【I. 慢性痛とは】
慢性痛とは、疾患の治療に要すると期待される期間を超えて持続する痛みと定義されています。原因となる疾患がすでに治癒したと考えられる時期でも痛みが持続し、痛みの程度と原疾患の状態が一致しないことが多く見られます。また、慢性痛患者においてはその原因となる疾患自体が問題となることは少なく、遷延する痛み自体が大きな問題となっています。経過中に、心理社会的な背景により痛みの強さや訴え方が大きく修飾されることが多く、痛みを慢性的に抱えることによって、不安・抑うつ状態・行動意欲の低下・不眠などの精神・心理的症状を伴います。このことが痛みの程度を更に増悪させ症状を複雑化するとともに、患者の日常生活動作(Activities of Daily Living : ADL)や生活の質(Quality of Life : QOL)の著しい低下につながり、就労困難を招くなど、患者個人の問題から社会全体へと拡散していくことが大きな問題となっています。
(図1)
(図2)
2009年にインターネットを用いて行われた調査では、慢性の痛みを抱える患者の割合は22.9%にのぼり、腰痛、肩痛、膝痛と運動器に関係するものが上位を占めていました(図1,2)。痛みは身体の異常を知らせる警告信号として重要ですが、一方で不快な症状として日常生活に支障を来し、QOLを低下させる要因となります。国際疼痛学会(IASP)では「痛みとは組織の実質的または潜在的な障害に結びつくか、このような障害をあらわす言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験である」と定義されています(図3)。このように痛みは主観的な体験表現であるため、客観的な評価が困難であり、標準的な評価法や治療法が未確立で、十分な診療体制も整っていないのが現状です。2010年に行われた調査では病院やクリニックで治療を受けている患者は19%にとどまり、20%が鍼灸・整骨等の民間療法を、また55%の患者は医療機関にかからず満足な治療を受けていないことが判明しています。