ルーマニアのカムガールたち 欧州セックスチャット業界の内側
リンダ・プレスリー、BBCニュース、ブカレスト
ウェブカメラを使ったライブチャットは、世界のポルノ・ビジネスで最も急成長している分野だ。ルーマニアでは何千人もの女性が、スタジオや自宅で「カムガール」になる。利用客の大半が北米や西欧からログインしてくる、24時間年中無休の市場だ。
ルーマニアの首都ブカレスト中心部に建つ高層アパートの前の歩道で、若い女性の一団がたばこを吸いながら談笑している。それ自体は何の変哲もない光景だが、降り注ぐ朝日を浴びて際立つのは厚化粧と超ハイヒールの靴、肌を出した光沢のある服。道行く女性たちの、無難なサマードレス姿とは対照的だ。
ビルの2階と3階に入っているのは「スタジオ20」。ぴかぴかの白い廊下に沿って40の部屋があり、壁には女性たちの華やかなヌード写真が張ってある。ドアが閉まっていれば営業中だ。室内の女性はウェブカメラ越しに、外国人客とライブで直接つながっている。女性が部屋に一人でいる限り、違法性は全くない。このバーチャル交際とサイバーセックスの世界では、カメラの前にいる女性を「モデル」、見る側の男性を「会員」と呼ぶ。
8号室がラナさん(31)の仕事場だ。円形ベッドがどんと据えられ、クッションがいくつか載っている。衣装だんすにはラナさんの服が入っている。
「ドレスか下着姿、革の服を選ぶことが多いかな」と、ラナさんは話す。
部屋の隅にはコンピューターの大画面と高価なカメラが置かれている。その向こうには、プロカメラマン用の照明器具。ラナさんに、専用の成人サイトを通して何十人かの視線が一斉に注がれることもある。だが会員が一対一の「二人きり」になろうと誘ってくるまで、ラナさんには一銭の利益もない。
1日8時間の勤務で、月収は4000ユーロ(約52万円)近く。ルーマニアの平均賃金に比べると10倍近い額だ。雇い主のスタジオ20がラナさんのライブチャットから得る収益も、同じく4000ユーロ。さらに収益ピラミッドの頂点に立つ配信サイトのライブジャスミンには、その2倍に当たる8000ユーロが入る。同社はスタジオ20のコンテンツを流し、会員のクレジットカードに課金する業務を担当している。
ライブジャスミンは世界最大のライブチャット・サイトだ。毎日3500~4000万人がアクセスし、常時2000人のモデルがオンラインで迎える。ライブチャット業界が昨年1年で計20~30億ドル(約2200~3300億円)の利益を生み出したという推計も、なるほどとうなずける。
ラナさんは大学を出て不動産業界で働いていたが、2008年の世界経済危機で国全体が不況に陥った時期にライブチャットへ足を踏み入れた。初めてカメラの前に立った日のことは、今でも覚えている。
「部屋の中には私一人なのに、周りに何百人もいるみたいで。次々飛んでくる話の内容やリクエストについていけなくて、かなりショックを受けました。でもそのうちに、どの客が金払いがよさそうか見当がつくようになった。無料タイムに全員の相手をして時間をむだにするなんてことは、なくなりました」
ではウェブカメラ越しの一対一、二人きりの時間になると何が起きるのか。
「会話が中心です。時には、何かの役を演じることもあって、たまに少しヌードやマスターベーションも含まれます」
やりたくないことを無理強いしようとする客も時々いるが、主導権を握るのはラナさんだ。
「リードするのは女性のほう。自分は強いんだと力がわきます」
ここで重要なのは、有料の客を1分でも長くオンラインに引き止めておくことだ。
スタジオ20の広報担当、アンドラ・キルノジェアヌさんは「かわいくてセクシーだけだと、もってせいぜいが10分。その先は、話題の材料がなければ客を引き止められない」と強調する。
そのためスタジオ20では、心理学と英語の講師を一人ずつ雇っている。北米や欧州の客が大半なので、モデルたちは会話できないとならない。
しかし英語講師のアンドレアさんが教える内容は、語学のスキルをはるかに超えている。
「例えばフェチについて。フェチとは何か、なぜ人はフェチになるのかを教えます。フロイトの精神分析や、心理学もたくさん勉強します。それから、仕草や身のこなしについての本も。女性には才色兼備が求められるので」
地理の知識も重要だ。会員の住む場所について話ができるように。
「そのほか、エキゾチックな場所の知識も必要です」とアンドレアさんは言う。「一部の人が考えるような、セックスだけの商売ではない。普通のカップルのオンライン・チャットみたいに、モデルは会員と話さなくてはならない。話題が多ければ、お互いにとって居心地が良くなります」
スタジオ20は、スタジオのウェブカメラを使う世界最大規模のチェーンだ。ルーマニアにある9店のうち、一つの店には同性愛者向けの「カムボーイ」もいる。このほかコロンビアのカリ、ハンガリーのブダペスト、米ロサンゼルスにもスタジオがある。
