42nd 53
テーマ:小説 > 恋愛
2017/09/16 19:04:40
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数日振りに…ちゃんと着物を着た。
そして、華穂の仏前に手を合わせて…
「…華穂…」
小さくつぶやいた。
死んでしまいたい。
もう、桐生院の今後など…どうでもいい。
私は、好きに生きて来れなかった。
夢さえ見られなかった。
それならば…今こそ…自由になってもいいのではないだろうか。
両親も祖父母もいない。
どうせ私が死んでしまえば、桐生院は廃れる。
どうなってもいい。
そう思い始めてからの私は、妙に頭の中が冴え渡った。
華穂の遺影が見える位置に踏み台を持って来て、鴨居に紐を通した。
傍から見れば異常な行動でも、私にはまるでピクニックにでも出かける気分だった。
華穂に会いに行くのだ。
楽しみで仕方ない。
本当に、この時の私は…それしか頭になく。
廊下に、貴司がいた事など…目にも留まらなかった。
「…お母さん。」
踏み台に上がって、鴨居に通した紐を結んでいる時…声をかけられた。
だけど私は動きを止めなかった。
紐を結びながら。
「何ですか。」
淡々と答えた。
「…何を…しているのですか…」
何をしているか?
何をしているか…
そこでようやく、私は手を止めて…貴司を見た。
「…華穂の所へ…行こうと思っています。」
私が紐を持ったまま貴司に目を向けて言うと…すでに貴司は目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。
「…お母さん…それなら…」
貴司はずい、と部屋に入って来て私の前に立つと。
「その紐で…まず…僕を殺してから、死んでください…」
震える声で言った。
「……」
私は…とても呆れた顔をしたと思う。
貴司は今…なんと?
「華穂が死んだのは僕のせいです…お母さん、どんなに僕を憎いと思われている事か…」
「……」
「僕を殺して下さい…僕は…お母さんにまで死なれてしまったら…生きていけません…」
「……」
この子は…何を言ってるのだろう…?
私はキョトンとした顔で貴司を見下ろした。
私が…貴司を憎んでいる…?
私が死んだら生きていけない…?
「…憎んでなど…」
紐から手を離して、貴司の頭に触れようとすると…踏み台のバランスが崩れて、私は貴司の上に転がった。
「あっ!!」
「うわっ…」
私が貴司の頭を抱きしめるような形になってしまい…何となくバツの悪い空気が流れたが…
「…お母さん…」
貴司が…ギュッと、私の背中に手を回した。
「……」
それは…貴司がうちに来て、初めての事だった。
私は…貴司を我が子だと認めたと言いながら…抱きしめる事など一度もなかった。
「お母さん…生きて下さい…」
私の胸に顔を埋めて、泣き続ける貴司。
…私にはまだ…私を母と呼んでくれる存在がいる…。
華穂。
華穂。
あなたに…会いたいけれど…
あなたの大好きなお兄さんを残しては…いけないわ。
もう少し…待ってもらえるかしらね…。
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