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妖精専属菓子職人 作者:おきょう
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(――――私の頭がおかしくなったのか。それともあれは本物なのか)

 妖精が出てくるようになって一カ月。
 ソフィアはお菓子を作りまくりながら、ひたすらに苦悩していた。

「うーん。訳がわかんない。妖精なんて本当に存在するの? でも事実、お菓子は消えて行ってるんだよね……」

 目か頭の病気を疑っていたのに。

 なんと妖精に手紙を託す人間までいるっぽい。
 さらに出来上がったお菓子を、食べている存在が確実にいる。
 半端ではない材料の消費量に使用人たちも首をかしげていたから、ソフィアの妄想でもないはずだ。
 ハウスメイドのオーリーに「作ったものはどちらへ?」と聞かれても答えようがなくて口ごもっていたら、何やら察されたらしくにやにやとした笑みを浮かべて「お嬢様もお年頃なのですねぇ」と嬉しそうに頷かれてしまった。

 こっそりとどこかの殿方へ贈り物でもしていると思われたのだろう。
 残念ながらそんな相手は影も形も存在しない。

(これはもう、自分にしか見えないものがいると信じるべきなのか。嫌だなぁ)

 さすがに観念すべきなのかと、諦め半分で大きなため息を吐いた。
 でも周りに共感してくれる人がいないものを、自分だけが認めるなんて気がすすまない。

(あー、それにしても、慣れって怖い)

 最近は、周囲をふわふわ飛んでいる妖精に、特に何の感慨も抱かなくなってきた。
 彼らは日に一・二度、お菓子を欲求してくる。
 でもそれ以外は気ままに勝手に遊んでいる。
 視界に移る範囲に居ない時も多かった。
 目の前に居たってソフィアが話しかけない限り、お菓子以外ではこちらに興味もないらしい。

「まぁ、お菓子作らされる以外は支障ないし。しばらくはこのままでも……ん?」

 自分の部屋でカウチソファにかけて、妖精と一緒にクッキーを食べつつのんびりと寛いていたソフィアの耳に、バタバタと騒々しい足音が届いてきた。

「何かあったのかしら」

 首をひねると同時に、バァァン! と凄い勢いで部屋の扉が開かれた。

「お、お、お、おじょうさまあぁぁぁ!!!」
「お、おーりー?」

 扉を開けたのは、ハウスメイドのオーリー。
 四十代半ばの彼女は、商売で忙しいソフィアの母親変わりみたいにもなっている。
 家に勤めてくれている人の中で、ソフィアが一番信頼している四十代の女性だ。
 黒い髪を綺麗にまとめ上げ、メイド服にも絶対にシミシワをつけない。
 そんな、いつもソフィアにお淑やかにと注意するきちんとした彼女が、こんな足音を立てて、しかもノックも無しに入って来るなんて。
 朝に起こしに来るとき以外は、必ず許可を得てから入室してくるはずなのに。

「一体何事? どうしたのよ。大丈夫?」
「て、て、てがみが! 手紙が届いたんです!」
「誰に?」
「お嬢様にです!」

 駆け寄って来たオーリーは、ソフィアにその手紙を突き付ける。
 そしてそのまま血走った目を寄せ、興奮しきった様子で教えてくれた。

「フィ、フィリップ伯爵家のご子息のルーカス様から、直々のお手紙が届いているのです!!」

 ぽろり。とソフィアが落としたクッキーは、足元で待ち構えていた妖精にキャッチされた。

「………は? はくしゃくけ?」

 目の前に突き付けられた封書を、ソフィアはぽかんと見下ろす。

(フィリップ伯爵家……お貴族様?)

 何の縁もゆかりもない人……どころか、平民のソフィアとは立場さえまるで違う貴族の人。

(うそ。なんで?)

