──小説家の海猫沢めろん先生がハイローにハマってしまったという(コブラ推しだそう!)。そこで今回は「小説家は『HiGH&LOW』をどう見るか」という視点でご寄稿いただいた。『HiGH&LOW THE MOVIE2 / END OF SKY』の脚本がいかに素晴らしいか、めろん先生のハイロー論とはいかに。
海猫沢めろん氏の最新小説「キッズファイヤー・ドットコム」(講談社)
なにかがおかしい。
気づいたのは、去年の夏頃だった。
ある時期から突然、ツイッターのタイムラインで「HiGH&LOW」という言葉を頻繁に見かけるようになった。
どうやらEXILEの映画らしい。
EXILEか……。
俺のフォロワーとはどう考えても接点がなさそうだが……なにが起きているんだ。
インターネットスキルを駆使して情報を集めてみると、腐女子関係にウケているということはわかったのだが、どうもそれだけではなさそうだ。友達の男子も興奮している。わからん。まあ、そのうち見てみるか。
そう思ったこともすっかり忘れ、半年が経った。
その頃の俺は、知り合いのいない熊本に引っ越したせいで、あまりにもストレスが溜まっていた。
そんな時、誰かが「HiGH&LOW」という映画を観ると気分が良くなるよ、と教えてくれた。
気軽に摂取するとヤバいことになる気がしたが、TSUTAYA DISCASを使うと3日後にはDVDが手元に届いていた。
観た。
角刈りオッドアイのオッサンが暴れ、李とかいう韓国人が「すごぉい」と口にした瞬間、笑った。
だが、バイクに乗った金髪のイケメンが「ぶっ殺されてえのかてめえら……」と凄んだとき、俺のなかでなにかが覚醒した。
……これは。
……すげえ……。
……すげえ、とにかくすげえ……。
……わかんねえけどなんかすげえ……。
出てくる役者のオーラとアクションのレベルが高すぎる。
まったく前知識がなかったので、映画に出てるのは全員EXILEだと思っていた。
「ははーん……なるほど、これは全部、実際のEXILEのバックとかで踊ってるダンスチームにちがいない。映画を見ればLDHのことがすべてわかるって寸法か。雨宮兄弟ってやつは3人組のPerfumeみたいな感じだろう……そういえばこのTAKAHIROってやつは見たことがあるぞ。斎藤工ってやつもEXILE一族か。そういうことか。MUGEN=ZOOだろ? たぶんこの琥珀さんとかいうおっさんを演じてるのが、HIROって社長で、九十九さんが副社長……わかってきたぞLDHが」
完全にまちがっていた。
そんな俺が今回、『HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY』通称『ザム2』を観てきた。
とてもおもしろかった。
非常にアホっぽい感想だが、こう言える映画はなかなかない。
俺は普段小説を書いているので、映画を見ているとテクニカルな部分が気になってしまうことが多い。撮影技術についてはあまりわからないが、脚本やストーリーテリングの部分についてならわかる。
この映画の脚本は相当レベルが高い。
世界観とアクションがカオスすぎるため、脚本が注目されることは少ないだろうが、これは間違いない。
ザム2の脚本には、少なくとも3つ素晴らしい部分がある。
【1】「セリフ」
ザムはドラマ版に比べ、かなりセリフがタイトだ。長いセリフは、どうしてもアクションシーンのテンションを殺してしまう。最小限で最大の効果を産むセリフが必要だ。
「琥珀さん!」「パリタイ」「だーるまさんが転ぶかな」等、役者のアドリブで喋ってる部分もあるが、とにかくワンフレーズでキャラが見えるセリフは秀逸。
特に注目すべきはザム2前半で、山王連合会のコブラがホワイトラスカルズのROCKYに、「立てなくなったらいつでも呼べ」と告げる場面だ。
後半、文字通りROCKYが立てなくなったところへ駆けつけるコブラ……前半の伏線を受けるセリフがいくらでも思いつく見せ場だが、あえてここに言葉はない。
結果的にセリフがなくとも、ビンビン感情が伝わってくるシーンになっている。
もともとあった脚本が現場で変更された可能性もあるが、だとすればその判断は正しい。
すべてが過剰なこの映画において、さりげない引き算演出を入れるあたり、実にクレバーだ。
【2】「マクガフィン」
マクガフィンとは、映画において重要なキーになるアイテムのことだ。
ヒッチコックのインタビュー集『映画術』(『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』晶文社)で、彼は「映画内でキーになるものなんて爆弾だろうが、マイクロフィルムだろうがなんでもいいんだ」的なことを言っている。
要するに「なんかみんなが狙ってる重要そうなアイテム」であればそれでいいのである。
マクガフィンの中身にこだわる必要などないのだ。
ザムにおけるマクガフィンは当然ながら、あの「USBメモリ」である。
あれなんなの?
なんで琥珀さんUSB返したの?
使い方わかんなかったんじゃない?
ていうかパソコンにセットしたとき勝手に刺さるギミックなんなの? 意味あんの?
とかいろいろ疑問はあるだろうが、そんなことはどうでもいい。問題はあれをめぐって映画が動いているということなのである。
あのUSBのマクガフィンぶりは素晴らしい。
改めて、マクガフィンっていうのはこういうことだよな、と再認識させてくれる。
【3】「感情線」
映画や小説やマンガ、あらゆる物語を書く上で起承転結やらなんやらという構造を気にする人がいるが、実はそれは重要ではない。
本当に重要なのは読んでいる人と物語のテンションがシンクロすることなのだ。
ストーリーテリングでは理屈のつながりよりも、感情のつながり——感情線を優先すべきなのである。
映画でよくあるのが、この感情の上げ下げを音楽で補うという手法だ。
たとえば映画内の悲しいシーンでは当然観客も悲しくなってもらいたい、だがセリフと演技だけでは限界がある。
そこで音楽を流すわけだが、まるでPVのようにわかりやすすぎるほどに場面の感情に即していると、わざとらしすぎて白けることも多い。
ところがザム2ではともすれば陳腐になりがち、諸刃の剣とも言えるPV的演出が、圧倒的なアクションと画の説得力によって完璧な効果を上げているのだ。
……と書くと、物語的な整合性を置き去りにしてテンションで突き抜けるタイプの映画か……と思うだろう。
しかし、実はドラマ版も含めて「HiGH&LOW」全体を見ると、キャラクターたちの背景にある行動原理やバックグラウンドはかなりしっかりと考えられていることがわかる。謎すぎる琥珀さんの過去もおそらく今後語られていくはずだ(たぶん)。
というわけで、ザム2は、非常に考えさせられる映画だった。
小説という仕事は言葉を使うだけに、理屈と整合性にこだわりがちだが、そんなことはどうでもいい気がしてきた。
今後、キャラクターが狂っている理由がわからないという指摘をする編集者がいたら「ぶっ殺されてえのかてめえら……」と返そうと思う。
ザム3も期待してます。
海猫沢めろん(うみねこざわ・めろん)
1975年生まれ、大阪府出身。高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。『左巻キ式ラストリゾート』(星海社文庫)でデビュー。『愛についての感じ』(講談社)で第33回野間文芸新人賞候補。カリスマホストがクラウドファンディングを利用して子育てに挑戦する新刊『キッズファイヤー・ドットコム』(講談社)が好評発売中。