RedisサーバのCPU負荷対策パターン

Redisは多彩なデータ構造をもつ[^1]インメモリDBであり、昨今のWebアプリケーションのデータストアの一つとして、広く利用されている。 しかし、一方で、性能改善のための手法を体系的にまとめた資料が見当たらないと感じていた。 実際、最初にCPU負荷が問題になったときにどうしたものかと悩み、調査と試行錯誤を繰り返した。 そこで、この記事では、自分の経験を基に、RedisサーバのCPU負荷対策を「CPU負荷削減」「スケールアップ」「スケールアウト」に分類し、パターンとしてまとめる。

背景

Redisのハードウェアリソース使用の観点で重要なことは、Redisサーバはシングルスレッドで動作する(厳密には他にもスレッドあるがクエリ処理をするスレッドは1つ)ことと、Redisサーバ上のデータをメモリ容量を超えて保持できないことだ。 前者については、シングルスレッドで動作するということは、マルチコアスケールしないということであり、特定CPUコアのCPU使用率がボトルネックになりやすい。 後者については、Redisはディスクにデータを永続化[^2]できるとはいっても、MySQLやPostgreSQLのようなメモリ上のバッファプールにデータがなければ、ディスク上のデータを参照するといったアーキテクチャではないため、基本的に全てのデータをメモリ容量以下に収めなければならない。

設定やクラスタ構成によっては、ディスクI/OやネットワークI/Oがボトルネックとなることもある。 例えば、Redisのデータの永続化方式[^2]としてRDBを利用していると、Redisサーバのメモリ使用量が大きいほど、ディスクにフラッシュするタイミングで、ディスクIOPSを消費する。 また、マスター・スレーブ構成をとる場合、スレーブのマスター昇格時の再同期処理でネットワーク帯域の使用がバーストすることがある。 さらに、Redisは低レイテンシで応答するため、1台あたりのスループットを高くしやすく、ホスト1台あたりのネットワーク帯域が大きくなることもある。

これらの中でも、特にCPU利用率と戦ってきた経験があり、Mackerelというサービスでは、以下のように、なぜか毎年CPU利用率と戦っていた。

f:id:y_uuki:20170910003050p:plainf:id:y_uuki:20170910003102p:plainf:id:y_uuki:20170910003054p:plain
issue

RedisのCPU負荷対策パターン

以下の図は、CPU負荷対策パターンをカテゴリごとにまとめたものになる。

RedisのCPU負荷対策のカテゴリとして、CPU負荷削減、スケールアップ、スケールアウトがある。 CPU負荷削減は、Redisサーバが実行する処理そのものを減らし、スケールアップはハードウェア性能そのものを向上させ、スケールアウトは複数のCPUコアやサーバに処理を分散させる。 実際には、各カテゴリの対策を組み合わせることが多いだろう。

CPU負荷削減

CPU負荷削減のためのテクニックとして、「multiコマンド」「Redisパイプライン」「Luaスクリプティング」「Redisモジュール」がある。

multiコマンド

MGETMSETMSETNXなどの複数のキーに対して操作するコマンドを使うことで、余分なCPU処理をせずにすむ。 これは、multiコマンドを使わずに複数回コマンドを発行することに比べて、リクエスト/レスポンスの往復回数が減り、Redisサーバ側でリクエスト受信とレスポンス送信のためのオーバヘッドを削減できるためだ。

Redisパイプライニング

Redisパイプライニング[^4]は、クライアントがレスポンスを待たずにリクエストを投入しつづけることで、ラウンドトリップタイムを削減する。 ドキュメント[^4]には、ラウンドトリップタイムだけでなく、Redisサーバ上でのトータルでの処理量を削減できると書かれている。

ただし、全てのコマンド発行パターンにおいてパイプライニングが有効なわけではない。 Read After WriteとWrite after Readのような、レスポンスに含まれる結果を利用して次のコマンドを発行する場合には、レスポンスを待たないパイプライニングは有効ではない。 パイプライニングにおいて、クライアント側のコマンド実行順序は保証されるため、Write after Writeのパターンでは有効だ。 Read After WriteとWrite after Readのパターンで処理効率を向上させたい場合、後述するLuaスクリプティングを使うとよい。

一部のRedisクライアントは、pipelineという名前がついたインタフェースであっても、Redisプロトコルレベルでのパイプライニングではないことがある。 Redisプロトコルレベルでのパイプライニングを真のRedisパイプライニングと同僚と呼びあっている。 真のRedisパイプライニングかどうかは、tcpdumpでコマンド発行の度に同期的にQUEUD応答が返ってくるかどうかで確認できる。

