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21世紀への選択 「にもかかわらず」生きる・・・絶望を希望に転換する勇気 P193  投稿します。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 9月23日(土)02時07分39秒
  第六章「宗教的精神」の蘇生━━ 価値を創造する魂

 21世紀への選択 「にもかかわらず」生きる・・・絶望を希望に転換する勇気 P193  投稿します。

ポイント

*、テヘラニアン
 そのとおりです。ティリッヒ博士は同書のなかで、現代の苦悩と絶望を真正面から

見すえながら、「それにもかかわらず、生きていこう!」と訴えています。

*、池田
 現実の深淵を見ようともせずに、欲望の達成と快楽だけを幸福といってはばからな

い、薄っぺらな楽観主義とはまったく異なります。

人類がこれほどの悲惨を起こしてしまったのは、単にヒトラーやナチスだけが問題で

あったのではない。

ティリッヒは、民主主義もいつしか体制順応主義に堕落し、「冷笑主義」「無関心」

「無感動」の虚無に飲み込まれる可能性があると指摘しています。

そうさせないためにも、人間存在そのものの奥底に横たわる深い闇を見すえながら、

「にもかかわらず」生きてゆこう・・・そういう強靭な意志が『生きる勇気』では語られ

ています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北朝鮮のかましと、米トランプ大統領の恫喝外交、戦争を見据えてのにらみ合い、この危険な状況で

解散総選挙、安倍・のほほん首相だけは、森加計問題隠しの選挙を企てています。

首相官邸は、北朝鮮から核攻撃に対応できる、核シェルターで守られています。

北朝鮮が、ミサイルを準備していると、報告を受けると、シェルターに逃げ込んで、自分だけは安全地帯
にいることが出来るのです。

こんな腰抜け首相を我々は、今度の総選挙で、叩き落し、自民党を勝利させてはいけません。

 池田先生は【現実の深淵を見ようともせずに、欲望の達成と快楽だけを幸福といってはばからな

い、薄っぺらな楽観主義とはまったく異なります。】

肚堕SG会長も核シェルターに逃げこめば助かると思っている一人です。

生涯&広布一筋兄弟様の投稿を読ませていただきました。

『志梅さん』への、人権侵害の事実は目をふさぎ、耳を覆いたくなるほどの凄惨の極みです。

【「宗教や国籍に関係なく、溺れている人を見たら助けなければならない。そう言われて育ちました」
とセンドラーさんは話している。】

しかし我々は、刮目して現実を見聴きして、世界平和と人類の幸せを祈らなければなりません。


野党が固まらないうちに、選挙で叩いておこうと言う、姑息な総選挙です。

選挙に勝つためなら、恥も外聞もない、やけくそ解散であることを、コンペー党は反対できないほど、

自民党化しています、これは、日本会議(邪宗連合)の思う壺です。

『現実の深淵を見ようともせずに、欲望の達成と快楽だけを幸福』と思っている連中、輩の野合です。

必ず!!絶対に、粉砕しましょう


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝日新聞より抜粋 松本京子さんの場合

「諦めたら終わり」訴え続ける

松本京子さん(拉致当時29)は77年、鳥取県米子市の自宅近くの編み物教室へ出かけ、行方不明に。

日朝首脳会談から4年後の06年、政府から拉致被害者と認定された。

「帰国まで政治家は交渉を」

兄の孟さん(70)・・同市・・は署名活動を続け、救出を訴えてきた。

今月13日には、県内の小学校で拉致問題をテーマに「出前授業」。

京子さんが拉致された当時を振り返り、「手がかりがないかと、来る日も来る日も海岸を歩いた」。

北朝鮮がミサイル発射を繰り返す状況について、「問題は難しいが、解決しないことはない」。

そして、子どもたちにこう語りかけた。

「諦めたら終わり。みなさんも興味を持って勉強してください


 

21世紀への選択 「にもかかわらず」生きる・・・絶望を希望に転換する勇気 P193

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 9月23日(土)02時03分25秒
  21世紀への選択 「にもかかわらず」生きる・・・絶望を希望に転換する勇気 P193

テヘラニアン
 その処方箋の一つが、仏教やイスラムですね。すでに話し合ったように、

両者はともに、迷信や呪術的な伝統に対する、精神覚醒の運動でした。

池田
 そうした次元でいえば、イスラムという言葉の意味は、一般に「神に絶対的に帰依

すること」と聞いていますが、それは著名な神学者パウル・ティリッヒが「宗教」につい

て定義したように、"存在に通じる概念の根源に、究極的にかかわること"をめざした

といえるかもしれません。

テヘラニアン
 ええ。厳密にいえば、それはすべての存在への「積極的かつ完全なるかかわりとあわれみ」

を意味するといえましょう。

 それは積極的平和、すなわち愛と勇気を合体させた状態を意味するのです。

池田
 前に、イスラムは「宗教改革」であったと語り合いました。

ユダヤ教やキリスト教の信仰への疑念を表したということでしたね。

テヘラニアン
 ええ。ユダヤ教、キリスト教への疑念として、『コーラン』の次の言葉が

それを物語っています。

「我々(ムスリム=イスラム教徒)が誠の限りをつくしておつかえ申すのはアッラー

(アラー)のみ」〔二・一二三〕(井筒俊彦訳『コーラン』、岩波文庫)

また、呪術的な多神教に対して、ムハンマドは徹底的に批判をしています。

ところで、会長はいまパウル・ティリッヒに言及されました。

それは、私の心に懐かしい「ティリッヒ先生」の思い出を蘇らせてくれました。

実は、私の恩師なのです。私は彼からすべての偉大な精神的伝統に共通する宗教的精神

について多くを学びました。

池田
 よく存じています。

ティリッヒ博士は、ナチスに追われてアメリカに亡命しています。

テヘラニアン博士がティリッヒ博士から直接学ばれたのは、ハーバードの大学院生時代

ですね。

偉大な師をもつことは、人間にとって最高の宝です。

テヘラニアン
 本当にそう実感します。

池田会長にも戸田城聖第二代会長という師匠がおられた。

ともに、すばらしい師との出会いがあった・・・。

池田
 ティリッヒ博士の著した『生きる勇気』は、アウシュヴィツとヒロシマ以後を生

きる私たちに、希望を与えてくれました。

不朽の名著であり、人類の財産です。

テヘラニアン
 そのとおりです。ティリッヒ博士は同書のなかで、現代の苦悩と絶望を

真正面から見すえながら、「それにもかかわらず、生きていこう!」と訴えています。

池田
 「にもかかわらず」ードイツ語で"トゥロッツ"・・・それが『生きる勇気』の

キーワードでした。

その態度は、二十世紀を代表する名著『夜と霧』の著者・ヴィクトル゜フランクルにも

通じますね。

「それでも人生にイエスと言おう!」です。

テヘラニアン
 アウシュヴィッツを自ら体験し、人間の悪の面をいやというほど味わいな

がら、フランクルは「それでも」人間を信頼しよう、人生を肯定しようとするのです。

池田
 その態度は、エドワード・W・サイードが座右の銘としている、グラムシの「認識

においては悲観主義、意志においては楽観主義」という言葉にも通じます。

「意志における楽観主義」とは、言い換えれば不屈の勇気といえるでしょう。

現実の深い闇を直視しながら、それでも前進しようとする勇気です。

テヘラニアン
 全面的に賛成です。それらの人々はまったく同じ志向性、同じ姿勢をもっています。
 

(無題)

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2017年 9月23日(土)01時02分18秒
  私は創価学会の解散をすすめます

現実は存続するよね

なぜなら、皆先生の指導を無視するから

「もし創価学会が人間を抑圧する組織になったのであれば、私は創価学会を解散する」


ただここに来てほぼ解散と同じ事が起きそうなので

日蓮世界宗創価学会の立ち上げ

良かったかも、ですね


日蓮世界宗創価学会、名前は先生の構想が実現しそうですね


先生の教えを人生の指針にする人・先生を師匠(先生)と決める人

って書いたのだけど、良い言葉がわからなくて

「教え」ってのはやっぱりおかしいですね


先生の言葉を心に刻む人には

宗教の違いなどどうでも良いことですね


たまたま先生が信じた宗教が日蓮正宗だった

その為、54年の悲劇が起こった


宗教の違いなどどうでも良いってことは

日蓮世界宗創価学会員でも良いになりました

犯罪的な教団でなければね
 

生涯広布&広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 9月23日(土)01時01分16秒
  栃木の久保田です。m(._.)mヽ(^○^)ノ

生涯広布&広布一筋様、感動的なお話をありがとうございます。m(._.)m

ポーランド人のイレーナセンドラさんのお話はしりませんでした。人類は今まで数々の過ちを犯しながらも未だ差別したり争いの連続で人として人間性を失うこと以上の不幸が有るのでしょうか?

北朝鮮と万が一にも戦争することになってしまえば両国の罪の無い国民がどれ程の被害を受けるか想像も出来ないですよね隣国も只ではすまないのでは無いのでしょうか?

愚かな指導者に率いられる民衆ほど不幸なことはないとの人間革命の一節が我が師匠のどれ程深いひと言なのかがわかります。

いざとなった時に人間の本性が出るのでしょうが、私もかくありたいです。そのような状況にそうぐうしないと分かりませんけとm(._.)m

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 9月22日(金)23時55分21秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
平田真吾様
良い曲、ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 9月22日(金)22時56分17秒
  23時より開始です。池田先生、奥様のご健康を祈ります。よろしくお願い致します。  

小説「人間革命」とは。

 投稿者:連絡の局  投稿日:2017年 9月22日(金)22時45分4秒
編集済
  よいとまけ様の意見は意見として大事だと思う。

言論問題を経て54年会長辞任につながるのは、ここで様々な論師が多角的に捉え今に至るまで様々書き込みをされてきた。

今の青年部、ヤング壮年部の幹部、下手すると職員ですら知らないだろう。「社長会記録」なる、本来なら門外不出の筈の「言行録」が大事に保管されていた本部より流出する事態になり、大変な騒動に発展し、学会を取り巻く環境が窮地におちる。

流出させた輩は、その後、職員の証言や党関係者、または市井の一会員達の手により今や明らかに。

その社長会記録は外郭団体、K氏のメモによるものである。

以下、一部を紹介する。どう捉えようとそれは自由であり、信濃町はお得意の怪文書である、著作権がどうのとか言うだろう。
ーーーーーーーーー
昭和43年11月25日

戸田先生の事をこんなに自由闊達に話せるのは私しかいない。「人間革命」は先生お一人が見ていただければ良いのだ。
 

【定期案内】「教学部レポート」「遠藤文書」のおすすめ!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 9月22日(金)22時06分56秒
編集済
  「教学部レポート」「遠藤文書」をお読みください!

