かんそう

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社名カタカナの新入社員研修は地獄中の地獄

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名前は伏せますが、二十歳くらいの頃に働いていた静岡県にある会社の新入社員研修が地獄中の地獄だった。

 

朝イチの会長挨拶から薄々おかしいとは思ってた。なんせ壇上に上がったかと思いきや、おもむろに一本グソみたいなぶっとい葉巻を取り出して火をつけ、呆気にとられている俺達に向かって煙を吹きかけて、

「お前ら、俺がなぜ今こうして葉巻を吸えるか、わかるか…?これが権力だ…!」

ですからね。その後の「私語した奴には容赦なく灰皿投げる」という言葉が忘れられねぇ。思想がザビ家じゃないですか…。

 

 

1日目 

初日は、夜までビジネスマナー研修を受けたあと「新入社員の顔と名前を全員覚える」というミッションが課せられました。

100人を超える新入社員の名前と顔を1時間で覚えて、一列に並んだ新入社員たちの顔見ながら一人ひとり「○○さん!△△さん!✕✕さん!」って答え合わせしてくんですけど、途中、一人でも間違えると連帯責任として全員がイチから覚え直し。また一時間、顔と名前を覚えて再挑戦の無限ループ。なぜか魔界村のこと思い出してた。

夜の9時から始まったこのミッションは午前3時に上司の「もう眠いからヤメ」という一言で終了しました。殺〜!明日7時起き。

 

 

2日目

2日目は、また夜まで電話応対研修を受けたあと「自分の夢を100%本気で伝える」というミッションが課せられました。

ホテルの大広間に入れられて、まぁなんでもいいんですけど、例えば「私は!会社で偉くなります!」だとか「私は!幸せになります!」だとか「私は!社長になります!」だとか、会社で成し遂げたい夢、目標を上司に向かって上島竜兵と出川哲朗のキスの距離感でかわるがわる叫び続けて、上司に認められたら終了、みたいな。

 

「次!お前!こい!」 

「はい!!私はぁ!!会社で!偉くなります!!」

「はぁ?そんなんでなれるか!もう一回!!」

「私はぁ…!!!会社で!!!」

「ダメだもう一回!!!」

「私はぁ!!会社で!!偉くなります!!」

「ただ大声出しゃあいいってもんじゃねぇぞ!!本気を見せてみろ本気を!!!」

「私は!!!偉くなります!!偉くなります!!偉くなります!!偉くなります!!」

「馬鹿かお前は!?ちゃんとやれ!!!」

「私はぁ…!!グスッ、、、会社で…!!!偉くなります!!」

「はぁ??全然伝わんねぇよ!!!!やれ!!!」

「わっ、私はぁ……グスッ…グスッ…」

「泣けばいいと思ってんのか!?偉くなりたいんだったらやれ!!!」

「わっ!!!私はぁ…!!!!!会社で……!!!!!!偉くなります……!!!!」

「……よぉし!!伝わった伝わったよ!!!できるじゃんお前!!!」

「うっ…うわぁぁぁぁぁ!!!(号泣)」

ガッ!!

熱い抱擁

 

…みたいなのを延々とやる。こわっ。書き起こしてても…うわっ、こわっ。こんなもん結局は向かい合わせた上司のさじ加減100パーでしょ。えっ、なにこれ。

それで、もちろん男も女も同じテンションでやるんだけども、まぁ体育会系の男ならまだしも、女の子とか身体弱い男なんかは途中で白目ひん剥いて倒れちゃったりする子もいて。案の定、全員が認められるまで部屋戻れねぇし。100人強の叫び声が飛び交って怒号のパチンコ屋みたいになっててだんだん耳もバグってきて三半規管やられてフラフラしてくるし。

で、3、4時間延々と叫び続けても半分くらいの新入社員しか熱い抱擁交わせてない。そしたら、仁王立ちで腕組みながら眺めてたこの中で一番偉い営業部長がとうとうシビレ切らして、

 

「うるせぇぞ!!!一回黙れ!!!」

 

ザワッ……。

 

「お前ら、今までの新入社員のなかでも最低の部類だな!!お前らみたいなクズはどうせ会社入っても続かねぇから!!会社入んのやめろ!!」

 

って叫び出して。

 

で、もう新入社員も頭イカれてきてるんで、

 

「嫌です!!やめたくないです!!もう一回やらせてください!!」

つってボロッボロ涙流して。

 

「何時間やっても無駄だよ!!お前らになんかできねぇよ!!」

「でぎます!!!やらぜでぐださい!!!」

「そうだ!!俺もできます!!やらせてください!!!」

「私もできます!!お願いします!!」

 

ワアァァァァッ…!!

