コンピューター産業におけるAppleの成功はコンピューターを高級ブランドにした事だと思う。
思うに高級ブランドというのは高級であると同時にコモディティーである必要がある。
つまり誰でもアクセスができなければいけないのだ。
この点においてエルメスとかロレックスなどは典型的な高級ブランドである。
エルメスのハンドバッグもロレックスの時計も、カネさえあれば誰でも買える。
もちろんこれらの贅沢品を買おうとする人は限られるし、実際に買える人はさらに限られるけれども、エルメスやロレックスの製品を買うのに何らかの資格や社会的地位が必要なわけではない。
十分なカネをもってショップに行けば誰にでも売ってくれる。
これらの高級ブランドの製品はブランドの高級さを損なわない程度に大量生産されている。
そしてこれらの製品が大量生産されているのは誰でも気軽に買えるようにするためなのだ。
製品の値段が高級ブランドの本質なのではない。
その本質は、誰にでもアクセスできる大量生産されたコモディティーであるという所にある。
これまでコンピューターの世界には高級ブランドというものがなかった。
確かにモトローラのCISCプロセッサを使っていた頃のマッキントッシュはすでに高級ブランドを目指していた。
ジョブズはコンピューターはコモディティーでなければならない、と考えていた。
しかもそれはコモディティーとして「最高」のものでなければならない。
つまりAppleの製品は高級ブランドでなければならなかったのだ。
しかし当時、コンピューターというものは基本的には一部の専門家か、あるいは専門的知識を持つ学生が使うものだった。
インターネットがなければそうなるしかなかった、とも言える。
その後インターネットが世間に普及した結果、普通の人もコンピューターを使う事が当たり前になった。
コンピューターはテレビとか車のような誰でも使えるコモディティーになった。
そしてコンピューターがコモディティーになって初めて(途中で試行錯誤はあったが)Appleは高級ブランドとして成り立つようになった。
あらゆる高級ブランド品と同様、Appleの製品は少し高級でも誰でも買える。
この高級さというのはApple以外のコンピューターには見られない。
他のコンピューター(それはノートパソコンからタブレット、スマートフォンに至るまでそうである)は高級ではないし、そもそも完璧なコモディティーになるレベルまでデザインを徹底させる意思が見られない(例外はASUSの3万円パソコンくらいのものだろう。ASUSの3万円パソコンは高級品ではないが、絶対的なデザインを確立しようというはっきりとした意思を感じる)。
近年のAppleの製品には「イノベーション」が無いとよく言われる。
しかし僕はAppleの将来に対してそれほど悲観していない。
Appleは高級ブランドなのだ。
エルメスのバッグやロレックスの時計にイノベーションを求める人がいないように、消費者は別にAppleの製品にイノベーションを求めているわけではない。
消費者としてはAppleのコンピューターの画面が鮮明で、インターフェースがオシャレで、最上のカメラユニットを搭載し(といっても、カメラユニットの値段は最高級品でも30US$程度だという話だが)、ある程度安定して動作してケースの仕上げがよいだけで十分なのだ。
高級ブランドであるというのはそういう事だ。
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