この事件について、アメリカにおけるファン・コミュニティ等の動向に詳しい翻訳家の兼光ダニエル真さんに解説をして頂きました。(注:緊急寄稿のため、今後若干の訂正・修正があるかもしれません)
ケモナー市議会員ドックス事件
緊急寄稿:兼光ダニエル真(翻訳家)
三つの報道記事を読んで自分なりの分析をします。
元ネタの記事:
http://www.newstimes.com/local/article/New-Milford-councilman-resigns-after-furor-over-12181577.php
元ネタを元に各紙で展開している記事例:
http://www.kansascity.com/news/nation-world/article172428172.html
後日談的な記事で、ファーリーは不当に弾圧されているのではないかという切り口の記事:
http://www.washingtonexaminer.com/mayor-denies-discriminating-against-furry-councilman-forced-to-resign/article/2633905
事のあらまし:
前々からケモナーということをあまり隠していないかった民主党派のニュー・ミルフォード市議会の新人議員スコット・チェンバレン氏(おぎのさんのような人)。誰からがチェンバレン氏が加盟している会員制ファーリーサイトへとアクセスしてチェンバレン氏のプロフィール情報を根こそぎぶっこぬく。これをネットで共有を始め、地元民主党の定例会議みたいな普段は何事も無い集会で突然一ダースほどのチェンバレン氏を批難する集会が勃発。「変態が私の町の取り仕切るな!」と連呼。
チェンバレン氏は議員になる前からファーリー(ケモナー)であることはあまり隠していなかったが、恐らく回りは「キグルミが好きな人」程度の認識だったのが、会員制サイトで(恐らく想像上の)性癖やエロ創作にまで及んでいたことに驚く。とかく「強姦(描写)を排除はしない」”rape – tolerate”というプロフィール設定がかなり物議を呼ぶ。
(皆さんご存知とは思いますが、例の「強姦を排除しない」ですが、恐らく「どんな描写について興味ある・ない」の項目の一つです。傾向を知る、共有するキーワードなんですよね。自分自身がどうこうではなくて。)
デビッド・グロンバック市長はチェンバレン氏に辞職を迫り、チェンバレン氏は応じる。
なお、チェンバレン氏はグロンバック市長の市長選挙の選挙事務長だった。
http://www.newstimes.com/news/article/New-Milford-races-undetermined-6609154.php
二人は恐らくそこそこ親しい友人であり、グロンバック市長からすれば弁護すると「腹心を庇っている」と言われかねない。
表現の自由や個人の主義主張を尊重するアメリカ的には直接誰かが被害になっている嫌疑が全く掛けられていないにもかかわらず、チェンバレン氏への圧力は不当ではないかという問い合わせに対してグロンバック市長は「公職に就く者にはより高い水準が求められる」と今回の辞職を迫ったことを弁護した。
分析:
1)想像上の性癖と現実の性癖が一緒にされてしまっている:
日本に比べるとアメリカの方がエロについてリアルとファンタジーの使い分けが下手ですが、アメリカ国内でもかなりの温度差があります。チェンバレン氏などクラスターの中にいる人間と外の人間の間では「想像上に隔離できる物事」について認識が違います。
2)良い性と悪い性議論の典型:
そもそもアメリカでは議員がエロ創作物を書いていた(記事を読む分にはおそらくチェンバレン氏はキグルミとエロ画の観賞とエロネタを他の人に作画させてた)段階で議員生命が大ピンチになります。しかしながら例え想像上であっても「強姦を排除しない」というのがプロフィールに結びつくともう完全に「悪い性」という分類に入りやすいです。そもそも「明るいケモナー」と「ド変態ケモナー」という区分が有効なアメリカですから、一旦道を踏み間違えたと認証されると「ケモナーでエロって神への冒瀆だ!」「人間の性の道から外れた変態だ!」という批難が噴出しやすい。3)2・5次元の恐怖:
アメリカでは完全に創作の世界に留めている、若しくは昔から表現の自由の適応範囲内と認識されている領域内であればかなり社会的には快くない事柄や惨たらしい描写も容認されやすいです。しかしコスプレやキグルミなど「創作の世界に近づいている」という姿勢を露にしていると他人から認識されればそこからがリアルでどこからが想像上のプレイなのかが不明瞭となりやすいです。日本のように「空気にあわせて生きるのがデフォルト」ではない社会ですから、価値観が不明な人は非常に怖がられます。4)ファーリーの温度差:
