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妖精専属菓子職人 作者:おきょう
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1プロローグ


 ソフィアの曽祖父は、男でありながら随分と少女趣味な人だった。
 なぜなら妖精なんていう、空想上の生き物が大好きだったのだ。
 それに影響されたのかソフィアも妖精が大好きで、子供の頃は会うたびに物語を聞かせて貰っていた。

「ひいおじい様! ねぇねぇ、妖精さんに会うにはどうしたらいいの?」
「おや。ソフィアは妖精に会いたいのか?」
「もちろんよ! でも妖精だけじゃないわ! 精霊も、竜も魔法使いも、みんなみんな会ってみたいわ!」
「ははっ、贅沢ものだなぁ。だが彼らはとても貴重だ。なかなか会うことは難しいぞ?」
「えー。会えないの?」
「いいや。竜や魔法使いは分からないが、妖精を呼ぶ方法なら知っておるぞ」

 ソフィアの子供らしい柔らかな頬を、深い皺の刻まれた大きな両手で優しくはさみ、顔を覗き込んでくる曽祖父。
 彼はそっと、内緒話をするかのように。
 茶目っ気をのぞかせた顔で、ソフィアの耳元に口を寄せて囁くのだった。

「こんな話を聞いたことがある。窓辺の月の光のあたる場所に、とびきり甘いお菓子を置いておくんだ」
「おかし? なんでもいいの?」
「あぁ。甘いお菓子ならなんでもいい」
「キャンディーとか、クッキーとかね?」
「そうだ。妖精は甘いものが大好きだからな。ただ本当に来てくれるかどうかは……もうこれは時の運だなぁ」

 子供だったソフィアは、当たり前にその話を信じて、さっそくその日の晩に窓辺にキャンディを用意した。


 そして翌朝。

「ようせいさんきたーー‼」

 なくなっているキャンディを見て、ネグリジェのまま歓声をあげ飛び上がることになる。



* * * *



(――――今となって思えば、大人の誰かが気を利かせてくれて、私が眠っている間にキャンディを回収してくれてたのよねぇ)

 手の中の白い百合の花を見下ろしながら、十五歳になったソフィアはこっそりと息を吐く。

 ソフィアが着ているのは、漆黒の飾り気のないドレス。
 いつもはしている化粧もせず。
 豊かに波打つ蜂蜜色の髪も、後ろで一つにまとめたのみの状態だ。

 そんないつもよりずっと大人しい格好のソフィアの耳に届くのは、親戚の女の子のすすり泣きの声。
 声を出して泣いているのは彼女だけ。
 だが、ここに居るほとんど全員が、神妙な様子でうつむいている。
 教会脇にある緑豊かな草原という穏やかな場所にも関わらず、周囲は陰鬱な雰囲気に包まれていた。

 まぁ、葬儀中なので当然なのだが――。

「さぁ、ソフィアも。ひいお爺様に挨拶なさい」
「えぇ。父様」

 ソフィアは、芝の上に膝をつく。
 持っていた百合の花を、曾祖父の横たわる(ひつぎ)の中にそっと置いた。
 もう目を開けてくれない彼の安らかな顔をとっくりと見て、じくりと痛む胸の前で両手を組む。

(こんなにたくさんの人に見送られて、元気に八十歳まで生きた。最後も苦しまずに逝ったんだもの。……大丈夫。ひいお爺様は、幸せだったわ)

 瞼を伏せた奥にある、彼と同じエメラルドグリーン色の瞳は、わずかに潤んでいるけれど。
 それでも口端を上げて、ソフィアは笑顔を作った。

「ひいお爺様、さようなら。ありがとう」

 ソフィアから別れの言葉がこぼれるのと同時に、穏やかな風が吹いた。
 それはまるで曾祖父からの返事のようで、彼女の悲しみに沈んでいた気持ちを、優しく包んでくれるのだった。 



* * * *




(あぁ、今夜は、ちょうど満月なのね)

 ―――――曾祖父の葬儀を終えた夜。

 窓辺から覗いた月に気が付きぼんやりと見上げたソフィアは、曽祖父に教わった妖精の話を思い出した。
 子供のころ、妖精にキャンディを食べて貰うことに成功したソフィアははっちゃけてしまい、妖精が好きだという甘いものにこだわるようになった。

 妖精は甘いお菓子の中でも、特に何が好きなのだろうと考えて。
 キャンディに始まり、クッキー、マカロンに、パウンドケーキ。
 さまざまなお菓子を、自分の手で作るようになったのだ。


 ソフィアの家は、主に食料品を取り扱う商会を経営している。
 食べ物だけは、たくさんある。
 そこそこ裕福でもあり、他に足りないお菓子の材料を別の店でいくら買ってもらったって、傾くような経済状況でもなかった。

 だからソフィアは、思いつく限りのさまざまなお菓子を作って妖精の為に準備した。
 子供だったから、とてもいびつな出来だったけれど。
 翌朝それがなくなったことに、毎回本気で大喜びしたものだ。

(毎回毎回、夜中にお菓子を回収してくれた誰かは大変だったろうなぁ。そういえば…………私が大きくなって、妖精を信じなくなったの、何歳くらいだったっけ。十歳か、十一、二歳くらい?)

 何がきっかけで信じなくなったのかは、もう覚えてない。
 きっと取るにも足らないことだったのだろう。
 幼い子供が成長するにしたがって現実を知るのは当たり前だ。
 周りの大人たちも空想上の話をしなくなったソフィアを、当然として受け止めていた。

「……ひいお爺様との、お別れの日だもの。今晩くらいはお菓子、置いてみようかな」

 ソフィアは数年ぶりに、寝室の月の光の当たる窓辺にクッキーの載った皿を置く。

 妖精を信じなくなっても続いた趣味のお菓子作りで作ったものだ。
 あの頃と比べれば、形はとてもきれいだし、焼き加減も抜群のもの。

「ありがとう、ひいお爺様……」

 窓辺から、頭上に昇る満月を見上げ、天国に旅立った曽祖父への今までのお礼を呟いたあと。
 曾祖父との思い出を頭の中に思い描きながら、ソフィアはゆっくりと眠りについたのだった。






 そして、――――翌朝。


「なに、これ……」

 目を覚ましたソフィアの部屋には、羽の生えた小さな……なんだか可愛らしい生き物が飛び交っていた。
 まるで曽祖父が好きだった、妖精みたいな生き物が。

「え……?」

 あまりの事態に、ソフィアは固まった。
 瞳を見開きぽかんと呆けて。
 ベッドの上に身を起こした状態のまま。

 ただただこのやけにファンタジーな光景を、眺め続けるしか出来なかった。



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