふを吹き込む仕事を残し、ひと安心した田中さん。
ないしょで昼食にステーキを食べた。
田中さんの語るせりふを聞いて、監督は首を振った。
「肉を食べましたね。声につやがある。ダメです」と。
ロー・ポジ映画の名手・小津安二郎さんは、カメラをほとんどアオらず、低い位置にすえて、ごくわずかにレンズを上にあげていた。カメラを大人の膝位置より低く固定し、50ミリの標準レンズで撮るのだ。
「俺はねえ、人を見下げることは嫌いなんだよ。俯瞰(ふかん)ていうと見下げるじゃないか」。小津監督は、雑談的にこんなことを語っていたそうだ。
役者さんたちに対する演出は、ハードボイルドというか、人物の感情が(顔の)表情にはほとんど表れない。
そして細かい演出を随所に施す。格調高く本物志向なのである。
ほんの少しだけ映る絵画も東山魁夷さん、橋本明治さんなどの本物を使用した。
張力ある黒澤明監督の画面を鋭角とすれば、小津監督の画面はゆったりとした鈍角である。
撮影に対する姿勢は、いつも真摯で真剣で、静かな現場には緊張感があふれた。
巨匠といわれた小津監督だが、スタッフを怒鳴るようなことはなく大事にしたそうだ。
相撲好きで、場所が始まると夕方ごろから何となくそわそわしていることもあったという。
前面に演出を押し出す黒澤作品とは真逆であるが、小津監督はあの静穏さを描くための演出を当然されているはず。しかし、それを見せないし感じさせない。
小津作品は、特別な事件が起きたりドラマがあるわけではなく、市井の生活がいつも淡々と描かれるだけ。強烈な印象が残るということは少ない。それなのに、いつのまにかその雰囲気に酔わされてしまうのである。