■公明党の変質。実は、その理由は学会の現執行部の狂いにあります。原田学会となり、権力により人を抑圧する狂った様子がよくわかります。

教義変更の裏にあるのは、4人組みによる池田先生のつくられた創価学会乗っ取りの策謀です。事実、教義変更、会憲の制定と、記載された内容の通りに事が運んでいます。

遠藤文書では原田会長の指示により携帯電話を取り上げるなどの人権無視の有り様がうかがえます。なぜ怪文書と騒いだのか?執行部の魂胆が透けてみえます。

********************
【教学部レポート・遠藤文書を希望される方はこちら】
をご覧ください。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64034

【教学部レポートとは】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=10270

【遠藤文書】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2096
 

創価学会と『人間革命』

 投稿者:よいとまけ  投稿日:2017年 9月22日(金)20時54分51秒
  ・『人間革命』とは、創価学会名誉会長池田大作の小説である。創価学会では、日蓮遺文を
 「御書」と呼び聖典としているが、『人間革命』も「現代の御書」とされ重視されている。

・創価学会は平成3年(1991年)に破門されるまでは日蓮正宗の信徒団体だった。日蓮正宗
 ではその総本山大石寺の大御本尊を唯一絶対とし、創価学会も大御本尊を神聖視していた。

・『人間革命』の大部分は破門前に執筆されたため現在の信仰の在り方と齟齬が生じている。
 「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教
 と断定すべきである」(『人間革命』第二巻)
 「なにがどうあろうと、なにがどう起きようと、日蓮正宗の信仰だけは、絶対に疑っては
 ならぬ」(『人間革命』第六巻)

・創価学会は平成26年(2014年)、大石寺の大御本尊は〈謗法の地にあるので受持の対象に
 しない〉と聖教新聞で宣言した。教義を変更し、日蓮正宗の信仰を全否定したのである。
 このような「矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべき」ではないのだろうか。
 

平田 真吾様へ

 投稿者:窮状  投稿日:2017年 9月22日(金)20時44分37秒
  感動の歌 ありがとうございます。

今、もの凄い勢いであっちもこっちも皆んな立ち上がっています。

もう、止められません!

さらば ハラダよ!
 

本日の東京新聞

 投稿者:窮状  投稿日:2017年 9月22日(金)20時09分2秒
  核禁止に対し公明姿勢問う  

私も負けない!

 投稿者:平田真吾@nanriguyメール  投稿日:2017年 9月22日(金)19時14分19秒
編集済
 
Interactive双方向不二の唄



https://youtu.be/S0mOXC8pJfM




 

おまけ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 9月22日(金)17時54分11秒
  「森友・加計学園問題」と「グラマン事件」(1979)の驚くべき類似性・・・ここでは皆まで言わない、書かない。。

戦時中は「八絋一宇」、戦後になると「世界は一家、人類は皆兄弟」と説くファシスト(国家主義者)。
金は天下の廻りもの、、、と言うものの、しょせん「国家」とは富める者が財を貪り囲う必要から貧しき者をたぶらかす道具でありイリュージョンに過ぎない。

グローバリストはファシストと同一人格。機に応じてそれぞれの顔を使い分けるだけである。

そして学会も、あの安保闘争のさなか「八絋一宇」の旗印を「世界広布」に書き換えただけの感覚の元・軍国少年たちが32歳の青年会長を取り囲んでしまった。
何ら必然性もないのに公職に在る間「陸軍航空士官学校」卒業を詐称し続けた“平和の党”の党首……いくつになっても消えない軍人への憧憬の念。。

 ♪戸締まり用心 火の用心……親を大切にしよう! 一日一善~~!!!
 モーターボート競争の収益金はウンタラカンタラ・・・

 ---地獄へ至る道は、いつも善意で舗装されている---当然、いま現在もそう。。

追記;下のほうで安倍応援団・長谷川某の駄文を貼付ける「周回遅れのネトウヨもどき」がまたぞろうごめいてきた。

 

一部補足の修正

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 9月22日(金)17時35分53秒
   【「信」の法性は清浄の都にこそ立つ!】の最終部分を一部補足しましたので、ご報告致します。
 発言者の名前を特定する資料が見つかったためです。すみません。
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/74480
 

mission様、細かいようですが……

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 9月22日(金)17時05分53秒
  《学会は公明党の指示母体》・・・X指示母体→○支持母体ですね。
「政党指示」ではなく「政党支持」。

現状、先生が意図したものとは真逆の実情ではありますが。。
さらに深読みをしていけば、、、

 ↓昭和54年当時、あるジャーナリストが先生“勇退”直後に記した文章から↓

 ーーーーー ーーーーー

 イデオロギー集団を撃つには、その教義と組織を頂上から裾野へ向け撃つしかない。この両面で、立正佼成会と創価学会は共に、地上の権力たる政界とマスコミ界により撃たれた。立正佼成会の場合、岸首相の要請で昭和35年の安保条約締結に際し、宗教界を二分し、賛成側に廻り、その後、自民と民社に肩入れした権力追従の道を歩む。
 創価学会の場合、自民の田中角栄が調停に乗り出したが、民社・社会・共産3党の拒絶に遇い“左”から徹底して撃たれる。
 ところが、今回の反創価学会キャンペーンでは明らかに“右”からのそれで、政治的にみれば自民(政府・内調・公安)と民社、そして右派教団、右翼団体の線だ。
 すでに根本教義を放棄した〔引用者註=国立戒壇の件と政教分離での王仏冥合の否定〕創価学会は公称の1600万どころか400、500万といわれるほど衰弱化しており、別働隊としての公明党が逆に伸びている。
 だから今回の仕掛人が「公明党幹部のY」といわれる所以が理解できる。

 ーーーーー ーーーーー

 たとえば今日の宗教界再編成(右旋回)を策す国際連邦運動の別働隊として「日本を守る会」〔引用者註=日本会議の前身組織の一つ〕が、極右文化人、宗教人に率いられ、自民党の青嵐会に連結される。そして、バチカンによって「ファシズムだ」と規定された創価学会が新宗連という対学会包囲網と戦い、現在では雑誌ジャーナリズムを中心に“言論弾圧”されている。日共が撃たれ、次に学会という順番だ。
 つまり、攻撃されているのは創共協定なのである。学会を撃ち公明党を右旋回させれば自公民路線が接近する。簡単な構図だ。

 「日本を守る会」とは極右の日本主義者からなる国際連邦運動者であり、それらの上位に日本の政財界エリート層と結合したバチカン・プロテスタント勢力の欧米多国籍企業のファミリーが遠望できる。こちらも、きわめて簡単な構図だ。
 WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会では、この3月、「第七回宗教者研究集会」を開き、「世界共同体を指向する宗教」をメイン・テーマとし、日本の五大宗教団体〔引用者註=仏教、神社本庁、教派神道、キリスト教、新宗連加盟教団〕が足並みをそろえはじめた。
 いよいよ出たな。これはこの8月、ニューヨークで開かれる第三回WCRPへ備え、「経済・軍縮・人権・教育」など各個別の世界的テーマを練るためである。
 反創価学会キャンペーンを、こうした高見から眺め、「汚ねぇなぁ」と推理しなければつまらないし、もとより「グラマン事件」とて同様な見地から眺めることが必要である。

 (引用終わり。以上、赤間剛:著『思想劇としての戦略』より)

 ーーーーー ーーーーー

 >>政教分離以降、疎遠化していく党と学会の間隙を突き竹入・矢野らを傀儡にした「公明党を通じての学会支配」を企図する勢力の存在…。

 >>WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会の名誉議長を長年務め、国際間の宗教協力に中心的役割を果たしてきたのが立正佼成会開祖・庭野日敬(1999年10月死去)
   彼は1979年(昭和54年)4月9日・・・すなわち創価学会・池田第三代会長辞任の直前・・・「宗教界のノーベル賞」といわれるテンプルトン賞を受賞。
 

お久しぶりです。

 投稿者:スーパーバットマン  投稿日:2017年 9月22日(金)16時20分1秒
  連絡の局 様
大事な御指導、誠に有難うございます。

思えば、青年部時代は苦しかったが、その何百、何千、何万倍も楽しかった!

このような先生の生の声と鋭い眼光に照らされているような魂の御指導に触れ、
己の全生命が、躍動し、大歓喜の涙に咽ながら学会活動に全身全霊で没頭できた。

それが、今はどうだ!
国粋主義者どもに連なる政治活動があたかも学会活動の王道のよになってしまった学会。
戦えばた戦うほど、反池田思想・反仏法になってしまうとしか思えない大矛盾を抱えながらの苦々しい、確信のもてない学会活動!

何たることか!!

一騎当千の獅子の陣列を腑抜け同然の羊集団に貶めたのは原田!執行部!お前たちだ!!
どれほど仏法上の罪が重いことか!!
どれほど池田先生のお心を殺せば気が済むのか!己の臆病な保身の為に!!

それにしても今の青年部は可哀そうだ。
こんな官僚的、全体主義的、形式的な学会で、全生命が溶鉱炉の中で先生と融合するような信心の大歓喜を感得する法戦を経験するなどほとんど不可能であろう。

すべてお前たち増上慢の執行部の責任だ!!
本部職員どもよ!そして畜生のごとく上に隷属するのみの中堅幹部どもよ!
お前たちは極悪中の極悪ぞ!!
肝に銘じよ!!御本尊の前で一切の誤魔化しはきかんぞ!
 

折々の指導を再掲します

 投稿者:連絡の局  投稿日:2017年 9月22日(金)14時11分26秒
編集済
  (2010・3・9開催 県長会での理事長指導)要旨

今後、これらの指導が現執行部で都合よくアレンジ(特に赤い文字の幹部)され、職員幹部を中心に現場や新聞で煽るだろうと予測されます。
末端組織の皆さま、先手を打って是非、ご活用ください!
--------------------------------------------------------------------------

幹部はフル回転で動き戦いなさい。

学会の為、会員の為、誰よりも真剣に祈りなさい。


祈って祈って誠実に動くのだ。戦いは上で決まる。上が真剣であれば諸天は護る。

真剣でなければ諸天は護ってくれない。

戦いは甘くないよ! 真剣勝負だよ! 死に物狂いで動け!

自分の為でなく学会の為に動くんだ。

あえて厳しく言うのも会員の為、学会の為だから だから言うのだ。

勝たなければならない。 負ければ会員が可哀想だ。

戦いと言うのは、先生の為に喜んでもらうために戦い、勝つのだ。

私はTの為にすべて そうしてきた。

第一線の学会員は一生懸命戦って下さっている。心配なのは上だ。


何度も言うけれども、油断が一番こわい。私は50年間厳しい中で戦ってきた。

ただ、師匠の為に この一点で戦った。幹部の一念はこの一点。

師匠の為に戦うという一点しかない。

「心こそ大切である」心が乱れてしまったら、大変じゃないか。

Pの息吹を叫ぶ、師弟不二の息吹がないと勝てないよ。


先生の為にという息吹を強くするんだ。今こそ大事だよ。

本物の師弟に生きる人材となれ、人材を造れ、剣を抜け、幹部は大革命するんだ。

幹部がぼーっとしていると会員が苦しんでしまう。

幹部が苦しんで会員を楽にしてあげるんだ。勝利に走って行くんだ。


勝ちなさい。人格で戦い。誠実で戦い。真剣で勝っていくんだ。

絶対に油断するな。ここまで学会を作って、おめおめと崩されてはならない。

http://

 

「99%」という幻想

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 9月22日(金)14時02分3秒
  (引用ばかりで恐縮です・・)

ルモンド日本語版より・・

<貼り付け開始>

水は100℃に達すれば間違いなく沸騰する。

だが、人間社会そのものが物理学の法則に従うことは期待しないほうがいい。

世界で生み出される富の大部分を上位1%の人々が独占していることは確かだが、だからと言って、

残りの99%の人々が連帯した社会グループを形成するとは限らない。

まして一つの政治勢力となって沸き立つようなこともない。

中略

他の99%の人々には、現体制を打ち倒すためのエネルギーを結集できるほど多くの共通点があるのだろうか?

