フランス最大の知性エマニュエル・トッド独占インタビュー「最も愚かなのは、私たちフランス人だ!」
From L’OBS(France) ロプス(フランス)
Interview by Aude Lancelin
歴史人口学者エマニュエル・トッドは、あの「私はシャルリ」デモを批判する著作が大論争を引き起こして以来、フランスでは発言を控えていた。
だが今回、難民問題、パリ同時テロ、困窮する若者たちの暴発、こういった切迫する危機について、ついに口を開くことを決意。「ロプス」誌の独占インタビューをお届けする。
ドイツが考えていることを直視しないフランス
──私たちは、第二次世界大戦以来、もっとも大きな難民の波に直面しています。
すでに欧州は、巨額債務による危機で足元がおぼつかなくなっていました。そこに難民問題が起きたことで、かろうじて欧州を支えている最後の大きな柱まで倒れてしまいそうです。こうした現状について、どのようにお考えでしょうか。
まず強調するべきことは、「フランスにとって『難民危機』とは、実体をともなわない観念的な現象だ」ということです。
この理由はとても単純です。難民たちは私たちの国に来たがらないのです。
これはフランスにとっては不愉快な事実ですよね。移民を惹きつける力とは、すなわちその国の活力なのですから。
これは、フランス女性1人が2人の子供を産むという人口的に安定した状況も関連してはいますが、とりわけ失業中の若者が多いことに関係しています。
ドイツではまったく事情が異なります。ドイツは国民全体の高齢化と闘っていて、常に労働力を求めているのです。
ドイツと日本について、私はかなり研究してきましたが、この両国の人口は世界で最も高齢化していて、平均年齢はそれぞれ46.2歳と46.5歳です。
一方、米国は38歳、英国で40歳、フランスは41.2歳です。
日本は移民の大規模な活用を拒否し、国力が低下しないようにする闘いを諦めてしまいました。ところが、ドイツは世界で最も年老いた2つの国のうち1つでありながら、経済力についてはまったく諦めていません。
──ドイツは人口構成の弱みを補うために、経済面で現実的な策を取っているということでしょうか。フランスのメディアでよく言われるように、メルケル首相が歴史的な責任を果たしているわけではない、と……。
メルケルの移民政策は、1960年代からの政策と、まったく同じ路線上にあります。
この間、ドイツ人支配階級が考えていることは、いつも同じです。「労働力の若返り」です。
2015年、ドイツは緊縮財政によって、ギリシャ・イタリア・スペイン・ポルトガルの経済を破壊しました。世界中がドイツを糾弾していたまさにその時に刊行された「シュピーゲル」誌は傑作ですよ。
表紙に、ドイツが南欧の若者の新たな楽園として描かれていたのです。才能と能力にあふれ、好調なドイツ経済に加わるべく呼び集められた、地中海沿岸部の若者たちの幸せそうな顔とともに。
フランス人はこういった側面を見ていません。自国に対する間違ったイメージのなかに生きているからです。
私たちは、「我らがフランスこそ移民大国だ」と思いこんでいます。でもそれは、長い歴史をみると、ごくわずかな期間のことにすぎないのです。
実際、太古の昔から、移民と創造的な関係を築いてきたのはドイツなのです。たとえばプロシアは、フランスから逃れてきたユグノーを含む外国人たちによって築き上げられた国です。
そして戦後のドイツには、ユーゴスラビア、トルコ、そしてあらゆる東欧諸国から、大量に移民が流れ込み続けました。
戦後ヨーロッパにおける移民大国は、フランスではなくドイツなのです。
フランスには、「ドイツは中近東からの移民を受け入れることで、過去の贖罪をおこない、善意の国だと見せたがっている」と考える人たちもいます。
ですが、これは典型的な「お人よし」の考えです。そんなこと、ドイツ人はこれっぽっちも考えていません。もちろん、償うべき過ちがあるとも考えていません。
──ですが長い間、それは事実でしたし、ドイツの「贖罪」は欧州統合にも大きく影響を及ぼしたではないですか。
もはやそんな段階など、とっくに終わっています。
特に2015年の夏、ギリシャ危機への対応をみれば、ドイツ人にはもう何の良心の呵責もないとわかります。
東西ドイツは1990年に統合されました。それ以来25年間、ドイツは共産主義で疲弊していた国々を立ち直らせてきました。ドイツは東欧経済に秩序を取り戻し、東欧の労働力人口をドイツの産業システムに組み込みました。
その結果、ドイツはユーロ圏内の競争相手を蹴散らして、ハイテク部門では中国、米国、日本をはるかに凌ぎ、世界トップクラスの輸出国となりました。このプロセスを、8200万人しかいない高齢化した国民の力でなしとげたのです。
