初めに言っておくが、これは決して自慢ではない。私の不注意が招いた恥ずべき経験だ。
グアテマラと拳銃強盗と私
そう、あれは少し肌寒い12月のある日の午前7時頃の出来事だった。
グアテマラのアンティグアという街でスペイン語学校に通い始めて3週間が経とうとしていた。
これから始まる南米旅に備えて、少しでもスペイン語を話せるようになりたいと思い、現地の語学学校に通うことを決めたのだ。
学校まで徒歩10分程のホームステイ先で、「今日も寒いね」なんてホストマザーと話をしながら朝食をとり、洗濯を少しだけ手伝ってから、いつもように家を出た。
ホームステイ先は、路地裏をさらに奥に入った所にあった。
とはいうものの、学校までの道は道路も大きく、朝でも人通りは多くあった。それに加えて、3週間という滞在期間は、旅という緊張から私を開放し、普通の生活と感じさせるのに十分な時間だった。
この油断が今回の出来事を招いたのだろう。
少しだけ肌寒いがカラッとした気候、歩き慣れた道、いつもすれ違う人たち。
いつもとなにも変わらない朝。
いつものにように私の両耳にはどこで買ったのかもわからないような安っぽい黒いイヤホンがはまっていた。
流れているのはYUKIの『歓びの種』。
軽快なリズムに、自然と唇から音が漏れた。
「毒!入り!のリンゴうぉぉぉ~を、食べてっしまえば、ステー!ジ!のうえ!から落ちちゃうわああぁあ~、むすび~なおしてねえええ~、、トゥトゥトゥン♪」
「見逃~してしまうぅぅ~、よろこ~びの~たねうぉおお~♪」
日本語が分かる人なんて周りにいない環境が私に盛大に熱唱させた。
そんな時だ。
「ぶぅおおーん!!!」
バイクに乗った革ジャンの2人組が突然、私の目前に立ちはだかり、厳しい表情で何かを言っている。
いつもの日常にこんなことはない。
片耳のイヤホンを外すと、音が飛び込んできた。
「iPhoneとカバンを置いていけ!」
なんてことだ。普段だったらスペイン語のリスニングなんてほとんどできないのに、何を言っているか分かる。
こんな時に限って3週間の語学留学の成果を実感する瞬間だった。
そんな歓びを感じる暇もなく、なにが起きたのかわからず放心していると、バイクを運転していた男Aが、おもむろに革ジャンの内側ポケットに手を突っ込み、黒光した重厚な「なにか」をチラつかせてくるではないか。
「なにが喜びの種だ。見逃してしまうどころか、こっちが見逃してほしいわ!!」
無駄にYUKIを呪った。
「iPhoneとカバンを置いていく」か「逃げる」か、1.5秒くらい悩んでいると、たまたま私の横をバスが通りすぎた。
グアテマラの市バスは、いつでも人が乗り降りできるように、入り口にドアなんていう概念はない。
気がつくと私は走り出していた。
即座にバスを追いかけ、水族館でイルカが輪っかをくぐるように、入り口めがけて飛び込んだのだ。
その場に水族館の館長がいたら、すぐに私をスターに起用しただろう。
バスの入り口に吸い込ませれるように、私の身体はバスの車内を転げ回った。それはもう盛大に。
乗客たちは、朝からなにかが飛び込んできたことに驚きを隠せない様子だった。
私は何事もなかったかのように立ち上がり、バスの運転者に微笑みかけると、後ろを振り返り、バイクの2人組が追いかけて来ていないことを確認した。
心臓が張り裂けそうだった。そうだ、あれは拳銃強盗だ。
乗客に怪訝な目で見られながらも、バスの手すりに捕まり、冷静に今起きた出来事を整理していた。
ふと、あと少しで強盗のもとに渡っていたiPhoneで時間を確認すると、スペイン語の授業が始める時間を指していた。
「これは遅刻だな。」
行き先も知らないバスの中でそう思った。だが、どうすることもできない。
バスの行き先に身を任せて、通っていたスペイン語学校の近くを通りかかるのを待った。結果的に、30分ほどの遅刻だった。
学校の扉を開くと、私の先生(子持ち女性)と目が合った。そして、少し怒った目で私にこう言い放ったのだ。
「今日はなんで遅刻したの?理由を説明しなさい!」
私は、少しだけ恥ずかしそうにこう答えた。
「ちょっと寝坊しちゃったよ、ははは」
まとめ
男という生き物は、いつだって、かっこつけたいのだ。
以上