パイプライニング自体は伝統的な技術であり、CPUプロセッサの命令パイプラインが有名だ。 ネットワークプロトコルの中では、例えばHTTPパイプライン[^5]がある。Redisのドキュメント[^4]には、多くのPOP3実装でパイプライニングをサポートしていると書かれている。

Luaスクリプティング

Luaスクリプティング[^6]は、Redisサーバに対してLuaコードを送り込んで実行できる機能だ。 具体的には、クライアントとサーバ間でコマンド発行と応答を往復させなければ一連の処理を、Luaで記述することでRedisサーバ上で処理を完結できる。

Redisパイプライニングのドキュメント[^4]の「Pipelining VS Scripting」の項を読むと、パイプライニングを利用できるような多くのユースケースにおいて、より効率的に処理を実行できると書かれている。 さらに、Redisパイプライニングでは対応できないコマンドパターンにおいて、ラウンドトリップタイムを改善できる。 Luaスクリプティングにより、例えば、HASH型に対するmultiコマンドは実装されていませんが、Luaで複数キーに対応したHMSET(MHMSET)のような処理をする関数を実装できる。

しかし、Luaコードの処理内容によっては、もともとクライアント側で計算していた処理をRedisサーバ側で実行するため、RedisサーバのCPU利用率が増加する可能性がある。

Redisモジュール(夢)

これまで、Redisのデータ構造として使えるのは、LIST、SET、HSET、ZSETなどの汎用のデータ構造だけだった。 しかし、Redis 4.0からRedisモジュール[^3]が追加され、独自のコマンドとデータ構造をC拡張により追加できるようになった。 これを使えば、アプリケーションに最適なコマンドを実装することで、CPU利用率に限らず、その他の性能も大幅に向上させることが理屈上は可能である。

自分では使ったことも作ったこともないが、Redis Modules Hubには検索エンジンやJSONフォーマットをサポートするような拡張が公開されている。

スケールアップ

スケールアップは、CPUをのクロック周波数を高いもに変更するか、CPUアーキテクチャの世代を新しいものにするかといった選択肢がある。 経験上、CPUのクロック周波数に対してほぼ線形にRedisサーバのCPU使用率が変化する。

前述のようにRedisサーバはシングルスレッドで動作するため、CPUのコア数が大きいものを選んでも意味はあまりない。 ただし、ディスクの永続化方式にRDBを選択している場合、Redisサーバプロセスからforkされた子プロセスが、メモリ上のデータをディスクに書き出す処理をバックグラウンドで実行するため、最低でも2コアにしておくと安心だと思う。

ただし、EC2を利用する場合、EC2インスタンスのCPUコアは論理コアなので、RDB利用の場合、4コアのインスタンスを選ぶことをすすめる。[^7] 物理CPUコア数は論理コア数(vCPU数)を2で割った値になる。 例えば、c4.2xlargeは表記上のコア数は8だが、物理コア数は4となる。

スケールアウト

Redisのスケールアウトのための手法として、「参照用スレーブ」「垂直分割」、「水平分割」、「Redis Clusterによる水平分割」がある。 「参照用スレーブ」「垂直分割」、「水平分割」は、Redisに限らずMySQLなどのRDBMSにおいても、一般的なスケールアウト手法として知られている。[^8] 参照用スレーブは名前の通り、参照クエリのみ分散できる。 更新クエリを分散するならば、「垂直分割」または「水平分割」が必要になる。 垂直分割と水平分割は、CPU負荷の分散以外に、メモリ使用の分散にも利用できる。

参照用スレーブ

Redisはレプリケーションによりマスター・スレーブ構成のクラスタを作成できる。 はてなでは、主にスタンバイサーバの作成に利用しており、KeepalivedによりVIPベースで冗長化している。

スレーブは他にも用途があり、参照用スレーブは、アプリケーションから参照クエリを向けるためのスレーブだ。 スレーブに読み込みクエリを投げることにより、マスターの負荷をスレーブへ分散できる。

以下の図のように、クライアントから複数のスレーブに向けて参照クエリを投げます。複数のスレーブに向けてロードバランシングするための手段はいろいろあるが、TCPロードバランサを挟むか、DNSラウンドロビンによるロードバランシングが一般的だ。

|-------------------------------------|
|              |----> redis (slave)   |
|        read  |                      |
| client ------|----> redis (slave)   |
|        |     |                      |
|        |     |----> redis (slave)   |
|        |                            |
|        |----------> redis (master)  |
|        read/write                   |
|-------------------------------------|

