三浦天紗子 (みうら あさこ)
ライター、ブックカウンセラー。1988年よりライターに。女性誌を中心に、インタビュー、ブックガイド、恋愛、美容、健康などの記事を担当。女性が幸せになるためのナレッジ提供がマイテーマ。著書に『うるおい美人になれる! ホルモンダイエット』(産婦人科医 / ウィミンズ・ウェルネス銀座クリニック院長対馬ルリ子先生との共著、マガジンハウス)、また、妊活と関係が深いものには『そろそろ産まなきゃ 出産タイムリミット直前調査』(阪急コミュニケーションズ)などがある。
去る2月9日、革新的な製薬企業であり、不妊治療サポートの分野においてグローバルリーダーであるメルクセローノ株式会社が、「日本における妊娠と不妊治療に関する認識とその考察」をテーマとした記者勉強会を開催しました。
今回の勉強会には、<スターティング・ファミリーズ>調査の共同リーダーである英カーディフ大学教授のジャッキー・ボイバン先生が来日。ボイバン先生による「日本に関する分析結果」についての講演は、子どもをめぐる日本の特異な現状を浮き彫りにするものでした。
「初産の高齢化」や「合計特殊出生率の低下」「子どもを持たない女性の増加」などは現代社会における世界的傾向です。その中で「初産の高齢化」は、日本で特に顕著だったものでした。ボイバン先生は、そこから、日本人の“産むことへのためらい”が透けて見えると分析しています。
「日本のカップルは子どもや家族を持つことへの欲求も必要性も極端に低く、とりわけ女性は、親になることの社会的なプレッシャーや育児負担などを重く捉えていることがわかります。例えば、夫婦間における家事分担をみてみると、他の国々に比べて、日本では女性だけにかなりの負担*がかかっています。 仕事をしていれば、その負担はさらに大きくなるでしょう。多くの先進国では、社会的な義務感に囚われて子どもをつくろうというのは男性に多いことや、男女とも育児の負担をほとんど感じないと回答しているのとは対照的です。日本人は産んだ先にある負担を考えるあまり、産むことをためらっているのかもしれません。
また、妊娠、不妊に関する知識レベルを見る調査が示すのは、日本人の極端な知識不足です。日本人は、喫煙や肥満、性病などが不妊を誘発する可能性があるという“不妊誘発リスク”に関してセルフコントロールをしようという意識が低いことが挙げられます。その上、生殖のメカニズムをきちんと理解しないまま、『月経がある女性や精子が作り出されている男性には妊娠能力がある』と思っていたり、『女性の妊娠能力は30代と40代に大きな差はない』と考えているなど、“妊娠に関する間違った通説”を信じています。
そのため、なかなか子どもができなくても、自分に治療が必要かもしれないという認識が薄く、問題解決のための積極的な姿勢もあまり見受けられないという状況が生まれています」
ボイバン先生は、講演の最後をこう結びました。
「今日、子どもを持つという意思決定は容易ではなく、中でも日本は独自の問題に直面しています。かつては夫婦が子どもを持つことはごく自然な流れであり、社会的にもそう受け止められていましたが、現代の日本社会においては子どもを持つかどうかは各人の意思決定が大変重要になっています。にもかかわらず、その意思決定には育児負担への不安や経済的不安が影響しています。では、これらの不安要素をどれだけ軽減できるか──。つまり、日本における不妊は個人レベルの問題であると同時に、社会問題でもあると捉えるべきでしょう。社会全体で出産や育児の価値を再構築していく必要があります」
この勉強会では、さらに二人の講演者が、日本の視点から調査結果を分析してくださいました。
「妊娠と不妊治療に関する意識の考察と提言」についてお話しくださった聖路加看護大学教授森明子先生によると、
「日本では、不妊を疑っても、第三者に悩みを打ち明けたりできる人たちはごく少数です。問題解決のための、知識や適切なアドバイスをくれる機関もありません。ネガティブな感情をひとりで抱えたままでいるしかないのが現状です。その背景には『薬や治療内容についての説明が不十分』『配慮のない言葉に傷つく』『流れ作業的な治療に抵抗を感じる』など、医療者と患者とのコミュニケーションが十分に取れていないという問題が横たわっています」
医療者と患者との溝を埋めるには、カップルがもっと当たり前に、専門機関への助けや情報を求めることができる環境を整えることだと森先生は言います。
