CTOの影響力を最大化すべきだった事

会社の最も大きな課題であった「ゲームが売れていない」は解決し、それぞれの技術的な課題も解決できないほど大きなものではなかった。
しかしながら、そうしてゲームを高速に水平展開することを進めていく中、ヒットゲームの運用ノウハウを持っていないために、チームは疲弊を溜め込んでいた。
運用の仕組みをつくる前に運用が始まって負荷が急上昇したのだから、必然とも言える。

速度が必要とされるソーシャルゲームでは、ゲーム内イベント開始の前日に正式なグラフィックが出来てきて、テストプレイしたら修正依頼が入り、直前であっても修正を余儀なくされるということが頻発していた。

朝7時に始まるイベントをギリギリまで開発していて夜中の2時に「これは無理だな」といって延期のお知らせを出したことさえある。

また、積み重ねがないため、障害時のトラブルも頻発していた。
夜中だろうと何だろうと、たった一人しかいなかったインフラエンジニアに電話をかけ、AWSの再起動や負荷チェックを依頼したことも何度もあった。

このままでは疲弊が積み重なり、人が持たないという雰囲気が確かに漂っていた。
各チームがなんとなくそれぞれでやっていたことを組織で問題解決しなければならなくなった瞬間だった。

執行役員とは何だ?

そして、ちょうどこの頃(おそらく2011年夏頃)國光さんより「執行役員」と「技術開発部部長」をやって欲しいという話をされた。

何故指名されたのかは定かではないが、当時のCTOに対して「ああしましょう」「こうしましょう」と色々と面倒くさい物言いをしつつも、面接も含めて一緒に動いていたのが要因ではないかと考えている。

そもそも話を受けた当時、私は「執行役員」とは何をすべきなにかわからなかったので普通にググって調べたりした。
調べたとしても、会社には既に取締役CTOが存在していたので、どうやら「CTOの元で業務執行せよ」ということであるのだろうと思い至った程度で、具体的なものは何もわからなかった。

また、私には組織をマネージメントした経験はなかった。
そもそも当時は技術的な課題は見えていたものの「執行役員」や「技術開発部部長」は何をすべき存在かすぐにはわからず、申し出にも即答できなかったことを憶えている。

その提案を受けたあと、前の職場でも一緒だった同僚と昼飯に向かいつつ「執行役員と部長をやれと言われたのだけど、どう思う?」という話をなげかけると「やればいいんじゃない?」ということだったので、受けることにした。

まぁ、なってからやるべきことは考えれば良いことだと考え直したわけである。
おそらく不適格であれば誰かと代わればいいのだから何とかなるだろう、と甘いことさえ考えていた。

ここで私は明確な失敗をしたなと考えていることがある。
私は当時の立ち位置を考えると「CTOの影響力を最大化する」方向へ動くべきであった。
CTOの重要性、有能さを、たとえそれが現実とは即していなかったとしても最大限に強める必要があった。

政治的な立ち振る舞いを知らず、影響力、発言力といったものの大きさを認識していなかったので、CTOに対しては「手を動かさず、CTOにしかできないことをしてください」と言い続けてしまったのである。
コードを書くことは他の人でもできるが、CTOの仕事ができるのはCTOしかいない。
CTOなのだから、自分で考え自分で組織をデザインし、自分で技術に対する戦略を決めていく、それを実現するのが「技術担当執行役員」だと考えていた。結果としてそれが國光さんの目指す「夢」を実現することだろうと。

なのでCTOに対して「CTOとしての考え方を示せ」といった行動を強く求めてしまっていた。

結果として(もう少し未来の話だが)CTOは2012年の2月に退任することとなる。
それ以降、会社には技術系の取締役というのは存在しなくなった。
考えてみれば、このタイミングでCTO退任に対する引き金は緩やかに引かれていたのだろう。

そして私は「採用を強化する/トラブルを収束させる」という方向にシフトをすることになる。
開発力を向上させ、現在の人員の負担を軽減させるにはそれが一番だと考えたからだ。

開発を担当していた「デュエルサマナー」を離れ、面接とトラブル対応、情報共有に集中することにするのだった。

結果として私も以後はコードを書く時間はかなりのピンポイントのみに限られることになり、人に対する課題が重くのしかかってくることになる。