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「ふわぁ……」
 アールスハイド高等魔法学院の校庭にある大きな木。
 その木の太い枝に横たわり、大きな欠伸をする学生がいた。
 今はまだ授業中であり、学生がこんなところにいてはいけない時間である。
 そんな授業中にも関わらず、木の上で授業をボイコットしている少年。
 その容姿は、あまり手入れしていない黒髪と、魔法使いにしては少しガッチリした体形を持ち、女性受けはしそうだが生意気そうな顔をしていた。
 この少年こそが、入学試験の実技において圧倒的な力を示し、教員達に天才と言わしめた少年。
 マーリン=ウォルフォードである。
 教員達に大いなる期待をされて高等魔法学院に入学してきたマーリンは、教員達とは違い、大きな失望をしていた。
 一握りの人間しか入学することを許されない、アールスハイド王都の超エリート校。
 さぞかし、凄い人間が揃っているのだろうと期待して入学したマーリンだが、その期待は大きく外された。
 確かに、魔法学院の生徒達は他の同年代と比べれば魔法を上手に使えているだろう。
 しかし、それだけだ。
 中等学院時代、マーリンは他の生徒と明らかに魔法の実力が違っていた。
 彼は、圧倒的に強者だった。
 魔力を制御する才能に恵まれ、どれだけ膨大な量の魔力を制御しても暴走させることはなく、攻撃的な彼がイメージする攻撃魔法は凄まじい威力を伴っていた。
 そんな彼に敵う者はいなかった。
 中等学院にて魔法の才能があった人間は、その制御を教えられるため特別教室が設けられる。
 その特別教室での実習では、実力が違い過ぎるために、マーリンは参加を許されなかった。
 実力伯仲の勝負を見せる他の同級生達を見て、マーリンは自分もそういうギリギリの勝負を、肌がひりつくような勝負ができる者を求めていた。
 友人の一人が自分に近い実力を身につけ始めているが、それでもまだマーリンには及ばない。
 王国中のエリートが集まるこの学院ならば、きっと自分が求めているような強者がいるに違いない。
 そう信じて入学したのだが……。
 結果はマーリンの希望に副うものではなかった。
 マーリンのいた中等学院が優秀だったのか、マーリンに引っ張られたのかは分からないが、特進クラスとも言うべきSクラスの半数は、マーリンと同じ中等学院の生徒であった。
 それで察しもつくというものだろう。
 自分が物足りないと感じていた中等学院の生徒が、この学院ではエリートとして扱われているのだ。
 他の中等学院から来た者も実力はそう変わらない。
 つまり、この学院にマーリンの求める者はいなかったのである。
 加えて授業は、一人飛び抜けているマーリンを基準にして進めてはくれず、全体の平均を見て授業が行われた。
 王都の少年少女憧れの高等魔法学院の授業ですら、彼には生温く感じてしまったのだ。
「あーあ、つまんねえな。こんなことなら高等学院になんて進学しなきゃよかったぜ」
 思春期特有というのか、行き場のないエネルギーを発散する場所を見失っていたマーリンは、その鬱憤が溜まっていくばかりで、毎日退屈な日々を送っていた。
 彼ほどの実力があれば、高等魔法学院に進学しなくても、魔物ハンターとしては十分に、いや超一流になれるほどの結果を残すことができる。
 やっぱり、そうしようかな? と最近よく考えるようになった。
 そんなことを考えているうちに、春の日差しにあてられていたマーリンを眠気が襲う。
 退屈だし、このまま寝てしまおうと瞼が落ちた。
 その時。
「ウォルフォード君!!」
 木の下から、マーリンのことを大声で呼ぶ少女の声がした。
「やっと見つけた! 授業サボってこんなところで何やってるのよ!?」
「ボーウェンか……」
 うるさいのに見付かったと、舌打ちをしながら目を開ける。
「お前こそ、授業サボってこんなところにいていいのか?」
「あなたがいないから、先生に探してこいって言われたのよ! 私だって授業を抜けたくなんてなかったわ! どうしてくれるのよ!?」
「だったら、授業に戻ればいいじゃねえか」
「あなたを見つけるまで戻ってくるなって言われたのよ! 本当に迷惑だわ!」
 ガミガミうるせえなあ、とそう思いつつ、顔を真っ赤にして怒り狂っている少女に目を向ける。
 すると、その横には見知った顔があった。
「なんだ、カイルもいたのか」
「なんだじゃないよ……ボーウェンさんの言う通りだよ。マーリンのお陰で授業がストップしてるんだ。全員揃うまで再開しないってさ」
「ちっ……面倒くせえことしやがって……」
「何が面倒なことよ! 学生が授業を受けるのは当然のことでしょう!? なんでいつもいつもサボってばかりいるのよ!?」
「だってなあ……」
 授業で得るものが見つからない。
 そう言ったら、この少女はさらに怒るだろうか?
