545) がん検診の不都合な真実(その1):がん検診は人命を救っていない

図:ミネソタ大腸がん対策試験(Minnesota Colon Cancer Control Study)の結果は、便潜血スクリーニングによる大腸がん検診は大腸がんによる死亡を約3分の2に減らしたが、全死因死亡者数は減らさなかった。

545) がん検診の不都合な真実(その1):がん検診は人命を救っていない

【寿命が延びなければ「がん検診」の意味はない】
がん検診が有効かどうかは、その検診で対象になるがんによる死亡者数が減少するかどうかで評価されています。
しかし、がん検診が全死亡者数を減少させ、寿命を延ばすことが証明されなければ、真にそのがん検診が有効とは言えません
がん検診には有害性があるので、がん検診によってがん以外の原因による死亡が増える可能性もあるからです。
がん検診の有害性とは、誤診や精密検査によって精神的ストレスを受けたり、不要な検査や治療を受けることによって副作用や後遺症が出ることです。放射線被曝による発がんも無視できません。このようなストレスや副作用は他の原因(虚血性心疾患や自殺など)による死亡を増やす可能性が指摘されています。
がん検診の有害性は広く認識されていますが、がん検診を推奨する人々は「がん検診は死亡者を減らす」と主張しています。
しかし、検診の対象になっているがんによる死亡を減らしても、全死因死亡者数を減らすことを示さなければ、そのがん検診が有効とは言えません。
さらには、その検診が、生活の質も含めてメリットがあることを証明する必要もあります。
がんで無いのにがんと診断される(偽陽性/誤診)と、無駄な精密検査をうけることによる精神的負担と経済的負担は生活の質を低下させます。
放置しても問題ないがんを見つけて治療すること(過剰治療)は、無駄な治療を受けることによる不利益を受けます。
このような偽陽性や過剰治療は、被験者の生活の質を低下させます。場合によっては、他の病気を発生させる原因にもなっています。
結論から言うと、がん検診が全死因死亡を減らすことを示した報告は今まで無いのです。(BMJ 2016;352:h6080)
多くの臨床試験において、検診の対象のがんによる死亡が減少しても、全死因死亡者数は変化なしか、場合によっては増加しています
考えられる理由は2つあります。
一つは検診の対象となった特定のがんによる死亡を減らしても、その効果が非常に低いので全死亡を減らすことを示せなかったという理由です。
もう一つは、検診の有害性によって別の原因による死亡が増えて、対象となったがん死亡の減少が相殺された可能性もあります。
偽陽性(誤診)や不要な検査や過剰治療による精神的・肉体的ストレスが病気を増やす可能性は容易に推測できます。偽陽性や過剰治療が自殺や心疾患を増やすという報告もあります。

【便潜血による大腸がん検診は大腸がん死を減らすが全死因死亡数を減少しない】
ミネソタ大腸がん対策試験(Minnesota Colon Cancer Control Study)では、46000人以上を対象にして、年1回の便潜血による大腸がん検診の有効性を検討したランダム化試験が行われています。次のような報告があります。

Long-term mortality after screening for colorectal cancer. (大腸がんスクリーンング後の長期死亡率)N Engl J Med. 2013 Sep 19;369(12):1106-14.

【要旨】
研究の背景:便潜血による検診が大腸がんによる死亡を減らすことが複数のランダム化試験で示されている。しかし、この有益性が持続する期間や、年齢や性別によりその効果が異なるかどうかは不明である。
方法:ミネソタ大腸がん対策試験(Minnesota Colon Cancer Control Study)において、50歳から80歳の46,551人の参加者を、1年に1回あるいは2年に1回の便潜血試験による大腸スクリーニングを受ける群(検診群)と、スクリーニングを受けないコントロール群に、ランダムに2群に分けた。
スクリーニングは1976年から1982までと、1986年から1992年まで実施した。全米死亡記録(National Death Index)を用いて参加者の生存状況に関する最新情報を入手し, 2008年までの死亡者の死因を確定した。
結果:30年間の追跡期間中に33,020人(70.9%)が死亡した。このうち732人の死亡は結腸直腸がんによるものであった。結腸直腸がんによる死亡者数は、1年に1回のスクリーニングを行った群の11,072人の死亡のうち200人(1.8%)、2年に1回のスクリーニングを行った群の11,004人の死亡のうち237人(2.2%)、コントロール群の10,944人の死亡のうち295人(2.7%)であった。
30年間の追跡によって、結腸直腸がんの死亡リスクは1年に1回のスクリーニングでは0.68(95%信頼区間:0.56-0.82)、2年に1回のスクリーニングは0.78(95%信頼区間:0.65-0.93)であった。
全死因死亡のリスクは、1年に1回のスクリーニング群が1.00(95%信頼区間:0.99-1.01)、2年に1回のスクリーニング群が0.99(95%信頼区間:0.98-1.01)であった。
結腸直腸がんの死亡リスクの減少は2年に1回のスクリーニング群で女性より男性の方が大であった。(P=0.04)
結論:便潜血によるスクリーニングによる結腸直腸がんによる死亡リスクの低減効果は30年後も継続するが、全死因死亡のリスクは低下しなかった。結腸直腸がんによる死亡リスクの持続的な低下によりポリープ切除の有益性が支持される。

