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「ソフィアさんソフィアさん。おかしくださいな」
「くぅださーいなぁー」
妖精との出会いから半月が経った。
曽祖父が亡くなった直後のしんみりとした空気も和らいでいき、家族にも日常が戻りつつある最近。
(そのうち見えなくなることに、期待してたのになぁ)
ソフィアの願いはむなしくも叶わず。
羽の生えた変な生き物たちは、今日もソフィアの視界の中にあり続けている。
妖精たちはその小さな頭でも『ソフィア』という一人の人間を覚えたらしく、ここ数日で名前を呼ぶようにもなった。
「そーふぃーあーさーん」
「おかしくーださいっ」
両手を出してお菓子をねだる妖精たち。
その姿は、とっても可愛い。
だって見た目が二・三等親の丸っこいマスコット人形みたいで、しかも手のひらサイズなのだから。
背中に生えた羽が時々揺れるのも愛らしい。
可愛い物は、大好きだ。
そんな可愛い見た目で、可愛い顔で、可愛くおねだりされるから、ついつい乗せられて作ってしまう。
しかし同時に、見た目が好みであっても、それを上回る図々しさにしょっちゅう苛立たされてもいる。
「あまいのだせや」
「ほしいのー」
「くれくれ!」
「はいはい、今作ってる最中なの見えてるでしょ? 少し待ってなさい!」
「おそい」
「はらへったー。はーやーくぅー」
「待ちなさいってば! 失敗しちゃうから急かさないで!」
屋敷にあるキッチンで、妖精たちにねだられるままにお菓子を作っていた。
メインとして料理人たちが使っているキッチンは他にもう一つあるから、ここ数年は実質ソフィア専用のキッチンになっている。
「あのね。お菓子ってそんなに簡単にポンポン出てくるものじゃないんだからね」
「どーでもいいから、はやくぅ」
「あーもうっ、これでも食べてなさい!」
蜂蜜色の豊かな髪を束ね、お気に入りのフリルたっぷりのエプロンを着ているソフィアは、調理台の上にいた妖精五匹それぞれの手に角砂糖を一つずつ渡した。
「あまいのー」
「じゃりじゃり」
「うまぁー」
「角砂糖で満足なんだ。……もう砂糖だけで良いんじゃない?」
「っ! やっ、です!」
「おかしがよいのー!」
「おかし! おかし!」
「だから、そんなにお菓子が欲しいなら大人しく待ってて!」
と言うが、大人しくなる様子はない。
「きょーのおやつはなんだ?」
「パイよ。生地はもう伸ばすだけだから、あとは中身ね。何のパイにしましょうか。苺? 林檎? ナッツも良いかしら」
ソフィアが答えると、調理台の上にいる妖精たちが走り出した。
「パイー!」
「さくさく!」
跳ね飛びながらぐるぐる回っている。
どうやらパイに喜んでいるらしい。
あまりの喜びようにソフィアも笑いを漏らした。
(私もパイ大好き。やっと作れる気温になってきたし、楽しみだわ)
パイ生地は冷やさないとサクサクホロホロにならないから、冬にしか作ることが出来ない。
寒い季節にパイを頬張るのは、ソフィアの毎年の楽しみでもあった。
今年は妖精がいるから、特に作る頻度が上がりそうだ。
「なかみはチョコかな!」
「おいももすてがたい」
「くだものはどうですかな!」
「貴方たちは意見をひとつに纏めることはできないのかしら。好きなの作ってあげるから、一種類に絞ってちょうだいな」
「なんと」
「はなしあいか」
「かいぎとはざんしん」
ぐるぐる走り回っていた足をぴたりととめ、円状になって正座での会議が始まった。
「会議は良いけど邪魔なのよね。調理台からどいてどいて」
作ったものを美味しく食べてくれるのは純粋にうれしいからまぁ良い。
けれど作る過程で邪魔をされるのには困った。
ソフィアは会議に集中している彼らの首根っこを一匹ずつ掴んでは後ろに放り投げた。
飛べるので、投げようと捨てようと怪我する様子はない。
「あやー」
「きゃー」
「きまった! きまった!」
「何になったの?」
「りんご! しなもんもひっす」
「あー、アップルパイね。了解。お願いだから大人しく! とにかく大人しく! 待っててね!」
順番に掴んで投げていたうちの、最後の一匹の妖精のオデコをつついてやると、後ろへとのけぞったあとに身を戻し、幸せそうに頬を染めた。
「えへへ」
「……なんで突っつかれて喜ぶのよ」
マゾッ気質があるのか。
それともこれから出来上がる予定のアップルパイに喜んだのかは、いまいちソフィアには判別できなかった。
――そんなふうにきゃあきゃあと幸せそうな妖精たちの中。
明るい声に交じって、悲しそうな泣き声が耳に滑り込んで来た。
(ん?)
