カスタマーレビュー

2016年5月2日
最近、現代の日本のアニメ・ファンの中に、この「ファースト」を観たことがない人が増えていることを知り、この作品の概略を紹介しておかなくてはならないと感じ、私見ではありますけれど、コメントを記させて頂きます。是非、ご関心を持っていただき、作品をご覧頂きたいと思います。

個々の話しの内容を説明しては、作品を観る楽しみが減りますので、それはやりたくありませんが、他のシリーズと、このファーストの高畑=宮崎のコンビによる人物造形との違いの本質を理解して頂ければ、このシリーズの魅力が分かります。他のシリーズは、スポンサーが「ドタバタにしてくれ」というような指示をしています。スポンサーがすでに、ファーストを知らない、あるいは、このファーストを支えている基本的な世界観や哲学を知らないのです。ルパン3世が余りに長く続き、有名であり過ぎるために、作品像が最大公約数的になってしまい、散漫になってしまっているのです。

こういう散漫になった状態から、エッジの立ったキャラクターを取り戻すためにどうすれば良いのか?という問題について、このファーストの後半の人物造形と、「カリオストロの城」の人物造形が、典型的な手法を提示しています。このことについては、特に、現代のアニメ・ファン、制作者の方に僭越ではございますが、ご注意頂きたいと思います。

ファースト・シリーズの制作された時代、社会の矛盾を前にして、もう何ものも信じられなくなった時代、正義というものが信用されず、通用しなくなった世の中、金と力(とテクノロジー)が全てになった時代に、それらを超越して、人間は誠実に生きる(人間の限界に挑戦する)ことができるか?という命題が、「ルパン3世・ファースト・シリーズ」の、特に、後半のルパンの人物造形を決定付ける社会的与件です。

ファースト後半のルパン(私は、これが最も、ルパン的な造形であると考えますので、集中的に述べます)は、若者が社会の矛盾(例えば平和憲法を謳っている国が、海外で行われている戦争を支援しているなど)と戦い、「大人の事情」の前に敗れた時代のすぐ後に、制作されました。この時代には、純粋な正義の味方というものは、最早楽天的に信じることができない時代になっていました。ある創作は、妄想の中で、社会革命を継続して闘争していた(ベルサイユのバラ)のですが、現実の世界に生きている人間はそうは行きません。

「大人の事情」の権化である「金」や「力」に対して、「暴力」や「数」で対抗するという時代ではない、とすれば、どうやって生きるのか?ということが、ルパンの人物造形の重要な鍵になります。それは、「意地」であり、「粋」であり、「根性」であり、「忍耐」であり、「頭脳」であるのです。「誰もいかなくても、オレはいくぜっ」と言って、一人でさっとかけだして行く、そういうルパンに、「ま、お前さんは、生まれつき贅沢なんだよな。好きにするさ」といいながらもルパンを陰から守る次元、そういう人物造形になっています。

形態的には片足に不均等に体重をかけて立ち、アクションはオーバー・アクションの真逆の小さめなアクション、いつもはだらっと椅子に脚を投げ出しているが、瞬発力はピカイチ、という形態が、このルパンの「冷めた」外見と「熱い」内面の対比を強調しています。鉄腕アトムが両足で地面を踏みしめて、両腕を広げて「助けに来ました」というのと比べると、ルパン3世は片足に体重をかけ、向こうを向いたまま肩越しに、さっと手をかして、目の端でニヤッと笑うような人物です。

この「大きい社会悪=大人の事情」と戦うルパンは、その人間性を極限まで発揮しなくてはいけません。そのことを具体化するために、個々の事件は置かれて行きます。ですから、「素人だけをだまくらかそうって根性が気に入らねぇんだよ。偽札ってなぁ、本物以上じゃなきゃ偽札とは言えまい?」(偽札作りを狙え!)というように、課題は「不可能への挑戦」という形で設定されて行きます。銭形は、そうしたルパンを「困難があればあるほど、ヤツは燃える、メラメラとなっ、ホントに見事なヤツなんだよっ」(脱獄のチャンスは一度)と評します。