中略

しかし、たとえ人々の結集と団結が力を生み出すとしても……

歴史を振り返れば、彼らが一体となって行動する重大な瞬間は長くは続かないことが分かる。

ラマルティーヌが友愛を唱えた1848年2月、

労働者とブルジョワの人々は一緒になってバリケードを守ったが、

数週間後には彼らは互いを敵視して衝突し、死者を出す「六月事件」へと至った



「人間社会から寡頭支配を排除する」といった大まかな考え方に基づいて

共通の計画や持続的な政治勢力を構想するならば、せいぜいユートピア的幻想となるか、

最悪の場合、選択をしない、決断を避けるといった無気力に人々は陥ることになる。

そして結局、彼らは当事者間の契約に関わる法律や子供の虐待、

交通事故といった身近な事柄にしか関心を持たなくなる。

セルジュ・アリミ (Serge Halimi)
訳:村松恭平
出典:http://www.diplo.jp/articles17/1708-1Le%20leurre%20des%2099.html

<貼り付け終わり>

今の我々の問題を解決するには、一人立つしかない・・

一人の偉大なる人間革命・・による、革命・変革・

持ち場、持ち場、自分の地域、周りから・・

その一人立つ者の連帯の広場・・宿坊・・感謝
 

永遠の21歳

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 9月22日(金)13時43分36秒
  ・・大紀元の記事より・・

<抜粋貼り付け開始>

収容所で薬物注射、暴行、精神喪失…エリート学生が非業の死を遂げるまで

・・・・

収監中、筆舌に尽くしがたい虐待を受けていたことは、出所後の彼女の言動から察しがつく。

親戚や地域の法輪功学習者が身の回りの世話を行っており、

彼女の周囲に起きた出来事について明慧ネットに報告していた。



2005年の冬。

ガラスのない窓から北風が吹きつける粗末な小屋に、無表情で、オンドルに腰かける志梅さん。

尿で濡れた布団。自らの便を塗った壁。部屋に充満する異臭も分からないようで、

ただぶつぶつ、彼女は独り言をつぶやいていた。

精神喪失状態の志梅さんは、時折、表情をこわばらせ、外に向けて何かを押し出す姿勢をとった。

部屋に人が立ち入ると、部屋の隅に移動して、手で胸を保護した。

親戚の女性が志梅さんを着替えさせるとき、うっかり胸に触れた。

突然思い出したかのように、親戚の手を自分の乳房の上に押しつけ、乱暴に扱れた様子を述べた。

「彼らは私をこのように殴ったのよ。このように、このように。私はとても痛かったの…」

志梅さんの臀部から足首までは濃い紫色で覆われていた。足幅を広げた通常の歩行はできなかった。

生理は3~5日間と頻繁にきて、服が真っ赤に染まった。

永遠の21歳

志梅さんは、年齢を聞かれると真面目に「21歳」と答えた。

清華大学での学園生活を謳歌し、学業に勤しんでいたときだった。

彼女の時間と記憶は、当時のまま静止しているようだった。

http://www.epochtimes.jp/2017/09/28422.html

<貼り付け終わり>

昨日のシナモンゴー様の代理投稿であった、神聖であるべきはずの我が教団・・

そこに、多くの鬼畜のような者が跋扈していることがわかった・・

二つの暴力で精神を破壊、他人救済ではなく人間破壊、断じて許してはならない・・
 

ユダヤ人の子供たちを救出したポーランドの女性

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 9月22日(金)13時01分30秒
編集済
  ・・庶民の中に真の英雄・・

出典:http://www.epochtimes.jp/2017/09/28343.html

1940年、外交官として数千人のユダヤ人に「命のビザ」を発給し、彼らを迫害から救出した杉原千畝。

ポーランドにも、命の危険を冒しながらユダヤ人の子供たちを救った女性がいる。

ポーランドにドイツ軍が進駐し、ワルシャワにユダヤ人ゲットー(強制居住区)が設置された頃、

ポーランド人のイレーナ・センドラーさん(Irena Sendler)は、看護士として働いていた。

彼女はクリスチャンだったが、ユダヤ人が迫害されていることに憤りを感じていた。

彼女はユダヤ人救済のための地下組織ジェゴタ(Zegota)に加わり、

ユダヤ人の子供たちを救出することに乗りだした。

センドラーさんが行った救出作戦は、命がけだった。

ゲットーに収容されている子供たちに病気にかかったふりをさせ、次々と病院へ連れ出したのだ。

監視の目が厳しくなると、彼女は子供たちを棺桶やスーツケース、ゴミ袋などに隠し、

こっそりと彼らをゲットーから救出した。

迫害が終わった時に家族と再会できるように、彼女はひとりひとりの子供の名前をリストに残していた。

活動が発覚して逮捕されるまで、彼女は2500人以上の子供を救ったのである。

中略

センドラーさんの勇敢な行動の原動力は、何だったのか。

スウェーデンの日刊紙 Sydsvenskanに語ったところによると、

彼女は父親から、「人が溺れているのを見かけたら、たとえ泳げなくても、

その人を救出する努力をするべきだ」と教えられていたという。

彼女にとって、当時溺れかけていたのはユダヤ人だけでなく、ポーランドという国そのものだった。

「宗教や国籍に関係なく、溺れている人を見たら助けなければならない。そう言われて育ちました」

とセンドラーさんは話している。

<貼り付け終わり>

今、第六天の魔王によって溺れさせられているのはメンバーだけではなく、創価学会そのもの・・
 

長谷川幸洋

 投稿者:tso  投稿日:2017年 9月22日(金)12時54分33秒
  私の予測が的中した理由
安倍晋三首相が衆院解散・総選挙の意向を固めた。野党や左派系マスコミは「森友、加計疑惑隠しだ」「解散の大義がない」などと一斉に反発している。本音は「敗色濃厚の選挙はしたくない」だろう。受けて立つ気概はないのか。
私は先週のコラムで、9月臨時国会での冒頭解散を予想した(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52905)。末尾で首相の決断について「いまは『いずれ、なんらかの展開があったときに分かる』としか申し上げられないのが、実に残念」と書いたら、直後に解散報道が相次いだ。自分で言うのもなんだが、まさに申し分のない展開である(笑)。
なぜ予想できたかといえば、秘密はべつに何もない。自分の読みだ。首相や官房長官に取材しようと思えばできなくはないが、恥ずかしくて「解散するんですか」などとはとても聞けない。「バカな質問するなよ」と苦笑いされるのがオチだからだ。
なんでも直撃質問すればいいと思っている厚顔無恥の女性記者が話題になっているが、彼女はただの「おバカ」か「ピエロ」だ。ときには直撃も大事だが、客観情勢から「こうなる」と分析するのも記者の仕事である。私は主に後者を仕事のスタイルにしている。
先週のコラムで書いたように、各マスコミの世論調査で内閣支持率が急回復した半面、野党への期待は冷え切っていた。民進党は山尾志桜里議員の不倫スキャンダルが尾を引く一方、離党の動きが止まらない。小池百合子東京都知事の新党構想も進んでいない。
となれば、総理が解散したくなるのは当然である。そこを書いただけだ。日本のジャーナリズムには、なぜか私のようなスタイルの記者が少ない。というか、ほとんどいない。読者には、ぜひ今後ともご愛読をお願いする(笑)。
さて宣伝はこれくらいにして(笑)、本題に移ろう。
衆院解散に大義は必要なのか。私は、とってつけたような大義名分は必要ないと思っている。なぜかといえば、衆院解散とは本質的に与野党の権力闘争であるからだ。
政権与党はこれこれの国家戦略と理念、政策を掲げて国民に信を問う。それに対して、野党も野党なりの国家戦略と理念、政策を掲げて戦う。国民はそれを見たり聞いたりして、どちらに国の行く末を任せるのに適当か、判断を下す。それが総選挙だ。
これほど分かりやすい選挙もない
安倍政権と野党の政治路線はあきらかに違う。安倍政権の経済政策は成長重視だ。それに対して野党は格差是正、言い換えれば分配重視である。安倍政権の外交安全保障政策は日米同盟を基軸にして中国や北朝鮮の脅威に対抗するのが基本である。
それに対して民進党は日米同盟重視と言いながら、一昨年の安保関連法見直しに強く反対し、いまの前原誠司代表も政権をとれば廃止・見直しを公言している。共産党はもっと極端で、日米安保条約そのものの廃棄や自衛隊の解消を掲げている。
加えて最近の野党はといえば、北朝鮮情勢の緊迫化などほったらかしで、ひたすら森友学園や加計学園問題で政権追及に精力を投入した。国会はモリカケ問題に多くの時間を費やしたが、結局「総理の関与」を示す証拠は出てこなかった。
それどころか、加戸守行・元愛媛県知事が国会で「加計学園を招いたのは私」と決定的証言をしたにもかかわらず、NHKを含めて左派系マスコミは加戸証言を無視してほとんど報じなかった。「偏向報道も極まれり」である。かくのごとく安倍政権と野党(加えて左派系マスコミ)の対立は深まっている。
そうであれば、なおのこと、安倍政権と野党勢力のどちらが国の将来を担うのにふさわしいか、日本の平和と安全、繁栄が脅かされている戦後最大の重大局面で、解散・総選挙は国民の声を聞く最善の機会になる。それこそが「解散の大義」にほかならない。
もしも安倍政権が間違っていると国民が判断するなら、早めに軌道修正したほうがいいに決まっている。逆に、政権があらためて国民の信頼を得るなら、いっそう強力に安倍路線を推進できる。
国民の目から見ても、今回の総選挙は分かりやすい。多くの人々は安倍政権と野党勢力(加えて左派系マスコミ)との対立構図を十分承知している。私たちはどっちがいいか、選ぶだけだ。これほど分かりやすい選択はめったにない。
「分かりやすさ」は民主主義にとっていいことだ。「どう選んでいいか分からない」「どちらを選んでも一緒」というような状況だと、何が起きるか。政治がつまらなくなって無関心層が増え、結局、社会が停滞する。
北朝鮮情勢が緊迫する中、日米同盟弱体化につながる安保法制廃止を唱える民進党に政治を委ねるべきか。あるいは同盟廃棄や自衛隊解消を唱える共産党に期待すべきか。これだけ路線が明確に違えば、有権者は判断しやすい。
「解散するな」と言う人々の自己矛盾
テレビの報道番組を見ていたら「大義なき解散」という批判では言い足りないと思ったのか、あるコメンテーターは「衆院解散は国民に対する背信行為」とまで述べた。重大局面で国民の声を聞くのが、なぜ国民への背信になるのか、私はさっぱり理解できない。
モリカケ問題で説明が足りないまま解散するからか。それは、当の番組を含めた左派系マスコミの問題である。安倍政権は国会で説明を尽くした。左派系マスコミが政府や加戸・元愛媛県知事の言い分をしっかり伝えなかっただけだ。
先のコメンテーターは解散を背信行為と批判した。つまり、彼は政権を批判する一方で「解散するな」、すなわち「このまま安倍政権を続けよ」と言っている。
なぜ、そんな自己矛盾が起きるのか。選挙の結果次第で「もしかしたら安倍政権が終わるかもしれない」などとは夢にも思っていないからだ。それがホンネである。つまり「野党が負けそうな選挙だからやってほしくない」と思っているのだ。
そう正直に言ってしまったら、ミもフタもないから「タイギ、タイギ」と言っている。もっともらしい話をしながら、実は権力闘争に負けるのを恐れている。殴り合いのケンカに負けそうだから、土壇場できれいごとを唱える気弱な子供のようではないか。
こういうところに、何かと言えば格好をつけたがる左派の情けなさがにじみ出ている。政権に解散の大義を求める前に、自らチャンスと受け止め、左派の大義を掲げて戦いに立つべきではないか。それとも、もう左派の大義を掲げる勇気はないのか。
権力をめぐる戦いは勝つか負けるか、生きるか死ぬかである。安倍政権は勝負に出た。野党も性根を据えて戦いに臨むべきだ。いまさら泣き言を言っている場合ではない。
 

我々は、幻影を見せられているのではないか?

