ライター・イラストレーターを名乗る理由
中村佑介(以下、中村) みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。イラストレーターの中村佑介です。本日はよろしくお願いします。
武田砂鉄(以下、武田) ずいぶんと、ハツラツとした挨拶。なんだか、感じが良すぎて、感じが悪いですね(笑)。
中村 いやいや、そんなことないでしょ(笑)。控室にいた時からずっとつっかかってきますね~。
武田 今日ここまで、サンダルで来たんですが、さきほど楽屋で「トークショーにサンダルってどうなのよ」と中村さんが言うわけです。はて、なぜ、サンダルではダメなんでしょうか。
中村 だって、それサンダルっていうかクロックスでしょ。そしてTシャツに短パン。僕はジャケット着ていて、まるで正反対じゃないですか。
武田 最近、誰から言われたわけでもないんですが、どこまでもクロックスで行ってみる、という課題をこなしています。新幹線や飛行機にクロックスで乗ると「なんで?」という目で見てくる。新聞社にクロックスで行くと、通り過ぎる人が「あら、クロックスですか」という目をする。TPO至上主義、クロックス軽視社会を痛感しております。
中村 そんな誰も責めてないのに、いつも一人で見えない敵に向かうんだから(笑)。僕がジャケット脱げばいいんでしょ。脱ぐ脱ぐ!
武田 ところで、軽視といえば、ある仕事でモヤモヤしたことがありまして、以前、とある展示をレポートする仕事で会場に着き、スタッフの人に「本日お世話になるライターの武田ですが、いま入口につきました」と連絡をすると、スタッフの人が駆け寄ってきて「もう、ライターだなんておっしゃらないでくださいよ!」と言われたんです。
中村 あー、美術館だったら、ライターじゃなくて記者って言ってほしかったんじゃないですかね。
武田 ライターだなんて、です。だなんて、って、もしかしてバカにされているんでしょうか?
中村 違う、違う! でも美術館の司書の人からすると「ライターです」っていう言い方って、少しへりくだっているというか、「大したことはないんですけど」みたいな感じに受け取られる可能性はありますね。
武田 「ライターだなんて」の「だなんて」は、クロックスの軽視以上に根深いものがあります。ところで中村さんも、イラストレーターという肩書きにこだわりを持っていますよね。中村さんの対談集『わたしのかたち』の中にも、イラストレーターと名乗り続けます、という言及が何度か出てきます。
中村 日本でイラストレーターって何をしている仕事なのかを定義したいっていうのがあって。イラストレーションというのは商業的な仕事で、「芸術は爆発だ」的なものではありませんよっていう意味を普及したくて。
武田 「芸術は爆発だ」的なものではない、という否定は、その「芸術」よりもランクが落ちるのがイラストレーターだ、と理解される可能性が高いですよね。
中村 日本はほとんどそうですよ。小学生の図工の時間から、「自由に表現するこそ美徳なり。ピュアこそ全て」みたいなところがあるじゃないですか。 ピカソも本当は美術的な文脈を踏まえてすごいのに、めちゃくちゃな絵を描いたからすごい!と認識されている。めちゃくちゃなことをやれば、アートみたいな。
武田 ライターも、作家やジャーナリストからはワンランク落ちるイメージを持たれることがありますね。作家やジャーナリストを目指す人が「ひとまず」名乗っている、と思われる。
中村 それでも武田さんはライターを名乗り続けていくんですよね。
武田 わざわざ突っかかっておきながらこう言うのは矛盾しますが、別に肩書きなんてどうでもいいんです。だからこそ、「だなんて」と言われると、どうでもよくなくなってしまう。ライターって大枠で仕事ができます。自分の今の仕事として、コラムを書いたり、評論を書いたり、インタビューをしたり、ルポ記事も書くこともあるので「ライター」がしっくりくる。編集者が、わざわざ「作家」や「コラムニスト」と直してくれることもありますが、再度赤字を入れて「ライター」に直します。
中村 僕もある! よくアーティストって書かれます。
武田 長年、斜に構えて生きて参りましたので、「だなんて」と言われると、よし、それじゃあ、これからも名乗り続けていこう、との意識が強くなっちゃうんですね。
中村 あー、逆にね。
武田 「ブロガー兼作家」という目新しい肩書きを見れば、「よし、自分はライターでいこう」との気持ちが強まります。どちらが正しいというわけではなく、自分がただそういう性格なのです。