このMinnesota Colon Cancer Control Studyでは、1〜2年に1回の便潜血のスクリーニングの30年間の追跡結果が行われました。
10,000人当たりの大腸がんによる死亡数は、検診群では128人、非検診群では192人で、10,000人当たり64人の大腸がん死の統計的に有意な減少が確認されています。
しかし、全死因死亡者数は検診群で10,000人当たり7111人、非検診群で10,000人当たり7109人で検診群が2人の死亡が多いという結果でした(トップの図参照)。これは、全死因死亡者数は両群で統計的な有意差は無いことを示しています。
便潜血による大腸がん検診は、大腸がんによる死亡を減らすことは多くの研究で確かめられています。しかし、この大腸がん検診で、全死因死亡の数が減らないとメリットがあるとは言えません。
がん検診による誤診(偽陽性)によって引き起こされる精神的ストレスや、不要な精密検査や、本来なら治療の必要のないがんの治療による身体的・精神的ストレスや副作用や後遺症などによって寿命が短縮する可能性が指摘されています。

【症状のない人のがん検診は人命を救っていない】
以下のような総説論文があります。

Does screening for disease save lives in asymptomatic adults? Systematic review of meta-analyses and randomized trials.(無症状の成人における病気のスクリーニングは命を救っているのか?:メタ解析とランダム化試験の系統的レヴュー)Int J Epidemiol2015;44:264-77.

【要旨】
背景:マンモグラフィーや前立腺特異抗原(PSA)などのいくつかの一般的なスクリーニング検査の有効性については多くの議論があり、最近はその有用性の根拠が示されないものもある。ランダム化比較試験の結果を系統的に評価して、スクリーニングが全死因による死亡を減少させるかどうかを検討した。
方法:米国予防医療サービス対策委員会(USPSTF)、コクランデータベースの系統的レヴュー、およびPubMed(訳者注:アメリカ国立医学図書館の国立生物工学情報センター が運営する医学・生物学分野の学術文献検索サービス)の3つの情報源を検索した。無症候性成人(妊娠中の女性および子供を除く)の疾患のスクリーニング検査に関する推奨レベルやエビデンス(証拠)のカテゴリーおよびスクリーニングにおける死亡率に関する無作為化試験の有無をUSPSTFから得た。スクリーニングおよび死亡率に関するメタ解析と個々の無作為化試験はコクランデータベースとPubMedから得た。
結果:USPSTFがスクリーニング評価を提供している50の疾患/障害のうち19の疾患(39の試験)を選択した。
19の疾患のうち6つの疾患(12の試験)においてスクリーニングが推奨されていた。
我々は、これらの19の疾患について、9つの重複しないメタ分析および48件の個々の臨床試験を評価した。
メタ分析の結果の中で、スクリーニングによる疾患特異的死亡率の低下が認められたのは4件(男性の腹部大動脈瘤の超音波、乳がんのマンモグラフィ検査、便潜血検査および柔軟性S状結腸鏡検査による結腸直腸がん)であった。全死因死亡率の統計的有意な低下はいずれの検査にも認められなかった。
結論:死亡につながる疾患の現在利用可能なスクリーニング検査の中で、疾患特異的死亡率の減少が認められるのは稀(uncommon)であり、全死因死亡率の減少が認められる検査は非常に稀(very rare)か存在しない(non-existent)

個別のランダム(無作為)化比較臨床試験の結果では、疾患特異的な死亡率の減少や全死因死亡率の減少を示した報告もありますが、統計的手法を用いて複数のランダム化試験の研究結果を総合したメタ解析の結果では、疾患特異的な死亡率の減少は少数(マンモグラフィーによる乳がん検診や便潜血による大腸がん検診など)で認められるが、全死因死亡率の減少が証明されたものは存在しない、という結論です。
つまり、がん検診では、対象になったがんによる死亡が減った場合でも、全死因死亡者は減少せず、トータルで評価すると「がん検診は人命を救っていない」という結論です。

【がん検診の有害性を報告した臨床研究は少ない】
以下の論文は、がん検診に関するランダム化比較試験において、有害性についてどの程度報告されているかを文献レビューしています。

Quantification of harms in cancer screening trials: literature review.(がんのスクリーニング試験における有害性の定量:文献レヴュー)BMJ. 2013 Sep 16;347:f5334.

この研究では、198件のランダム化比較試験がレビューされました。
有害性について定量分析されていたのは偽陽性に関しては4%、過剰診断は7%、精神・社会的悪影響が9%、身体的後遺症が19%、侵襲的処置が47%、全死亡が60%、有害事象による参加中止が2%でした。
論文の「結果(Result)」のセクションで、有害性に関する記述の量の中央値は、「結果」の文章全体の12%でした。
がん検診の評価に関する研究の多くは、がんの検出率や受診者のがん関連死亡率など検診によるメリットに重点を置いた研究論文がほとんどです。
過剰診断(誤診)やそれに伴う過剰治療の弊害について言及している論文は極めて少数です。
この文献レヴューの結果、がん検診に関するランダム化比較試験の論文のうち、最も重大な有害性である偽陽性と過剰診断に関して報告しているのは、それぞれ4%と7%しかなかったと報告しています。
本来なら何の検査も治療も受ける必要のない健康な人が、検診を受けて「がんの疑い」という過剰診断を受けると、様々なデメリットを被ることになります。
有害性には身体的なものと精神・社会的なものがあります。
無駄な精密検査や治療による精神的・身体的なストレスは他の疾患の発症を増やす可能性があります。不安やストレスは免疫力を低下させ、血液循環を悪くして、多くの疾患の発症を促進する可能性があります。
がん検診による偽陽性(本当はがんでは無いが、がんと診断される)が極めて少なければ、検診の有益性は有害性を上回ることになります。
しかし、偽陽性が多いと、多くの人がデメリットを被り、集団全体として、有害性が有益性を上回る可能性があります。
したがって、がん検診の有害性の程度を評価しておかないと、対象になるがん検診の有益性を言及できません。
しかし、がん検診に関するランダム化比較試験の多くは有害性について報告していないという事実があるようです。
がん検診は健常者を対象に行い、がん死を減らして、寿命を延ばすのが目的のはずですが、検診に伴う有害性が思った以上に大きいので、対象になったがんによる死亡を減らすことができても、全死因死亡率が減少し、寿命を延ばす効果がなければ、検診による莫大な費用の分、国民の損になっているということになります。