この「不可能なミッション」に対して、トム・クルーズなら真剣な顔つきでものものしく、巨大な組織の作ってくれた特殊な高性能のマシンを繰り出すのでしょうが、ルパン3世は、「ま、いいでしょう、100円ライターがあるし。。。」と言って、にやっと笑って足りないところは頭脳と才能で、何とかしようとする(「あ、暴力はダメ、暴力はダメなんだゎ。ここ(頭)で勝負しなくっちゃ、ここで。論理と科学、そして才能。んじゃ、ボンニュイ」(どっちが勝つか3代目))。こういうところが、ファーストのルパンの人物造形なのです。

アニメーション的には、演出のうまさ、カット割りの巧みさ、タイミングのとりかた、少ない枚数ではあるけれど、合理的に動かすべき所は、制約のかなり多かった制作進行の中でも、しっかりと動かしているところなどは、本当に見習うべき所が多い作品でもあります。例えば、普通のアニメであれば、剣が斬り合うシーンは、2人の人間をカットバックで上半身を左右から接近させ、切り結ぶシーンでは、黒いマスクで剣の軌跡だけを白く抜いて、効果音を入れるという手法が常套手段です(業界用語では、絵コンテには「例のヤツ」などと書いてある)。しかし、この作品では、「そういう一番アニメーターとして動かしたい部分について手抜きをしたいというなら、アニメをやめて紙芝居に行けばいいじゃないか?」と言わんばかりに、しっかりとやっています。また、テンポよく、2-3分に1つのまとまりがありながらシーンが展開するところも、観る者をはなしません。こういうことは言われ尽くしたことだろうと思いますけれど、現代のアニメーターがどれだけ真剣にこのことを継承してくれているでしょうか?

それでは、このようなルパン3世の人物造形は、どのようにしてできたか?ということについて、考察をしておきましょう。元々、この原作の主人公の名前は「ルパン3世」ではなかったのです。原作者のモンキー・パンチは、「よく知られた名前にしておく方が作品の認知度が上がるだろう」というような動機で、「ルパン3世」という名にしただけです。しかし、高畑勲は、フランス文学が専門ですから、アルセーヌ・ルパンという人物は、「モンテ・クリスト」のエドモン・ダンテス、「シラノ・ド・ベルジュラック」のシラノ、「三銃士」のダルタニャンという人物の系譜に連なることを踏まえたのであろうと想像します。これらの系譜の中で、アルセーヌは、人を殺さない、弱い者の味方であり、そして、人間の限界を超え、意思と才能と不屈の努力によって不可能を可能にしようと戦います。この高畑勲の行った、古典的な「ヒーローの系譜」の上での現代のヒーローの再創造が、ルパン3世であったのです。

これが、後半、また「カリオストロの城」で、ルパン3世がワルサーP38を振り回さない理由です。アルセーヌ・ルパンは、作中では、拳銃の名手ですが、1人しか殺していません。彼は自分の部下が公開で絞首刑になるのを避けるために、部下を泣きながら狙撃します。部下は「流石、親分だ」と言って一発で絶命します。その孫である3世が、無闇にピストルを振り回すことはしないわけです。アルセーヌは怪盗<紳士>なのですから、暴力はふるわないのです。弱い者を助けて、「権力」と「力」に対抗するものが、対抗の手段として「暴力」を使わないというこのヒーローの系譜に連なることこそが、人物造形の現代的な課題に取り組むことになるからです。

つまり、この作品の魅力は、古典的なヒーローの伝統の上に、現代的な角度からの再検証を加えて成立させたことに基礎があるということです。TVシリーズであり、当初のコンセプトには、高畑=宮崎のコンビが加わっていなかったために、こうした人物造形と、実際のシリーズ構成が一致していません。そのことが、後のルパン3世像を散漫にしてしまった原因なのですが、ルパン3世を再生するためには何をすれば良いのか、ということの鍵は、ここにあると言って良いでしょう。

つまり、時代性に深く根ざした上で、普遍的な人間的要素でもって、時代による制約を乗り越えようとすること。全ての名作は、このような苦闘の中から生まれます。現代のアニメ制作者の皆様のご努力の中から、かならず、こうした作品、時代性と普遍性とを備え、先行作品の系譜を未来に継承し、新たな生命を与えてくれる、正に、後続作品の素晴らしさによって、先行作品が再び輝き、再創造されるような作品が生み出され続けることを、強く願わずにおられません。

敢えて、お目に止めるため、星1つとしてありますが、全てのアニメ制作者とファンの皆様にこそ、星を5つ進呈しなくてはなりません。
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