中村 言われれば言われるほど強まるんだ。ジャケットを着ないといけないような舞台上なのに、Tシャツとクロックスでくるっていう姿勢も、いまの武田さんのアイデンティティーに深くかかわっている気がしますね(笑)。
武田 アイデンティティーなんて高尚なものじゃなく、単なる安手の自己肯定のために「そうか、チョコパイのイラストの仕事をすると、ジャケットを着るようになるのか!」なんて言い始めるわけです。
中村 10年以上着てるヤツだよ!(笑)
嫌われてもお金の話をする必要性
武田 中村さんは、いかにしてイラストでお金を儲けるか、という話を意識的にされていますよね。
中村 もう嫌われる覚悟で言っています。やっぱり「絵=ピュア(幼児性)」みたいな感覚がある日本では、作家にお金の話なんて求められないんですよ。それはわかっているんだけども、ちゃんと絵が仕事として成り立っていることや、将来絵を描く仕事をしたい子供が親から「非現実な夢を見るな!」と言われないためにも、講演会などでこのギャラはこれくらいだったみたいな話はしていますね。
武田 イラストレーターもライターも、お金に関しては無頓着、っていう緩慢な慣習がグズグズ続いているところがありますよね。
中村 バブルのときの流れがそのまま残っちゃってるのかも。あっちは逆に儲かってしょうがなかったから、あえて言わなかっただけなんだろうけど。
武田 イラストレーターやライターに支払うギャラが高かった時代のクライアントにしろ、編集者にしろ、その当時の現場にいた人が管理職になって、ギャラは安くなっているのに、慣習だけが残存している感じがありますよね。だからこそ中村さんみたいな人が、お金に関してその都度発言していく意味はとても大きいと思います。
中村 武田さんも現在はフリーで活動をはじめたわけじゃないですか。守ってくれる会社から離れて、お金に関する意識や仕事に対する意識は変わりました?
武田 色んな人から適当な感じで「ライター、やっていけてる?」と心配されますね。あっちが適当なのでこっちも「ぼちぼちですね」と適当に答えることが多いですが、これから物書きになろうとしている人から問われれば「やっていけています」と即答しますが。
中村 そんな格好してるから聞かれるんじゃないの?(笑)
武田 生活ギリギリ感ありますかね。先日、新しいクロックスを買ったばかりです。
中村 いやいや、わかるけど(笑)。いろんなところで名前お見かけするし。
武田 やっていけているなら「物書きでやっていけています」ってしっかり言わないと、とは思うようになってきましたね。
中村 難しいよね。武田さんもTwitterやっているでしょ。ああいうところでは、そういう単価が安くて、過酷な労働状況エピソードが好まれません?
武田 好まれますね。オレのほうがヤバい合戦こそヤバいですね。確かに多くの原稿料は高くはないけれど、「オレのほうが」のサイクルは無意味です。
中村 本当は収入の話とかもTwitterでしてあげたいいと思うんだけど、あそこでいうのは嫌味以外の何物にもならないからね。「みんなと同じだよ、僕も吉野家で食べるよ」みたいなことを言ったほうが好かれる傾向にある。
武田 それって、今の時代、親近感が大事と考えるクリエイターの皆さんが多いことも影響しているんでしょうか。
中村 でもフォロワーとファンって少し違うからね。武田さんの本を買っている人は、武田さんのことをフォローしている人とはまたちょっと違うところにいると思っているし、僕自身もそうだと思っている。
武田 となると、中村さんは、お金を落とさない人は相手にしないということですか。
中村 いやいや(笑)それでも楽しいけど、あそこは見世物や見物客に近いというか。40を過ぎると、お金を落とさない人と遊ぶ時間はなくなってくるなと思っているの。だってネットでどれだけバズっても炎上しても売り上げなんて変わんないもん! 逆に新聞やテレビに取り上げられると、売り上げは上がるっていう。
武田 とりわけ本の売り上げについては、新聞書評の影響力が未だに大きいですね。「テレビはオワコン」との常套句も繰り返されるけれど、Twitterの検索ランキングって、テレビの内容に準拠することがまだまだ多い。その一方、「Twitterで話題!」みたいな本って意外と売れていなかったりする。(この日の会場である)青山ブックセンターは自分たちの選球眼で本棚を作るので、そういう本の宣伝文句をさほど重視しないから好きです。
