【ソフトバンク】2年ぶりV呼んだ1~3軍投手指導法共有「工藤システム」

2017年9月17日6時0分  スポーツ報知
  • 2年ぶりの優勝を決め、胴上げされる工藤監督(カメラ・堺 恒志)

 ◆西武3―7ソフトバンク(16日・メットライフドーム)

 ソフトバンクが西武に逆転勝ちし、2年前に優勝した9月17日を抜くパ・リーグ史上最速優勝を決めた。2年ぶり、1リーグ時代を含め20度目(ソフトバンクとしては5度目)。4回、柳田の2ランで逆転し、一気に突き放した。工藤監督は敵地で7度舞った。注目された59年ぶりのセ・パ同日Vは、広島が敗れ実現しなかった。ソフトバンクは2年ぶりの日本一を目指し、10月18日からクライマックスシリーズ(CS)最終ステージ(S)に挑む。

 あふれる感情をこらえきれなくなった。ナインの手で7度、宙を舞った後の優勝監督インタビュー。工藤監督の頭の中を、昨年の悪夢が走馬灯のように駆け巡った。「昨年、リーグ優勝できず、クライマックス(シリーズ)に負けてから1年弱。このことを…思って…」。言葉に詰まり、顔をぬぐった。就任3年目。指揮官が初めてグラウンドで見せた涙だった。

 昨年は11・5差を日本ハムにひっくり返されリーグ連覇を逃し、同じ日本ハムとのCS最終S第5戦で終戦した。工藤監督は札幌市の宿舎でこの日と同様、声を詰まらせ自身の力不足をわび「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強い。強いチームを作りたい」とナインに誓った。早速、V逸の原因を洗い出し「投手のバックアップ要員を準備できなかった」という答えにたどり着いた。

 今季から指揮官と1~3軍の投手コーチが月に1度、ヤフオクDに集合。育成選手も含めた全46投手の現状を報告させ、時にはビデオで確認しながらトレーニング法を伝えた。「1、2、3軍でコーチの言うことが違うと、選手たちが迷ってしまう」と、1~3軍が育成方針を共有し、課題の達成度や成長過程を全体で見守ることをマニュアル化した。これが、試行錯誤の末に完成させた選手育成法「工藤システム」だ。

 3月のWBC中に、セットアッパー候補だったスアレスが右肘痛を発症。4月11日には和田が左肘に違和感を訴え、その3日後に武田が右肩痛。昨年最多勝の15勝左腕と14勝右腕が離脱した。6月に入ると千賀が背中に張りを訴えた。

 この窮地を救ったのが、工藤システムに育てられ、この日ハーラー単独トップの16勝目を挙げた東浜。先発の駒不足に陥った交流戦も、石川や松本裕ら若手が彗星(すいせい)のごとく現れた。危機を迎えてから対策を練るのではなく、平時から二の矢、三の矢を研いでおく。これが生きた。

 細心の注意も払った。ホームゲームなら試合開始4時間前から投手起用のシミュレーションを開始。点差、展開などで起用する投手のパターンを「4、5種類は考えておく」(工藤監督)。こうしてブルペン陣が投球練習を行う回数を減らし、疲労の軽減につなげた。6回終了時にリードしていれば74勝1敗。先制すれば71勝8敗の数字はブルペンが支えた。

 7月23日のロッテ戦(ヤフオクD)に敗れた直後、首位を争う楽天の試合がふと気になり、テレビをつけた瞬間にアマダーがサヨナラ弾。「楽天戦は見ない」と他チームの結果を気にすることはやめた。7、8月には西武が怒とうの13連勝。昨年の日本ハムの“残像”がちらついた。「もし、あの試合で負けていたら追いつかれていたかも知れない。今の状況はなかった」。8月5日の西武戦(メットライフ)。最大6点リードを一度は追いつかれ生きた心地はしなかったが、何とか自らの手で連勝を止めた。

 昨季は日本ハムの猛追を受けた焦りもあって、自ら“専門外”の打撃を熱血指導。そんな指揮官の姿を冷ややかな目で見つめる選手の姿があった。勝ちたい思いが強すぎたあまり、チームを空中分解させてしまった。今季は、選手への口出しを極力控えた。「何かするというより、みんなの力を信じて選手に任せた方がいい」。その結果、最も大事な9月を9連勝を含む10勝1敗で突き抜けた。任せれば、選手は応える。「みんなの温かい手が背中に感じられ、支えてくれたんだなと…」。それを胴上げのさなかに感じ取った。

 就任1年目の15年に果たした日本一は、前年日本一のチームを引き継いだ秋山前監督の「遺産」とも言われた。今季は、当時主戦ではなかった東浜、千賀らとともに頂点を極めた。「まず夢が一つかないました。最終的な目標は、日本一奪還」。この先にはCS、日本シリーズと、夢にはまだまだ続きがある。(戸田 和彦)

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