定価販売ではなく、仮にオークション制を取った場合、そこで持ち上がってくるのが、先述の“誰の利益になるのか”問題である。オフィシャルの立場で、ある意味“二重売り”とも言える利益を再販市場で上げることは、恐らく批難の的となるだろう。それに対して、アメリカの経済学者たちは、次のような提言を行っていると田中氏は言う。
「同じような問題は、アメリカでもありました。再販市場は、基本的にオークションで価格が決定されるので、その多くは定価よりも高値で取引される傾向が大きいでしょう。すると、ファン心理やアーティスト心理で、オフィシャルなのに定価よりも高いというのは、倫理的にどうなのかという疑問を持つ人が少なからず出てくるわけです。それに対して、アメリカの経済学者がどういう解決策を唱えたかというと、たとえばアラン・B・クルーガーという著名な経済学者は、次のように提言しました。オークションによって、定価よりも高い価格で取引された場合、再販市場の運営者は、(必要経費以外の)その差額を公共的な団体に寄付するのがいいだろうと。つまり、その差額を、運営者の利益にするのではなく、公共に還元せよということです。そうすれば、アーティストやファンの感情的な問題は解消されるだろうと。もちろん、本来、経済学的には、売り手と買い手が満足しているのであれば、そういった配慮は必要ないのですが、人間の感情としては、そういう問題もあるだろうから、そこは配慮しようと。さらに、これは僕の考えですが、その差額分を、現金ではなく、当日ライブ会場で行われる物販や飲食のクーポンにするのもいいかもしれないですね。あるいは、そのチケットにアーティストがサインをするなど、そのサイトならではのプレミアムをつけて再販するのです。そうすれば、運営が不当な利益を得ているという批判は、ある程度解消されるでしょうし、他の転売業者と価格競争もできるので、十分やっていくことができるのではないでしょうか」
いわゆる“不当な高額転売”は、競争原理に則った健全な再販市場が整備されることによって、ある程度排除できるだろう。これが、経済学者たる田中氏の見解だ。さらに続けて田中氏は、これまでの議論を次のように総括する。
「ただし、具体策のないまま、誰もが感情的に満足する議論にだけこだわっていたら、転売市場の歪みはきっとなくならないと思います。繰り返しになりますが、それは市場価格よりも低すぎる価格を設定していることが問題なのであって、転売業者が存在しているから引き起こされているわけではないのです。そこで不当に暴利を貪っているように見える転売業者は、確かに倫理的にも感情的にも許容しがたいですが、それは実際には市場設計のミスが生み出していることを忘れてはいけない、というのが経済学者がまず指摘するところです……そう、いろいろ言いましたが、中田さんの議論がいいと思うのは、彼は感情的議論ではなく“論理”で考えているところですね。彼が言っているのは、非常に合理的な発想によるものですから。そういう議論が、アーティスト側から出てくることは評価したいですし、こうしてさまざまな立場の人々が、いろいろな意見を出すことによって、チケット転売問題は、徐々に解決に向かっていくと思います。『チケトレ』がスタートすることも含めて、良い方向に動いていることは間違いないでしょう」
(取材・文=麦倉正樹)
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