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 9月22日(金)12時51分30秒
  今日の公明新聞、一面にデカデカと第一次公認候補を発表。何たる厚かましさかと、腹が立つ。

三面の顔写真を見ると、落としたい議員達のオンパレード。ああ、あの時信じられないほど馬鹿な事を言っていたアイツだ!と、当時の怒りがまだ鮮明によみがえる。

平和主義者である我々学会員が、何故こんな反平和主義達を応援しなければならないのだ。
今の公明党は間違いなく下駄の雪。国会議員生活をエンジョイしたいが為に、宗教的信念を捨てた者達だ。

佐渡流罪の後、他宗の批判さえやめてもらえれば、大寺院でも寄進致しましょう、という幕府の申し出を蹴って、身延に入られた大聖人とは似ても似つかない者達だ。

安保法案を受け入れたあの時点で、公明党の堕落は決定した。
安保法案は神札そのものだったのだ。当時、池田先生からの警告のメッセージが何度もあったのに、それを宗門に対する批判だと曲解し続けた時点で、もう終わっているのだ。


公明新聞のみならず、聖教新聞の方はあいも変わらずの、口だけ反核アピール。

本気で反核したいなら、何とでも出来るだろう。
公明党など学会の支持が無ければ、瞬間的に消えて無くなる政党だ。

今回の選挙は自由投票にしますと言うだけで、十分な効果があるはずだ。
それなら政教一致にもならないだろう。どの政党を支持するかしないかなど、宗教団体の自由だ。

池田先生が強く勧める核兵器禁止条約。
大っぴらに否定すると、さすがに学会員もおかしいと気がつく。
だから口だけ賛成して、実際には真逆の事をしているのが、現在の原田執行部だ。


池田先生と奥様が神奈川文化を訪問されたそうだが、前にも言ったように、もっと誰が見ても納得出来るように報道したらどうだ。
何故写真が載らないのだ。

何か載せられない理由があるのなら、そこをはっきりさせるべきだろう。

私はS54年をリアルタイムで経験しているが、当時の状況とあまりにもそっくりすぎるのだ。
当時も写真は出なかった。写真どころか、連載中の人間革命さえ代筆ではないか、という噂があり、末端の私の耳にさえ届いていた。

池田先生を、選挙に勝ちたいが為に、裏切り者達が利用しているだけではないのか?
本当に行かれたかどうかを疑う見方があるのなら、疑う余地が無くなるような写真を示せばいいだけの話ではないか。何故そんな事さえ出来ないのだ。

今のような形の報道では、私の疑いは消えない。



 

あなたがここにいてほしい

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 9月22日(金)09時10分53秒
  元職員のブログが更新されています。
『関西・大阪座談会報告(上)』
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-130.html
>Aさんの胸には、あの「君が世界を変えていく」の“反対せず、行動せず、沈黙することは、消極的な支持である”の一文が心の支えになっていた<

→これと似た印象のある米ドラマ『アンダー・ザ・ドーム』シーズン1#12ではこんな格言がありました。
「悪が栄えるために必要なのは一つ。善人が何もしないことである」

>「題目はあげてる?」と聞くと、「毎日唱えているよ。題目をあげると心が落ち着き、ぐっすり眠れ、元気になるんだよ」と話されたという<

→池田先生はよく「おとぎ話のように聞こえるかも知れないが、妙法は実在する宇宙・生命の法則である」といったことを言われていました。
実際「おとぎ話」のように思っている人が多いのでしょう。が、仏法は気休めや慰めではありません。事実の上で生命が変革し「蘇生」していくのです。

このことを、仏法が本物であることを科学的に証明して書き表された『日蓮仏法3.0』シリーズ(仮称)日本語版の準備を2.0さんが進めて下さっています。年内完成の目標だそうです。期待はかけてもプレッシャーはかけませんように。

P.S.mission様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/74476
実は『池田会長講演集 第三巻』をJACKさんが文字起こしして下さったものがあります。
JACKさん、すみません。探す手間を省いてしまいました。
宿坊の過去ログを探す作業が楽ではありません。何かいい方法があるのでしょうか。すみません。お許し下さい。
でも、同書の持つ意味は大きいですよね。(特に<創価学会の体質問題>。池田先生はこの業病と一人、長く闘って来られたのですね。これは宗教全般に共通する悪業なのでしょう。この宿命転換を弟子が出来るかどうか、ですね)私も宿坊でどなたかに教わって急いでアマゾンで買いました。今は売り切れで買えないようです。

ダメよ~さん、貴重な文証をありがとうございます。こうしてシェアして未来に残すことの意味は大きいと思います。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/74467
http://6027.teacup.com/situation/bbs/74470

“じゃあちゃんとわかってるんだよな そこが天国なのかそれとも地獄なのか”
“今のその生活が,青空なのか,それともただの苦痛なのか”
“緑の草地が 冷たい鋼鉄のレイルが区別できるのか?”
“笑顔が本物なのか,それともただの見せかけなのかも ちゃんとわかってると思うのか?”
“ヤツらと取引させられたのか?”
“お前の憧れの人生を抜け殻の人生と 燃える灰を木と 暑い空気を冷たいそよ風と”
“ちっとも嬉しくない慰めと引き換えに お前は交換してしまったのか”
“自由への戦いでの端役と 冷たい檻のなかでの主役とを”
“お互いただの迷える魂じゃないか 自分の金魚鉢のなかで,ずっと泳ぎ続けてる”
“同じことの繰り返しだ 結局,何が残った? 昔と同じような不安を感じただけ”
『あなたがここにいてほしい』ピンクフロイド
https://www.youtube.com/watch?v=OKxTus2MoUU

『凡夫即身成仏論』オンデマンド (ペーパーバック) ? 2017/5/17 松戸行雄 (著)
「人間主義の日蓮本仏論」への進化・深化   絶賛発売中!!!
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72980
 

殿、ご乱心

 投稿者:虹の戦士  投稿日:2017年 9月22日(金)08時56分57秒
編集済
 

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創価学会は池田先生の幸の城、広布の城。
みんなで護っていかなければいけないのだけれど
どうやら、天守閣に現在いる殿様とお仲間がご乱心。
こんなとき、昔のお侍さんたちはどうしたのか
ウェブで調べていたら気になる以下の記事を発見しました。

「殿、ご乱心」。そのとき、あなたは……
http://toyokeizai.net/articles/-/29127

城を護るために一度城の外に出て仲間とともに
城を取りもどすのもよし、城の内側からチャンスを
待って、城の外の仲間と協力して戦うのもよし、
そんな考えが頭に浮かんできました。
梁山泊の革命の戦いがはじまっているのです!

私はこの全世界、全宇宙こそが
池田先生の幸の城なんだと思えてきました。
そう考えて紅の歌を聴いてみると・・・。

http://www.sokanet.jp/kaiin/songs/kurenainouta.html


”世界中の老いたる父母の
築きたる 広布の城をいざ
護り抜け 眩き地平に
澎湃(ほうはい)と 若き翼よ 爽やかに”
絶対に広布の城を護るのです!
みんないくつになっても青年部だからです!

池田先生のコメントから
”老いたる母の築きたる 広布の城をいざ護り抜け』
これだよ!創価学会は、名も無き母たちが、世間の非難中
傷を受けながら、必死に築いてきた。その城を護るのが、
青年の使命ではないか!”
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http://imagine-happy-life.tokyo/

 

 「信」の法性は清浄の都にこそ立つ!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 9月22日(金)08時27分50秒
編集済
   私が手放せないでいる言葉に、すでにあげました「信じる心」と「七字五字の南無妙法蓮華経」に加え、「清浄」があります。御書には、「清浄」の言葉が頻繁に登場してきます。その「清浄」をどう紐解くかだと思っています。単に盲目の信心を促すものなのでしょうか。そうではありますまい。以下、そのいくつかを列記してみました。
 【ご参考】
 「人法一箇の南無妙法蓮華経」
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/59884
 「己心の妙法蓮華経」
 http://sgi-shiteifuni.com/?p=11826

 「起世経に云く『諸の衆生有りて放逸を為し 清浄の行を汚す 故に天・雨を下さず』又云く『不如法あり 慳貪・嫉妬・邪見・顚倒なる故に天則ち雨を下さず』又経律異相に云く『五事有て雨無し 一二三之を略す 四には雨師婬乱 五には国王理をもつて治めず 雨師瞋る故に雨ふらず』云云」(下山御消息350㌻)
 (※起世経<きせきょう>=闍那崛多<じゃなくった>らの訳=長阿含経の異訳で世界の起源や生い立ちの因縁を説いている、経律異相<きょうりついそう>=中国・梁時代の編集=経、律などの異なった概念を整理集録)

 「六根清浄の人は瑠璃明鏡の如く三千世界を見ると云う経文なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は明鏡に万像を浮ぶるが如く知見するなり、此の明鏡とは法華経なり 別しては宝塔品なり、又は我が一心の明鏡なり、所詮瑠璃と明鏡との二の譬を説かれたり 身根清浄の下なり、色心不二なれば何れも清浄の徳分なり」(御義口伝763㌻)
 (※瑠璃<るり>=青色の宝珠、緑柱石、七宝のひとつ)

 「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は色心共に清浄なり、身浄は法師功徳品に云く『若持法華経 其身甚清浄』の文なり、心浄とは提婆品に云く『浄心信敬』と云云、浄とは法華経の信心なり不浄とは謗法なり云云」(御義口伝765㌻)

 「大白牛車とは『無明癡惑本是法性』の明闇一体の義なり、即ち三千具足の一乗をかかげたる車なれば明闇一体にして三千具足の義を顕すなり、法界に徧満(※遍満)したれども一法なるを一乗と云うなり、此の一乗とは諸乗具足の一乗なり 諸法具足の一法なり 故に一の白牛なり、又白牛は一なりといえども無量の白牛なり 一切衆生の体 大白牛車なるが故なり、然らば妙法の大白牛車に妙法の十界三千の衆生乗じたり 蓮華の大白牛車なれば十界三千の衆生も蓮華にして清浄なり 南無妙法蓮華経の法体此くの如し」(御義口伝795㌻)

 「妙法の薬草なれば十界三千の毒草・蓮華の薬草なれば本来清浄なり、清浄なれば仏なり 此の仏の説法とは南無妙法蓮華経なり云云、されば此の品には種相体性の種の字に種類種・相対種の二の開会之れ有り、相対種とは三毒即三徳なり 種類種とは始の種の字は十界三千なり、類とは互具なり下の種の字は南無妙法蓮華経なり種類種なり、十界三千の草木各各なれども只南無妙法蓮華経の一種なり、毒草の毒もなきなり清浄の草木にして薬草なり云云」(御義口伝795㌻)

 ここにあげた御文では、不浄のゆえに雨を降らせない。六根清浄は瑠璃のような明鏡である、清浄には身と心の清浄がある、妙法蓮華の大白牛車だから清浄である、蓮華の薬草だから「三毒即三徳」となり本来清浄である、が明らかになります。すべて「清浄」です。その根本の「清浄」とは、無濁、無垢、元々の、つまり「久遠元初」ということにならないでしょうか。

 またこんな御文もあります。
 「出家の二衆は多く道を修し 禅を得て謬(あやまっ)て聖果と謂い 偏(ひとえ)に上慢を起す」(御義口伝718㌻)。
 (※二衆=比丘比丘尼)

 「禅」と「聖果(しょうか)」とでは大きな違いがあるというのです。「聖果(しょうか)」の「聖」は、「耳」の「口」(つまり穴)の「王」で、よく聞こえる、神の声をよく聞き得る人のことを「聖人」といったとされます。菩提、涅槃は「悟り」です。ちなみに、「聖教」は「聖人」の「教え」だそうです。いまも通用しますかね(笑い)。

