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「20代は眠らずに働いても大丈夫だったのに、30代になってから急に無理がきかなくなってきた」、「頑張りたいと思っていても、本能的に気力の衰えを感じる」、そんな方も多いのではないでしょうか。とくに35歳を迎えたあたりから、気力の低下を感じる人が世の中には多いようです。

なぜ人は年と共に意欲が低下していく傾向にあるのか。その謎を解き明かし、年齢を重ねても意欲的でいるための方法を探るために、産業医として年間1000人を面談してきた武神健之氏にお話しを伺いました。

武神健之(たけがみ けんじ)
1998年、神戸大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院、キッコーマン総合病院などに勤務。2005年に有限会社ジーエムシーを設立し、多くのグローバル企業の産業医を立ち上げから行う。年間1000人の産業医面談を行った経験を活かし、2014年に「不安とストレスに悩まない技術を広める」ことを理念に、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立。「落ち込まないための手法」などを広める活動を行う。著書に『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書 ―上司のための「みる・きく・はなす」技術 』、『産業医・安全衛生管理者のためのストレスチェック制度対策まるわり』などがある。

なぜ35歳になると気力が衰えるのか

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----本日はよろしくお願いいたします。今回は「35歳から再び気力を取り戻す方法」というテーマでお話しを伺いたいと思います。そもそも、なぜ人は30代を迎えたあたりから気力が低下していくのでしょうか。医学的な根拠などはあるのでしょうか。これまで産業医として1000人以上の人を面談してきた経験から、そのあたりをぜひお聞かせください。

武神:社会人になりたての頃ってみんなガムシャラじゃないですか。とくに1〜2年目は覚えることが沢山あるから、自身の成長を実感しやすい。ただ、3〜4年目あたりになると、成長が一旦ピークに達して、「この仕事って自分がやりたかったことなのかな」「本当は留学に行きたかったな」と、迷う人が多いんです。それがまず訪れる"3〜4年目の波"。年齢にすると25〜30歳くらいですかね。

次に波が訪れるのが35歳前後。ここで波が訪れる理由は大きく分けて2つあります。1つは、35歳を過ぎると転職の閾値を過ぎるからだと思います。実際に35歳のラインがあるかはわかりませんが、転職できる限界ラインを過ぎても転職しなかった人は、「あぁ、俺はもうこの会社に骨を埋めるのか」「もう転職できないのか」と思い、萎えてしまうのかもしれません。子どもが生まれたとか、住宅ローンとか、給与が上がらないとか、いろんな背景も含めて先が見えてしまうんですよね。

2つめは、35歳までは主戦力として最前線で活躍していた人も、管理職を任されるようになってくることが理由かと。今まで現場でバリバリやっていた人も、突然管理職としての成果を求められるようになる。ところが、多くの人が管理職のやり方を学んでいないんですよね。学校でも教わらないし。入社したときにイチ戦力になる方法は、先輩から叩き込まれるじゃないですか。

でも、マネジメントの方法は、ほとんど教わる機会がない。たとえば、ITエンジニアの人だったら、自分でガーッとプログラミングしていた人が、ある日突然、自分と同じような人を5人くらいまとめることになる。でも、まとめた経験がないから戸惑うわけですよ。その結果、マネジメントができるようになる人もいるけど、管理職の資質がなくて、萎えてしまう人もいます。大まかに言うと、この2つが35歳を過ぎて、気力が衰える理由かと思います。

気力の衰えに、医学的根拠はない

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----医学的な観点から見て、気力が衰える理由ってあるんでしょうか?

武神:この35歳に関しては、医学的な理由はとくに感じていません。むしろ医学的な理由がないからこそ、やりようがあるんじゃないかと思っています。たとえば、これが40代後半の更年期とか、60〜70代の前立腺肥大とかだったら、医学的な理由がありますけど。35歳だったら医学的な理由で気力が下がることはあまりないと思います。じゃあ、35歳の人たちはどうやって気力を保てばいいかというと、対策は2つあると思います。

1つは、「なぜ働くか」という自分の仕事の意味・意義を考えること。新卒で会社に入るときや、社会人3〜4年目で転職するときって、自分が働く意味・意義を考えますよね。でもその意味・意義も数年経てば変わります。たとえば、結婚して子どもが生まれたときとか。それが良い悪いということではないですが、「自分がなぜこの会社で働いているのか」「そもそもなんのために自分は働きたいのか」「給料と仕事の拘束時間はこれでいいのか」といったことを考えて、自分の仕事に、自分が今の会社で働くことに、意味・意義を感じることができる人は、きっと35歳の壁を感じないんですよ。

もう1つは、自分の趣味や世界観を持つこと。鉄道模型でも、トライアスロンでも、囲碁・将棋でも、なんでもいいんです。食べるために割り切って働いていたとしても、自分の好きなことや世界観を持っている人は、萎えにくい。逆に仕事しかなかった人は危険です。でも、家庭や職場以外で自分を解放できる居場所を見つければ、35歳で萎えたとしても、なんだかんだ自分が落ち着く居場所でガス抜きができるから、しばらくは何事もなく過ごせるとは思います。ちなみに、何か趣味はありますか?

