新しい仕事や新生活を始めた「新人」さんへ
『図書館戦争』有川浩
(KADOKAWA /角川書店)初出2006
本=現実逃避の手段 VS 本=甘やかさずに背中を押してくれる存在
「組織としての正義」と「矛盾に葛藤しながら戦う主人公」。読むたびに励まされ、背筋の伸びる最高のエンタメ小説! #エンタメ小説 #全六冊のシリーズもの #映画化・アニメ化 #「表現の自由」を考える #ラブコメ #ラノベ文体なので読みやすい! #新入社員さんにもおすすめ! #元気になりたいときに読みたい一冊
この世で心から憎んでいるものが二つある。
つまらない本と、つまらない読み方をする人である。
前者のつまらない本については、思う存分罵ることができる。
ばかっ、てめえのつまらん話を聞くために本を開いたわけじゃねぇっ、もっとおもしろく書けるだろっ、ばかっ。さらに好きな作家さんの新刊がつまらなかったときのズッコケぷりたるや。情けなさと憎悪とで腹が立ちまくり、本にあたる。さ、作者さんのアホ〜〜〜〜! もはや憎しみのお祭り状態である。
しかし後者は困る。おもしろい本なのにつまらない読み方をしている人間が目の前にいるときほど困ることはない。
どう考えても素晴らしい小説を誰かが適当な言葉で批評しだしたときなんざ、もう、死っぬほど腹が立つし即座に末代まで祟ってやるリストに名前を放り込むし蹴り倒したろかと思う。が、如何せんなけなしの社会性と頭の回転の遅さが邪魔をして、罵る言葉を口にすることができない。大概苦笑して終わる。しかし内心泣きそうなくらい腹を立てているので、まぁ、相手がそれまでどんなに好きで尊敬している人であったとしても、途端に「こいつは末代まで祟る」リストにぶち込まれるわけである。
はぁ、つまらん読み方のせいで百年の恋が冷めた経験が私の人生にいくつあっただろーか……。
そんなわけで紹介するのは、私の人生でなぜか後者に遭遇しまくるきっかけとなった不遇な本である。
『図書館戦争』。有川浩さんのエンタメ小説である。
映画化もされたしアニメ化漫画化もされたし、いまやすっかりベストセラー人気作品となって、読者としては感無量のシリーズ。
しかしなぜだかこの小説、私の周りでは大変不評である。
「ラノベじゃん」「ただのラブコメじゃん」「ああ、あのマンガみたいな小説ね」
……ひどくないか。ていうか阿呆なのか、貴様たちは(←わかる人は笑ってください)。なぜそういう読み方しかできないのだ。
たしかにこの小説はラノベ文体だしラブコメ要素が強くて映像化漫画化しやすいのが特徴、だけれども。そんなものは表面的材料にしか過ぎない。この作品がすごいのは、それをちゃんと導入剤としつつ、有川浩が読者を「甘やかさない」ところにあるんだよ!
主人公も読者も甘やかさない作家
—この小説の舞台は2019年。
公序良俗を乱す表現を取り締まる「メディア良化法」が成立して30年……つまりは本の「検閲」が現代日本で行われている、という設定。
そんなご時世、「図書隊」だけが国の検閲に対抗できる力を持つ唯一の組織。この図書隊は、自衛隊並みの防衛力を持ち、本のために、検閲と攻防を繰り広げていた。
主人公の笠原郁は、この図書隊に入隊したばかりの新・社会人。
彼女は、むかし自分の好きな本を守ってくれた「王子様」に憧れて、彼のいる図書隊に入ったという乙女(しかし身長170センチの元陸上部体育会系女子)。しかし彼女を待ち受けていたのは、直属の上司・堂上教官(映画では岡田准一くんが演じていて大変カッコよかった)の強烈なシゴキだった……。
「中学生くらいの子におすすめの本は?」って聞かれたらいまだにこの本を挙げる。読みやすいし何よりノリと勢いが凄まじくいいため、本が苦手な子も本好きな子もみんなおもしろく読める本だと思う。
私にとっても、青春の一冊。中高生のときにものすごーくハマった。
—しかし、私はこの本のいったい何がそんなに好きなのか?
