私たちは運動の前によくストレッチングをします。
これはストレッチングをすることによって怪我を予防できるというエビデンスにもとづいています(McHugh MP, 2010)。
怪我の予防をストレッチングの正のエビデンスとするのであれば、実はストレッチングには負のエビデンスもあるのです。
それは「運動前のストレッチングはパフォーマンスを低下させる」というものです。
2004年、カナダ・SMBJ病院のShrierらは、世界ではじめてストレッチングが筋力やジャンプなどの瞬発力を低下させることを明らかにしました(Shrier I, 2004)。
Shrierらの報告以降、多くの研究者によって同様の結果が報告されました。このような背景から、2006年には欧州スポーツ医学会が、2010年には米国スポーツ医学会が運動前のストレッチングがパフォーマンスを低下させるという公式声明を発表しました。
このようにストレッチングには、「怪我の予防」と「パフォーマンスの低下」というコインの裏表のようなエビデンスが示されているのです。
そして現代のスポーツ運動生理学では、ストレッチングがレジスタンストレーニング(筋トレ)に与える影響についても、ひとつの結論を示しています。
「トレーニング前のストレッチングは筋肥大の効果を減少させる」
今回は、静的(スタティック)ストレッチングが筋肥大の効果に与える影響について、近年の知見をもとに考察していきましょう。
Table of contents
◆ ストレッチングはトレーニングの運動回数、総負荷量を減少させる
ストレッチングがトレーニングによる筋肥大の効果を減少させる可能性を最初に示したのは、ルイジアナ州立大学のNelsonらの研究です。
2005年、Nelsonらはストレッチングがトレーニングの運動回数を低下させることを明らかにしました。
Nelsonらは被験者にストレッチングを行った場合と行わない場合で、最大筋力の60%のレッグカールを疲労困憊まで行わせました。レッグカールの運動回数をカウントした結果、ストレッチングをした場合、運動回数が24%も少なくなることがわかったのです(Nelson AG, 2005)。
さらに2012年、サンパウロ大学のBarrosoらは、ストレッチングが運動回数だけでなく総負荷量も減少させることを明らかにしました。
Barrosoらはトレーニング経験のある被験者に対して、ストレッチングを行った場合と行わない場合で、最大筋力の80%のレッグプレスを疲労困憊になるまで行わせ、8セット繰り返しました。ストレッチングはレッグプレスの主動作筋である大殿筋、大腿四頭筋、ハムストリングスを対象として行われました。
その結果、ストレッチングを行った場合は、8セットの運動回数が18%、総負荷量が23%も減少することがわかったのです(Barroso R, 2012)。
Fig.1:Barroso R, 2012より筆者作成
これらの報告から、トレーニング前のストレッチングは、運動回数の減少を招き、結果として総負荷量を減衰させることが示唆されました。
では、なぜストレッチングは運動回数を減少させてしまうのでしょうか?
これには3つの要因が考えられるとBarrosoらはいいます。
ある程度の運動負荷をかけながら、運動回数を増やしていくと、神経の発火率が高まり、多くの筋肉が動員されます。この神経と筋肉のユニットを運動単位といい、多くの運動回数を行うためには、多くの運動単位の活動が必要になります。しかし、ストレッチングには運動単位の活動を抑制する作用があるため、運動回数を増やすことができなくなるのです(Herda TJ, 2008)。
また、筋肉は弾性要素と粘弾性要素によって構成されています。ある程度の粘り(粘弾性)があるため、ゴムのように弾性が働きやすくなりますが、ストレッチングは粘弾性を低下させる作用があります。ストレッチングによって粘弾性が低下すると、弾性が働きにくくなり、筋力が発揮しづらくなるのです。
さらに、ストレッチングを行っている間、筋肉内の血流は阻血状態になります。Barrosoらはストレッチングによって筋肉が阻血状態になったままトレーニングを行うと、疲労物質を除去できないため疲労しやすくなると推測しています。そのため運動回数を増やすことができなくなるのです(Barroso R, 2012)。
これらの要因によって運動回数が減少し、総負荷量が低下すると推測されています。
それでは、ストレッチングによる運動回数と総負荷量の減少は何を意味するのでしょうか?