【前立腺がん検診の針生検は感染症を増やす】
がんで無いのにがんの疑いを指摘され(偽陽性/誤診)、その後の精密検査によって精神的・肉体的なストレスを受けると、他の原因による死亡を増やす可能性があります。
このような精神的・肉体的なストレスは、免疫力を低下させてがんや感染症を増やす可能性があります。ストレスは高血圧や虚血性心疾患を増やす可能性があります。
PSA測定による前立腺がんのスクリーニングは、多くの偽陽性を生み出し、多くの人が不必要な針生検を受けます。この検査は入院や死亡につながる重大な有害性を示すことがあります。以下のような報告があります。

Complications after prostate biopsy: data from SEER-Medicare.(前立腺生検後の合併症:SEER-Medicareからのデータ)J Urol. 2011 Nov;186(5):1830-4.

メディケア(Medicare)は米国の高齢者および障害者向け公的医療保険制度で、連邦政府が管轄している社会保険プログラムです。アメリカ合衆国に合法的に5年以上居住している65歳以上のすべての人が給付の対象となっています。
SEERは「Surveillance, Epidemiology, and End Results(サーべイランス・疫学・最終結果)」のことで、この論文では、メディケアの患者を対象にしたがん登録データ(SEER-Medicare)のデータを解析しています。

【要旨】
目的:メディケアの受益者の間では、毎年100万件以上の前立腺生検が行われている。 入院が必要な重篤な合併症のリスクについて検討した。 多剤耐性の細菌の出現による、針生検によって引き起こされる感染性合併症のリスクが増加する可能性があると仮説した。
対象と方法:1991年から2007年までのSEER(サーベイランス、疫学および最終結果)地域のメディケア参加者の5%無作為標本で、前立腺生検を受けた17,472人と、ランダムに抽出した134,977人を対照(コントロール)にして、生検後30日後までの入院率とICD-9の初回診断コードを比較した。多変量ロジスティックおよびポアソン回帰法を用いて、重大な感染性および非感染性の合併症のリスクおよび予測因子を比較検討した。
結果:生検を受けた群の生検後30日間の入院率は6.9%であり、これは対照群の2.7%に比較して高かった
年齢、人種、SEER地域、年および合併症を調整した後、前立腺生検では対照(コントロール)群と比較して、生検後30日間の入院リスクは2.65倍(95%信頼区間 2.47-2.84)であった。(p <0.0001)
生検後の入院を必要とする感染性合併症のリスクは、最近になった有意に高くなっていた(p(傾向)= 0.001)。
生検を受けた男性のうち、高齢で非白人で他の疾患を持っている人は、感染性合併症のリスクがより高かった。
結論:前立腺生検の30日以内の入院リスクは、対照群よりも有意に高かった。非感染性の重大合併症の割合は比較的安定しているが、近年特に、前立腺生検後の感染性合併症が増加している。潜在的な有害性を最小限にするためには、前立腺生検の患者選択を慎重に行うことが不可欠である。

PSA検診でPSAが上昇していると前立腺の針生検を受けますが、この生検は感染症のリスクを高め、入院率を高めるという報告です。
前立腺がんの疑いが強い場合には、超音波検査やCT検査をおこないますが、前立腺がんの最終診断は、前立腺に針を刺して疑わしい組織をとり、がん細胞の有無を調べる検査が行なわれます。これが前立腺針生検です。
出血の心配があるので、通常は入院して行なわれます。局所麻酔をして肛門ないしは会陰部から針を刺し、超音波画像を見ながら疑わしい場所に針を刺して、組織を採取します。
前立腺がんが主に発生する左右の辺縁領域から少なくとも6か所以上採取するのが一般的です。
最近ではがんの検出率を高めるため、多数か所から組織を採取する多部位生検を行う傾向にあります。したがって、感染症のリスクも、近年増えているという結果です。

Mortality at 120 days after prostatic biopsy: a population-based study of 22,175 men.(前立腺生検後120日目の死亡率:22,175人の男性の地域住民に基づく研究)Int J Cancer. 2008 Aug 1;123(3):647-52.