 この、同じSクラスに所属し、真面目で向上心にあふれる少女、メリダ=ボーウェンに向かってそんなことを言えば。
 メリダは、赤い髪をポニーテールにし、眼鏡をかけた知的でクールな印象の美少女だ。
 普段、こんなに声を荒げることはないのだが、度重なるマーリンの所業に怒り心頭といった状況である。
 下手なことは言わない方が得策だなと、マーリンは口を噤んだ。
「マーリンが授業をつまらないと思うのも無理はないけどね。ウカウカしていると追い抜かれちゃうよ?」
 そうして黙っていると、金髪で碧眼の優しそうな顔をした少年が声を掛けてきた。
 マーリンの中等学院からの友人、カイル=マクリーンである。
 彼は、誰に追い抜かれるのかと固有名詞は出さなかったが、そう言った後マーリンに向けて不敵に笑った。
 優しそうな外見に違わず、普段挑戦的なことは言わない友人が、自分を挑発してきた。
「へえ……なんだよ。そんなに実力が上がったのか?」
「ここは高等『魔法』学院だよ? 一般教養に重点を置く他の学院と違って、毎日魔法についての専門的な授業が受けられるんだ。サボっている誰かさんに追いつくなんて時間の問題さ」
「へっ! 言うじゃねえか!」
「何なら試してみるかい?」
「上等だ!」
 これだよこれ! 俺が求めていたのはよお!
 やっと自分が求めていた展開になってきたと、ワクワクしながら木から飛び降り、カイルと模擬戦を開始しようとした。
 メリダを無視して。
 そんな、自分を無視して盛り上がるマーリンとカイルを見て、メリダはプルプルし始めた。
「アンタ達! 私を無視して盛り上がってんじゃないわよっ!!」
 メリダは、プルプルしている間に溜め込んだ魔力を一気に放出。
 強力な雷撃を身に纏った。
 雷撃により発生した静電気によってフワリと浮き上がるメリダの髪の毛。
 その様は、まさに怒髪天を衝くといった様相だ。
 その様子を見て、マーリンとカイルは焦りだした。
 模擬戦では自分に敵わないだろうが、今の自分はそれに対する備えを一切していない。
 一方的に魔法を撃ち込まれれば、さすがに洒落にならないダメージを受ける。
 マーリンは、なんとかその身に纏った雷撃を放出させないように、説得しようと試みた。
「お、落ち着けボーウェン。まずはその雷撃を解除しろ。な?」
「そ、そうだよボーウェンさん。そんなの放ったら危ないよ?」
「うるさい! 毎日、毎日、毎日毎日! いい加減にしろおっ!!」
 逆立った髪の毛と、怒りの表情と身に纏った雷撃が相まって、その様子は正に罪人を断罪する雷神のように見えた。
 罪人はマーリン。巻き添えでカイルである。
 そんな恐ろしい様相のメリダに思わず唾を呑み込む二人。
 何かいい言い訳をしなければ、あの断罪の雷撃が俺達を襲う。
 マーリンならば魔力障壁で防げるかもしれないが、あれだけ怒っているメリダの魔法を防げば、さらなる怒りを誘発するに違いない。
 なんとかして、魔法を解除させないといけない。
 そう考えるマーリンと断罪したいメリダはお互いに視線を逸らさず睨み合う。
 カイルは、そのあまりの緊張感にさっきから口が乾きっぱなしだ。
 しかし、そんな緊張した事態に、突如として変化が訪れた。
 髪の毛が逆立つほどに発生した静電気。
 そして、高等魔法学院の女子制服は『スカート』である。
 メリダの着用している制服のスカートがふわりと捲れ上がる。
 突如として開かれた、女生徒の秘密。
 思春期の男子にとって、そこから目を背けることなどできるだろうか?
 マーリンとカイルの二人は、ついそこに目を向けてしまった。
「白……か」
 つい、ポツリと声が漏れた。
 女性は男性の視線に敏感である。
 睨み合っていたマーリンの視線がそこに向いたことが分かった上に、マーリンの口から、その秘密を暴露されたとあっては……。
「ア、ア、アンタぁ……」
 メリダは羞恥と怒りで真っ赤になり、そして……。
「死ねえぇ!!」
 纏っていた雷撃を二人に向けて躊躇なく放った。
「ちょっ! おま! 自爆だろ!」
「なんで僕まで!」
 そして……。
「「ぎょえええ!!」」
 マーリンと、巻き添えを食う形でカイルも雷撃の餌食となった。
「さっさと戻るわよ!」
 黒焦げになっている二人の襟首を持ち、身体強化魔法を駆使して少女が少年二人を引きずっていく。
 そんなシュールな光景の中、引きずられている二人は。
「コイツ……こんなに強かったか?」
「怒りのパワーで限界を超えたんだよ。ボーウェンさんは怒らせない方がいいね……」
「堅物の上に凶暴なのかよ……手に負えねえな……」
「何か言った!?」
「「いえ! なんでもありません!」」
 学院の歴史上最高の天才と言われ、同時に最大の問題児とも言われたマーリンの手綱を、メリダが掴んだ瞬間だった。
 この関係が、この後ずっと続くとは、このときの二人は知る由もない。
 そして、それを見ていたカイルは。
「ふふ。マーリンに言うことを聞かせることができる女の子がいるとはね」
 と、楽しそうにつぶやいていた。
 
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