◆ ストレッチングは筋肥大の効果を減少させる
トレーニングによる筋肥大は、運動回数と運動負荷をかけ合わせた「総負荷量」によって決まります。
総負荷量 = 運動回数 × 運動負荷
マクマスター大学のBurdらは、同じ運動負荷でも1セットより3セット行い、総負荷量を増やすことによって、筋肉のもととなる筋タンパク質の合成作用が促進されることを明らかにしました(Burd NA, 2010)。
Fig.2:Burd NA, 2010より筆者作成
トレーニングによる総負荷量は筋肥大に大きく寄与するのです。
筋肥大 ≒ 総負荷量(運動回数 × 運動負荷)
Barrosoらは、ストレッチングが運動回数を減少させ、総負荷量を低下させるため、トレーニングによる筋肥大の効果を減少させると推測しました。
そして、この仮説を検証したのがカンピナス州立大学のJuniorらです。
Juniorらは2017年7月、ストレッチングがトレーニングによる筋肥大の効果を減少させることを明らかにしました。
Juniorらは、被験者をストレッチングとトレーニングを行うグループとトレーニングのみを行うグループに分けました。週2回のトレーニングを10週間継続し、トレーニング時の運動回数と総負荷量、10週間後の外側広筋の筋断面積が計測されました。
トレーニングはレッグエクステンションを最大負荷の80%で疲労困憊になるまで繰り返し、これを4セット行いました。ストレッチングは大腿四頭筋を対象に60秒間のストレッチングが行われました。
その結果、ストレッチングを行ったグループは、運動回数、総負荷量ともに有意な減少を示しました。
Fig.3:Junior RM, 2017より筆者作成
また、外側広筋の筋肥大を示す筋断面積は、トレーニングのみのグループは12.7%増加したのに対して、ストレッチングを行ったグループは7.2%の増加に留まりました。
Fig.4:Junior RM, 2017より筆者作成
これらの結果から、Juniorらはストレッチングが運動回数、総負荷量の減少に寄与し、トレーニングによる長期的な筋肥大の効果を低下させることを示唆しているのです。
最後にJuniorらはこう提言しています。
“If muscle hypertrophy is the main objective, flexibility training immediately before resistance training should not be performed.”
「筋肥大を目的とするならば、トレーニング前のストレッチングは行うべきではない」
トレーニング前のストレッチングは運動回数(レップ数)の低下を招き、総負荷量が減少することによって筋肥大の効果を損なわせる可能性があるのです。
しかし、そう言われても、ストレッチングが習慣化されている私たちは、何もせずにトレーニングを始めることに「何か気持ち悪い」感じを抱くでしょう。
その場合は「30秒以内」のストレッチングをするようにして下さい。30秒以内のストレッチングであれば、運動のパフォーマンスに影響しないことがシステマティックレビューで報告されています(Kay AD, 2012)。
Fig.5:Kay AD, 2012より筆者作成
また、30秒以内のストレッチングでも怪我の予防に有効であることも報告されており(Kay AD, 2008)、パフォーマンスを落とさずに怪我の予防ができる可能性があります。
ストレッチングの利点と欠点を理解して、上手にトレーニングの効率を上げていきましょう。
◆ 読んでおきたい記事
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シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
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シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
References
McHugh MP, et al. To stretch or not to stretch: the role of stretching in injury prevention and performance. Scand J Med Sci Sports. 2010 Apr;20(2):169-81.
Shrier I, et al. Does stretching improve performance? A systematic and critical review of the literature. Clin J Sport Med. 2004 Sep;14(5):267-73.
Nelson AG, et al. Acute muscle stretching inhibits muscle strength endurance performance. J Strength Cond Res. 2005 May;19(2):338-43.
Barroso R, et al. Maximal strength, number of repetitions, and total volume are differently affected by static-, ballistic-, and proprioceptive neuromuscular facilitation stretching. J Strength Cond Res. 2012 Sep;26(9):2432-7.
Herda TJ, et al. Acute effects of static versus dynamic stretching on isometric peak torque, electromyography, and mechanomyography of the biceps femoris muscle. J Strength Cond Res. 2008 May;22(3):809-17.
Burd NA, et al. Resistance exercise volume affects myofibrillar protein synthesis and anabolic signalling molecule phosphorylation in young men. J Physiol. 2010 Aug 15;588(Pt 16):3119-30.
Junior RM, et al. Effect of the flexibility training performed immediately before resistance training on muscle hypertrophy, maximum strength and flexibility. Eur J Appl Physiol. 2017 Apr;117(4):767-774.
Kay AD, et al. Effect of acute static stretch on maximal muscle performance: a systematic review. Med Sci Sports Exerc. 2012 Jan;44(1):154-64.
Kay AD, et al. Moderate-duration static stretch reduces active and passive plantar flexor moment but not Achilles tendon stiffness or active muscle length. J Appl Physiol (1985). 2009 Apr;106(4):1249-56.