この論文では、1989年から2000年までに前立腺針生検を受けた22,175人を対象に、生検後120日目までの死亡率を検討しています。コントロールは65から85歳の1778人の針生検を受けなかった男性です。
針生検後120日間の全死亡率は生検群が1.3%でコントロール群が0.3%でした。120日後までの死亡率は60歳以下では0.2%で、76歳から80歳では2.5%でした。
この論文は、前立腺の針生検は合併症によって死亡のリスクを高める可能性を示唆しています。
放置してよい前立腺がんの治療の副作用や後遺症が死を早める可能性も指摘されています。放置してよいがんを治療すると、そのがんでは亡くなりませんが、検査や治療による有害性によって、他の原因による死亡を増やし、寿命を短くします。

【高齢者の前立腺がんの半分以上はほとんど進行しない】
前立腺がんはがんの中でも過剰診断と過剰治療のリスクが最も高い腫瘍です
剖検では多くの男性の前立腺に腫瘍がしばしば見つかり、高齢者ほどそれらの腫瘍の増殖活性は低く、60歳以上では50~60%はほとんど進行しない「潜在がん(occult cancer)」と言われています。
事故で亡くなった人や他の病気(前立腺がん以外の疾患)で亡くなった男性の剖検では、60歳以上では30~70%の率で前立腺がんが見つかっています。しかし、男性において一生の間に転移を有する前立腺がんが発見されたり前立腺がんで死亡する率は4%程度です。これは、潜在がんを含め全ての前立腺がんを検出すると、その87~94%が過剰診断になることを意味します。
PSAを頻回に測定し、前立腺から10~12カ所のバイオプシー(生検)を行い、場合によっては何回も生検(針を刺して組織を採取して病理学的に検査する方法)を行うことによって、小さな低悪性度の腫瘍がしばしば発見されます。
このようにして発見された前立腺がんの場合、単に経過観察を行い、明らかに悪性度のグレードが高くなったり腫瘍体積が大きくなった時のみ治療を行うという治療方針で、5年生存率は99%、10年生存率は97%であったという報告があります。この結果は、これらの前立腺がんの増殖活性が極めて低いことを示唆しています。
PSAによる前立腺がんの検診では、67%が過剰診断という報告があります。
このような前立腺がんは増殖活性が極めて低いのに、90%以上で放射線治療や手術が行われ、治療に伴うなんらかの合併症や後遺症(性機能や排尿機能の障害、胃腸障害など)は15~20%の患者で起こっています。さらに、放射線治療による2次がんの発生リスクや、治療に伴う費用も増えています。
頻回に生検を行えば、費用や不安が増えるだけでなく、細菌感染によって敗血症を引き起こすリスクもあります。
低悪性度の前立腺がんは直ぐに治療を開始するのではなく、経過観察をしてその増殖活性を見極めてから治療を選択すれば、過剰治療による合併症や後遺症の発症リスクを低下できることは確かです。

【がん検診で心疾患や自殺が増える】
がんと診断されたショックが心筋梗塞の引き金になったり、自殺を増やすことが報告されています。

Immediate risk of suicide and cardiovascular death after a prostate cancer diagnosis: cohort study in the United States.(前立腺がん診断後の自殺と心血管疾患の直接的リスク:アメリカ合衆国におけるコホート研究)J Natl Cancer Inst. 2010 Mar 3;102(5):307-14.

【要旨】
背景:がんの診断を受けることは強いストレスとなり、特に診断後早期に自殺や心血管疾患による死亡のリスクを高める可能性がある。
方法:SEER(サーベイランス、疫学および最終結果)プログラムにおける1979年1月1日から2004年12月31日まで前立腺がんの診断を受けた342,497人のコホート研究を行った。前立腺がんの診断がついた日から12ヶ月間の追跡を行った。
自殺率と心血管死亡率の相対的なリスクは、一般的な米国男性をコントロールにして、年齢、暦年数、居住状態を調整して比較した標準化死亡率(standardized mortality ratios)として算出した。
前立腺がんの診断後、最初の1年と月レベルでのリスクを比較した。診断のカレンダー時期、腫瘍特性、およびその他の変数でさらに層別化された。
結果:追跡期間中、148人が自殺で死亡し(死亡率は1000 person-year当たり0.5)、6845人が心血管疾患で死亡した(死亡率は1000 person-year当たり21.8)
前立腺がん患者は最初の1年間での自殺のリスクは高く(標準化死亡率=1.4, 95%信頼区間; 1,2から1.6)、特に最初の3ヶ月間でより高かった(標準化死亡率=1.9, 95%信頼区間;1.4から2.6)。
自殺リスクの上昇は、PSA検査が始まる前(1979-1986)とPSA検査が行われだしたころ(1987-1992)で明らかであったが、PSA検診が広まった期間(1993-2004)では明らかでなかった。
心血管疾患による死亡リスクは、診断後最初の1年で軽度上昇(標準化死亡率=1.09、95%信頼区間;1.06-1.12)し、最初の1ヶ月で最大のリスク上昇(標準化死亡率=2.05, 95%信頼区間;1.89 – 2.22)を認めた。
最初の1ヶ月間の心血管死のリスク上昇は全ての期間で統計的有意に上昇し、局所に限局した前立腺がん患者(標準化死亡率=1.57, 95%信頼区間:1.42-1.74)に比べて、転移のある患者(標準化死亡率=3.22, 95%信頼区間:2.68-3.84)で高いリスク上昇を認めた。
結論:前立腺がんの診断後、自殺と心血管疾患による死亡のリスクが高くなる可能性がある。

前立腺がんと診断されると、診断後1ヶ月間の心血管疾患による死亡が増え、それは調査が行われた全期間で認められたという結果です。
この研究ではPSAが検診に導入されてからは自殺の増加は認めなかったと報告されています。他の報告ではPSA検診でも自殺が増えるという報告があり、今回の結果はそれまでの結果と異なります。
この点に関して、この論文では、PSA検診で増殖活性の低い前立腺がんが多く発見されるようになり、前立腺がん患者が増えているので、患者のサポートが改善されている可能性を指摘しています。
「検診で見つかった前立腺がんの多くは増殖しない」というような説明を十分に受ければ、ショックやストレスは軽減するのかもしれません。
また、配偶者がいる場合は、配偶者がいない場合に比べて、自殺や心血管疾患での死が少ないことが指摘されています。がんの診断直後に精神的にサポートしてくれる身内がいるかいないかで、自殺や心血管疾患による死亡が影響を受けることを意味しています。
がん診断に関連した自殺や心血管疾患による死亡は、がんの診断を受けて比較的早い時期に起こります。以下のような報告があります。 

