写真のように精密に描かれた写実絵画が人気だ。人気作家の場合、新作を発表する度に1作品に40件ほどの注文が集まる。30代の若手の作品でさえ品薄感が高まる。洋画や日本画の販売不振で停滞する国内の美術市場の中で唯一、価格が伸びているジャンルとして注目されている。
高島屋は4月から、若手写実作家・中島健太さんの個展を開催している。日本橋店に始まり、横浜、京都、大阪各店で7月まで巡回する。4月中旬に日本橋店で開かれた個展では9割が完売。個展のメイン作品として出品された人物画は100万円を超えるが、会期初日に購入希望が相次ぎ抽選で購入者を決めた。販売好調を受けて5月初旬の横浜店向けに追加注文した4点も会期中に全て買い手が付いた。
現在32歳の中島さんは2008年に武蔵野美術大学油絵科を卒業。画家としてのキャリアはわずか10年ほどだが、日本最大の公募美術展「日展」で09年と14年に特選を受賞し、20代から注目を浴びてきた。「ここ最近は会期初日に買いに来てくれるお客さまが増えた」と人気の広がりを実感する。
会社経営の原弘さん(51)は4月、ふと立ち寄った日本橋店の個展会場で海を描いた作品に一目ぼれしたが、品切れ。「価格はいくらでもいいからどうしてもほしい」と語る。
最近では中島さんは17日から始まる京都店での展示に向けて新たに作品の制作を進めてきた。追加出品できるのは多くて3点ほど。写実画家の中でも制作点数が多いといわれる中島さんでさえ、高まる需要に供給が追いついていない状況だ。
■ベテラン作品の購入応募倍率は35倍
若手でさえ実感する写実絵画ブーム。ベテランの人気作家となれば品薄感はより高まる。20年以上、写実絵画を中心に扱う東京都中央区の「ギャラリー須知」が7日まで千葉市で開いた展示販売では、40代から80代の人気作家の新作が披露された。購入希望者は会場の集計箱に応募用紙を入れ、最終日にくじで購入者を決める。一般家庭のリビングにも飾りやすく手ごろなサイズの作品をそろえるが、価格帯は30万~200万円ほどだ。
年間1~2点しか作品を発表しないベテラン作家も出品するとあって、計14点の出品に93件の購入希望が舞い込んだ。最も人気が高かったのは50代の生島浩さんの作品。大きさは縦約33センチ、横24センチで160万円。高額にかかわらず、35人が購入を希望した。
「写実絵画の魅力は、丁寧な仕事による高い質にある」。ギャラリー須知の須知吾朗社長は指摘する。「最近の写実絵画ブームは制作点数を守って質の高い仕事をしてきた作家がけん引してきた」と話す。「ブームで扱いたいギャラリーや百貨店が増える中、作家の制作ペースをいかに守って作品の質を維持していくかが、今後の写実絵画発展のカギとなる」と語る。
国内の画家の作品価格が伸び悩むなか、写実絵画の作家の作品は上昇している。全国の主な百貨店や画廊などを対象に国内の画家の作品価格を調査している「美術市場2017」(美術新星社)によると、日本画と洋画の主な作家370人のうち、12~16年で取引価格が上昇したのは全体の1割にあたる49人。このうち写実絵画に分類される作家は9人と目立って多い。最も上昇率が高い生島浩さんの取引価格の推計は、過去5年間で2倍と高騰。40代で人気の塩谷亮さんも1.5倍になっている。
■2018年はスペインでも展覧会
今のところブームは国内にとどまるが、18年には海外で日本の写実絵画を集めた初の展覧会が予定されている。写実絵画のブームの火付け役となったホキ美術館(千葉市)が18年9月から、スペイン・バルセロナの近代美術館を会場に開催。写実絵画の第一人者である森本草介さんといったベテランから、40代の中堅画家まで実力派の作品約50点を展示予定。各作家にはこの展覧会のための新作も依頼していきたい考えだ。草間弥生さんなど関心は現代美術に集中していた日本の美術市場。写実絵画は新たなジャンルとして定着するのか、注目されそうだ。
(映像報道部 鎌田倫子)