日本のオタクも大概にして欲しい人が結構いますが、「リアルはダメ」という共通認識や建前はかなり磐石だと言えると個人的には思います。そこから外れると途端に集中砲火が始まるでしょう。とかく個人が特定できる形でそのようなことを発言したらですが。しかしファーリーは結構古いファンダムですが、全体の自治能力がほぼ皆無に近い側面があります。ファーリーというジャンルは実はものすごく広く、「単にケモノキャラが好き・描く人」から「自らの体を改造してケモノに近づく人」「リアルに獣姦をしたい人」まで含められます。もちろん総て同じテントの下で仲良くやっているわけではなく、お互いに「オマエ気持ち悪い」とか「にわかファーリーめ」などとやりやっていますが、部外者からすれば総てファーリーとも見えます。もちろん、野球の試合で登場するマスコットが実や獣姦マニアというような認識は世間にはありません。このために「良いファーリー」「悪いファーリー」という二元論が横行しやすいのです。5)「社会からつまはじきモノ」の間の断絶:
この「良いファーリー」と「悪いファーリー」はファーリーのアイデンティティーにも影響を与えます。銃器マニアや人種差別主義者、サバイバルリストはどのファンダムにもいますが、ファーリーの間では結構目立った存在になることがありました。「国家・社会が非寛容であり、自衛する必要がある」「自分の身は自分で守る」という考え方から逆に非寛容的になったり、えげつない商売したり、銃を備蓄する人間もいました。さらには銃を所持容認論から他の社会政策では反論しても最終的には共和党寄りになる人もいました。ポリコレの流れにかなり抵抗している流れが古いファーリーの間では存在していると私は理解しています。「銃器携帯擁護してくれる・独裁的なポリコレに反対する共和党」「銃器を違法化する・ポリコレ推進派民主党」という競争のイメージがファーリーだけに留まらず、多くのファンダムの中に介在することがなくはないことを忘れないでください。6)二種類の容認されるべき公人:
これはアメリカに限った話ではありませんが、多くの人気公人は自らを「聖人君子」タイプか「急進派論客」タイプの方向性で自らを演出します。万人嫌われても特定の主義主張や正義を推し進めるのも私は急進派論客の区分に入れます。本来、政治家は聖人君子的な方向性を演出したがるのに対して、トランプは既存の政治の流れへの不満をうまく捕まえて大成しています。地元民主党なので地元住民からの嫌われたらお終いという点はありますが、チェンバレン氏騒動はこの二つの議論を巻き込んでいます。つまり「ポリコレ」の論法から言えば、ファーリー系も擁護されるべきではないか?という議論が生じるのはポリコレ急進派からすれば自明です。しかし「強姦を排除しない」が擁護論を切り崩します。もし創作者としての背景が強い人ならば「強姦を排除しないはリアルの強姦を肯定しているという意味ではない」と論じることが可能ですが、やはり聖人君子志向の強い民主党派閥としては「弱者救済」を問題で折れていたでしょう。逆に多くの左翼の人からすると想像上の性志向について語ったチェンバレン氏が批難されて、実際に女性への強制わいせつを豪語したトランプ氏が許されるのかという不満がくすぶると思われます。7)アニメ・マンガへの波及の可能性
端的にいうとあまり無いと思います。それはファーリーが既に50年近い歴史をもっているので古い慣習や仲間意識がネット以前のがまだ強いのに対して、アニメ・マンガファンダムの主力は今や1980~1990年代生まれが主体となっています。メジャーカルチャーの一部として認識されているので「欧米の価値観に馴染む部分と馴染まない部分」で揉まれてきたアニメ・マンガファンは性癖やリアル・創作の使い分けがファーリーよりもかなり意識させられているのだと思います。またファーリーは全米で大ヒットしている『マイ・リトル・ポニー』ファンダムと一部で重なっている部分がありますが、ファーリーとして入ってきた人間と『マイ・リトル・ポニー』で入ってきた人間では立ち居地が非常の異なるので混同は危険です。むしろ同属嫌悪で『マイ・リトル・ポニー』ファンダムはエキセントリックに見えるファーリーを嫌っているのも予想できます。
最後のファンダムという表現ですが、あまり意味がありません。アメコミのファンも、アニメ・マンガのファンも、SFのファンも、ファーリーも「ファンダム」ですが、お互いにやり取りが多いかというと結構分断されたクラスタの傾向が強いと思います。
日本の「オタな世界」「二次創作のコミュニティー」ほど連帯感はないと思います。
scott chamberlain @graymuzzle Sep 9
Hi, Guys! Just wanted to let you all know that I'm alive, and well, and taking some 'me' time at Tiny Paws Con. Your support rocks!
https://twitter.com/graymuzzle/status/906336617174093824
(現時点で最後となっているチェンバレン前議員のtweet)
こちらのつぶやきですが
「やあ、みんな!僕は元気だってみんなに伝えたいんだ。あとそうだな、ちょっとTiny Paws Conで自分らしい楽しい時間を過ごしてるさ。みんなの応援、最高だぜ」
とわたしなら翻訳します
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