Suicide and Cardiovascular Death after a Cancer Diagnosis(がん診断後の自殺と心血管疾患死)N Engl J Med 2012; 366:1310-1318

スウェーデンにおける約600万人を対象にしたコホート研究での結果です。がんと診断された患者の最初の1週間の間の自殺率は、がんの無いコントロール群に比べて12.6倍(95%信頼区間:8.6 - 17.8)で、最初の1年間の自殺率は3.1倍(95%信頼区間:2.7 - 3,5)でした。
心血管疾患による死亡率は、最初の1週間が5.6倍(95%信頼区間:5.2 - 5.9)、最初の4週間が3.3倍(95%信頼区間:3.1 - 3.4)でした

時間の経過とともに、自殺率も心血管疾患の死亡率も減るということは、精神的ショックによるストレスの寄与が大きいことが考えられます。

【胸部エックス線による肺がん検診は全くメリットが無い】
国は胸部エックス線検査による肺がん検診を推奨しています。地方自治体(都道府県、市区町村)では40歳以上の方を対象に公費負担によって肺がん検診を実施しています。
国立がん研究センターのホームページには「肺がん死亡率減少効果を示す相応な証拠があることから、対策型検診・任意型検診として非高危険群に対する胸部X線検査、および高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法を推奨します」と解説されています。
その理由として、日本で行われた4件の症例対照研究(肺がんで死亡した人と死亡しなかった人の検診受診歴を比較する方法)では、肺がん死亡率減少効果が認められていることを挙げています。
しかし、症例対照研究はエビデンスレベルが低く、たとえ4つの症例対照研究で同じ結果であっても、ランダム化比較試験の結果には及びません
ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)というのは、研究参加者をある介入行為を行う群と行わない群にランダム(無作為)に分けて、介入行為の効果の有無を検証する試験です。
がん検診を受けた人と受けていない人の発がん率やがん死亡率を比較しても(これが症例対照研究の例)、がん検診を受ける人は健康に注意している人が多かったり、所得や教育水準や食事の傾向などがん死亡に関連する重要な点で異なっている可能性があります。一般的にがん検診を受ける人は健康志向で生活水準が高い傾向にあると推測されます
したがって、がん検診を受けている人々の方ががんによる死亡率が低いという結果が症例対照研究で出ても、受診者と非受診者の死亡率の違いが、受診の有無によるものなのか、他の要因によるものなのかの区別が困難なのです。
そのため、初めからランダム(無作為)に検診群と非検診群の2群にわけて行うランダム化試験の結果が重要になります。
胸部エックス線検査による肺がん検診の有効性を検討したランダム化試験では、スクリーニング(がん検診)の有効性は認められていません
以下のような報告があります。JAMA (米国医師会雑誌)の論文なので、信頼性はあります。

Screening by chest radiograph and lung cancer mortality: the Prostate, Lung, Colorectal, and Ovarian (PLCO) randomized trial.(胸部エックス線検査によるスクリーニングと肺がん死亡率:前立腺・肺・結腸直腸・卵巣がんのランダム化試験)JAMA. 2011 Nov 2;306(17):1865-73.

55歳から74歳の154,901人を対象にした米国のランダム化臨床試験のデータです。
77445人は年に1回の胸部エックス線によるスクリーニングを4年間受け、77456人はスクリーニングを受けませんでした。
13年間追跡した後の肺がんによる死亡は、検診群では1213人、非検診群では1230人でした。
この臨床試験の結論は「1年に1回の胸部エックス線検査による肺がん検診は肺がん死を減らさない」ということです。
ヘビースモーカーのような肺がん高危険度集団を対象にした複数のランダム化試験の結果は、「胸部エックス線検査および喀痰細胞診による肺がん検診は、非検診群と比較してより多くの肺がんを発見するが、肺がん死亡率の改善という点では有効性は認めない」という結論になっています。
メタ解析という統計的手法を使って信頼できる複数のランダム化試験の結果を総合的に評価した系統的レヴュー(システマティックレビュー)は個別のランダム化試験の結果より強いエビデンスを提示してくれます。システマティックレビューの代表的なものとして、コクラン・システマティックレビューがあります。
2013年の最新のコクラン・システマティックレビューの結論は、「The current evidence does not support screening for lung cancer with chest radiography or sputum cytology.(現時点のエビデンスは、胸部エックス線検査や喀痰細胞診による肺がんのスクリーニングを支持しない)」となっています。
このレヴューでは、9件の試験(8件のランダム化比較試験と1件の対照試験)に含まれる453,965人を対象に解析しています。
喫煙者と非喫煙者の両方を含むある一つの大規模試験では、1年に1回の胸部エックス線によるスクリーニングは、コントロール群と比べて肺がんによる死亡を減らしませんでした(RR 0.99, 95% CI 0.91 to 1.07)。
胸部エックス線検査による検診を頻繁に行った群と頻繁に行わなかった群で比べたメタ解析では、頻繁に行った方が肺がんによる死亡が多くなる傾向が見られました(RR 1.11, 95%CI 1.00~1.23)。つまり、頻回の胸部エックス線検査が肺がん死亡を増やすという結果です。ただし、このメタ解析に含まれる研究の中に潜在的に方法論上の問題点を有するものがあるという注釈がついています。
米国予防医学専門委員会(U.S. Preventive Services Task Force, USPSTF)は、肺がん検診に関して、55から80歳のヘビースモーカーに対する1年に1回の低用量のCT検査の有用性は認めています(推奨グレードB)。
ヘビースモーカーというのは30 pack-year以上で、30 pack-yearというのは、1日1箱(20本入り)のタバコを30年間毎日喫煙していることを意味します。1日に2箱吸えば15年で30 pack-yearになります。禁煙して15年以上経てば、CT検査のメリットは無くなると記載しています。
このUSPSTFの肺がん検診のまとめには胸部エックス線検査や喀痰細胞診については一切言及されていません。つまり、胸部エックス線による肺がん検診は「その有用性は既に否定されているので、言及する価値が無い」という感じです