 圧巻は、始聞仏乗義で明かされる“相対種”の「清浄」です。

 「法華経の迹門の中・供養舎利已下二十余行の法門も大体就類種の開会なり、問う其の相対種の心如何、答う止観に云く『云何なるか聞円法なる生死即法身・煩悩即般若・結業即解脱なりと聞くなり三の名有りと雖も而も三の体無し是れ一体なりと雖も而も三の名を立つ 是の三即(すなわ)ち一相にして其れ実に異有ること無し、法身究竟すれば般若も解脱も亦究竟なり 般若清浄なれば余亦清浄なり 解脱自在なれば余亦自在なり 一切の法を聞くこと亦是の如し 皆仏法を具して減少する所無し 是を聞円と名く』等云云、此の釈は即ち相対種の手本なり其の意如何、答う生死とは我等が苦果の依身なり 所謂五陰・十二入・十八界なり 煩悩とは見思・塵沙・無明の三惑なり 結業とは五逆・十悪・四重(※禁)等なり、法身とは法身如来・般若とは報身如来・解脱とは応身如来なり 我等衆生無始曠劫より已来此の三道を具足し今法華経に値つて三道即三徳となるなり」(始聞仏乗義983㌻)
 (※開会=開顕会融<かいけんえにゅう>の義、人法がある。就類種<=種類種>=善の因は善、悪の因は悪と類別に見る、相対種=善も悪も一体にしてそのまま善と開く法門、十二入・十八界=眼・耳・鼻・舌・身・意の六根(感覚器官)に色・声・香・味・触・法の六境(対象事象)を合わせたものが十二入、さらに眼・耳・鼻・舌・身・意の六識(認知)を加えて十八界という)。

 法華経本門の“相対種”の知見から見れば、「法身究竟すれば般若も解脱も亦究竟なり 般若清浄なれば余亦清浄なり」です。生死の苦しみも、煩悩の束縛も、結業という宿業も、一切が「清浄」に転じるということになります。「無明癡惑 本是法性」と同じといえます。鍵を握るのが本抄最後尾に示される(法華経を)「信ぜば」です。

 そのうえで、次の御文を拝すると、また、異なった視野が広がってきます。有名な御文です。
 「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依つて曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり」(日女御前御返事1224㌻)

 まったくの私論です。「九識心王真如の都」の「都」とは「清浄の都」と拝せないでしょうか。「の」は、同格ではなく、所有の「の」とすることができます。あるいは区別のある「同時」です。「心王」は「法性」です。その「法性」の住処が「清浄の都」ということになります。「仏性とは法性なり」(聖愚問答抄498㌻)ですから、「九識心王」の「法性」は「胸中の肉団」の、さらに「清浄」の「真如の都」にあるということになります。「清浄の都」が重要な位置付けになります。だからこそ、「信」です。

 人間の身体が、「口」から「肛門」至る体内にある“外”を度外視すれば、いわば“無菌”の「清浄」であることは明らかです。本来、生命は、十界同時の成仏の「清浄」で生かされています。その典型が、「白牛は一なりといえども無量の白牛なり 一切衆生の体 大白牛車なるが故なり」の御文と拝せます。印度では、「白牛」が貴重な動物として重宝されていると言いますから、「大白牛車」は法華経です。「生命」です。

 どうやら、根本清浄のこの宇宙生命の顕現には「清浄」が不可欠で、その「清浄」を護る「金剛不壊」が、五濁(劫濁、煩悩濁、衆生濁、見濁、命濁)が遍満のこの娑婆では必須ということになります。それは「清浄」の“島”とも言えます。「清浄」とは“師匠”、「金剛不壊」とは“弟子”とも開けます。「個」にあっても「全体」にあっても、また「個人」にあっても「組織」にあっても、それは同じです。いわば“同時”です。

  では、「金剛不壊」であるためにどうするのかです。「信」を固めることこそ「金剛不壊」といえます。“鍛える”よりないのでないでしょうか。“智慧”を創造するよりないないのではないでしょうか。そもそも、十界各別も、依報に応じて「清浄」が紡(つむ)ぎ出した“智慧”にほかなりません。助言や参考例はあるにせよ、その“原動力”ともなる「清浄」を次から次と汲みだして、ほかならぬ、その「清浄」によって自身で造り出すものなのでしょう。智者が「偉大なる心は常に感恩の情に満つ」(新渡戸稲造・随想録第五巻)と語るように、「信」という法性は、きっと、「清浄」の都にこそ立つに違いありません……。
 【最終項2017・9・22/17:35一部補足】


 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、国連本部での核兵器禁止条約の署名式、誠におめでとうございま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 9月22日(金)08時01分40秒
  おはようございます。原田怪鳥様、国連本部で核兵器禁止条約の署名式が行われ、同日中に50か国が署名、誠におめでとうございま~す(笑)

ところでぇ~、原田怪鳥様、この署名の中で、日本は署名したのでしょうかぁ~?(笑)

SGI代表が参加されたとのコトですが、原田怪鳥様はじめ、日本の執行部の大患部サマは、誰が御参加されたのデスかぁ~?(笑)

核兵器禁止を訴えるワリには、行動が伴わない、ホントに不思議な団体デスねぇ~、選挙でそれどころじゃなかったんですかぁ~(爆)


あわせまして、池田先生ご夫妻が、神奈川文化会館を訪問されたとのコト、誠におめでとうございま~す(笑)

原田怪鳥様、写真はないんデスかぁ~? どなたと御一緒だったんデスかぁ~? 会員と懇談されたり、写真を一緒に撮られなかったんデスかぁ~?

また、池田先生が鶴見区の神奈川池田記念講堂を望まれたのが21日、同講堂で、勇躍船出の集いとやらが行われたのが、20日、???

原田怪鳥様、日にちがズレてマスねぇ~、会員と師匠が接触するのが怖いんデスかぁ~?(笑)


もう一つありまぁ~す、「立正安国の歴史的闘争へ勇躍船出する大会」っていったい何のコトデスかぁ~?

「心を一つに合わせた電光石化の快進撃」「今まで生きてありつるは此の事にあはん為なりけり(御書P1451)」

勇ましいコトバが並んでマスけどぉ~、どう考えても、「選挙対策」デスよねぇ~(爆)

選挙で勝つコトが「立正安国の歴史的闘争」デスかぁ~? 原田怪鳥様はもしかして、「国立戒壇」を目指してるんデスかぁ~(大爆)

「心を一つに合わせて」って、もしかして、「異体同心」のコトを言ってるんデスかぁ~?

だとしたら、自民も民進も共産も、全員「異体同心」ってコトになりませんかぁ~(笑)

「今まで生きてありつるは此の事にあはん為なりけり(御書P1451)」って、「選挙」のたんびに、

「此の事」がやってくるんじゃあ、身が持ちましぇ~ん(爆)


そして、なによりも、「正義の神奈川よ勇み立て」と威勢はイイんデスけどぉ~、原田怪鳥様はどうして御参加されてないんデスかぁ~(笑)

核兵器禁止条約の署名式に御参加されてたのなら納得デスが、御名前もありませんよぉ~(笑)

他人にさんざ煽らせて、自らは「4号・5号」のトコロへ雲隠れデスかぁ~(笑)

谷川主任伏怪鳥様も、ゲームばかりされずに、少しは会員の前に姿を現したらいかがデスかぁ~(笑)


「声仏事を為す(御書708)」なんデスからぁ~、原田怪鳥様、谷川主任伏怪鳥様が、どんな声を挙げるのか?

ゼヒとも「仏事を為す」ていただきマスように、期待しないで待ってまぁ~す(大爆)



 

二十一世紀への対話 152

 投稿者:まなこ  投稿日:2017年 9月22日(金)07時52分23秒
  【池田】 さきほどもちょっとふれましたが、私は、あらゆる人間生命は、個々の存在であるとともに、その生命の奥深いところで宇宙生命ともいうべき実在に合一している、と考えます。博士がいわれる“宇宙の背後にある究極の精神的実在”も、このように考えるとよく理解できます。
しかし、死にさいして肉体が無機物に還元されるのに対し、かつてある著書で述べられた「人間の魂は、宇宙の背後にある超人的な精神的実在の中に再吸収される」という博士の所説は、精神を一つの独立した実在とされているように思われます。もちろん、肉体は生きている間も絶えず変化しており、一定の期間がたてば、細胞はほとんど一新します。また、死ねば全体が無機物に還元されることも事実です。しかし、たとえば、三歳であったAという人が三十歳になったとしましょう。その場合、Aは肉体的には変化したわけですが、そのなかに一貫して持続する本質があることは明らかです。肉体はそれ自体が独立しているものではなく、その奥にある生命的傾向性と深い関係があります。逆にいえば、内在する精神的実在のなかに、絶えざる肉体的傾向をはらんでいると考えるほうが、より本質的な認識となるのではないでしょうか。
したがって、死によって現実の肉体は無機物に還元しても、精神的実在に内包された肉体的な傾向性は、持続すると考えることができると思います。そして、縁にふれて、再び顕現された形で肉体が持続するのではないでしょうか。死によって肉体と精神が分断されてしまうと考えるのは、おそらく知性の犯している誤りであって、事実はこのように考えるべきだと思っています。

【トインビー】 人間を精神的要素と肉体的要素に分離して考えることは、たしかに知性のなせるわざです。それは経験による既知事項(データ)ではなく、経験的データを考察して引き出した一つの結論なのです。したがって、それは考えられる唯一の結論でもなければ、これまでに人間が導き出した唯一の結論でもありません。
経験からいっても、われわれは肉体を離れた霊魂とか、魂をもたない人体などといったものには出会うことがありません。もちろん、精神的欠陥者や、耄碌した人の場合は、その精神機能にはかげりがさしていますし、肉体的欠陥をもつ人や不具者の場合は、身体のほうが不十分です。
しかし、こうした欠陥はいずれも異例とみなすべきで、精神と肉体が客観的事実としてそれぞれ独自に存在できる証拠にはなりません。これらは、われわれが人間を精神と肉体という観念上の二要素に知的分析を行なうことと、はっきり区別して考えるべきでしょう。

【池田】 さきほど博士は、死後の生命の存在の仕方について、それは時間次元を越えたものであろうとおっしゃいました。私も、それは正しいと思います。しかし、さらに掘り下げていえば、現に生きているこの生命も、その本質の実在においては時間次元を越えたものであると考えられます。なぜなら、もし人間の生命が時間という枠にはまった存在であるとすれば、人間の知性によってそれを理解することも、可能であるはずだからです。
この点に関連して、私はベルグソンの考察を思い起こします。ベルグソンは“流れる時間”という概念を主張し、過去・現在・未来という時間的区分はもともとあるのではなく、人間の意識の流れが過去・現在・未来という内的な持続を実感しつつ、つくりだすものであるとしました。
しかし、この“流れる意識”というものも、人間生命のごく一部にしかすぎません。ともあれ、生命自体には、もともと過去・現在・未来という現象的時間の区別は存在しないと考えられます。
そのような区別は、生命が肉体と精神とをそなえた存在として具体的活動を営んでいくとき、初めて現われるにすぎないものといえましょう。

【トインビー】 カントは時間と空間の概念は、人間の思考にとって不可避の範疇であることを指摘しました。また、アインシュタインの指摘によれば、時間・空間という二つの知的範疇を区別するのは、すべて人間の知性の働きにすぎず、科学上の観察をするにあたっては、時間は空間によって、空間は時間によって測定する以外にないとのことです。しかし、三つの知的範疇――時間・空間・時空――が客観的実体をもつと推定できる根拠を、われわれははたしてもっているでしょうか。これらの知的範疇も、あくまで人知の宇宙理解力の限界を示すものにすぎないのではないでしょうか。