 おそるおそる受け取ったソフィアが裏返すと、確かにフィリップ伯爵家の紋をかたどった封蝋が押されている。
 ご丁寧に隅にルーカス・フィリップとも書かれていた。

「どうしてまた、伯爵家のご子息が私に? 何の関わりもないのに。怒らせるようなことした覚えもないわよ」
「さぁ……でも、とにかく急ぎでお返事をしましょう。お貴族様を待たせるなんて失礼ですから、本日中に届くように手配いたしませんと」
「わ、わかったわ」

 ソフィアは封を開けて、中に入っていた便箋を開いた。 

「えーっと、何々……?」

 読み進めた手紙の中身は、とても丁寧に長々と書いてあった。
 突然の手紙を詫びる言葉や、自己紹介みたいなのも綴られてある。
 しかしつまり全体を省略すると『手作りのお菓子を持ってきて欲しい』という事だった。

「…え? お菓子?」
「まぁ。ソフィアお嬢様のお菓子をご所望と言うことでしょうか」
「あー……」
「何か、思い当たることが?」
「えーと、うん」

 ソフィアは胡乱気に目を細めて、溜息を吐いた。

(菓子を持ってこいって、これ……この間、妖精が私宛に預かってきたメモの内容と同じじゃない) 

 たった一言だけだったメモとくらべれば、ずいぶん丁寧な文章だけど。
 まぁ書いてあることは同じだ。
 筆跡も、やや青みがかったインクの色も、あのメモと似ているように見えた。
 これだけ重なれば、妖精にメモを託した人間がこのルーカス・フィリップという人で確定なのではと思うのだ。

 どうやらソフィアの作ったお菓子を、彼はたいそう所望しているらしい。

(えっと、これはつまりルーカス様も妖精が見えるってことよね? 前回は妖精に手紙を持たしてたんだから。でもだいたい、この家をどうやって調べたのかしら。そもそも、なんでお菓子をそんなに欲しがるの?)

 ソフィアのお菓子作りは、あくまで個人的な趣味だ。
 素人の手作りを食べるのは抵抗がある人も多いと知っているから、近しい人にしか渡したことも無い。
 妖精にはやたらと受けが良いけれど、実力は素人に毛が生えた程度のものだと、きちんと自覚している。
 伯爵家のご子息様と言うからには、一言お願いすれば国で一二を争うような飛び切りの菓子職人に、飛び切りの菓子を作ってもらえるだろうに。
 ソフィアの作る菓子なんて、口に合うかも怪しいのに。

 なのに、どうしてソフィアの作る菓子を求めているのか。

 考えれば考える程に伯爵家のルーカスという人の意図が分からなくて、ソフィアは手紙を睨みつけたまま首を傾げた。
 後ろではオーリーも首をかしげているから、彼女も不思議に思っているのだろう。

「と、とにかく、伯爵家の方のご所望ですもの。お断りするわけにはいきませんわ。お嬢様、明日にでもお伺いしますとお返事を。あぁ、急いで御召し物の用意をしないと!」
「え、行かないと駄目かしら」
「出来れば」
「……そうよね。お貴族様が相手だものねぇ」

 貴族とは、平民の上にある存在。
 多少の意見の食い違いで何かしてくるほどに過激な人はもちろん多くは無いし、絶対に言うことを聞かなければならないような強引な統治もされていない。
 でも目上の人を相手に、ちょっと気が乗らないからっていう理由だけで、呼び出しに出向かないのはいけないだろう。
 あまり気は進まないけれど、ここは伯爵子息ルーカスの言う事を聞いておくべきところだ。

「はぁ……分かった。じゃあ私は返事を書いて、それから持って行くお菓子を考えるから。ドレスとかの身支度の準備はオーリーお願いね」
「かしこまりました」
「そういえば、ルーカス様ってどういう方か知ってる?」
「伯爵家の次男にあたる方で……確か十歳になるかならないか位の年頃ではないでしょうか」
「え、十歳くらい? そんな子供なの!?」  
「えぇ。金髪碧眼でとて儚くも美しい容姿の、まるで天使のような子だと噂で聞いたことがあります」
「へー、天使か。しかも噂になるくらいのって……なんか凄いのね」

 天使のようだと称されるくらいの美少年。
 いきなり呼び出しを喰らったことに気は落ち込んでいたけれど、それは少し見て見たい気もする。
 ソフィアはちょっとだけ、興味が湧いてしまった。





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