【ヘリカルCTによる肺がん検診は過剰診断が多い】
日本における低線量のヘリカルCTを用いた検診では、胸部X線検査の約10倍の検出感度が報告されています。
この検診を開始して3年後の時点で、喫煙者と一度も喫煙したことのない人(喫煙非経験者)の2群間で肺がんの検出率はほぼ同じでした。
多くの疫学研究から、喫煙者の肺がん発生率は喫煙非経験者の15倍高いという結果が得られているので、このヘリカルCTの検診で、喫煙者と喫煙非経験者の肺がん発見率が同じというのは、かなりの数(90%以上)が過剰診断の可能性が示唆されます。
実際、低線量ヘリカルCTの検診を受けたグループでは、39%が何らかの異常所見を指摘され、精密検査でその96%が偽陽性(実際はがんでないということ)であったという報告があります。
直径が1cm以下の結節の場合、がんである確率は1.5%に過ぎないという結果が報告されています。
そのため、米国予防医学専門委員会(US Preventive Services Task Force: USPSTF)は、「低線量ヘリカルCTによる検診は、一般的には有益性が有害性に勝っているという判断が正当化されているが、これはがん専門の医療機関で、肺がんのリスクが非常に高い集団を対象にした場合しか当てはまらない」と結論しています。
さらに「低悪性度の病変を見つけることの有益性のみでなく、その有害性(検査行為による合併症、放射線被曝、QOLに対する影響など)」について患者に説明することを推奨しています。
つまり、低線量ヘリカルCTによる肺がん検診はヘビースモーカーなど肺がんリスクの高い集団以外はメリットが無いという結論です
米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、55から80歳のヘビースモーカー(30 pack-year以上)に対する1年に1回の低用量のCT検査の有用性は認めています(推奨グレードB)。推奨グレードBは「中等度の有益性がある(推奨する)」という結論です。非喫煙者や喫煙を止めて15年以上経過した人にはCTによる肺がん検診の有用性を認めていません。

【CT検査による肺がん検診は総死亡を減らさない】
米国の大規模研究(National Lung Cancer Screening Trial :NLST)で、CT検査による肺がんスクリーニングの有効性が示されています。
この研究では、53454人のヘビースモーカーを対象にして CT検査と胸部エックス線検査の2群で比較されています。
その結果、CT検査が胸部エックス線検査に比べて肺がんによる死亡率を20%減らし(95%信頼区間: 6.8~26.7)、総死亡率を6.7%減少させることが示されています(95%信頼区間: 1.2~13.6)。
この研究は、がん検診に関するランダム化比較試験の中で、総死亡率の減少が示された数少ない研究として話題になりました。
しかし、この研究で総死亡率が減少した結果については多くの問題点が指摘されています。(Why cancer screening has never been shown to “save lives”—and what we can do about it.BMJ 2016;352:h6080)

例えば、この研究は、CT検査の効果を胸部エックス線検査群と比較しており、非検診群との比較で検証していません。胸部エックス線検査による検診を頻繁に受けるとかえって肺がん死亡率が高くなるという報告もあるので、胸部エックス線検査群と比較すると有効性が高く出る可能性があります。
この研究では、肺がんによる死亡者数がCT群で356人、エックス線群で443人、総死亡者数がCT群で1877名、X線群で2000名なので、肺がん以外による死亡者数は、CT群で1877-356=1521人、エックス線群で2000-443=1557人で、エックス線群の方が36人多くなっています。
肺のCT検査に肺がん以外による死亡を減少させる効果がないと仮定し、エックス線群と同じ割合で肺がん以外の原因による死亡が生じると仮定すると、CT検査による総死亡率の減少の有意差は消滅することになります。
そして、肺がんのCT検査に関して、ヨーロッパで複数のランダム化比較試験が行われていますが、NLSTのような総死亡率の減少は見られていません
オランダで行われたDanish Lung Cancer Screening Trialでは、むしろCT検査群で総死亡が増えています(統計的には有意差はなし)。
この試験では肺がんリスクの高いヘビースモーカーおよび喫煙経験者(現在は禁煙中)の4104人を対象にCT検査によるスクリーニング群と非スクリーニング群のランダム化比較試験を行っています。
検診群で多くの肺がんが見つかっています(69 vs. 24, pこの試験で、スクリーニング群で61人が死亡しコントロール群では42人でした。肺がん死は検診群が15人でコントロール群が11人でした。
この論文の結論は、「CT検査によるスクリーニングはステージが早い段階の肺がんを発見するが、肺がん死亡や総死亡を減らす効果はない。」「CT検査群で多くの肺がんが診断されているが、その多くが過剰診断を示唆している」というものでした。 