【池田】 時間・空間というのは人間が創造した観念であり、人間の生命がその活動において設けた枠であると考えます。もし、この生命の発動がなければ、時間も空間もありえないでしょう。したがって、時間と空間というものを絶対的に実在するもののように考え、その枠に生命そのものをはめ込んで規定しようとすること自体、本末を転倒した考え方ではないかと思うのです。
時間とは、われわれが宇宙生命の活動や変化を通して感ずるものです。われわれの体験からいっても、時間の動きは、われわれの生命活動の状態によってさまざまに変化します。楽しいときには、時間は飛ぶように過ぎ去ってしまいますが、苦しいときには時計の針の進むのが非常に遅く感じられます。
そこで死の問題に戻りますが、さきほども少し話しましたように、仏法では死後のわれわれの生命の存在の仕方を“空”という概念でとらえています。“空”というのは、現象としては現われなくとも、厳然と実在する状態のことをいいます。実在するといっても、それは目には見えませんから、“無”と変わらないともいえましょう。しかし、実在する以上、縁にふれて目に見える現象として現われるのです。そうなると、“無”とはいえません。つまり“有”と“無”という二つの概念だけでは表現できない状態です。
結局、仏教の教えによれば、生命の本質は“生”すなわち“有”と“死”すなわち“無”とを現じながら、永遠に存続していく超時間的実在であるということができます。

【トインビー】 いまおっしやったことから、人間の真の存在は“空”の次元にあるといえるのではないでしょうか。それが、個人と宇宙の一体性を確認するヒンズー教の格言“汝はそれなり”(タツト・トヴアム・アシ)の意味するところでもあると思うのです。
結論として、死という現象は、われわれが心身統一体として見慣れている人間存在のうち、肉体面の分解をともなうわけですが、しかしそれは“実在それ自体”からみれば、じつは人間の知的着想力の限界から生じる幻想にすぎないことになります。したがってまた、“究極の実在”ないし“空”に関する疑問は、空間とか時間とかの観点から公式化してみたところで、回答が得られないわけです。
ここでいえることは、ヒンズー教や仏教で説く輪廻転生の概念にしても、ゾロアスター教やユダヤ系諸宗教でいう一回限りの死者復活の概念にしても、私には知的に理解できないということです。さらに、ヒンズー教や仏教でも、またゾロアスター教やユダヤ系諸宗教でもともに説いている、人間が死んでから再び心身統一体としての生を始めるまで中間的な期間があるという概念も、私には理解できないものです。
人間の知性で理解できる時間・空間内での諸現象とは対照的に、“実在それ自体”には時間も空間もないのではないでしょうか。私は、“実在それ自体”には時間もなければ空間もないと信じています。といって、それが時間と空間に束縛されたこの世界から、まったく遊離して存在するものだとは思っていません。

【池田】 私も、実在それ自体には、時間も空間もないと考えます。また、この実在が時間・空間に規定された、この現象世界を離れたところにあるのでないことも確かです。 大乗仏教においては、“生死不二”といって、生と死という時間・空間次元の現象は、時・空を超えた実在である生命の、二つの異なった顕われ方であると説いています。個々の生命体は、生命が顕在化した状態であり、死とはその生命が“冥伏”した状態です。冥伏とは無に帰することではありません。
さきほどから私が提起してきた“空”の概念は、目には見えなくとも厳然と実在する、有無のいずれか一方に決めることのできない概念です。これに対して、現実にさまざまな個別の姿をとって現われてくる姿を“仮”と名づけています。心身統一体としての生とは、この“仮”の姿であり、しかもそのなかに“空”をはらんでいます。死後の生命は“空”として実在しながら、そのなかに“仮”の傾向性、方向性をはらんでいます。そして、この“空”と“仮”を貫く生命の本質を“中”と呼んでいます。あるときは顕在、あるときは冥伏という姿をとりつつも、無限に持続していく生命の本質ということです。
この持続していく生命の本質とは、現代の哲学用語でいえば、最も根本的な意味での“自我”という表現に通ずるものです。さらに仏法では、この“空”と“仮”と“中”は円融一体のものであって、それらを全体として統一的に把握しなければならないと説いています。

【トインビー】 ただいま述べられた仏法の“空”の概念によれば、“実在それ自体”が、“すべてを包含する偉大な宇宙の生命力”(ライフ・フォース)としての“空”の本質をなすことになるのでしょうか。もしそうであるならば、“空”とは、ゾロアスター教やユダヤ系諸宗教でいう“永遠”の概念に相当するものになるでしょう。
さきにあげた六つの宗教は、いずれも、ただいま仏法用語をもって論じられたような、人間の死後の状態を描き出す問題と取り組んでいます。つまり、死後、人間の肉体的側面が分解して、心身統一体としての人間存在が休止期間に入ったとき――その期間が一回限りであるにせよ、何度も繰り返されるものであるにせよ――人間存在はいかなる状態にあるのかを論じています。
もし私が、人間存在の心身統一体としての死後の再生という、この六つの宗教に共通する根本原理を認めるとするなら、私としてはヒンズー教=仏教的説明のほうが、ゾロアスター教=ユダヤ系諸宗教的説明よりも、説得力があるというでしょう。
しかし、私は、“空”“仮”という仏法概念の考察においても、やはり知性による理解のむずかしさが明るみに出てくることを感じます。したがって、六つの宗教のすべてがやっているように、死後の生命という問題を時間とか空間という言葉で表現しても、回答が得られるかどうかは疑わしく思われます。生命は、はたして死後も存続するのか。また、肉体が無機物の世界へと還元されてしまった後、精神はどこへ行くのか。――要するに、これらの疑問は、空間とか時間の基準からは答えられず、“空”ないし“永遠”の概念によって初めて答えられるのだと信じます。
 

①『池田会長講演集 第三巻』文字起こし

 投稿者:mission  投稿日:2017年 9月22日(金)07時21分11秒
編集済
  ※say様が紹介された『池田会長講演集 第三巻』が手元にあったので、文字起こしさせて頂きます。

【学会と公明党の関係】
ここに将来のためにも、はっきりさせておかねばならないのは、創価学会と公明党の関係であります。
公明党結成の事を発表した昭和39年の本部総会の講演でも、創価学会は宗教団体であり、公明党は政治団体である、とはっきり政教分離の出発を目指しておきました。
昭和40年7月に「宗教政党」という理念を述べましたが、「理念においては一体であるが、体制・機能においては別である」…民衆の幸福と平和を願う理念・理想が同じであるという意味であって、体制・機能の面までも「一体不二」ということは決して言っておりません。
また その後「公明党ビジョン」を発表した時も「学会員一人一人の政党支持は自由である」と明言しておきました。むしろ創価学会は宗教団体として信仰・布教に専念し、公明党は公党として立派に社会に貢献し、大衆福祉の為に戦って欲しいという事が、私の一貫した願いであったのであります。

《党はひとり立ちし健全な発展を》
公明党誕生の母体は、創価学会である事は間違いない。しかし、いくら母体といっても、いつまでも それに依存するようであっては、党の健全な発展はない。たとえて言えば賢明な母は、子がひとり立ちできる事を願うものであります。
いつまでも自己の支配下に置こうとして、かえって成長を妨げてしまうのは、愚かな母親であります。
子はいつまでも幼児ではない。体の成長に伴って精神的にも一人前の社会人として、活躍できるようにならなくてはなりません。
我々はこれまで、公明党の為に一生懸命 応援し守り育ててまいりました。だが第三党にもなれば、すでに立派な大人であります。それでもなおかつ面倒をみなければならないとしたら、それは不合理というものであり、社会の批判を受けるのも当然の理でありましょう。
創価学会と公明党の関係は、あくまでも制度の上で明確に分離していくとの原理を、更に貫いていきたいのであります。もちろん理念においては、ともに冥合するものでありますが、実践面においては それぞれの目的に向かって、将来も進む事は当然であります。これは特に党本部からの強い要望であり、学会でも当然の事として理事会でも決定した事でありますので、皆さん方のご賛成を頂きたいのであります(賛成挙手)
今後たとえ票が減ろうと議員数が減ろうと、それが世論の要望であり本来のあり方であるならば、近代政党として当然の道であります。

《学会は公明党の支持母体》
当然、学会員の個人個人の政党支持は、従来通り自由であります。学会は日蓮大聖人の仏法、三大秘宝の御本尊を信奉する宗教団体であって、政党支持については会員の自由意思に任せ、全く干渉するものではありません。
いかなる政党支持の人であろうと、いかなるイデオロギー持つ人であろうと、この妙法の旗のもとには全く何の差別もなく、平等に包容されるべきである事を明確にしておきたいのであります。
選挙のさいにしても公明党は党組織を思い切って確立し、選挙活動もあくまで党組織の仕事として、明確に立て分けて行って頂きたい。
以上のように、創価学会と公明党を分離していく事を提案いたしますが、賛成の方は挙手願います(全員挙手)
公明党は右にも寄らず左にも偏せず、ともに左右を包容し、民衆から さすがあっぱれだと賛嘆される確固たる中道政治の大道を、勇んで進んでいかれん事を願ってやまぬものであります。
           (つづく)
※昭和46年5月3日の発行ですが、池田先生は以後この発言を訂正されておられません。
しかし、腹駄学会は公明党を支配下に置き、池田先生の【政党支持については会員の自由意思に任せ干渉せず、妙法の旗のもとには全く何の差別もなく、平等に包容されるべきである事】に反して粛清を繰り返しています。
 

わが友に贈る 2017年9月22日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 9月22日(金)07時20分15秒
  さあ今日も対話を!
最も身近な地域から
友情の輪を広げよう。
人と会い、人と語る。
それが広宣流布だ!
 

神奈川文化に思う。

 投稿者:コンペー  投稿日:2017年 9月22日(金)06時34分32秒
  昭和54年5月5日。会長辞任後の先生は神奈川文化で正義の揮毫を残される。その脇書きに当時の心境を記される。

我一人正義の旗持つ也   神奈川文化にて

「我一人」と。当時の執行部、先生のまわりには、先生の味方はいなかった。
神奈川に住んだ事のある方に聞いた事がある。
この大切な揮毫さえ当時は大切にされなかったと。後日、シワになっていたものを発見した。
「我一人」だと、都合が悪い人たちもいるだろうから。
 

セルビア問題とは

 投稿者:連絡の局  投稿日:2017年 9月22日(金)02時05分59秒
  海外SGI査問・処分・除名問題その源泉を追う②

以下のURLから、セルビア問題の概要が見れます。 バ〇板では、波田地氏、宮川師、セルビア問題、元職員はすべて本人が問題と一括りにし、ガセネタ、でっち上げのへんな理屈こねてますが、あほは相手にせずです(笑)

セルビア情勢の真実――宮川日護(雄法)

https://twishort.com/ucZlc
 

選挙屋

 投稿者:先駆の奏者  投稿日:2017年 9月22日(金)00時17分52秒
  すっかり選挙屋になってしまいましたね。
青年大会を控えている地域は練習だってあるし、10月~11月にかけて本番の地域もあると思うのですが。
仕事や勉強の両立で最も頑張っている末端会員のことは何も考えていないということでしょうか?ましてや今回は学生部や未来部のメンバーも多く動員されているところも多いと思います。
特に未来部に関して言えば「担当者は未来部との約束は破ってはいけない」これ鉄則ですよね。先生に見ていただけると信じて、楽しみにして練習を頑張ってる子たちは多い。青年大会も中止となれば、多くの未来部員と先生の絆を断つ行為にはならないでしょうか?
未来部員だけではなく携わる青年部も同様ですね。仕事と選挙と練習の三立は非常に苛酷。「選挙」中心に回ると練習は成り立たなくなるでしょう。
池田先生ならば、会員の活動を混乱させるような判断はされないと思うのです。
本当に馬車馬のように選挙活動する意味は今はないかと思います。