何も考えずに、すべての参照クエリを参照用スレーブに向けるのは危険だ。 Redisのレプリケーションは基本的に非同期であり、レプリケーション遅延があるため、クライアントからは結果整合性をもつデータストアとして扱う必要がある。 具体的には、マスターにデータを書き込んだときにスレーブにデータが転送され書き込まれるのを待たずにクライアントへ応答を返す。 したがって、応答がクライアントへ返った後に、書き込んだキーの参照をスレーブへ向けても、該当データが書き込まれている保証がない。 参照用スレーブを使う場合は、アプリケーションロジックがデータの一貫性を要求しないものかをよく確認しておく必要がある。

垂直分割

垂直分割は、データの種類ごとに複数のRedisサーバを使い分ける手法だ。 下記の図のように、データの種類A、B、Cに必要なデータを異なるRedisサーバに書き込むことで、参照と更新クエリを機能ごとに分散できる。

|------------------------------------|
|              |----> redis (種類A)  |
|              |                     |
| client ------|----> redis (種類B)  |
|              |                     |
|              |----> redis (種類C)  |
|------------------------------------|

可用性のために、各Redisサーバは冗長化されている必要があり、1つのクラスタで処理を捌くより、無駄なサーバが増えやすいというデメリットがある。 また、特定種類のデータに対するクエリの負荷が大部分を占める場合、その種類のデータを別のRedisサーバに移しても、結局分散先のRedisサーバのCPU負荷が問題になることがある。

水平分割

水平分割は、ある特定の種類のデータをレコードごとに分割し、それぞれのレコードを別のRedisノードへ配置する手法だ。 水平分割のことをシャーディングやパーティショニングと呼ぶこともある。

レコード分割の手法は様々であり、後述するRedis Clusterのようなミドルウェア側で分割する機構がないもしくは利用しない場合は、データの性質を利用する。 例えば、RedisにユーザIDに紐付いたデータを格納するとして、ユーザのIDをノード数で割った剰余の値により、配置するノードをマッピングするといった方法がある。 下記の図はノード数が3の場合を示している。 他にはユーザ名の頭文字がaの場合はノード1、bの場合はノード2といった分割の方法もある。

|------------------------------------------|
|              |----> redis (id % 3 == 0)  |
|              |                           |
| client ------|----> redis (id % 3 == 1)  |
|              |                           |
|              |----> redis (id % 3 == 2)  |
|------------------------------------------|

水平分割は、垂直分割同様に、CPU負荷の分散以外に、メモリ使用の分散にも利用できる。

この手法のデメリットとして、ノードの負荷の偏りと、リシャーディングの困難さの2つがある。

ノードの負荷の偏りは、特定のユーザ(もしくはブログIDや記事IDなど)に関するコマンドは必ずマッピング先のノードに向けて発行されるため、特定のユーザの活動が非常に活発な場合、負荷が特定のノードに偏ってしまうという問題がある。

リシャーディングの困難さは、ノード数を増減させるオペレーション(リシャーディング)に非常に手間がかかることだ。 マッピングの手法にもよりますが、上記のような剰余ベースでマッピングしていると、リシャーディング時に既存のマッピングが変更される。 既存のマッピングが変更されると、すでに書き込み済みのデータを新しいマッピング先のノードに移動する必要がある。 最もナイーブな方法で移動するなら、新旧のマッピングで配置が変更されるレコードを抽出し、新マッピングにしたがってデータを移動するバッチスクリプトを実行するといった手段がある。 バッチスクリプトを流す時間だけサービス停止できればよいが、これをオンラインでやろうとすると大変だ。 例えば、新旧のマッピングを意識したアプリケーションに改修しつつ、裏で新マッピングへの移動スクリプトを流すといった泥臭い運用が待っている。

さらに、ノードの負荷の偏りを平滑化する(リバランス)となるとさらに困難なことになる。 このリシャーディングとリバランスの難しさから、できるだけ水平分割を選択しないようにしている。

しかし、Redisをキャッシュとして用いる場合は、リシャーディングはもうすこし簡単になる。 レコードにTTLを設定しておき、マッピングが変更された後に、たとえキャッシュミスしたとしても、キャッシュ元のなんらかのデータソースからデータを引く実装になっていれば、アプリケーションの動作としては問題ない。TTLにより、旧マッピングのデータがずっと残っているということもない。 キャッシュミスをできるだけ抑えたい場合は、consitent hashingを使うと、リシャーディング時にマッピングの変更を少なく抑えられる。