【PET検診は有害で無益】
PET(陽電子放出断層撮影:Positron Emission Tomographyの略)は陽電子(ポジトロン)を放出するフッ素18(フッ素の同位体)で標識されたデオキシグルコース(フルオロデオキシグルコース)という放射性物質を静脈注射し、その体内分布を調べます。
がん細胞は正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取込みが数倍から十数倍以上に増えていることを利用しています。 
PETががん検診に使われたのは日本が最初で1994年のことです。「全身のがんの有無を一度にチェックできる」という宣伝で、多くの医療機関でPETによるがん検診が実施されました。
PET検査は既にあるがんの診断や、転移や再発の確認、抗がん剤治療後の治療効果判定などには有効な場合がありますが、がん検診には有用でないことが明らかになっています。
PET検診で見逃すがん(偽陰性)が多いことが主な理由ですが、放射線被爆が多い(2〜5ミリシーベルト)ことも問題です。さらに、炎症性病変なども間違ってがんの疑い(偽陽性)と診断されて、CTなどの無用な精密検査でさらに被爆が増えます。
多くの研究から「PET検診は何の利益も無く、無用な被爆を受けており、むしろ有害である」という結論になっています。「PET検査が有用でない」ことは国立がん研究センターも認めています。

【放射線被爆はがんの原因になる】
近年急速にエックス線をつかうCT検査、マンモグラフィー、放射性物質を注射してがんを探すPET検査などの検診が勧められるようになりました。とくにCTの使用頻度は急速に増えています。CTで使えわれる線量は他の検査に比較して格段に高く、被爆による発がんのリスクが心配されています。
放射線に発がん作用があるのは確かです。発がんリスクはその被曝量に比例します。
累積被曝量が100ミリシーベルト以下では発がんのリスクは無視できるという意見もありますが、低線量被曝でも発がんリスクを高めると言うのが正しい理解です。前者の意見は国の御用学者の意見です。
日本人の場合、CTなどの放射線検査による医療放射線被曝量(年間一人平均2~3ミリシーベルト)が自然被曝量(年間一人平均1.5ミリシーベルト)を超えていることが問題視され、医療放射線と自然放射線による年間一人平均3~4ミリシーベルトの放射線被曝が日本人に発生するがんの原因の3%程度を占めていると推測されています。3%というのは年間2万人のがん発生に相当します。
1万人が10ミリシーベルトのCT検査を受ければ、その中の10人ががんになるという推定があります。1000人に一人の発生率です。
10年間にわたる低線量CT肺がんスクリーニングの、累積放射線被曝量とがん発生生涯寄与危険度との関連について調べた結果が報告されています。(Rampinelli C, et al. BMJ. 2017;356:j337.)
この研究の被験者は、無症候性の50歳以上で喫煙歴20箱・年以上のハイリスク喫煙者・元喫煙者で、過去5年以内にがんの病歴がない5,203例(男性3,439例、女性1,764例)でした。
被験者は、10年間に低線量CTスキャンによるスクリーニングを延べ4万2,228回、PET・CTスキャンによるスクリーニングを延べ635回受けていました。10年間のスクリーニングによる累積実行線量の中央値は、男性が9.3ミリシーベルト(mSv)、女性が13.0ミリシーベルト(mSv)でした。
この研究で10年間で診断された肺がんは259例で、放射線被曝によって誘発された肺がんは1.5件、全てのがんの発生は2.4件でした。つまり、10年間の肺がん検診による低用量CTスキャンによる発がんリスクは0.05%(2.4/5,203例)ということになります。
この低線量CT肺がんスクリーニングで肺がんが108件検出されるごとに、1件のがん(肺がんとその他のがんを含めて)が発生すると予測されました。
低線量CT肺がんスクリーニングは100例の肺がんを発見し、1件のがんの発生を誘発するというのは、「デメリットよりメリットの方が大きいので、容認できる」とこの論文では結論づけています。
しかし、前述のようにこのような肺がん検診で見つかった肺がんの半分以上は過剰診断で、放置しても良いがんを見つけて治療を行っていることを考慮すると、デメリットが容認できるほど少ないとは言えないと思います。
治療の不要な肺がんの発見と放射線被曝によるがん発生で、低用量CTによる肺がん検診ががん患者を増やしていることは確かです。 