モデルが全員スタジオで働くわけではなく、少数ながら在宅勤務の女性もいる。二つの大学の学位を持つサンディ・ベルさんはその一人だ。インテリアデザイナーとしての収入を補うためにこの仕事をして、1日に約100ユーロ稼ぐ。スタジオに所属せず、サイト運営会社と直接やり取りする利点の一つは、会員が払う料金のうち自分の取り分が多くなることだ。
「ほとんどのお客は頭のおかしい人ではなく、いい人ばかり」と、サンディ・ベルさんは言う。「自分の名前を呼んでくれというリクエストもあれば、ストリップダンスをしながら自分と話をしてほしいというリクエストも。お客には何でも正直に話すことにしています。私に恋人がいることも、現実世界で客とセックスはしないことも、先方は承知しています」
サンディ・ベルさんとパートナーの男性は、ブカレスト郊外の高層マンションで一緒に暮らしている。男性はサンディ・ベルさんの仕事を知っているが、両親には知らせていない。この業界ではたとえスタジオのオーナーでも、家族や友人に職業を隠すケースが珍しくない。ブカレストでBBCの取材に応じた人たちがカメラネームを使い、姓を明かそうとしなかったのも同じ理由からだ。
一方で、性風俗業界で働く人の多くは、自分の身の安全に不安を抱いているが、サンディ・ベルさんは違う。
「お客は私をどうすることもできないでしょう? 相手の男性が一線を越えたり、私に失礼な態度を取ったりしたら、こちらがマウスをクリックするだけでストップできる。サイト管理者に伝えて相手のIPアドレスからのアクセスを拒否してもらえば、その相手はたとえニックネームを変えても、二度とログインできない。とにかく相手は何千キロも離れた所にいるので、体を触られることはない。だれにも触られたりしません。ネットにつなぐのも、そこで仕事をするのも一人。売春とは全く無縁の仕事です」
サンディ・ベルさんは被害者なのだろうか。本人は違うと主張するが、しかしフェミニズム活動家のイリーナ・イリセイさんに言わせれば、問題は見かけよりも複雑だ。
「この仕事を仕方なくやっている女性たちはどうでしょう。本人の意思で選んだのでしょうか。恐らくだれかに心を操られていたり、経済的に不安定だったりするからやっているのでは。こういう要因が全て入り交じっていると思われます」
イリセイさんの説によれば、ルーマニアでは十代の妊娠率が高く、高等教育を受けても3割が就職できないといった状況も、セックスカム産業に拍車をかける要因になっている。
一方でライブチャット業界も、若い女性たちを全力で勧誘している。
「大学構内にも広告が出ている」と、イリセイさんは指摘する。「学生たちにはフェイスブック上で直接、求人のメッセージが届く。スタジオはすっかり企業然としていて、ほかの分野の新人向け職種と少しも違わない。若い女性の地位向上や自立、スキルの獲得といったうたい文句が並び、友人を誘えば賞金がもらえるという特典まで書かれています」
ラナさんはライブチャットの仕事で、娘を一人で育てられるだけの収入を得てきた。今では「国の利益になること」に投資しようかと考える余裕もできた。今後2年のうちにはこの仕事を辞めるつもりだ。
だがラナさんのように自由な選択ができない女性もいる。自分は風俗業界からの脱走者だ、と話すのはオアナさん(28)だ。16歳の未成年だった頃、ボーイフレンドに説得されてライブチャットに出るようになった。
「ただ話をすればいい、それだけだと言っていた。ところが部屋には彼もいて、2人でポルノを演じました」
男女が一緒にウェブカムに出る行為は、ルーマニアの法律で禁止されている。しかし、オアナさんが話すようなやりかたで、どれだけ法律違反が横行しているか、把握するのは不可能だ。オアナさんはその後ドイツで売春婦として働いたが、ついに勇気を出してブカレストへ戻り、新たな生活に踏み出した。今では、若い女性の性労働を防ぐ仕事に取り組んでいる。自分の経験を話して、ライブチャットの危険性を知ってもらおうと説得する仕事だ。
「カメラの前にいるだけでお金が稼げると思っている女の子たちもいます。でもそこで自分がすること全てに心がむしばまれ、次は売春に足を踏み入れることになる。私には今だから分かります」
しかしラナさんの考えは違う。
「自分の頭脳を売るのです、体ではなくて。私は演技みたいな、ショーのようなものだと思っています。だれにでも向く仕事というわけじゃない。数週間とか数日でやめてしまう子もたくさんいる。体を売っているという考え方をするからです。この仕事で大事なのは心の持ち方。私ははっきり線を引いているから、食い物にされている気は全くしません」
スタジオ20のキルノジェアヌさんも同様に、危ない仕事、心理的なダメージを及ぼす仕事ではないと反論する。
「心理的ダメージがあるのはむしろ、最低賃金でオフィスに12時間縛り付けられる仕事の方です」と、キルノジェアヌさんは言う。
だがモデルの多くは、自分の職業を隠したがる。このこと自体が、何かを表しているのではないだろうか。ラナさんやサンディ・ベルさんが自分の資格やほかの職業で豊かな生活ができるとしたら、それでもニューヨークやフランクフルトやロンドンにいる客のために服を脱ぐという、今の仕事を選んだだろうか。