中村 そうそう。本のうしろめくったらいつまでも「初刷」って書いていたりするからね。
インタビューは予定調和にならないほうがおもしろい
武田 今回刊行した『コンプレックス文化論』では、「天然パーマ」「下戸」「背が低い」といった10個のコンプレックスについてしつこく論じつつ、そのコンプレックスを抱える人のインタビューを載せているんですが、中村さんにも「セーラー服」というお題で登場していただきました。今回掲載されているインタビューは撮り直したものなんですが、最初にインタビューをしたのはもう4年くらい前のことですね。
中村 最初にインタビューをしたのが、クリスマスっていう(笑)。
武田 クリスマスイブの日に、横浜のおしゃれなカフェで夜景を見ながら「なぜ、中村さんは、思春期に直視できなかったセーラー服を描くのか」という壮大なテーマで話を聞きました。周囲のラブラブムードとの温度差は広まるばかり。長話のあとに周囲を見ると、もう誰もいませんでした。
中村 僕のほかにもフラワーカンパニーズの鈴木圭介さんやソラミミストの安斎肇さんらが登場していましたけど、特に「一重」がテーマの、当時BELLRING少女ハートの朝倉みずほさん*の回がとてもおもしろかったです。武田さんは苦戦したのかもしれないけれど。
* 2016年10月に脱退。現在はTHE夏の魔物に所属。
武田 トップアイドルの皆さんの写真を見れば分かりますが、押し並べて二重です。二重だったのか、二重にしたのか、二重にさせられたのかはわかりませんが、朝倉さんにはアイドルとして、一重をどう考えているのかを尋ねました。結果、「朝起きたら、二重になっているんです!」みたいな宣言を一方的に浴びることになりましたが。
中村 そんな予定調和になっていないアタフタ感がすごい楽しかった(笑)。僕も今回対談集を出してみて、話を聞く側だったんだけど、インタビュアーってこんなに大変なんだって思いました。自分がインタビューを受けたり、対談をするときって、割と道筋が決まっていて同じこと聞かれるじゃないですか。
武田 「この作品は、どういう意図で作ったんでしょう」というアレですね。自分もインタビューをするので驚くのですが、道筋を一本しか用意してこないインタビュアーさんがいますよね。話を聞かれる側はこういう質問がきたらこう返そうかといくつかの道を用意しているのに、するほうが一本しか道を用意してこないので、こちらが道を外しちゃってる感じになる。あちらは自分の道を守ろうとするので、結果として、内容がちぐはぐになることがあります。
中村 そうそう。
武田 あがってきた原稿を読むと、こっちが的外れな事を言い続けている状態になっていて、そのまま載せられると「どうして武田は、人の質問に答えられないのか。どうしてはぐらかすのか」となってしまう。
中村 武田さんがインタビューするときも道筋のことはかなり意識するんですか?
武田 とても意識しますね。その人の著作だけではなく、過去のインタビュー記事を読んで予習していきますが、内容はもちろん、どういう道筋で進んでいったのかを類推します。ただ、朝倉さんのときみたいに、いろいろ道を用意していたけど、そもそも、なかなかスタートしないこともありますが。
中村 そのパターンか!
武田 位置について、ヨーイドン!で、その場に座る。
中村 あはは、まさにそんな雰囲気が行間から伝わってきてた(笑)。
武田 それはとても刺激的な展開です。中村さんは、これまでたくさんの取材を受けてこられた側だと思いますが、とにかく高いテンションというか、あたかも上機嫌な人かのように見えますね。
中村 上機嫌に見えるでしょ! 顔がそうだから(笑)。インタビューがその媒体に載ることによって僕の宣伝になるんだったら、基本的にどんな取材でも我慢する。でも媒体によっては全然宣伝にならないこともあるんです。たとえば学生が作るフリーペーパーとかね。そういうときにWikipediaだけを読みながら考えたようなオーソドックスな質問をしてきたりしたら怒りますね。
武田 その場で怒るんですか。
中村 うん。なんのためにフリーペーパーをやっているんだと。雑誌ごっこをやりたいんだったら、普通に出版社に就職してから、取材すればいいんだし、雑誌では読めないような独自な内容でインタビューするのがフリーペーパーいいところじゃないの?って。
構成:田中うた乃 写真:大熊信(cakes)