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「つまり、あなたたちは妖精なのね? 冗談じゃなく。本気で言ってるのね?」
「はいですー」
「おいしい」
「あまい」
「もぐもぐ」
「……よく食べるわねぇ。コロコロしてるのって、ただおデブなだけ?」
「しつれーです! ぷんぷん! もぐもぐ。うまー」
「そろそろ、おかわりをば」
最初に確保していたらしい分を食べ終えると、バスケットに入っていた残りのお菓子に、群がっていく妖精たち。
(さっきあの子、自分の身長より大きいパウンドケーキ抱えてたわよね? 全部食べちゃった上に、更におかわりも?)
どう考えても彼らの胃の大きさと食べた量が、釣り合わない気がする。
一体どこに消えたのか。
呆れ半分で眺めつつ、ネグリジェのままのソフィアはとりあえず椅子に座る。
訳のわからないこの状況に「うーん」と頬杖をついて唸るソフィアがふと気づくと、脇の肘置きの上でチョコチップクッキーをむさぼっている一匹がいた。
(これが、妖精ねぇ……)
改めてまじまじと観察しながら、とりあえず声をかけてみる。
「……それ、美味しい?」
「むぐむぐむぐ」
「ねぇ。美味しいの?」
「むぐむぐむぐ」
「………ねぇ」
(無視? 腹立つわねー)
子どもの頃に憧れていた妖精とは、ちょっと違う。
想像では、こんなに人の話を聞かないで食い意地のはってる生き物じゃなかったのに。
(もう!)
幼い頃の幻想を破られたソフィアは、唇を突き出しながら、その妖精の持っていたチョコチップクッキーを、つまんで取り上げてやった。
「ああー!!」
背中の羽で飛んで手を伸ばしてくるけれど、その動きは遅い。
ソフィアは妖精が必死に取り返しに来るよりずっと早く、チョコチップクッキーをもっと高い位置にあげてやった。
「ひどいー!」
「ふんっ! 話を聞かないそっちが悪いのよ!」
「そんなぁ」
「ねぇ、美味しいの? 妖精ってほんとにお菓子が好きなの? 返して欲しいならさっさと答えなさいな」
「おいしいのー! おかしすきー! でもこれは、とくに、ごくじょうのあじっ」
「ご……極上? 本当に? これが?」
「いえす! かーえーしーてー!」
ソフィアは少し照れた。
(ものすごく褒められた……)
子供のころから作っているのだから、そこそこ腕の自信もある。
けれど所詮は、素人の趣味である。
誰かに習ったわけではなく、レシピ本の通りに作っただけだ。
なのにここまで褒められ、欲しがられる状況に驚いている。
家族も使用人も「美味しいわよ」と喜んで食べてくれるけど、さすがにここまで強く絶賛してくれるほどじゃない。
「おいしいー!」
「すばらしい」
「これ、どこのおかしですか?」
「しぇふは! しぇふはだれだ!」
「シェフ? これを作った人のこと?」
「そう!」
瞬きをするソフィアの視界に、何匹かの妖精が集まってきた。
この隙にとばかりにソフィアの取り上げていたチョコチップクッキーに別の妖精がとびかかり奪って行った。
元々そのクッキーを食べていた妖精と、取っ組み合いの喧嘩になっている。
喧嘩している子達を余所に、他の妖精たちはソフィアに口ぐちに言う。
「またたべたいっ」
「おみせ! おみせおしえるです! ごうだつにいかなければ!」
周りを囲む皆が、期待に満ちた表情で首を傾げて言うものだから、ソフィアはなんだか歯がゆい気持ちになった。
ついつい頬を染めながら、もじもじと指と指を合わせて弄りつつ小さく声を漏らす。
「実は、わ……私が、作ったの」
「なんと!」
「まじか!」
「ください! もっとください!」
「……ごめんね。残念だけど、作り置きはもうないの。最近忙しかったから」
曽祖父の急逝と葬儀などがあったことで、ここ五日ほどお菓子は作れていない。
今彼らにたいらげられようとしているバスケットの中身のもので、作り置きしていた分は最後だった。
「そろそろ傷みが気になりだす頃だったから、こうして食べて貰えて丁度良かったかもしれないわ。有り難う」
お礼をいったものの、妖精たちの表情は目に見えて沈んでいく。
どうやらもうお菓子がないということを知って、落ち込んでいるようだった。
中にはしくしくと泣きだすものまでいた。
(私のお菓子、そんなに気に入ってくれたんだ……? 無いと泣くほどに?)