様々判断させていただいて、私は今回財務はお断りしました。
もっと末端会員の気持ちや現場を理解できない幹部が増えると衰退の一途だと感じています。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 9月22日(金)00時02分40秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
拉致被害の方々、北朝鮮国の国民の方々が無事解放されます様に
おやすみなさい
 

第三回男子青年部幹部会・創価班、牙城会総会 (1990年12月9日)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 9月21日(木)23時49分25秒
  第三回男子青年部幹部会・創価班、牙城会総会 (1990年12月9日)

権力者の本質は臆病

先日(十月二十四日)、私は京都で、世界最高峰の平和学者ヨハン・ガルトゥング博士と会談した。席上、博士は東欧の劇的な革命に触れた際、東ドイツ秘密警察の記録文書を研究した結果をこう言われていた。

「東側の指導者たちが、いちばん恐れていたのは、西側諸国など他国の指導者ではありませんでした。むしろ自国の少数の平和主義者たちを恐れていたのです。非暴力の運動家たち、『信念』のためにはみずからを投げ出す覚悟のある人々、そうしたグループをもっとも恐れていました。それは彼ら権力者たちでさえ、心の中では、こうした平和主義者のほうが正しいと知っていたからです」と。

抑圧的な権力者――彼らの本質は、じつは「臆病」なのである。臆
病だからこそ、みずからを守る″威厳のよろい″として、権威を求める。また人々に尊敬され、忠誠を誓わせないと安心ができない。
だからこそ、なおさら彼らは、権威もいらぬ、名誉も財産も何もいらぬ、命さえいらぬという「信念の人」が恐ろしい。自分の権威を認めない者がいることが気になってしかたがないのである。

そして、みずからの「臆病」と「不安」を人々に悟られることを、また強く恐れている――。
臆病な人間は、残酷である。勇気の人は寛厚(寛大で温厚)である。
かつての悪侶らの残酷さ、ヒステリックな言動。それらも知性の弱さとともに、内心の臆病と、正しい者への恐れの現れといえまいか。
ヨーロッパのことわざに「臆病な犬ほど、よく吠える」と。また「深き河は静かに流れる」と。
恐れているから、弾圧する。不安だから、ことさらに権威的になる。自信と確信がないから、その分、自分を大きく見せようと虚勢を張る。これが「修羅」の特徴である。勝他の念――ともかく自分が一番と思えないと気がすまない生命である。
ゆえに、悪に対しては、また障魔に対しては、こちらがそのもろさを見破って強く出ることである。そうすれば彼らは後退し、退散する。
「佐渡御書」のあまりにも有名な一節、「しゅらのおごり帝釈に責められて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し」――巨大な姿を見せ、おごっていた阿修羅王は、帝釈天に責められると、無熱池(閻浮提の四大河の水源とされた清涼な池)にある一つの蓮の実の穴の中に、小さくなって隠れてしまった――。このように、おごれる者は、強敵にあうと、必ず恐れる心が出てくると、大聖人が教えてくださっているとおりである。
「修羅の人」が、自分を大きいと錯覚しているのは、権威やうぬばれの風船をふくらませ、その風船の中に隠れて、自分も大きくなったように勘違いしているのである。
風船を突いて破れば、みすぼらしい小身が現れる。代議士は、落選すれば代議士ではない。権威もなくなってしまう。立場に生きる人が立場を失い、名声に生きる人が名声を失った時――それはあまりにもみじめである。
もう一つ、諸君に覚えておいていただきたいのは、「大慢のものは敵に随う」――大慢心の者は、いざという時に敵に従う――との仰せである。
これまでも悪侶や反逆者は、本来、自分たちと主義主張の反する勢力とも手を結び、野合して、正法を迫害してきた。それまでの敵とも、簡単に″同志″になってしまった(笑い)。また、いよいよ追いつめられると、これまで罵ってきた相手にも頭を下げて、保身を図るのが、大慢の人の行動パターンである。
これに対し、大聖人は、しばしば世間から「慢心だ」「傲慢だ」と非難をされておられる。ありのままの″真実″を語られるのだから、保守的な人々にそう見えるのも、ある意味で仕方なかった面があるかもしれない。
しかし言うまでもなく、それは「正法を惜む心」が強盛なためであり、慢とは正反対の、正法への大確信と大慈悲であられた。
「顕仏未来記」には「我が言は大に似たれども仏記をたすけ如来の実語を顕さんが為なり」――わが言葉は大慢心のように見えるかもしれないが、仏の予言を助け、如来の真実を証明するためである――と。類似の御文は御書に数多い。
ともあれ、信仰とは、何ものも恐れぬことである。庶民が、民衆が、不敵なまでの強さで立ち上がる時、時代は変わる。
迫害しているほうではなく、されているほうが正しいのだ――という″真実を見る眼″を人々が揺るぎなくもつ時、いかなる悪しき権威にも左右されない″民主の世界″の礎ができる。諸君こそ、その新世界の建設者なのである。(拍手)
 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 9月21日(木)22時58分28秒
  23時より開始です。池田先生と奥様のご健康を祈ります。

今回のマル衆、区割り変更と比例の定数変更があるんですね。あまり周知されてないようです。どの党に入れるかもありますが、自分の地域の選挙区に変更がないか、確認が必要でしょうね。
 

念のための再確認!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 9月21日(木)22時50分41秒
  皆、脱会を進めるために戦っているわけではありません。掲示板の趣旨とは異なるとハッキリ言っておきます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/74137

>>11.17付けで退会しないとだめですよ<<
 

戸田先生御指導より。

 投稿者:ダメよ~ダメダメ  投稿日:2017年 9月21日(木)22時08分56秒
編集済
  戸田先生の御指導です。

当然、公明党の存在はおろか公明政治連盟もまだです。創価学会の政治部とも言える文化部の存在があっただけです。当時の時代背景や学会を取り巻く状況もあるであろうが、
創価学会第2代会長戸田先生の政治に対する考え方、御境涯の大きさ、広さが拝する事が出来る御指導です。
 

会則の詳細規定は、会員には見せない極悪学会 (笑笑

 投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑  投稿日:2017年 9月21日(木)21時59分16秒
  監正審査会規定とか、なにか細かな規定が裁判で披瀝されていましたが、それっていつ、だれに公開してましたっけ?

裁判になって、後出しジャンケンのように次から次と出してくる弁解準備書面 (笑笑

そりゃ、どうでもよい任意団体の白文会則ですから、細やかな細則は開示されないのでしょうが処分される会員の側からすれば(元職員でも)辟易する話ですね。
 

スパイズ・ライク・アス

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 9月21日(木)21時49分0秒
  今後、共産党に投票、また応援する学会員が増え、そんな学会員を弾圧する原田学会患部が現れる可能性がある。その場合の反論を用意しておきたい。

①池田先生は明快に「政党支援は自由」と言われている。
(勿論、ああなってしまった混迷党を支援するのも自由である。)

②池田先生は「共産党に対する態度」をこう言われている。

「共産党と学会が、常に敵対関係にあるかのような印象を世間に与えております。 しかし、これは私の本心ではない」
「私としては、こうした泥仕合はできるかぎり避けたいというのが本意であります。我々は、かたくなな反共主義を掲げるものではない。また、そうであってはならない」
(池田会長講演集 第三巻 P29 第33回本部総会1970.5.3)

それを患部殿は潰す気か? 貴方を池田先生の敵、師敵対などとは言わないが。

③池田先生が事実、「創共協定」を当時の共産党リーダー宮本顕治氏と結ばれたことの意味は重い。
そして、これを他の患部がブチ壊しにしたという事実の意味も重い。
患部殿、あなたは彼らと同意か? 彼らと同罪かとは言わないが。

④池田先生はその宮本顕治氏と対談集『池田大作宮本顕治人生対談』まで残されていることをどう受け止めるか?

さらにこのなかで、池田先生は、戸田先生との出会いが無ければ、社会主義運動の活動家になっていたかも知れないと言われているが、これをどう受け止めるか?

池田先生は政治的志向が宮本氏たちと比較的近いことをほぼ認められているが、これにたいしても患部殿は批判するのか? 貴方を池田先生の敵、師敵対などとは言わないが。

⑤共産党は綱領を変えず、流血革命志向であると言うが、反人間主義・人権感覚ゼロの自民とグルであることをどう思うか? 貴方を池田先生の敵、師敵対などとは言わないが。

『「憲法改正」の真実』(樋口陽一&小林節)を一読されたい。両氏は『自民党憲法改正草案』をケチョンケチョンに斬り倒している。
こんな人権感覚ゼロの改憲草案、思想を持つ方が共産党の綱領よりもよほど危険である。

特に『第三章 憲法から「個人」が消える衝撃』について注目したい。

「一番、まずいと思っているのは、『個人』という概念がこの草案では消されてしまっているという問題」「やはり、そこでしょう。『個人』が消えたということに驚愕」

「日本国憲法で一番肝腎な条文をひとつだけ言えと言われたら、十三条」「すべての国民が『個人』として尊重されるということが憲法の要」

「ここ(自民改憲草案)で言う『人』の意味は『犬・猫・猿・豚などとは種類の違う生物』といった程度の、本当に軽い存在としての『人』です。それぞれに個性を持つ「個人」として尊重されるのと『他の動物よりは上』といった程度に尊重されるのとは大いに違う」「『個人の権利』を常に否定したがるという彼らの性癖です」

「人は人として生まれただけで幸福に生きる権利があり、幸福とはそれぞれが異なった個性をもっていることを否定せずにお互いに尊重しあうことで成立します。その幸福の条件を国家は侵害するな、というのが憲法の要です」
「フランスの人権宣言でも、共同体の拘束から解放された自由な個人を主体とする、個人の権利だからこその『人』権なんですよ」

→「人権」という思想は「仏性」という概念に近づこうとしていると考えられる。「人間主義」とも共鳴すると言える。
これを否定して真逆を行こうとする自民と共産ではどちらが危険か? 引き分けか?