Redis Clusterによる水平分割

Redis Cluster[^9]は、複数のRedisサーバに対してデータを「自動で」水平分割する。 前述の水平分割の場合は、アプリケーション開発者がレコードを分散する処理を書き、リシャーディング運用をしなければなかった。 Redis Clusterを使うと、自動でキーとノードのマッピングを作成され、アプリケーションからのコマンドは自動で分散される。 さらに、redis-tribというRedisが提供しているオペレーションスクリプトを使ってリシャーディングとリバランスができる。

しかし、Redis Clusterにはdatabaseと複数キーのコマンドの扱いに制限がある。

まずdatabaseについて、複数のdatabaseを使えない制限がある。databaseはRedisのキー空間を分ける機能で、キーの重複を考えなくてすむため、データの種類ごとにdatabaseを分割するといった使い方をする。すでにアプリケーションが複数のdatabaseを使っている場合、途中からRedis Clusterに移行するには手間が発生する。

次に複数キーコマンドについて、複数キーにまたがるコマンドは、全てのキーが同じノード上になければならないという制約がある。 そこで、hash tagsを使うと、キー文字列の中の部分文字列を中括弧で囲うことで、同じ部分文字列をもつキーであれば、同じノードにマッピングするようになる。 したがって、hash tagsにより、キーとノードのマッピングをある程度開発者がコントロールできる。 パイプライニングやLuaスクリプティングについても、基本的に操作対象の全てのキーが同じノード上にある必要がある。 ただし、一部のクライアント[^10]では、同じノード上にキーがなくても、複数のノードにクエリを投げてマージするといった実装が入っていることがあるようだ。

これらの制限に加えて注意する点は、水平分割の項で説明したノードの負荷の偏りを、Redis Clusterを使ったからといって防げるわけではないということだ。 システムのワークロードによって、よくアクセスされるキーが存在すると、特定ノードへ負荷が偏ることは避けられない。 ただし、slotを別のノードへ移動させるコマンドにより、負荷の高いslotを移動させてマニュアルで負荷の偏りをある程度均すことは一応可能だ。

ちなみに、Redis Clusterは、Mackerelの時系列データベース[^11]で利用している。 まだ投入して間もないため、運用ノウハウを積んでいくのはまだまだこれからというところだ。

その他

上記カテゴリのいずれにも該当しないチューニング例として、RPS[^12]とCPU Affinityによるネットワーク割り込み負荷をRedisプロセスが処理するCPUコアとは別のコアへ分散がある。 この手法は、はてなのLinuxネットワークスタックパフォーマンス改善事例[^13]の後半で紹介している。

スライド資料

あとがき

発表から少し時間が空いてしまいましたが、この記事の内容は、Kyoto.なんか #3での発表を加筆修正したものになります。

これらの内容は一人でやったものではなく、自分は主にアーキテクチャや作戦を考える係で、アプリケーションの実装は主に同僚のid:mechairoiさんとid:itchynyさんによるものです。 真のRedisパイプライニングについては、同じく同僚の id:ichirin2501 さんに教えてもらいました。

Redisは好きなミドルウェアで、[^11]でもお世話になっています。 オンディスクDBは、RDBMSならMySQLやPostgreSQL、分散データストアならHBase、Cassandra、Riak、Elasticsearchなどさまざまな選択肢がありますが、インメモリDBはウェブ業界の中では実績や使いやすさを考えるとRedis以外の選択肢をあまり思い付きません。

しかし、Redisがこれほど利用されているにもかかわらず、議論の土台となる運用をまとめた資料がないと感じていました。これは、単に自分が発見できていないだけかもしれません。 以前から、Webの技術を自分の中で体系化することに興味があり、過去の試みには 2015年Webサーバアーキテクチャ序論 - ゆううきブログWebシステムにおけるデータベース接続アーキテクチャ概論 - ゆううきブログ といった記事があります。 そこで、今回は、RedisのCPU負荷対策についてまとめまてみました。メモリやネットワークI/O全般について書ければよかったのですが、まだ知見が及ばないところも多いので、一旦CPUの部分のみにスコープを絞りました。

ところで、今年のはてなサマーインターン2017の大規模システムコースでは、Serfで使われているGossipプロトコルベースの自律分散監視や、グラフDBのNeo4jを用いた分散トレーシングといったとてもおもしろい成果がでています。

参考資料