本気でびっくりだ。
―――そこで、部屋に扉をノックする音が聞こえた。
「ソフィアお嬢様、おきられたのですか? おはようございます」
「オーリー。お、おは…おはよう」
十数匹の妖精が飛び交う不思議極まりないこの光景。
いったいどんな反応を受けるのだろうかと心配になりながらも、ソフィアはハウスメイドのオーリーを迎え入れた。
朝の紅茶の用意を載せたワゴンとともにソフィアの部屋に入ったオーリーは、室内を見渡して驚愕の表情を浮かべる。
最近少し見え始めた彼女の目元の皺が、一層深くなる。
「なんてこと……!!」
「え、ええっと……」
「お嬢様っ! どうしてお菓子が絨毯に転がってるんですか! 食べ物を粗末にしてはいけませんっ」
「え……お、菓子? そこなの?」
お菓子より重要なことがあるだろう。
目の前で浮遊している自称妖精たちに何も思わないのか。
呆けているソフィアをよそに、転がっているバスケットを手に取って持ち上げたオーリーは、大きく眉を吊り上げた。
「まぁまぁまぁ! あんなにあったお菓子もほとんど召し上がられたのですか? そんなにお腹がすいたのなら、言ってくだされば朝食を早めますのに」
「えーっと……ご、ごめんなさい?」
「……あまり悪いと思ってなさそうなお顔ですね」
「う……」
だって自分がやったんじゃないから、悪いとなんて思えない。
(どうして私が怒られるのよ)
ソフィアは部屋を汚した諜報人たちを睨みつけた。
でもオーリーが彼らの存在にに気づく様子は、まったく無い。
(オーリーには……見え、ないの?)
「よーせーはにんげんにはみえないの」
「そのはずなの」
妖精が見えないとしても、宙に浮きながらクッキーをむさぼっているものは、クッキーが浮いているように見えるのではないか。
不思議に思って首を傾げたソフィアの肩に飛び乗ってきた青色の服を着た妖精が、得意げに胸を張り教えてくれる。
「よのなか、つごーよくできてるものだから」
「……持ってるお菓子は見えないってこと?」
お菓子の屑拾いに夢中になっているオーリーに聞こえないよう、こっそりと妖精に話しかけた。
「みえてるけどー」
「けど?」
「にんしきしない」
「認識?」
「きがつかないの」
「何故よ?」
「さぁ?」
右肩にいる妖精がこてん、と首を傾げると同時に左肩に黄色い服の妖精が飛び乗って来た。
ソフィアは首をかしげて左の黄色い方を向く。
「ぼくらのさわるもの、けはいがうすくなるらしいとか?」
「気配、ねぇ。なんて都合の良い存在なのかしら」
ソフィアは溜息を吐き、流れ落ちた蜂蜜色の髪を掻きあげる。
オーリーが掃除用具を用意するために出て行った間に、気を取り直さなくては。
彼女の運んで来てくれた紅茶を一口飲んで、頭を切り替える。
「うん! この自称妖精たちの話を、信じてしまえるはずもないわ」
「な、なぜー!」
がーん! と効果音がつきそうなリアクションを示しているのがいるけれど、もう無視することにした。
(いちいち付き合ってらんない。それに……物語の中の空想の世界を生き続けるほどに、夢見がちな頭はしていないのよ。普通に考えて、私の目か頭が変わった病気にかかったとかよね)
他人に見えないわけの分からない生き物がたくさん見えるだなんて、自分がおかしくなってしまったのかと、疑ってしまっても仕方がない。
むしろそっちの線の方が正しいような気がしてる。
「だからって、お医者様にかかるようなのはねぇ」
妖精が見えるんです! なんて宣言してしまえば、もう確実におかしなひと扱いだ。
いつ嫁に行っても良い年頃なのに。
そんな世間体の悪い傷物になるわけにはいかなかった。
なにより、家族にもたくさん心配をかけることになる。
両親は経営している商会の仕事でいつも忙しい。
出来れば、気をもませたくはなかった。
それにきっと、ソフィアが病気ということになってしまえば、ベッドに押し込められることにもなるだろう。
(そんなの、想像だけでうんざりする!)
体のどこにも痛いところも苦しいところも無いのに、閉じこもらなくてはならないなんて嫌だった。
だからソフィアは、周りには黙っていることに決めた。
「うん……もしかすると、明日になったら治ってるかもしれないしね」
突然見えるようになったのだから、突然見えなくなっても良いはず。
ソフィアは平穏な日常が早く戻って来るようにと願いつつ、オーリーがベッドサイドにおいて行ってくれたドレスに向かって歩きだす。
そうしながらも取り敢えず、目の周りをゆるく指で揉んでマッサージをやってみる。
揉みほぐせば、どうにかなるかもしれないし。
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