【ストレスは病気の発生を促進する】
誤診や精密検査や過剰治療によるストレスは、様々な病気の発生を促進し、寿命を短縮する方向で作用します
1936年にハンス・セリエ博士ストレス学説を発表してから、心が重要な因子となって体の病気を引き起こす「心身症」という病気が理解されるようになりました。
ストレスとは元来、ひずみ応力を意味した力学的用語ですが、セリエ博士によって精神と身体のひずみへと拡張されました。
種々の感情がどのようにして身体の機能に影響を及ぼすのか、情緒が神経系や内分泌系や免疫系に影響するメカニズムが研究されています。
脳の働きが免疫系の機能を左右するといった考えは1970年代までは多くの研究者から受け入れられず、免疫系は独立して機能する生体防御システムであると考えられていました。しかし、精神(心)と神経系や免疫系の関係を研究する精神神経免疫学(Psycho-neuro-immunology)という研究領域も認知され、感情がホルモンや神経伝達物質を介して神経系に作用し、さらに免疫機能を始めとする種々の生体機能に影響することは、今や常識となっています。
ストレスは、肉体的であれ精神的であれ、適度であれば生体機能を活性化して治癒力を高めることになります。しかし、過度のストレスは逆に生体機能の異常をきたす原因となります。
過度のストレスが健康に及ぼす最大の悪影響は免疫力を低下させることにあります。
人間はストレスが与えられると、交感神経が刺激され、副腎皮質からステロイドホルモンが分泌されます。
副腎皮質ホルモンは抗ストレス作用があるのですが、免疫細胞のリンパ球はこのホルモンに弱く死滅していきます。またマクロファージの貪食能も低下させます。
不安や恐怖心などの精神的ストレスがあると、食欲がなくなり、不眠に陥って体調が崩れます。交感神経の緊張は消化管運動や分泌を抑制するので、このような状態が長く続くと、消化吸収機能の低下の原因となり、栄養障害から免疫力の低下の原因になります。
交感神経の過緊張は、血管を収縮させて組織の血液循環を障害し、新陳代謝や治癒力を低下させてがんが再発しやすい体質にします。
胸腺・脾・骨髄・リンパ節などの免疫担当器官へも自律神経が分布しています。自律神経はこれらの免疫器官の血管を支配し血流調節を司るのみならず、一部は免疫器官の実質に終わりリンパ球に直接作用して免疫反応を調節することが明らかになってきました。
例えば、脾臓のNK細胞活性は交感神経活動によりアドレナリンβ受容体を介して低下します。
このようにストレスによる交感神経の異常緊張は体の免疫力を低下させて感染症やがんに対する抵抗力も減弱させてしまうわけです。
交感神経の過緊張は血液循環を障害して心血管疾患の発症を促進します。
過剰や不安や精神的ストレスは抑うつ状態を引き起こし、自殺のリスクを高めます。
がん検診でがんが発見され、抑うつやノイローゼや不安神経症などになった患者さんが私の外来で増えています。
検診で約1cmの高分化型の甲状腺乳頭がんが見つかり、放置しても問題ない甲状腺がんですが、がんという診断で手術を待つ間(手術が混んでいたので3ヶ月間待たされた)にうつ病になって、手術後も診療内科で抗うつ剤と睡眠薬を処方されているような患者さんが増えています。
がん検診による過剰診断や偽陽性(誤診)や不要な治療は様々な要因によって、心血管疾患や感染症やがんや自殺による死亡を増やす可能性があると言えます。

 

図:がん検診による偽陽性やそれに伴う精密検査や過剰治療は精神的・肉体的なストレスを引き起こし、様々なメカニズムで免疫を抑制し、がんや感染症のリスクを高める。血液循環障害は循環器機能を障害する。過剰治療は合併症や後遺症を引き起こし、精密検査における放射線被爆は発がんの原因になる。これらの総合的な作用によって、がん検診は心血管疾患、感染症、がん、自殺などの疾患の発症リスクを高める可能性がある。

【がん対策基本法は医学的根拠に基づいていない】
わが国の「がん対策基本法」によれば、「国民の責務」として「必要に応じ、がん検診を受けるよう努める」ことになっています(第六条)。また、国及び地方公共団体は「がん検診の受診率の向上に資するよう、がん検診に関する普及啓発その他の必要な施策を講ずるものとする」となっています(第十四条)。
がん検診を受けることが「国民の責務」であり、国および地方自治体は「がん検診を普及させる責任がある」というこの法律は、医学的および科学的に明らかに間違いです。
最近の医学的エビデンスに基づけば、不要ながん検診は受けない方が良く、一部の高リスク群にエビデンスに基づいた検診を行うように検診の対象者を限定するべきです。
むやみにがん検診を普及させることは国民の利益にならないことは明らかです。
6月2日の報道に以下のような記事がありました。(中日新聞

がん検診率50%に向上へ 厚労省、受動喫煙の目標先送り

厚生労働省は2日、有識者によるがん対策推進協議会を開き、今後6年間の国の取り組みを定める「第3期がん対策推進基本計画案」をまとめた。がんの早期発見に向け検診の受診率を50%、疑いがあった場合に進む精密検査の受診率を90%に高める目標を掲げた。
がん予防のために受動喫煙を防止する目標は先送りし、7月にも予定する閣議決定までに厚労省が定める。協議会では委員全員が受動喫煙ゼロの目標を求めたが、厚労省は飲食店などの受動喫煙防止策を巡る自民党との協議の行方を見ながら決める方針。
基本計画案はがんの死亡率減少を狙い、予防と検診を強化する。

がん予防の推進において「受動喫煙の防止」より「検診の受診率を高める」ことを優先する結論を出した「がん対策推進協議会」の有識者は、がん予防やがん検診について全く無知な人たちとしか思えません。
「がん検診の有害性」や「がん検診が人命を救っていない」ことは、がん予防やがん検診の専門家であれば、もう誰でも知っている「がん検診の不都合な真実」なのです。
最近の米国からの論文では、「Chest X-ray and sputum cytology were studied extensively as potential screening tests for lung cancer and were conclusively proven to be of no value.(胸部エックス線検査と喀痰細胞診検査は肺がんのスクリーニング法として多くの研究が行なわれたが、全く有益性が無いことが確実に証明されている)」(Arch Med Sci. 2015 Oct 12;11(5):1033-43.)というように、完全に否定されています。
しかし、「外国の結果が日本人にも当てはまるとは限らない」「日本で行われた症例対照研究では有効性が示されている」という理由で、胸部エックス線による肺がん検診を推奨しています。
日本でも大規模なランダム化比較試験を行えば良いのですが、ランダム化比較試験で有効性が否定されるのが怖いので、真剣にはやる気が無いようです。 

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