少し考えてみればわかりますよね。そうです、ドイツはものすごい国なのです。
並外れた組織力、効率、能力のある国ですよ。
この背景を理解したうえで、ドイツが火をつけたいまの「移民の波」を分析しなければなりません。
同じような出来事は以前にもあったのですから。
異なる家族構造を持つ民が同化するのは難しい
──今日、そのドイツにおいてさえ、大規模な人口流入を止めようとする動きがあります。移民の受け入れに慎重なフランスも批判されるべきなのでしょうか。
フランス政府がやることなど、何の重要性もありません。ドイツもフランスの政策を考慮していません。
目を覚ましましょう。いまや、フランスは歴史の中心にある国ではないのです。
フリードリヒ・エンゲルスが1848年の革命の時代に用いたコンセプトがあります。
それは、チェコ人に対して語った「歴史なき民」というものです。自ら蜂起して歴史を形成したハンガリー人やポーランド人の対極に位置づけたものでした。
現在は、フランス人が「歴史なき」民なのです。
私たちはいま、世界の歴史が大きく変わりうる潮目に立ち会っています。米国ではトランプやサンダースが台頭し、ロシアは中東政策を転換しました。そしてドイツの選択は世界に注目されています。
それに比べれば、フランス大統領選は何のインパクトもありません。
ドイツ人には、これから厳しい現実がのしかかるでしょう。
彼らにとって、東欧の人々を吸収することは簡単でした。なぜなら、ドイツ国家の民族は単一であったためしがなく、国民の大部分は常にゲルマン系スラブ人で構成されていたからです。
でもこれからは、話が完全に変わってきます。いまドイツに押し寄せているのは、まったく別種の移民なのです。
実は、トルコ人を受け入れたときに、すでに歯車が噛み合わなくなっていました。
それは、彼らがイスラム教徒だからではありません。フランスでは多くの人がそう煽りたがりますがね。そうではなくて、トルコ人の家族構造が父系制、つまり非常に男性優位であり、同族結婚に基づいていることが原因だったのです。
人口学においては、これが重要なポイントです。地中海の南岸・東岸の人々は、いとこ同士で結婚します。この伝統は、家族システムを内部で完結させるように働きます。
つまり問題は、彼らの家族システムがどれほど私たちの族外婚文化からかけ離れているか、ということなのです。ヨーロッパでは、いとこ同士の結婚率は常に1%を切っていますからね。
──シリアやリビアからの移民は、どのような家族構造が問題になるのですか。
いとこ婚率はスンニ派シリア人で35%ですが、アサド大統領の基盤であるアラウィー派では19%です。イラク人で36~37%。リビア人についてはいい統計がありませんが、いとこ婚率はおおむね高い、といっていいでしょう。
シリアやイラクで難民が発生しましたが、これは始まりでしかありません。サウジアラビアも崩壊しつつあります。これらの国から、同族婚の伝統を持つ何百万という難民が流出してくるのです。
ドイツのような年老いた国が彼らを受け入れるのは、どう考えても信じがたい挑戦だと思います。
こんなにも多くの、こんなにも文化が違う人々を、こんなにも急速なスピードで、社会に組み込みコントロールするとなると、ドイツの階層化、硬直化はどうしても進むでしょうね。
移民受け入れの代償として、ドイツは警察社会あるいは軍事社会へとは変わっていくかもしれません。
──そうはおっしゃいますが、かつてあなたは「幸福な移民の擁護者」などと言われていたではないですか。つまり2000年代なかばまで、移民問題は世代が替わることで解決されるだろう、とあなたは楽観的に語っていたはずです。当時の考えを捨てたということですか。
たしかに、この話題について私が1994年に書いた『移民の運命』には楽観的な予測が載っています。ですがこの本には、現実的な分析もいっぱい書いています。
当時の分析はこのようなものでした。文化の違いというものを簡単に考えてはいけない。たとえすべての人がいずれは同化されるものだとしても、人々のアイデンティティの問題は危険をもたらしかねないのだ──。
私は、「道義上、断固としてすべての移民を最優先で受け入れるべきだ」などと語ったことはありません。こんな抽象的な道徳を振りかざすのは無責任な態度です。
この際、ああいう無責任な優等生たちに言いたいことがあります。難民のなかで多くを占める、高等教育を受けたアラブ人を片っ端から欧州に定着させるということは、中東からエリートを奪うことです。そして、これから何世紀にもわたって、中東をバラバラにして後退させてしまうことです。
これはハイチがたどった運命そのものです。
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