 

「うるせえ!!できねぇよ!!!」

「でぎます!!!」

「できねぇ!!!」

「でぎます!!!」

「でーきーねーえ!!!!」

「でぎます!!!」

 

…で、5分くらいかな〜、この「できるできない問答」が続いて。

 

「諦めろ!!できねぇ!!!」

「でぎます!!!」

「…本当にできるのか!!!???」

「でぎまず!!!!」

「…」

 

 

電気ファッ…

 

 

テェンテンテンテンテェンテ、テェンテテェンテェテンテテテテテ〜♪

 

な、なんかぁ…ピアノのイントロ流れ始めてぇ…。

 

ジャッ!ジャッ!ジャ〜ァァ〜ン…♪

 

…。

 

「誰にも〜見せない〜涙〜があった〜」

 

…。

 

「人知れず〜流した〜涙〜があった〜〜」

 

 

こ…これ……栄光の架橋だ…。

 

 

急に…ゆずの大ヒット曲『栄光の架橋』流れ始めて……。

 

 

「お前らの熱い想い…じゅうぶん伝わったよ…。その目だ…。俺たちはその本気の目が見たかったんだよ…。お前ら…良い顔してるよ…」

 

 

電気パァッ…

 

 

「よくやった!」

「よくやったよ!」

「がんばったわね!!」

 

パチ…パチ…パチ…パチ…

パチパチパチパチパチパチ!!!

 

上司スタンディングオベーション

 

…。

 

「……っ!!あっ…ありがどうございばす!!!」 

 

新入社員ボロ泣き

 

「いくつも〜〜の〜〜!!日々を越えて〜〜〜!!」

 

ワアァァァァッ…!!

 

…。

 

終わったの午前4時。明日7時起き。

脱走させないためにわざと夜中までやらせてんな…。

 

 

3日目

3日目、朝から昼まで藤枝市ってとこで職場の見学したあと、なんかいきなり携帯電話と財布ボッシュートされて。

「80キロ近く離れた沼津市ってとこのホテルまで二人一組でヒッチハイクして帰ってこい」って言うんですよ。馬鹿ですよね、馬鹿でしょ。

 

もちろん冷静だったらこんなんやらないですよ、アホくさ。速攻で逃げて飛行機飛び乗って実家帰りますけど、前日のアレで頭バグってますから、パブロフの犬よろしく上司に「できるから、やれ」って言われると「アレ…?俺はできるんじゃねぇか…?」みたいな思考回路になるんですよね。車に向かって親指立てたこと、あります?俺はある。

 

で、一斉にヒッチハイクしだすと道路がアイアムアヒーローみたいになってカオスなんで、一組20分くらいのラグでスタート。

俺は会社のバスケットボールチーム枠で入ったタッパが190センチ近くある男と組まされたんですけど、普通ね、普通の感覚で言ったらスーツ着た男二人組ヒッチハイク乗せないでしょ。怖くて。俺だったら金もらっても乗せないもん。

案の定、だぁ〜れも乗せてくんねぇの。一回「やっと止まった…!」と思ったらイカついオッサンが出てきて「目障りなんだよ!警察呼ぶぞコラ!」って……。うぐぐぐ。

運良く女子と組んだ男とか、女子二人組はドスケベ根性のトラックの運ちゃんとかがすぐ乗っけたがるんでスイスイ行くんですけど、男二人組はハードモードどころじゃないヘルモードですよ。

結局、フラフラ歩きながら手当たり次第に親指立てまくって気づいたら20キロくらい歩いてて、もうリビングデット状態。生きる屍。

さすがに限界で、一応飲み物代と緊急連絡用ってことで「500円玉とテレカ」は支給されてたんで、とりあえずコンビニで水だけ買って落ち着こうと思って、水飲みながら二人で地べた座り込んでたら若い女が「どうしたんですか?大丈夫ですか?」声かけてきて。

もろもろ事情話すと、

「あぁ〜、やっぱり!毎年やってますよね〜〜笑、面白いですよね笑」

って街の笑い者にされてんじゃねぇかよ。見世物じゃねぇぞ。殺したろか。もはや殺意すら沸いてきてたらその女が、

 

「よかったら、送っていきましょうか?実家あっちのほうなんで」

 

てっ、天使〜〜〜〜〜〜〜!!!

 

それから車に乗り込んだ俺達は、60キロ以上ある道のりを送ってもらうことになった。24歳でウェディングプランナーをしているという彼女は俺達のこの地獄の3日間の話を太陽のような笑顔で聞いてくれた。あぁ…女神ですか…?アテナ…。沙織さん…。

 

そして道中、アテナがトイレにコンビニ寄ったスキに

「おい…あの娘マジで良い娘だよな…かわいいし…これ…ここで終わらすの勿体ないよな…」

「よし…『お礼がしたいから今度飲みに行きませんか?』で行くぞ…」

とセカンド童貞感丸出しのワンチャン作戦を練る舞い上がった聖闘士(俺)達…!

 

「ごめんごめん!おまたせ〜〜」 

「あの…!こんな遠くまで送ってもらって…ホントにありがとうございます…!その、ぜひお礼したいんで!良かったら…今度飲みにでも行きま」

「あ、そういうのはちょっと…私、彼氏いるんで」

 

 

この世は地獄。