「社会や医療機関全体で、最小の負担で安心して前向きに治療を受けられるようにするための“情報とサポート”をどう提供していくのか。不妊症看護認定看護師の育成を始め、不妊症看護のより高度な教育、病院を探すための客観的な情報、治療そのものを理解するための知識や情報の吟味のしかたなど、不妊のカップルが主体的に積極的に関われるような“体制づくり”が、早急に求められているのです」
最後の講演者は、山王病院リプロダクションセンター・センター長の藤原敏博先生です。<スターティング・ファミリーズ>調査に見る日本の特異な状況について、藤原先生はこう分析しています。
「日本、とりわけ都市部においては、自身の生活レベル維持を重視している傾向があります。また、経済的な負担への不安や、育児をめぐる公的私的なサポートが期待できないという懸念、さらには晩婚化や非婚化が進んでいることが、子どもを持つ意欲を減退させているのでしょう。妊娠への関心の薄さと表裏一体のような形で、不妊や不妊治療についても関心がないという結果を生んでいる可能性があります。
臨床の現場にいると実感しますが、社会的に不妊症の人の割合が増えてくる年齢は確かにあって、35歳がひとつのターニングポイントと考えられます。もし子どもが欲しいのであれば、早めに行動を起こすことが妊娠しやすさにも結びつくのです」
藤原先生は、「体外受精・胚移植等の臨床実施成績」調査(2008)を鑑み、日本ではART(生殖補助医療)を行う施設がかなり多い一方で、多くの施設では実際に行われている治療周期数が少ない実態にも言及されました。
「日本のARTの登録施設609の約半数、256施設(46.7%)で、全治療周期数が100周期以下に過ぎません。これは十分に実施されているとは言いがたい数値です。治療成績のデータも施設ごとに公表している内容が異なっているなど、日本には、各施設の治療成績などの管理を統合的に行っていく専門機関がなく、それが不妊治療に関する正しい理解を妨げている一因ではないかと考えられます。現代はインターネットなどでさまざまな情報に容易にアクセスできますが、然るべき機関が発信する信頼できる情報がないために、かえって一般不妊患者の知識の混乱を招いているわけです」
また、藤原先生ご自身が勤務する山王病院リプロダクションセンターでは、第一子を望む不妊患者さんに提出してもらう質問シートがあるそうですが、この回答から藤原先生が読み取ったこんな言葉もとても含蓄がありました。
「日本では不妊を病気だと捉えない傾向があり、不妊を何か欠陥があることのように感じてしまう風潮がいまだに根強い。これが不妊患者がひけめを感じる土壌にもなっています。そのため、不妊治療の初期には緊張や不安が見られるのですが、治療が長期化するに従い、怒りや敵意、疲労といった不快感情が表れてくるケースが見られます。不妊をめぐる女性の心理がそのような変化をたどるかどうかは、実は夫婦関係が良好かどうかでずいぶん違ってきます。先に述べた不妊に対する引け目のようなものが夫婦の関係悪化を招き、やがて子どもを持つことの意欲低下の原因にもなっていくのではないかと推測されますが、それを乗り越えてポジティブに不妊治療に取り組んでいくためには、夫婦の一体感や信頼感が不可欠なのです」
講演終了後は、出席したメディアから活発な質問がなされ、カップルが安心して妊娠を希望できるさまざまな体制づくりや、不妊の実態や治療に関するアカデミックなガイドラインの制定、悩みを相談できる機関設立の必要性などが急務であることを再認識したイベントとなりました。こちらの講演内容は、後日さまざまなメディアで紹介されました。
また、ボイバン先生は翌2月10日に野田聖子衆議院議員、小渕優子衆議院議員らが主宰する「生殖補助医療をめぐる法整備についての勉強会」に出席し、本調査に基づく講演を行いました。この日議長を務めた小渕議員からは、本勉強会が、出生率向上を目指す日本にとってのいい指針となったこと、今後の政策提案の参考となる内容であったことなどの総評をいただきました。
この調査結果の具体的なデータは、こちらにも一部紹介されています。
ライター、ブックカウンセラー。1988年よりライターに。女性誌を中心に、インタビュー、ブックガイド、恋愛、美容、健康などの記事を担当。女性が幸せになるためのナレッジ提供がマイテーマ。著書に『うるおい美人になれる! ホルモンダイエット』(産婦人科医 / ウィミンズ・ウェルネス銀座クリニック院長対馬ルリ子先生との共著、マガジンハウス)、また、妊活と関係が深いものには『そろそろ産まなきゃ 出産タイムリミット直前調査』(阪急コミュニケーションズ)などがある。