それは、作者である有川浩さんが「甘やかさない」作者だったから。
というのも、当然だが、作者さんにはいろんな人がいる。
ひたすら主人公をぐるぐる悩ませる人もいるし、閉じ篭らせる人もいるし、狂気を植え付けやすい人もいる。やたら残酷な方へ物語を持っていったり、逆に笑える方に持っていったり、それはもう作者という存在の個性による。
その中でも、有川浩という作家は、「甘やかさない」ことにその特徴があるように思う。
たとえば『図書館戦争』の中で、主人公が「陸上経験者」という体力的アドバンテージをもって入隊してきた場面がある。すると、有川浩は物語の中でちゃんと「陸上経験者だからこそ」、体力に自信があるからこそ勘違いしやすいミスを忍ばせる。長所は時として短所になりやすいという当然のことだけど、これを小説で描ける人ってなかなかいない。
ほかにも、たとえば優秀な同期に主人公のミスを酷く叱られたりする。すると上司が、その優秀な同期には「正しいからって何を言ってもいいわけじゃない」って言うし、逆に主人公には「ミスは自分の努力で補え」って突き放す。
有川作品には、そこに生きる登場人物たちが、甘えずに、いろんなことをちゃんと生きているあるいは仕事している様子が見える。
そしてそれは撥ね返って読者にも突き付けてくる。「甘えんな」と。
その「甘やかさない」程度が、私にとってはすごく心地よかった。
物語は、時として読者を甘やかす。だって現実はいつも厳しすぎるから、せめて物語の中だけでは甘やかされたい。ありのままの自分を肯定されたい。
だけど、特にむかし中学生だった私は「それじゃだめなんだ」ってすごくすごく思っていた。ある種指針とするような、自分を甘やかさない生き方を教えてくれるような、そんな物語が欲しかった。
『図書館戦争』は、そんな私にとって、姿勢を正してくれる物語だった。ちゃんと甘えずに「頑張ろう」って思うエネルギーになってくれる小説。だから私はこの小説をこんなに好きになったのだ。
《人生を狂わせるこの一言》
「お膳立てされたキレイな舞台で戦えるのはお話の中の正義の味方だけよ。現実じゃ誰も露払いなんかしてくれないんだから。泥被る覚悟がないなら正義の味方なんて辞めちゃえば?」
思想の表面に甘いコーティングをした小説
「図書館戦争の甘やかさないところが好き!」と言っても、たいていあまりわかってもらえない。だって『図書館戦争』には、あっまあまの角砂糖ぶち込み型のラブコメ要素が表面に乗っかっているから。
読者はそのラノベ調の読みやすい文章と「ベタ甘」と評される少女漫画のような恋愛部分に引き込まれる。だけどそれは有川先生の計算だ。これはエンタメ小説だから。ちゃんと読者が楽しめるように、甘やかさない思想の表面には甘いコーティングをしてある。
でもそのベタ甘の表面だけを見るんじゃなくて、ちゃんと、物語が語る「組織としての正義」と「それとの矛盾に葛藤しながら戦う」主人公の「成長」も見てほしいよって思う。
そりゃ読み方は自由だしどんなふうに読んでもいいし私もこの小説のラブコメ大っ好きだけど、この本の本当のおもしろさを知ってほしいのである。
だってエンタメとしてのおもしろさと物語としての強度をここまで両立させた物語、なかなかないもの。
きっとあなたが新入社員だったり新入部員だったりするとき、組織に入ってあれこれ悩んでいるとき、この本を読めば頑張ろうって思えるよ!
この本を読むと、今だって背筋がしゃんと伸びる。初めてこの本を読んだ頃の、頑張らなきゃって思う自分も一緒に思い出されるから。
願わくば、あなたにとっても『図書館戦争』がそんな一冊になりますように!
次回紹介する本
― 「語られない歴史」が好きなあなたへ
5/50 『オリガ・モリソヴナの反語法』米原万里(集英社)初出2002
教科書に記された歴史 VS 小説で描かれる歴史
私が「全人類」におすすめする本を挙げるとしたら、この本を挙げる。「歴史」と「文学」の間にある傑作です! #ロシア通訳者・エッセイストの著者による小説 #スターリン時代のソ連が舞台 #笑えて泣けて震える #現代東欧史に興味のある人ぜひ! #歴史が苦手な人もぜひ! #ソ連に関する小ネタ盛りだくさん #ミステリ仕立て #「最近感動してないなぁ」と思ったときに読みたい一冊