ソフィアがコンロ脇の小窓を見ると、窓枠部分の出っ張りにしゃがみ込み、顔を覆って泣いている妖精が一匹。
「しくしく。しくしく」
なんて分かりやすい泣き方なんだろう。
これは、もしかして慰めてくれとアピールされているのだろうか。
「どうしたの?」
とりあえず、このまま泣き続けられるのも鬱陶しいので声をかけてみた。
するとゆっくりと顔を上げた妖精は、しゃくり上げながら教えてくれる。
「しつれんした。しくしく」
「あらまあ。恋愛感情なんてあったのね?」
「ソフィアさんは、ちょいちょいしつれーなにんげん。しくしく」
「いやだって、お菓子にしか興味がないのかと」
ただひたすらにお菓子をむさぼり食う生き物だと思ってた。
お菓子の催促が日に一度か二度ある以外では、こちらから話しかけない限り、ソフィアに構って来ることも余りなかったのだ。
しかし今日はどこか違う様で、しくしくしくしくとこれ見よがしに泣いている。
次々にあふれてくる大粒の涙で、妖精の周りは小さな水たまりが出来ていた。
「しかも。しかもでんれーやくにつかわれた」
「は? でんれー? ……伝令?」
泣きながら頷いた妖精は、服をまくり上げてお腹のあたりから何か紙片を引っ張り出した。
両手で一生懸命引っ張りだしてくれたそれは、皺くちゃになっている。
その小さく折りたたまれた白い紙切れを、妖精はずずいとソフィアに差し出す。目に涙を溜めながら。
「てがみ、わたせって、おーせつかった」
「わたしに? その、君の失恋したっていう妖精から?」
ソフィアは自分の人差し自分を指しながら、首をかたむける。
「ちがう、にんげんから」
「人間?」
「そー」
「どこの誰よ」
「さー?」
ついさっきまで泣いていた潤んだ瞳を瞬き、こてんっと可愛く首をかたむける妖精に片眉を上げながら、とりあえずソフィアは折りたたまれていたメモを開いた。
小さな小さなメモに書いていたのは、一言だけ。
「『菓子を持ってうちに来い』 ですって? うちってどこよ」
「つれてく?」
「えー……」
少し悩んだあと、ソファは首を振った。
命令口調な文面からして、面倒な案件だ。
「いらない。見なかったことにしよう」
「いいの?」
「いいの。私、これでも商人の娘ですから。そう易々と思惑通りに動く女じゃないのよ」
ソフィアはツンと顎を反らす。
彼女は商会の長である父や、地方にある支店を任されている四つ上の兄みたいに損得勘定に敏感なわけでも、交渉術に長けているわけでもない。
むしろ熱くなりやすい上に、嘘やごまかしをするのが少し苦手だったりもするので、商人には向いていない方に入るのだろう。
でも初手からこうして一方的に命令してくるあたり、何の用か知らないが、用件も一方的なのだろうとは思うのだ。これは関わらない方が賢明だろう。
「しかも妖精が関わってるときたら余計にややこしい。乗るわけないじゃない」
「しんらつですなぁ」
「ふんっ」
手紙をピリピリに破いてクズ箱へ入れると、ソフィアはさっさと作業台に向き直り、アップルパイ用に出した林檎を包丁で真っ二つに切った。
「おー、ミツもうまそう」
パカリと二つに切れた、まな板の上にある林檎に近寄ろうとする妖精に、厳しい口調を向ける。
「こら! 本当にうっかり切っちゃいそうだから、近寄っちゃダメ!」
「っ……はーい」
その後、林檎をさらに切り分け、皮と種を取り除いて小鍋で砂糖と水と一緒に煮詰め始めた。
ここで煮詰めすぎると、ジャムになってしまう。
ちょっと林檎らしい食感が有った方がソフィアの好みなので、まだ形と硬さが残っているうちに火を止めて、仕上げにシナモンを振ってリンゴ煮の完成だ。
ここでも林檎煮の甘い香りに誘られたつまみ食いをしようとする妖精との攻防があったのだが、もう割愛する。
妖精たちは一応、「ダメ」と言うと大人しくし、「食べないで」というとそれは食べないでいてはくれる。とても残念そうな顔はされるけれども。
しばし待ってリンゴ煮が冷えた頃。
打ち粉を振って、麺棒で伸ばして型に乗せたパイ生地の上にリンゴ煮を乗せる。
さらに網目上に編んだもう一枚のパイ生地を重ねる。
フォークでパイの端編を押さえて、上下の生地をくっつけて。
解いた卵黄を刷毛で全体に塗ったら、一気にオーブンで焼き上げる。
何度も作っているから、作る手つきも慣れたものだ。
林檎の甘酸っぱさと、バターの何ともそそられる豊かな香りでキッチンに満ちるころには、あのサクサクの食感の中からとろとろの甘酸っぱい林檎が現れる瞬間を想像して、わくわくしてきて、手紙のことなんてすっかり頭の中から飛んでいっていたのだった。
「あー、焼きたて早く食べたいなー!」
少し冷えてからの方がサクサク感が際立つのだけど。
熱々ほくほくのリンゴ煮が溢れてくる焼きたてもたまらない。
どうせなら焼きたてと、冷やしたものを二度楽しみたい。
(最低でも二切れは妖精から守らないと)
まずは出来上がりの時間に合わせて先に紅茶を淹れようと、ソフィアはいそいそと茶葉とポットの用意を始めた。
今日のおやつの時間が、楽しみだ。
……そうやって見なかったふりをしたって。
結局、妖精がもたらした手紙の主からは、逃げられなかったのだけど。
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