“オレたち、恐れを知らず 耳は一秒たりとも怠らず”
“一人はみんなのため,みんなは一人のため”
“駆けずり回り 特にこの時期、大忙し!引っ掛け捻じ曲げ、たどり着く”
“オレらの手口、知る者ナシ それはきっと、天賦の才”
“キビしいピンチになったなら(その時は…)オレたち、ちょっとムチャします!”
『スパイズ・ライク・アス』ポール・マッカートニー
https://www.youtube.com/watch?v=27ATt3FXAUY
同名映画は面白いコメディー作品です。
 

池田会長講演集 第三巻

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 9月21日(木)21時46分42秒
  これから起きるであろう議論を予想して、以下を再掲します。

『池田会長講演集 第三巻』
入手が困難になっていく重書、なかでも今、知っておくべき真実を残しておきたい。
池田先生の大切なご指導が何十年も伝言ゲームを繰り返すうちに、新しい世代には全く違った形で伝わっていることを嘆き、恐れています。
<学会と公明党の関係> <立正安国の原理> <共産党に対する態度> <創価学会の体質問題>
『池田会長講演集 第三巻』 昭和四十六年五月三日 発行 / 昭和四十六年七月三日 四刷

『池田会長講演集 第三巻』1/4
http://6027.teacup.com/situation/bbs/47013

『池田会長講演集 第三巻』2/4
http://6027.teacup.com/situation/bbs/47015

『池田会長講演集 第三巻』3/4
http://6027.teacup.com/situation/bbs/47016

『池田会長講演集 第三巻』4/4
http://6027.teacup.com/situation/bbs/47017

PICKUP■共産党に対する態度

 次に、共産党に対する、これからの基本的な考えを述べておきたい。現在、共産党と学会が、常に敵対関係にあるかのような印象を世間に与えております。 しかし、これは私の本心ではない。共産党の創価学会に対する攻撃から、防衛のため、こちらとしても反撃せざるをえなくなっただけのことであります。
 私としては、こうした泥仕合はできるかぎり避けたいというのが本意であります。我々は、かたくなな反共主義を掲げるものではない。また、そうであってはならない。
 創価学会は、宗教の次元に立つものであります、宗教は、一切を包容していくべき立ち場のものであります。故に、政党と同じ次元で争うべきではありません。
 ただ、不当にわたしどもの信仰を圧迫する動きに対しては、信教の自由を守るために、正当防衛として戦っていくのはやむをえない。したがって、こちらの自由意志だけでは、いかんともしがたいことですが、私どもの意向としては、こうした無益な争いは、絶対にやめるべきであることを訴えたい。
 この創価学会の立ち場を、皆さんとともに再認識しあうとともに、世論に対しても、明確にしておきたいのであります。

(池田会長講演集 第三巻 P29 第33回本部総会1970.5.3)
 

『随筆 人間革命』より抜粋

 投稿者:通行人  投稿日:2017年 9月21日(木)20時51分53秒
  ここに、再び戸田城聖の指導を、いくつか綴らせていただく。

必要でないものは、消えてしまう。学会において、無理をしてつくった幹部の位置というものは、消えてしまう。
君たちも、自分でその位置をつくりあげなければいけない。

中枢部において、数多くの規定を作り始めると、その団体は、自滅し始める。

外部との戦いが止むと、内部に敵が出る。

 

総選挙

 投稿者:二眼の亀  投稿日:2017年 9月21日(木)19時46分51秒
編集済
  総選挙 公明党が小選挙区で候補を立ててるところはいわゆる「都民ファースト」からは候補を立てないとの事。

都政と国政は違うといいながらも意外に義理堅い

自民 ×
公明 ×
共産 ××
民進 ×

都民ファ にココは義理を立てようか


国民の権利 棄権は良くないと思う
 

セルビア問題とは

 投稿者:連絡の局  投稿日:2017年 9月21日(木)18時11分13秒
  海外SGI査問・処分・除名問題その源泉を追う①

 第39回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 2004ー6ー15


妙法の同志が光り輝く国土

 一、先ほど、ヨーロッパの良識からの意義深き栄誉を拝受した。
 〈幹部会の席上、セルビア・モンテネグロSGIの代表から、各誉会長に「ブラチャ・カリッチ賞」が手渡された。この賞は、東欧の著名な経済・文化団体「カリッチ財団」が創設した最高栄誉である〉
 セルビア・モンテネグロのカタノ支部長をはじめ、わが気高き地涌の菩薩の皆さま!
 この栄冠は、貴国の同志の勝利の象徴です。本来は皆さまがいただくべきところを、私が代わってお受けしたと思っております。
 セルビア・モンテネグロといえば、かって、サイレンが鳴り、ミサイルが降る戦乱があった地域である。そのなかで、妙法を唱え、励まし合つて前進してこられた。
 大変なことである。それを考えれば、どれほど日本は恵まれていることか。
 カタノ支部長はじめ同志の皆さまに、全員で拍手を送りたい。遠くから来日され、本当にうれしい(大拍手)。
 〈セルビア・モンテネグロは、旧ユーゴスラビアを構成していたセルビアとモンテネグロによって成立した連合国家。
 旧ユーゴスラビアでは91年以降、各共和国が独立。ユーゴ解体の過程で、クロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナなどで紛争が激化した。
 コソボ自治州でも武力衝突が深刻に。99年には軍事介入した北大西洋条約機構(NATO)がユーゴを空爆し、多くの死傷者、避難民が出た。
 空爆停止の約1カ月後、99年7月3日にユーゴスラビア連邦(現在のセルビア・モンテネグロ)にSGIの支部が誕生。翌年2月、結成式が行われた〉

 一、御聖訓に照らして、妙法の同志の活躍が光り輝く国土、世界は、必ず無量の諸天に守られる。必ず栄えていく。
 ここに「立正安国」の法理がある。戦後の日本も、創価学会の前進とともに復興してきた。
 〈「立正安国論」に、「妙法に帰依すれば、この三界という凡夫の住む国土は皆、仏国である。
 仏国であるならば、衰微(すいび)することがあろうか。あるはずがない。十方の国土は、ことごとく宝土である。宝土が、どうして壊れることがあろうか。あるはずがない。
 国に衰えがなく、国土が破壊されることがなければ、身は安全であり、心は何の不安もないであろう」(同32ページ、趣意)と〉
 世界中で翻訳されている、私とトインビー博土との対談集(邦題『21世紀への対話』)は、現在、セルビア語でも翻訳・出版が進んでいる。関係者の皆さまに深く感謝したい。
 〈このほか、名誉会長の著作『私の釈尊観』『私の仏教観』のセルビア語版も、発刊に向け準備が進められている〉
 本当に不思議なる使命の同志を、もう1回、盛大な拍手で譲えたい。ありがとう!(大拍手)
 

STOP!逆行修行!

 投稿者:フロム関西  投稿日:2017年 9月21日(木)17時46分30秒
 
時代に逆行!平和に逆行!

やればやるほど、心の財が

減っていくんだぞ!Σ( ̄Д ̄lll)

価値創造と自立した信心が

民衆救済の創価学会!

組織依存と思考停止は

師弟利用の喪価学会!
 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 9月21日(木)15時37分45秒
  21世紀の山をどう乗り越えていくか。いずこの国も、団体も、組織も、この1点を模索している。これまでと同じ発想、同じ陣容では、山を登っていくことは到底できない。文字通り、デット・ヒートの厳しさを耐えて勝ち抜かねばならない時代に入ったといってよい。その険しき山を登りきっていく原動力は、青年であろう。青年が、生き生きと育っているか。精神の闘争に挑戦しているか。未来を展望し、行動しているか。青年の力の有無が、その運動になり団体の明暗を分ける時代に入った。私は、そう見ている。  

「9条に自衛隊」、自民選挙公約に明記

 投稿者:11.17  投稿日:2017年 9月21日(木)14時31分39秒
  http://www.asahi.com/articles/ASK9M4V6JK9MUTFK00H.html

これでも学会員に自民へ投票させるんですか?

先生の憲法9条厳守の核心的ご指導も時代遅れですか?

どこまでも権力癒着で時流に乗って、保身第一が現執行部の眼目ですか?

都合が悪いことはすべて会員に隠し、信心の戦いにすり替えて、また猪突盲信させるんですか?
 

(無題)

 投稿者:11.17  投稿日:2017年 9月21日(木)14時00分8秒
  公明党 設立記念日  

最上位の指導

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2017年 9月21日(木)13時24分21秒
  「もし創価学会が人間を抑圧する組織になったのであれば、私は創価学会を解散する」

間違いなく最上位にくる指導です

先生を嘘つきにしないように


11.18に彼らは日蓮世界宗創価学会として出発するんだから

創価学会は解散したのと同じなんだから

日蓮世界宗創価学会員になりたい人はなればよいし


自動的に日蓮世界宗創価学会員にされちゃいますよ

なりたくない人は11.17付けで退会しないとだめですよ


先生の教えを人生の指針にする人

先生を師匠(先生)と決める人

外道だろうが内道だろうが関係ないですね

宗教関係ないですね


11.17をもって仏敵消滅ってことで


 

「沈黙の解散」

 投稿者:mission  投稿日:2017年 9月21日(木)12時41分9秒
  二階幹事長が19日の記者会見で《衆院解散の動きで野党側から「森友・加計の疑惑隠しだ」との批判が出ている》と質問され、「小さな問題」と言及。
「モリ*カケ」について予定では↓
9月中旬→「森友」会計検査院が検査結果を公表。
10月頃→「加計」8月から延期されていた獣医学部の新設認可の是非判断。

これらも↑「忖度」を含んだ結果が出るのか?
保存すべき書類も処分、証人喚問も応じない…国民の意識は決して「小さな問題」とはなっていないが、以前に引き続き混迷党はわ口を噤み沈黙を続けるのだろう。
会員達の票を貰いながら「悪を正す」事も出来ない無益な政党だ。

「新党」結成を目指す若狭*細野両議員が、東京の25選挙区全てに候補者を擁立するとのこと。
都議選では「都民ファースト」と選挙協力をしたが、19日の番組で斉藤選対委員長は「国政は自公が基本」と明言していた。

12区「太田勝利」に又も全国支援を訴えるのか?とっくに定年(69歳)過ぎた71歳の傲慢候補に?
会員数も執行部*創価貴族が一番多い「東京」で、たった一人だけの擁立候補。
会員達からの財務で生計を立てている分際で、命令なんかするんじゃない!
全国に支援の激を飛ばすな!自分達の力だけでやるべきだ!

※毎度のように「悲壮感満載の顔芸」写真を公明や聖教に掲載しないで下さいね。
「前撮り写真」である事は、既にバレてますから…姑息で恥ずかしいです。

 

この政権は、一強ではなく一凶

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 9月21日(木)12時31分59秒
  安倍首相が国連で、ムキになって演説していた。

言っている事はいつもと同じ。今必要なのは対話でなく圧力なのであります!  だそうだ。

だが演説会場はガラガラ。シラケ鳥が飛び放題だった。
先日のトランプ大統領も、話の内容は同じようなものだが、会場は満席に見えた。
世界の中での日本の評価はこんなものだ。ほとんど相手にされていない。
トランプ大統領の演説さえ聞いておけば、安倍首相の演説など聞く必要もない、といったところなのだろう。


小池氏が、若狭新党の党首になるかも、という話が出ている。

小池氏には、将来首相になりたいという野心があるようで、その点から言えば、十分あり得る話だが、都知事と党首の二足のわらじを、都民が許すとは到底思えない。
許すとしたら、マインドコントロールに嵌った学会員ぐらいのものだろう。

若狭新党は、東京の25選挙区すべてに、候補者を立てると言っている。
そうなると、公明党の太田氏と当然バッティングする事になるが、都議選であれだけ協力したのに何だ、という事にならないのか?

都自民を敵に回し、都民ファーストとも戦うとしたら、公明党支持者は大変だ。さすがに戦線から離脱する学会員も増えるだろう。
そもそも都議選の時でさえ、国政の公明党はダメだが都政は別だからと、自分を無理矢理納得させて支援していた学会員はたくさんいる。
今度は文字通りの国政選挙。しかも公明党に対する怒りは増幅している。

野党共闘がまとまれば、私は当然そちらに投票するし、まとまらなければ、聖徳太子と書いて投票する事になるだろう。
どっちに転んでも、今の公明党はNOだ。


話は変わるが今朝のテレビで、近い将来日本から、ノーベル賞受賞者は1人も出なくなる、という話をしていた。

世界的に有名な科学雑誌ネイチャーが、この10年ほどの、日本の科学技術力の急激な衰退を指摘している。
世界の大学ランキング200の中でも、東大25位京大74位。入っているのはたったの2校だけだ。

とにかく安倍政権は、教育とか研究関係に金を出さないのだ。予算を半分近く削ったりしている。
特に基礎研究に金を出さず、すぐに金を生み出す応用研究にしか金を出さない。特に軍事転用技術をひいきにしているようだ。

安倍自公政権には理念が無い。目先の利益しか興味がない。
そんな政権は日本を潰す。
科学技術力を失った日本が、どうやって生きて行くのだ。

この政権の害毒は、単に政治の世界だけにとどまらず、社会全体を破壊する。喪価学会執行部と同じだ。
両者の一刻も早い退陣を望む。



 

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