----昔はバレーボールや音楽が趣味だったんですけど、働き始めてからはまさに仕事が趣味みたいになってしまいましたね。今のお話からすると、もしかすると僕も萎える予備軍かもしれません。

武神:仕事が上手くいっているうちはそれでもいいんですが、管理職になって突然失敗したりすると、会社で居場所がなくなるんですよ。そんなときに、家庭や趣味があれば、自分のアイデンティティーを保てるんです。中には仕事が趣味っていう人もいますけど、仕事が好きじゃなくても、「ヨットレースが趣味で夏がいつも待ち遠しい」みたいな軸を持っていればいいと思います。軸は何も仕事だけじゃありませんから。

----おっしゃる通りですね。これまで1万人以上の方と面談していると思うのですが、仕事が趣味の人って少なかったですか?

武神:割合としては多くないですね。好きなことを仕事にすることを否定はしませんが、好きなことを仕事にできる人はそう多くない。それより、メンタルヘルス不調にならずに働き続けているのは「仕事はあくまで生活のため。自分は趣味に生きるんだ」という人のほうが多い気がします。逆に言えば、天職に出会わなくても、趣味の世界を見つければいいわけです。それはそれである意味プロだと思うんですよ。割り切っている分、モチベーションの波がないわけですから。

----萎えてしまう人って、やっぱり趣味がない人が多いんですね。

武神:これまでたくさんの人を面談してきましたが、メンタルヘルス不調で休職している人たちの多くが無趣味です。たとえば、土日にスポーツジムに通ったり、テニスをしたりしていた人たちが、忙しくなったことを理由に土日に家でゆっくりするようになったとします。本人は体を休めようとしているだけかもしれませんが、気分転換になっていないのでよくないんですよね。そのままの気分を月曜に引きずって、悪循環が生まれる。それが3〜4ヶ月続いて心を病んで休職してしまう。これは実際によくあるケース。僕が産業医としてイエローカードを出す人は、忙しくて土日に遊びに行かなくなった人です。

----僕、完全にアウトです...。やっぱり適度にガス抜きしている人の方がパフォーマンスはよかったりするんですか?

武神:そうですね。たとえば、毎週水曜はいつも19時からジムに行く人は、効率よく仕事をしたり、集中して仕事を終わらせたりするじゃないですか。そういう人は、水曜だけ集中モードになるわけではなく、必要な時は他の日でも集中モードになれるんですよね。反対に、家に帰ってもやることがない人や、家に帰りづらい40代、50代は急いで仕事を終わらせようとしない傾向にあります。

自分の人生をコントロールすれば、気力は衰えない

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----医学的に気力が下がる原因を聞こうと思っていたのですが、理由はとてもシンプルですね。たとえば、経営層で仕事が趣味みたいな人たちも萎えることがあるんですか?

武神:ありますね。経営者が萎えるパターンは主に2つ。1つは業績が悪くなるとき。あとは、業績が上限に達したときです。上手くいっているうちはいいんですけど、伸び悩むと社内のいろんな管理者としての業務がストレスになっていくんです。しかも、サラリーマンと違って自分の悩みを社内に共有できる人がいないから、余計辛いと思います。そんな人こそ趣味の世界で仲間を見つけた方がいい。

----たとえば、孫正義さんみたいに寝る間を惜しんで働いているような人たちってだいぶ特殊なんですね。

武神:そうですね。あのような人たちは自分が働いていると思っていないので、そこまでストレスを感じていないと思います。仕事と言っても、リアル人生ゲームをやっている感覚に近いかもしれません。結局、追われて仕事をしているか、自分で仕事をコントロールしているかの違いだと思います。自分で「今日は休もう」と決めて休める人と、「来週ちょっと1週間夏休みをいただきたいのですが」ってお伺いをたて許可を取ってからでないと休めない人だと、裁量度が違うじゃないですか。自分で休みや仕事量をコントロールできる人は、同じ仕事をやっていてもストレスは少なくなります。

----裁量度がある人は萎えにくいと。

武神:そうですね。最近、「働き方改革」が進んで「長時間労働をなくそう」みたいな動きがありますよね。どうしても、「労働時間を圧縮する」というところにフォーカスされがちですが、それだけじゃないと思っています。じゃあ、働き方って何かというと大きく2つあって、やりがいと裁量度だと思っています。

やりがいも分解していくと「他人からの評価」と「自分にとっての意味・意義」に分けられます。他人の評価よりも自分にとっての意味・意義をやりがいに仕事をしている人は、ストレスが少ない傾向にあるんです。だから、成功している経営者はストレスが少ないんじゃないでしょうか。彼らは、休みや仕事を自分でコントロールできる裁量度もありますからね。

----コントロールできない稼げる仕事より、コントロールできる薄給の仕事の方が、長期的に見るといいのでしょうか。

武神:どちらがいいというより、自分で考えて選択することが大切ですよね。給与の高い仕事を修行と割り切って10年間ガムシャラにやるのも1つの選択だと思うし。でも、お金で得られる幸福度には限界があるし、高い給料の仕事も2年ぐらいすると慣れてありがたみを感じなくなります。いずれにせよ、自分の人生を自分でコントロールすることが大切なんだと思います。

----自分で自分の人生の舵をとることが大切なんですね。

武神:その通り。そこに気づくかどうかだと思います。世の中には自分の人生が上手くいかないことを他人のせいにする人が少なからずいます。僕のクライアントにはそういった人は少ないですが、萎えたり、心を病んだりするのはある意味、「(本当の)自分の人生を歩め」というサインなのかもしれません。

----本当に勉強になりました。今日は貴重なお話、ありがとうございました!

(取材・執筆:田尻亨太)


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