FC東京の監督解任劇とハリルホジッチに見る、リーダーに必要な資質とは?

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第51回

FC東京の監督解任劇とハリルホジッチに見る、リーダーに必要な資質とは?

By 清水 英斗 ・ 2017.9.11

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「よほどのことがない限り、(監督を)支えていく」


川崎に大敗してルヴァンカップの敗退が決まった後、FC東京の立石敬之GMが発したコメントが話題になった。すでに天皇杯も敗退し、リーグも2桁順位に沈む。FC東京にタイトルの可能性はほとんど無い。しかし、あの時点では篠田善之監督を解任するつもりはなかったようだ。


ヨホドノコト、が起きた場合を除けば。


それは何を指すのだろうか。監督が不祥事を起こすとか、選手にボイコットされるとか、残る公式戦で10連敗するとか? しかし、そんなヨホドがなくても、そもそも現状自体がヨホドなのに今さら何を言うんだと、危機感の薄さを嘆くサポーターは多かった。


そして1週間後のJ1第25節。C大阪に1-4で敗れた直後、篠田監督の解任が発表された。立石GMの発言が「危機感薄し」と、サポーターから反感を買ったことが、最も大きな“ヨホドノコト”だったのかもしれない。


エクスキューズ入りのメッセージ


それはともかく。個人的にはヨホドの内容より、なぜ、その一言を付け足すのかが気になった。


発言に逃げ道を作っている。無意識かもしれないが、本当に解任せざるを得なくなった状況に備えて、予防線を張った。監督を支えるけど、絶対に解任しないとは言ってないよ、と。もちろん、それは理解できる。どんなにサポートしたくても、ヨホドノコトは起こり得るから。


だが、それを公に言う必要があったのか? こんなエクスキューズ入りのメッセージは弱すぎる。監督を信頼しているのか、していないのか、よくわからない。伝わらない。


最終的にミハイロ・ペトロヴィッチを解任することになった浦和の場合は、「全力でサポートする」と一貫して言い続けた。「あんなこと言いながら、結局解任かよ!」と突っ込まれるリスクを負って、力強いメッセージを発信した。クラブと監督が過ごした年月に違いはあるが、その覚悟に比べると、FC東京のアナウンスは弱々しい。


組織を束ねるリーダーには、正しさや的確さよりも、強さのほうが重要だ。そうでなければ、人に響くメッセージにならない。FC東京にはそれが欠けていると感じた。


シンプルで力強い、ハリルのメッセージ


筆者がそのような視点を持ったのは、この2年半、ハリルジャパンのワールドカップ2次予選、最終予選を見てきたせいかもしれない。


ヴァイッド・ハリルホジッチのメッセージは、いつも強かった。シンプルに、率直に、何でもズバッと言い切る。発言に予防線を張らないため、揚げ足を取られることも多いが、そんなことは気にしない。話が長いのはたまにキズだが、論点はいつもシンプルだった。


ひたすら周囲に突っ込まれた、「クラブで出場していない選手は呼ばない」という発言も、実にハリルらしい。


シンプルな基準を示し、選手に危機感を与え、競争をあおった。その反面、わかりやすい客観的な基準であるため、ハリルホジッチの決断自体も、周囲から突っ込まれやすい。


たとえば、川島永嗣だ。


クラブで出場機会がないため、最終予選のはじめは基準に沿って招集外とされた。しかし、2016年9月のUAE戦でアクシデントが発生。2次予選すべてに先発し、無失点に抑えていた西川周作が、相手のフリーキックから強烈なロングシュートを食らい、失点した。やや予備動作が遅れたとはいえ、手はボールに届いていた。しかし、シュートの勢いに負け、外にはじくことができず、そのままゴールへ吸い込まれてしまう。Jリーグでは経験できないパワーシュートに、西川は対抗できなかった。


そして翌月。川島がメンバーに復帰。


メディアはこぞって、「クラブで出てないのに呼んだじゃないか!」と突っ込むが、そもそもの認識が違う。浦和で試合に出ていた正GKの西川が、最終予選のレベルで打たれたシュートにパワー負けし、不安を露呈したのだ。つまり、“ヨホドノコト”が起きたわけだ。


基準を守って負けるなら、基準を破って勝つ


とはいえ、すぐに川島がスタメンになったわけではない。西川は続くイラク戦も先発した。しかし、フリーキックからのヘディングで失点。一度はクロスに飛び出しかけたが、止まり、体勢が乱れたところでゴール隅に流し込まれる。ヘディング地点はゴールから遠かったし、絶対に防げない失点ではない。


同じ月にハリルホジッチは、Jリーグから有望なGK6人を集め、GK合宿を行っている。参加した柏レイソルの中村航輔は、後にメンバー入り。西川の不安を解消するために、川島ありきではなく、対象を広げてGKを探していた。


その後、二回り目のUAE戦で川島が先発に抜てきされたのは、自身が示した基準には沿っていない。だが、他にいないのだ。ヨホドノコトが起きたのだから、仕方がない。基準を守って負けるなら、基準を破って勝ったほうがいい。その必然性があったわけだ。


公の場でズバッとシンプルに言い切れば、揚げ足を取られる可能性は高くなる。そして、ヨホドノコトを理解してくれる人ばかりではない。批判ありきの輩は、理解しようとすらしない。


ハリルホジッチが、もっと予防線を張りながら話せばいいのだ。「よほどのことがない限り」とか、「基準はひとつではないが」とか。エクスキューズを足せばいい。


……だが、そうやって肉付けしたメッセージは、弱いのだ。シンプルでなければ人に響かない。選手に響かない。揚げ足取りを恐れ、条件を増やせば増やすほど、メッセージが薄くなる。


好かれてはいないが、本物のリーダー


「クラブで試合に出ろ! そうでなければ代表に入れない」と力強く言い切るのが、ハリル流だった。その結果、ヨホドノコトで揚げ足を取られるリスクはあるが、まったく恐れない。逃げ道を断って話すので、メッセージに力がある。


そこに保身はない。ハリルホジッチにとっての保身とは、反撃すること。揚げ足を取ってくるヤツには、真っ向から立ち向かう。その摩擦をあらかじめ避けるように、奥歯に物が挟まった言い方はしない。ストレート勝負だ。


そのキャラクターは、間違いなく敵を増やす。選手の中にも、協会やJクラブにも、メディアにも、ファンの中にも、ハリルホジッチを嫌う人は一定数いる。


オーストラリア戦で最適な戦術プランを見せ、ワールドカップ出場を決めたことで、反対勢力は一旦静かになった。しかし、いつまた噴き出すかわからない。少し負ければ、一気に火がつくかもしれない。ハリルアレルギーは、これからも無くならないだろう。


しかし、それもまた“らしい”。


その強硬な政治手法から、『鉄の女』と呼ばれたイギリスの元首相マーガレット・サッチャーは、こんな言葉を残している。


「リーダーは好かれなくてもよい。しかし、尊敬されなくてはならない」


緻密な分析により、オーストラリアを見事に打ち破った試合の後、ハリルホジッチをリスペクトする人は急増した。アンチも含め、ファンの反応は明らかに変わった。パーフェクトな仕事により、ハリルホジッチは尊敬を集めたのだ。しかし、それで彼のことを“好きになった”かといえば、それも違う気がする。


相変わらず、好かれてはいない。遠巻きに一目置かれる存在、といったところか。しかし、ハリルホジッチは本物のリーダーだ。その態度に、感銘を受ける。(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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